我が藩王、戦艦が欲しいです!
砂漠の藩国。ナニワアームズ商藩国。
地下第1層に広がる市街地。その隅っこに追いやられるようにして建っているのが官公庁街である。
といっても、商業を第一に考えるナニワらしくその規模は非常に小さい。
それでいて一国の政務を処理できる辺りが不思議である。きっと事務を担当するスタッフが優秀なのだろう。
うん、きっとそう。
その政庁の奥に位置する藩王の執務室の前に新米パイロットの那由他が立っていた。
何故か上機嫌で耳をひょこひょこさせながらとんとん、と執務室のドアをノックする。
「特別飛行隊所属、久遠寺那由他であります!」
「入りたまえ」
「失礼しまっす!」
執務室に入り略式の敬礼をする。
仮面男爵の異名を取る藩王サターン陛下は入室してきた那由他にモノアイを向けると、重厚なデスクの上に事務仕事用のライトペンを置いた。
そのメカメカしくも厳めしい外見と裏腹にしなやかな動作でデスクの上で指を組むと那由他の方に向き直る。
「で、今日は何かね?何か陳情したいことがあるとか聞いているが」
「はっ、来るべき宇宙世紀に向けて我が藩国でも宇宙軍を常設するべきかと愚考いたしました。
そもそも国土防衛の上で制空権の確保は常識、更に言うならば防空戦闘においては上を取ったものが勝利します。
この究極形は即ち大気圏外の防衛であり・・・」
那由他は弁舌に熱が入ると中々止まらない。
これは不要情報、と判断した藩王は聴覚素子を切ってオート返答モードに入った。
適当に相づちを打ちながら那由他の演説が要点にはいるまで待つ。
「・・・といった次第で我が軍の旗艦を設計して参りました」
「ほほう?」
藩王は那由他が差し出した分厚いプリントアウトの束を受け取る。
半分ほどは先程の演説の草稿らしい。だったらそのまま渡せばいいのになぁ、藩王は密かに思った。
ページを捲ると数点のイラストと共に旗艦及び艦載機の性能諸元を纏めたファイルが出てきた。
『プラン1 ナニワアームズ商藩国旗艦
プロダクトネーム スミロドン級大型戦艦
全長760m 乾質量2千t
主推進機関 対消滅
全領域戦闘・万能戦艦をコンセプトに水中から大気圏内、宇宙空間で作戦行動可能。
武装は艦首同軸に主砲2門、両舷に対空機銃レーザー4門ずつ、ミサイル・チャフ・魚雷・救命ポッドが射出できる多目的ランチャーを艦首と艦尾に4門ずつ備える。
武装が少数なのは艦載機を展開し、その支援を基本とする運用法による。
これにより乗艦する要人が戦闘に参加し部隊を指揮しつつ最大限の安全性を確保できるため、前線に出たがる藩王陛下に胃を痛める摂政各位には賛同いただけると思う。
ちなみに余裕のある艦体構造なので後から武装を追加することも可能である。
余剰の出力は電子戦能力に回される。
電波妨害、敵レーダーのスルー、偽データ発振は勿論、艦載機及び無人プローブから送られる情報をリアルタイムで処理し、戦闘指揮官に届け、タイムラグ無く前線に還流する。
いわば展開した艦載戦力分の大きさを持つ目である。
外面装甲はバーミアンを流用した光学迷彩仕様。可視光線・電磁波・赤外線を遮断吸収する塗料で覆われている。
透明化、星空や草原、砂漠のテクスチャパターンの他、ヒョウ柄や満艦飾、メッセージ投影も可能。
特筆すべきは艦首に備えた硬化テクタイト単結晶回転衝角である。
対消滅機関の臨界出力によって得られる推力で敵艦に突撃するこの攻撃法は、理論上ちょっとした宇宙要塞程度は軽く貫通する』
「・・・ドリルかね?」
「ドリルです!」
ちらりとモノアイを向けた藩王に那由他は両の拳をぐっと握って力説した。
藩王は表情の伺えないモノアイの視線を再び資料に落とした。
スミロドンと呼ばれるその戦艦は優雅な流線型を描く白い船だった。横から見ると羽を広げて首を伸ばした白鳥のようだ。
クチバシに当たる部分が回転衝角、いわゆるドリルになっている。
次のイラストは突撃艦形と呼ばれるラム戦時の形態だった。
大気圏内では風を捉えて姿勢制御し、宇宙空間では太陽光を受け止める発電パネル兼ソーラーセイルである可変主翼を畳み、白鳥の胸の辺りにある主砲及び艦橋を護るように首を縮めて機関砲やランチャーを格納したその形は、まるで一個の巨大な紡錘のようである。
『万能戦艦に名に恥じず艦内の居住性は良好である。
乗員一人当たりに広い居住スペースが取られ、各種飲食店、ゲームセンター、バー、カラオケボックスなどの娯楽施設を備える。
また、無補給無寄港航海に備え藩国地下農園から移植されたミニプラントが生鮮食品を供給する。
オプション追加により牧畜、養殖魚の飼育も可能。閉鎖系における農畜産業はナニワの得意分野である。
I=Dを始めとする艦載機は艦尾方向格納庫から展開される電磁射出カタパルトから展開。
カタパルトは両舷に二基。
艦載機はそれぞれカタパルト、簡易エアロックを経て整備格納庫に収納される。
艦載戦力はバーミアン級なら3個飛行小隊分。
整備格納庫はBALLS解析による自動作業ロボットを常備。
艦体下面は整備格納庫へ物資を搬入する開口部を備える。
通常乗艦する際は両舷中程のハッチからボーダーチューブ又はタラップを接続して行う。艦隊上面には賓客送迎用のシャトル発着デッキを持つ』
「ふむ。少々大きすぎではないかね?」
「地上で運用する分にはそう感じるかも知れませんが、宇宙に出たら小さな点ですから平気です」
「・・・そうか」
『プラン2 宇宙戦闘機
プロダクトネーム サーヴァル
全長12m 乾質量8t
対空機銃レーザー一門、マルチランチャー二基、回転衝角一基を装備。
スミロドン級に搭載される艦載戦力として、絶対的に少ないI=Dに代わって空戦主力となる機体をコンセプトとした。
対空兵装は実体弾装備の機銃、大径火砲、大型ミサイルと換装可能。
突撃艦というカテゴリだが実際の運用法は格闘戦闘機に近い。
巨大な推力を利した高速機動で敵艦に肉薄し、弾薬をばらまく。
無論最強の兵装は艦首の回転衝角である。
対艦戦闘の場合、大型大艦ミサイルを搭載して出撃、射出後身軽になった機体でミサイルと共に突入が可能である。
艦形はほぼスミロドン級のダウンサイズ版。
あちらがオオハクチョウとするならばこちらはカモである。
搭乗定員はメインパイロット・ガンナー・コパイロットの3名。
飛ばすだけなら無人でも可能。
装甲の内側には艦体軽量化・剛性強化と乗員保護のために緩衝材がびっちりつまっておりコックピットは非常に狭い。
対ショック機構が装備されたスミロドン級と違ってサーヴァルがラム突撃をかけたときの衝撃はかなり激しいためである。
その狭さから猫や猫妖精はともかく大型サイボーグには居住性の不評が予想される』
藩王は最後のページに目を通すととんとんとプリントアウトを束ねてデスクの上に置いた。
デスクの前では後ろ手を組んだ那由他が期待に目をきらっきらさせてその様子をみつめている。
「如何でしょうか、我が藩王」
「参考までに聞きたいのだが、旗艦一隻と一飛行小隊分の艦載機、〆てなんぼになる?」
「5兆にゃんにゃん程です」
執務室に重苦しい沈黙が流れる。溜息のような吐息で藩王は再び口を開いた。
いや、口がどこかは解らないんですけど。
「那由他君。我が藩国は倹約を持って是とする。お金は稼ぐもの、無闇に使えばいいというものではない。解るかね?」
「はっ、含蓄深いお話であります!」
勢いよく応えて見本のような敬礼をする那由他。
解ってないな。
藩王は微かに頭を振るとデスクに偽装された操作パネルの『DANGER!』と書かれた透明ケースを外して赤いボタンに指を添えた。
「費用対効果というものを学びたまえ」
ぽちっ。
「はっ、精進いたします!共和国に栄光あれ!ところでこれ、どこまでおちるんですかあぁぁぁぁ・・・」
唐突に床に開いた穴に吸い込まれた那由他の声がドップラー効果を効かせて響く。
落とし穴の先は地下に張り巡らされた地下通路のどこかである。
日替わりで構造が変化するため藩王その人ですら何処に通じているか定かではない。
対侵入者排除用シューターのボタンを操作パネルに戻しながら藩王は立ち上がって窓の外の町並みを眺めた。
「・・・ふ、ドリル。至高にして絶対なる螺旋、か」
「にゃーん」
王猫トラさんは一声鳴くとハリセンを手にとふとふと歩いて藩王と並んで眼下の町並みを眺めた。
ナニワは今日も平和である。
最終更新:2008年01月14日 21:41