さやか「騙してたのね。私達を」
キュゥべえ「僕は魔法少女になってくれって、きちんとお願いしたはずだよ?」
キュゥべえ「実際の姿がどういうものか、説明を省略したけれど」
さやか「何で教えてくれなかったのよ!」
キュゥべえ「訊かれなかったからさ。知らなければ知らないままで、何の不都合もないからね」
キュゥべえ「事実、あのマミでさえ最後まで気づかなかった」
キュゥべえ「そもそも君たち人間は、魂の存在なんて、最初から自覚できてないんだろう?」
キュゥべえ「そこは神経細胞の集まりでしかないし、そこは、循環器系の中枢があるだけだ」
キュゥべえ「そのくせ、生命が維持できなくなると、人間は精神まで消滅してしまう」
キュゥべえ「そうならないよう、僕は君たちの魂を実体化し、手に取ってきちんと守れる形にしてあげた」
キュゥべえ「少しでも安全に、魔女と戦えるようにね」
さやか「大きなお世話よ!そんな余計な事!」
キュゥべえ「君は戦いという物を甘く考え過ぎだよ」
キュゥべえ「例えば、お腹に槍が刺さった場合、肉体の痛覚がどれだけの刺激を受けるかって言うとね」
さやか「ぐっ…」
キュゥべえ「これが本来の痛みだよ。ただの一発でも、動けやしないだろう?」
キュゥべえ「君が杏子との戦いで最後まで立っていられたのは、強過ぎる苦痛がセーブされていたからさ」
キュゥべえ「君の意識が肉体と直結していないからこそ可能なことだ」
キュゥべえ「おかげで君は、あの戦闘を生き延びることができた」
キュゥべえ「慣れてくれば、完全に痛みを遮断することもできるよ」
キュゥべえ「もっとも、それはそれで動きが鈍るから、あまりオススメはしないけど」
さやか「何でよ。どうして私達をこんな目に…!」
キュゥべえ「戦いの運命を受け入れてまで、君には叶えたい望みがあったんだろう?」
キュゥべえ「それは間違いなく実現したじゃないか」
まどか「ほむらちゃんは…知ってたの?」
まどか「どうして教えてくれなかったの?」
ほむら「前もって話しても、信じてくれた人は今まで一人もいなかったわ」
まどか「キュゥべえはどうしてこんなひどいことをするの?」
ほむら「あいつは酷いとさえ思っていない。人間の価値観が通用しない生き物だから」
ほむら「何もかも奇跡の正当な対価だと、そう言い張るだけよ」
まどか「全然釣り合ってないよ。あんな体にされちゃうなんて。さやかちゃんはただ、好きな人の怪我を治したかっただけなのに」
ほむら「奇跡であることに違いはないわ。不可能を可能にしたんだから」
ほむら「美樹さやかが一生を費やして介護しても、あの少年が再び演奏できるようになる日は来なかった」
ほむら「奇跡はね、本当なら人の命でさえ購えるものじゃないのよ。それを売って歩いているのがあいつ」
まどか「さやかちゃんは、元の暮らしには戻れないの?」
ほむら「前にも言ったわよね。美樹さやかのことは諦めてって」
まどか「さやかちゃんは私を助けてくれたの」
まどか「さやかちゃんが魔法少女じゃなかったら、あの時、私も仁美ちゃんも死んでたの」
ほむら「感謝と責任を混同しては駄目よ。貴女には彼女を救う手立てなんてない」
ほむら「引け目を感じたくないからって、借りを返そうだなんて、そんな出過ぎた考えは捨てなさい」
まどか「ほむらちゃん、どうしていつも冷たいの?」
ほむら「そうね……きっともう人間じゃないから、かもね」
さやか「こんな身体になっちゃって…私、どんな顔して恭介に会えばいいのかな」
杏子「いつまでもショボくれてんじゃねえぞ、ボンクラ」
杏子「ちょいと面貸しな。話がある」
杏子「アンタさぁ、やっぱり後悔してるの?こんな体にされちゃったこと」
杏子「アタシはさぁ、まあいっかって思ってるんだ。何だかんだでこの力を手に入れたから好き勝手できてるわけだし。後悔するほどのことでもないってね」
さやか「あんたは自業自得なだけでしょ」
杏子「そうだよ、自業自得にしちゃえばいいのさ」
杏子「自分のためだけに生きてれば、何もかも自分のせいだ、誰を恨むこともないし、後悔なんてあるわけがない」
杏子「そう思えば大抵のことは背負えるもんさ」
さやか「こんな所まで連れて来て、何の用なの?」
杏子「ちょっとばかり長い話になる」
杏子「食うかい?」
杏子「食い物を粗末にするんじゃねえ、殺すぞ」
杏子「ここはね、アタシの親父の教会だった。正直過ぎて、優し過ぎる人だった。毎朝新聞を読む度に涙を浮かべて、真剣に悩んでるような人でさ」
杏子「新しい時代を救うには、新しい信仰が必要だって、それが親父の言い分だった」
杏子「だからある時、教義にないことまで信者に説教するようになった」
杏子「もちろん、信者の足はパッタリ途絶えたよ。本部からも破門された。誰も親父の話を聞こうとしなかった」
杏子「当然だよね。傍から見れば胡散臭い新興宗教さ。どんなに正しいこと、当たり前のことを話そうとしても、世間じゃただの鼻つまみ者さ」
杏子「アタシたちは一家揃って、食う物にも事欠く有様だった」
杏子「納得できなかったよ。親父は間違ったことなんて言ってなかった」
杏子「ただ、人と違うことを話しただけだ」
杏子「5分でいい、ちゃんと耳を傾けてくれれば、正しいこと言ってるって誰にでもわかったはずなんだ」
杏子「なのに、誰も相手をしてくれなかった。悔しかった、許せなかった。誰もあの人のことわかってくれないのが、アタシには我慢できなかった」
杏子「だから、キュゥべえに頼んだんだよ。みんなが親父の話を、真面目に聞いてくれますように、って」
杏子「翌朝には、親父の教会は押しかける人でごった返していた」
杏子「毎日おっかなくなるほどの勢いで信者は増えていった」
杏子「アタシはアタシで、晴れて魔法少女の仲間入りさ」
杏子「いくら親父の説法が正しくったって、それで魔女が退治できるわけじゃない」
杏子「だからそこはアタシの出番だって、バカみたいに意気込んでいたよ」
杏子「アタシと親父で、表と裏からこの世界を救うんだって」
杏子「…でもね、ある時カラクリが親父にバレた」
杏子「大勢の信者が、ただ信仰のためじゃなく、魔法の力で集まってきたんだと知った時、親父はブチ切れたよ」
杏子「娘のアタシを、人の心を惑わす魔女だって罵った」
杏子「笑っちゃうよね。アタシは毎晩、本物の魔女と戦い続けてたってのに」
杏子「それで親父は壊れちまった」
杏子「最後は惨めだったよ」
杏子「酒に溺れて、頭がイカれて。とうとう家族を道連れに、無理心中さ」
杏子「アタシ一人を、置き去りにしてね」
杏子「アタシの祈りが、家族を壊しちまったんだ」
杏子「他人の都合を知りもせず、勝手な願いごとをしたせいで、結局誰もが不幸になった」
杏子「その時心に誓ったんだよ。もう二度と他人のために魔法を使ったりしない、この力は、全て自分のためだけに使い切るって」
杏子「奇跡ってのはタダじゃないんだ」
杏子「希望を祈れば、それと同じ分だけの絶望が撒き散らされる」
杏子「そうやって差し引きをゼロにして、世の中のバランスは成り立ってるんだよ」
さやか「何でそんな話を私に…?」
杏子「アンタも開き直って好き勝手にやればいい。自業自得の人生をさ」
さやか「それって変じゃない?あんたは自分のことだけ考えて生きてるはずなのに、私の心配なんかしてくれるわけ?」
杏子「アンタもアタシと同じ間違いから始まった」
杏子「これ以上後悔するような生き方を続けるべきじゃない」
杏子「アンタはもう対価としては高過ぎるもんを支払っちまってるんだ」
杏子「だからさ、これからは釣り銭を取り戻すことを考えなよ」
さやか「あんたみたいに?」
杏子「そうさ。アタシはそれを弁えてるが、アンタは今も間違い続けてる。見てられないんだよ、そいつが」
さやか「あんたの事、色々と誤解してた。その事はごめん。謝るよ」
さやか「でもね、私は人の為に祈った事を後悔してない。そのキモチを嘘にしない為に、後悔だけはしないって決めたの。これからも」
杏子「何でアンタ…」
さやか「私はね、高すぎるものを支払ったなんて思ってない。この力は、使い方次第でいくらでもすばらしいモノに出来るはずだから」
さやか「それからさ、あんた。そのリンゴはどうやって手に入れたの?お店で払ったお金はどうしたの?」
杏子「…ッ」
さやか「言えないんだね。なら、私、そのリンゴは食べられない。貰っても嬉しくない」
杏子「バカ野郎!アタシたちは魔法少女なんだぞ?他に同類なんていないんだぞ!?」
さやか「私は私のやり方で戦い続けるよ。それがあんたの邪魔になるなら、前みたいに殺しに来ればいい。私は負けないし、もう、恨んだりもしないよ」
まどか「さやかちゃん、おはよう」
仁美「おはようございます、さやかさん」
さやか「あ、ああ。おはよう」
仁美「昨日はどうかしたんですの?」
さやか「ああ、ちょっとばかり風邪っぽくてね」
まどか「さやかちゃん…」
さやか(大丈夫だよ。もう平気。心配いらないから)
さやか「さーて、今日も張り切って…」
仁美「あら…上条君、退院なさったんですの?」
中沢「上条、もう怪我はいいのかよ?」
上条「ああ。家にこもってたんじゃ、リハビリにならないしね」
上条「来週までに松葉杖なしで歩くのが目標なんだ」
まどか「よかったね。上条君」
さやか「うん」
まどか「さやかちゃんも行ってきなよ。まだ声かけてないんでしょ?」
さやか「私は…いいよ」
さやか「それで…話って何?」
仁美「恋の相談ですわ」
さやか「え?」
仁美 「私ね、前からさやかさんやまどかさんに秘密にしてきたことがあるんです」
仁美「ずっと前から…私…上条恭介君のこと、お慕いしてましたの」
さやか「そ、そうなんだ」
さやか「あはは…まさか仁美がねえ…。あ、なーんだ、恭介の奴、隅に置けないなあ」
仁美「さやかさんは、上条君とは幼馴染でしたわね」
さやか「あーまあ、その。腐れ縁って言うか何て言うか」
仁美「本当にそれだけ?」
仁美「私、決めたんですの。もう自分に嘘はつかないって」
仁美「あなたはどうですか?さやかさん。あなた自身の本当の気持ちと向き合えますか?」
さやか「な、何の話をしてるのさ」
仁美「あなたは私の大切なお友達ですわ。だから、抜け駆けも横取りするようなこともしたくないんですの」
仁美「上条君のことを見つめていた時間は、私よりさやかさんの方が上ですわ」
仁美「だから、あなたには私の先を越す権利があるべきです」
さやか「仁美…」
仁美「私、明日の放課後に上条君に告白します」
仁美 「丸一日だけお待ちしますわ。さやかさんは後悔なさらないよう決めてください。上条君に気持ちを伝えるべきかどうか」
さやか「あ、あたしは…」
さやか「まどか…」
まどか「付いてっていいかな?」
まどか「さやかちゃんに一人ぼっちになってほしくないの。だから」
さやか「あんた、何で?何でそんなに優しいかな?あたしにはそんな価値なんてないのに」
まどか「そんな…」
さやか「あたしね、今日後悔しそうになっちゃった。あの時、仁美を助けなければって。ほんの一瞬だけ思っちゃった。正義の味方失格だよ…。マミさんに顔向け出来ない」
さやか「仁美に恭介を取られちゃうよ…。でも私、何も出来ない。だって私、もう死んでるもん。ゾンビだもん。こんな身体で抱き締めてなんて言えない。キスしてなんて言えないよ…」
さやか「ありがと。ごめんね」
まどか「さやかちゃん…」
さやか「もう大丈夫。スッキリしたから」
さやか「さあ、行こう。今夜も魔女をやっつけないと」
まどか「うん」
ほむら「黙って見てるだけなんて、意外だわ」
杏子「今日のアイツは使い魔じゃなくて魔女と戦ってる。ちゃんとグリーフシードも落とすだろ。無駄な狩りじゃないよ」
ほむら「そんな理由で貴女が獲物を譲るなんてね」
杏子「…ん?チッ、あのバカ、手こずりやがって」
まどか「さやかちゃんっ」
まどか「あっ…うぅ?」
杏子「まったく。見てらんねぇっつうの。いいからもうすっこんでなよ。手本を見せてやるからさ」
杏子「オイッ」
さやか「邪魔しないで。一人でやれるわ」
まどか「さやかちゃん!?」
杏子「アンタ、まさか…」
さやか「あははは、ホントだ。その気になれば痛みなんて…あはは。完全に消しちゃえるんだ」
まどか「やめて…もう…やめて」
最終更新:2012年03月05日 00:04