我が藩王、自家用I=Dが欲しいです!前編



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 西の砂漠にある藩国。

 心と体のオアシスナニワアームズ商藩国。

 その地下第3層軍事施設群。

 その片隅にある司令部基地兵員女子寮が新米パイロット那由他に割り当てられた部屋である。

 摂政閣下によると軍人とはいえ『住処は自由!』らしいのだが、何分那由他はお金がない。地位も名誉もない。ついでにいうと運と実力もない。

 よって慎ましく1Kの女子寮の一室にお世話になっている次第である。

 ナニワに引っ越して以来の私物の山を片付けずにいる那由他は、これだけは使い方を教えてもらった端末を操作して情報収集に余念がない。

 ディスプレイから顔を上げて腕組みする。

「バミたんかっこいいなー。自家用に乗れないかなぁ」

 もとい、共和国の兵器カタログを眺めていただけだった。その様子を唯一の同居人である自称猫士の久遠寺 明宗が琥珀色の猫目で退屈そうに眺めていた。

 黒い毛並みのほっそりした雄猫である明宗は今日になってナニワにやってきた古い知り合いである。

 ちなみに名前は同じでも血の繋がりは一切無い。万が一にも無いと信じたい。

「なっ」『那由他は何処に行っても似たような事してるなぁ』

「余計なお世話です。そういう所長・・・じゃないや明宗だって似たようなものじゃないの」

「なーご」『そりゃそうさ。僕が僕以外になったところなんて気持ち悪くて想像できないよ。あぁそれにしても腹減った気がする~。飯はまだかのぅ』

「猫なら猫らしく、自力で餌取りなさいよ。ネズミでもトカゲでも地底怪獣でも。いっとくけどわたしはお金無いから明宗の食費は出せないからね」

「ぶなーっ」『ああ、この国には猫が溢れてるというのに僕は一人不幸だなぁ。甲斐性のない飼い主を持つと厭だねぇ。・・・どれ、食堂のおばちゃんのとこにでも行くか』

 この世界に来て益々思うさま怠惰な明宗は大儀そうにベッドから起き上がるとすたすたと廊下へ出て行った。その後ろ姿に舌を出して見送ると那由他は再び思案しだした。

 I=Dは基本的に国家の備品である。個人所有の例もないではないらしいが、多くの場合摂政や参謀など藩国に貢献した人物の物らしい。国によっては各パイロットの占有機体を決めて運営しているようだが、自家用か、というのは定かではない。

「ナニワではどうだったかなぁ?よし、偉い人に聞いてみよう!」

 入国時にもらったわかばさんへ、と書かれたパンフレットには『わからないことがあったら藩国のエライ人に聞いてみよう!』とある。

 それだけを根拠に那由他は大きく頷くと部屋を出て行政府へ向けて歩き出した。那由他はそれで良いだろうが、いつも訳の分からない質問をされる方は実際迷惑な話ではある。

 地下鉄を乗り継いで階層移動すること暫し。

 那由他は中央政庁ビルの奥まった一室のドアを叩いた。

「失礼します。特別飛行隊所属、久遠寺那由他であります・・・・・あの、わたしなにか失言とかやらかしましたでしょうか!?」

「ふむ。素晴らしい登攀能力だ」

 那由他の急な訪問を受けた藩王サターン陛下は赤いボタンを執務机に戻してモノアイを向けた。那由他は予告無しに開いた床のシューターから何とか這い上がると肩で息をしながら改めて敬礼する。

「いや、すまない。前回訪問時のログが残っていたようでね、義体の作動ミスだ」

 あくまで落ち着いた声音の藩王。モノアイからはその心理を読み取れない。多分故意にやったのではないだろう。そうであって欲しい。

「はっ、それを聞いて安心いたしました」

「それで、今日は何かね」

「どうしても我が藩王にお聞きしたいことがありまして」

「藩国民の言葉はすべからく金言だ。言ってみたまえ」

「あの、わたしも自家用I=Dに乗りたいんですが、どうすればいいでしょう?」

 束の間の沈黙。

 藩王は重々しく口を開いた。

「それだけかね」

「それだけであります!」

 びっ、と再び敬礼した那由他。藩王は静かに立ち上がると執務デスクの上の黄色いボタンを手にした。

「那由他君。君は時は金也という言葉を知っているかね?

 縷々変転していくこの宇宙にあって普遍的な価値を持つ物というのは実は非常に少ない。例えば工藤百華。例えばドリル。例えばクツシタ。例えば肉球。そして時間だ。意味は解るかね?」

「つまり、ムダづかいしたらあかん、ということでしょうか?」

「そのとおりだ。よく解ったね」

 ぽちっ。

 微かに微笑んだ気がする藩王がボタンを押すと、天井から伸びたにゃんにゃんマジックハンドが那由他の首筋を捕まえるとぽい、とシューターに放り込んだ。

「お時間を取らせてすいませんでした我が藩王―。ところできょうはどこへおちるんですかあぁぁぁ・・・」

「星見司にでも尋ねてくれたまえ」

 藩王は那由他の消えた漆黒の穴をみつめて手向けのように呟くとばさあっと工藤百華刺繍入りマントをひるがえした。背後で音もなくシューターが閉じる。

 その傍らにハリセンを手にした王猫トラさんがとふとふと歩み寄ってぽん、と肩に手を置いた。

「にゃーん。なう」

「ふ、そうだな。辛辣な現実問題より、今は百華たんとの思い出で胸を満たそうではないか」

 那由他の度重なる奇行にツッコミどころが多すぎる、と器用に肩をすくめたトラさんを撫でると藩王は暮れゆくナニワの町並みを思った。

 数時間後。

 那由他は疲れた足取りでナニワ商店街を歩いていた。シューターで落ちた地下通路で白いワニに追いかけられたり、なにやらまるっこいウサギ風の機会獣ウササギーの雑談に加わったりしながら何とか市街に戻ってきた直後である。

 活気に溢れネオンサインに彩られた商店街は明るい雰囲気だ。

 お金がないので地下鉄に乗らず徒歩で帰るつもりだが、ナニワらしい売り子の呼び声がこだまする商店街は少しだけ那由他を元気にしてくれた。

 ショーウィンドウを眺めながら歩く那由他の視線がとある店の前で止まる。そこは地上やドリパーにある観光客相手の土産物屋に地底怪獣のぬいぐるみや藩国のパイロットやI=Dのフィギア、ポスターなどを卸しているメーカーの直営店であった。

「わぁ、バミたんのフィギアだ。いいなぁ~」

 那由他がウィンドウにべたーっと張り付いてみつめる視線の先には『1/12 ちょーリアルバーミーズ』とポップの着けられたフィギアが勇ましいポーズで立っていた。

「えーっと0がいち、に、さん、よん?150にゃんにゃんかぁ・・・」

 頭の中で薄っぺらい財布を思い浮かべ、特売のタマゴとバミたんフィギアを秤にかけてみる。コンマ5秒でものすごい勢いをつけタマゴを載せた天秤ががたーんと傾いた。

 再考の余地無く、生活必需品は嗜好品より優先度で遙か上を行く。

 肩を落としてすごすごとショーウィンドウを離れようとした那由他の8ビットネコ脳がその瞬間きゅぴーん、という擬音付きで閃いた。

「そうだ!無いなら作れば良いんだ!必要なのは、あれと、これと・・・」

 普段は全く働かないネコ脳をフル回転させて那由他はもと来た通りを裏マーケットへとダッシュする。その目は最早数分前の過去ではなく、燦然と輝く自家用バーミーズだけを追い求めていた。

 かくして那由他は闘争を開始する。

 いつものように。

 他の藩国民に笑いとパニックを振りまきながら。

 後編へつづく。

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最終更新:2008年01月02日 03:04