ご本人了承済み企画SS【エースを目指せ?】




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 今更言うまでもないが、久遠寺那由他は駄猫である。

 どのくらいダメかというと、ナニワに来て2日目で藩王陛下に戦艦をおねだりするくらい。

 NEP級のダメさ加減である。

 そんな彼女ではあるが、それなりに目的意識はある。

 その為にはまず、ナニワの役に立てるようになろう。

 そう、決意した。

 那由他は闘争を開始する。

 運悪く、と言うか、その闘争の第一歩の犠牲者は猫屋敷 兄猫氏であった。

 談話室でだらだらしていた那由他の後に入室し、そして捕獲されたのであった。

 人の良い氏のこと、これから訪れるであろう受難など知るよしもなく、那由他のお願いを聞いてしまったのである。



 兄猫さん、すいません。今の内に謝罪しておきます。



 翌日。

 第4層軍事演習場。

 狭い空間に二人分の荒い息遣いが響く。

「ふふふ、随分暖まってきたじゃないか子猫ちゃん」

「あ、恥ずかしいです」

「そらっこれでどうだ?」

「はうっ、だめです~」

「まだまだ、本番はこんなものじゃないぜ?」

「いや、そんなに激しくされたら・・・」

「ここで、こう動いたら」

「やぁん、そこはだめぇ」

「こいつで、とどめだ!」

「あっあうぅ、もうだめ、わたし、いってきます~っ」

 バタン、ガチャッ、だだだだっ。えれえれえれえれ・・・。

(残酷描写につき音声のみでお送りしております。テレビの故障ではありません)

 演習場の隅っこ、『緊急射出用』に掘った穴でお昼ご飯の焼きそばパンと再会した那由他はペットボトルのミネラルウォーターで口をすすぐと青を通り越して白い顔でゆらりと立ち上がった。

 遠巻きにその様子を眺めた兄猫は腕組みして小さく溜息をついた。戦場での相棒たるバーミーズの勇姿を情けない面持ちで見上げる。

 こう見えて(超失礼)兄猫はナニワ屈指の名パイロットである。

 更には参謀の資格も持っているという切れ者である。

 そのはずである。

 少なくてもデータの上では・・・。

 もう一度溜息をついて、ふらふらとこちらに戻ってくる那由他に視線を戻すと眼鏡を押し上げる。

 口をついて出るのは今朝以来幾度目になるか解らない自問であった。

「ああ、俺、どうして教官役なんか引き受けたんだろう・・・」

 思い起こされるのはつい昨日、深夜の談話室。

 藩王に戦艦をおねだりした件についてまったり会話していたはずの那由他が急に訓練に付き合って欲しいと提案してきたのである。

 那由他は新米ながらパイロットで特別飛行隊に所属する一応はエリートだ。

 後輩がやる気になっているのは良いことだ、と連日の激務で疲れた兄猫は低下した脳内処理能力でつい頷いてしまったのだ。

『ふふふ。きっと甘酸っぱい感じになりますよ。物理的に』

 ぎらりと眼鏡を光らせて意味深な言葉を呟く那由他が藩国民データが記載された端末を隠し持っているとも知らず、兄猫は談話室を後にした。

 そして休日の今日、気がつけば朝からたたき起こされた挙げ句、訳が分からないままに演習場まで引っ張られてバーミーズの操縦訓練に付き合っていたのである。

 以上、回想終わり。

「なぁ、もうやめた方が良くない?」

「はい、いいえ。

 もう少しお付き合いいただけませんか?デフコン下がってる今のうちしか、こんな機会はないと思うんです」

 血の気の抜けた顔で答えて那由他はバーミーズの搭乗ハッチによじ登る。

 これも朝から何度も繰り返されてきた遣り取りだった。

 正直なところ、数十分の戦闘機動で乗り物酔いしてはコックピットを離れる那由他には辟易していた。

 ふらふらな彼女を見ているのも忍びなかったし、滞っている執務も気になる。

 いや、それ以前にたたき起こされて後にしたベッドが恋しかった。

 しかし那由他は訓練をやめようとしない。

 吐瀉する物がなくなった胃に無理矢理焼きそばパンを押し込んで午後の訓練に臨み、そして今に至る。

 彼女が必死なのはそれなりに理由があった。

 初めは気楽に共和国内をふらふらしていた那由他だが、実際にナニワに仕官してからは様々な点で自分が足手まといであると感じていた。

 そもそもこちらの世界での戦闘経験がないのである。

 高度な義体やI=Dを拝領しても中身が伴わなくては役に立たない。

 藩王を初めとするナニワの人々(猫含む)に聞けば、きっと足手まといなんかじゃないと言ってくれると解ってはいる。

 しかし那由他はそれでは自分を許せない。

 那由他は駄猫だが、猫である。

 その誇り高い魂は間違いなく彼女の中にもあった。

 それ故に那由他は闘争を続ける。

 そんな彼女にとってトップエースと言うべき兄猫が教官になってくれるのはまたとない機会だったのである。

 共に訓練をすることでこのバーミーズというクセの強い機体を乗りこなし、悪くいえば兄猫の技術を盗む。

 那由他はコックピットに立ちこめる汗と吐瀉物の臭いを強く感じながらバーミーズと同調を開始した。

「第1、第2感覚投入開始。

 ・・・コネクト。脈動異常なし。

 装甲表面温度常温。

 ・・・システム、オール・グリーン。

 バーミーズ、スタン・バイ。

 いつでもいけます。機長、発進許可を」

「・・・許可する。無理はするな」

「了解。発進許可を受理、バーミーズ03、発進します」

 苦々しく応えてヘルメットを装着した兄猫の許可を得て那由他はバーミーズを演習場の中央へと歩かせた。

 質素倹約、銭の使いどころを誤らないことをもって良しとするナニワである。

 新米パイロットの訓練に一々実弾を支給したりはしない。

 コパイロットシートでガンナーを務める那由他はバーミーズの本領である隠密接敵からの白兵戦訓練プログラムに臨む。

 演習場に歩みでたバーミーズを感知して地底怪獣を模したバルーンが自動展開される。

「標的を確認。コントロールをお渡しします。

 ・・・手加減は、無しですよ」

「コントロール受理。

 良い根性だ。初撃から飛ばしてくぞ。後で後悔すんなよ!」

 コントロールが那由他から兄猫へ移った途端、まるで本当の血肉が備わったようにバーミーズが勇躍する。

 虎の子の光学迷彩を全開で展開、上半身を低く構える独特の移動形態で猛烈なシザース運動をかける。

「・・・っぐ」

 急激なGでシートに押しつけられる那由他の口から呻きが漏れる。

 機体を損なうことなく全力で行使エースの機動を、那由他は文字通り身を以て体験していた。

 その声を聞きとがめて猫兄はにやり、と口の端をつり上げる。

 普段如何に茫洋として見えようと(激失礼)ホープたる彼はコックピットでは別人だ。

 姿の見えない捕食者から逃げようとするバルーンの逃走経路を予測、その経路に割り込むようにバーミーズを疾駆させる。

(左、右、ステップからショートジャンプ。すごい、やっぱりこの人は、本物のホープだ)

 コパイロットシートでなるべく猫兄のコントロールを正確にトレースしようと努力しながら那由他の口元には知らず笑みが浮かんでいた。

 まるで古代の肉食獣の戦いが再現されたかのようにバーミーズはバルーンへと見る間に迫る。

 何度も繰り返した訓練で猫兄の操縦パターンが那由他にも多少飲み込めてきている。

 那由他は込み上げる吐き気を必死に堪えながらその刹那を待った。

(右、右、カウンター当てて、そこ・・・!)

「今!」

「そこだ、撃て!」

 コックピットに二人の短い叫びが同時に響き、固定兵装のワイヤーガンがバルーンの表面に施されたターゲットマークの急所を射抜く。

 ディスプレイにこの日初めて撃破判定を知らせるサインが灯った。

 一撃を加えて離脱する機動を取りながら徐々にスピードを落とすバーミーズのコックピットで兄猫は大きく頷いた。

(大したもんだ。射撃技術、操縦ともに落第点だがこの集中力はすごい。これはひょっとすると・・・)

「わぁいやったやった!撃破1ですよ!!」

「ああ、なんつーかこれ演習だし?そんなにうれしーかな」

 膝立ちの駐機姿勢を取ったバーミーズのコックピットから跳ねるように飛び出すなり、那由他は兄猫の両手を掴んでぴょんぴょん跳ねながらぐるぐると回った。

 不覚にも顔を赤らめる兄猫。

 那由他は珍しく満面に笑みを浮かべると跳ねるのをやめて大きく頷いた。

「勿論です。今朝よりわたし、確実に成長したわけですからね?兄猫さん、本当にありがとう!」

「・・・そっか。そうだよなぁ。うんうん、本当に、良かった」

 これで那由他のあの気持ちいいんだか悪いんだかよく解らない悲鳴に悩まされずに済む。

 兄猫はずれ落ちかけた眼鏡を直しながら、心からうんうんと頷いた。

「それじゃあ晩ご飯食べたら、次はRBの訓練にお付き合い下さいましね」

「・・・ま、マジっすかー!!」

 ふん、と鼻息を吐いた那由他に引きずられながら兄猫はこの場を脱出する口実を猛烈な勢いで模索し始めた。

 しかしやる気になった那由他の暴走が止められるわけもなく・・・。

 この後3日間、兄猫はバーミーズサイズの那由他に追い回される悪夢にうなされることになる。

 不運な犠牲者に、心より合掌。

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最終更新:2008年01月14日 22:13