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TFEI見合い

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hiroki2008

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TFEI見合い

2008年6月ごろに貼った保守ネタ

長門編


 あんたももういい歳なんだからいつまでもチョンガーでいないで見合いのひとつでもしなさい、などとおふくろに散々言われた挙句、俺は承諾するかわりに新車を買ってくれなどととうてい無理だとわかっている交換条件を出した。
「縁談が決まってあんたが結婚でもするようなことになれば、ね」
まかり間違ってそんなことはないとは思うが、でもちょっとは期待してもいいかなぁなんて。今まで彼女なしでやってきた俺がそんな見も知らない相手を選ぶなんて世界がひっくり返ってもありえない話なんだが。まあ、俺はそれほど暇だったのだ。
「キョンくん、かっこいいね」
こっちはちゃんと彼氏をつくって親にも紹介している妹が、俺のスーツ姿を眺めながら言った。お前に誉められてもうれしかねーよ。
「がんばって、お嫁さんを釣ってきてね」
「お、おう。ゲットしてくるぜ」
なんだかUFOキャッチャーの前で妙に力んでしまいそうなプレッシャーと同じものを感じつつ家を出た。

 叔母の紹介だという見合いの相手が待つ会場に、自転車をキコキコとこぎつつ五分前に到着した。車でもありゃよかったんだが。やれやれ時間どおりか。
 路地に漆喰の塀が延々と続く日本庭園の瀟洒なお屋敷だった。門の向こうに竹やぶがのぞいている。格好だけのシシ脅しの音がカコーンと聞こえる。最近はこういう貸切の場所もあるのな。時間あたり一万くらい?
 名前を言って通された畳の部屋にでかい座卓がでんと置いてあり、叔母とその向かいに見知らぬおばさんと小柄な女の子が座っていた。
「あらキョン、珍しく時間どおりじゃないの」
「はじめまして、ご紹介します。こちらは長門有希さん。県立北高出身のおとなしいお嬢様です。以後お見知りおきを」
「どうもはじめまして、俺のことはキョンと読んでください」
「……長門有希」
「キョン、長門さんはあんたと同じ歳よ」
そうなんですか。見かけは俺より五歳くらい若そうだけど。
「長門さん、和服がとてもお似合いですよ。西陣織ですね」
「……ありがとう。彼のその19800円のスーツも値段の割には似合っている。ズボン二本付きで、コストパフォーマンス抜群」
そこで親指を立ててくれるのは非常に嬉しいんですが、あなたはなぜ値段までご存知なのでしょうか。

「あ、あの、ご趣味はなんですか」
「……わたしの趣味に興味があるのはなぜ」
「あ、いえ差し支えなければでよろしいんですが。日ごろどんなことをして楽しんでらっしゃるのかなぁと」
「……強いて言えば、本、など」
「あ、あはは。本がお好きなんですね」
俺もう帰ってもいいかなあ。
「どんな本がお好きなんですか」
「……これ」
その風邪薬みたいなタイトルの分厚い本どっから出したんですか手品ですか。
「SFがお好きなんですか」
「……そう」
「いやぁ、俺もSF好きなんですよ。こないだ見たターミネーター5はかっこよかった」
「……あれは初期作品とは監督も脚本も違う。ネームバリューだけの焼き直しに過ぎない」
「す、すいません。実はジョンコナーがターミネーターだったなんてあまりに意外だったもんで」
「……ネタバレは、推奨しない。むしろシュワルツネッガーが人間であることのほうが、意外」

どうも話が進まない。見かねた叔母が話題を振った。
「長門さん、学生時代はなにをしてらしたの?スポーツとか部活とか」
「……」
「たしか文芸部でしたかしら?」
「……文芸部ではない。進化の可能性と時間移動体、自称少年エスパーが集合し無意味な活動にひたすらエネルギーを消耗する集団」
「面白いことをなさっていたようですね。どんな活動内容だったの?」
小柄な長門さんはどう説明したらいいのかとうんうんと唸った挙句、
「……言語では概念を説明できない」
「まあ、言葉にできないような楽しい学生時代だったんですね。おほほほ」
無理に笑ってみせる二人のおばさんの顔は少しひきつっていた。
「……お、おほほほ、ほ」
長門さん、小指立ててるのはかわいいんだけど顔が笑ってない、ぜんぜん笑ってないよお。

「じゃあ、後は二人だけにしましょうか」
「そうですね。二人とも気が合うみたいだし」
おばさんたち、そう言いつつ体よく逃げてるだけじゃないのか。俺たちのどのへんが気が合いそうなのか箇条書きにして読み上げてくれ。叔母はあとは俺に任せるからうまくリードしてくれとという感じに片目をつぶった。こんな話の通じない女の子をどうしろってんだ。
「あ、あの」
「……なに」
「こんなつまらない見合い、やめませんか」
「……そう。わたしも、意味もなく時間を無駄にしていると思う」
今日、はじめて意見が一致した気がする。
「こんな堅苦しい場所はやめて、どっか出かけませんか」
「……分かった」
「どこに行きます?」
「……図書館」
この人が落ち着ける空間はどうやら本があるところのようだ。そのまま二人で、片方は晴れ着のまま、もう片方はキリキリっと無駄にネクタイを締め上げたスーツという成人式の帰りかと思わせるようないでたちで、市民図書館へと足を運んだ。結い上げた髪とその端正な横顔を眺めつつふと感じた。なんとなくだが、いい子じゃないか。


お見合い朝倉さん


「キョンよお、折り入って頼みがあんだがよ」
土曜日、アホの谷口から電話がかかってきた。あいつのことだからどうせまた金を貸せとかナンパしようぜとかヤキソバを食わせろとかアホな用件にちがいない。
「なんだあ、金なら貸さんぞ」
「違うわい。実はよ、先月マリッジマッチングサービスに登録しちまったんだが」
「なんだその、まいっちんぐなんとかって」
「マリッジマッチングだ、しらねーのかよ。平たくいや結婚斡旋会社だ」
最初からそう言えばいいんだが、かっこつけようとして正体がなんなのか分かんなくなってる会社だな。
「お前もとうとう身を固める気になったのか。それとも二十三才恋愛暦ゼロの末に血迷ってそんなサービスに手を出しちまったのか」
「こないだ会社のやつとネタで登録しちゃってさあ」
「結構なことじゃないか。ナンパと違って下手なまねはできんだろう」
「それが、途中で怖くなって、」
「怖くなって?」
「お前の名前で登録しちまった」
こ、このバカ野郎が!!俺の個人情報をこともあろうに結婚斡旋なんかに漏らしやがって。
「最近郵便受けに見覚えのない広告がやたら入ると思ったらお前のせいか!!」
「いやぁ、わりぃわりぃ。ちょっとした下心ってやつだよ」
それを言うなら出来心だろうがバカ、おまえみたいなやつは庭に穴掘って首突っ込んで窒息死しちまえ。
「で、頼みってのはなんだ?」
「見合いの申し込みがあったんだ」
「まさか俺に会いにいけとか言うんじゃあるまいな」
「頼む。予定が入って急に行けなくなっちまったんだよ。費用は俺が出す」
俺はここで0.5秒間だけ考えた。谷口のおごりで女の子とデートすると考えるか、見も知らない女に愛想笑いを浮かべて気を使いつつ退屈な世間話をして消耗するだけだと考えるか。
 俺が黙っていると谷口は自ら金を釣り上げてきた。
「諸経費プラス一万でどうよ」
「うーん。……二万」
「よっしゃ」
俺も釣られたふりをした。って谷口、そんな金あるんだったら借金返せ。

 というわけで今俺の目の前にいるのはさらりと長い髪を背中に垂れた美女だ。
「どうかしたの?」
少し眉毛の主張が強いかなっていう、たまにウインクする目がなんとも麗しい女の子だった。歳は俺と同じらしい。
「ああ、いえ。なんでもありませんよ朝倉さん。こんなにきれいな女の人に会えて、まいっちんぐサービスに申し込んでホントよかったですよ」
「あなたも、写真よりずっと素敵ね」
「よかったらキョンと呼んでくれませんか」
「ええ、キョンくん」
デートの場所が思いつかず子供ばかりの遊園地のベンチで愛想笑いをしていた。なにやってんだろうね俺は。

 それにしても、俺はずいぶんとラッキーな目に遭っているのかもしれない。こんなきれいな顔をした女の子はそうそうお目にかかれるもんじゃないぞ。性格も優しそうだし、谷口のやつきっと悔しがるに違いない。
「あなたのその美貌なら引く手あまたでしょうに、なんでまた結婚斡旋サービスなんかに?」
「それにはいろいろと事情があってね……」
も、もしかして、なにか隠された暗い過去があるとか夜中に油をなめるとか頭に開いた口から大量にご飯を食うとかですか。
「わたし、気が短いの」
「それだけ?」
「うん……」
なーんだ、それだけのことか。はっはっは。
「気が短いだなんて、ふつーだと思いますよ。男でも女でも、俺の周りには気の短いやつ多いですから」
「そうかしら……。人間はさあ、やらなくて後悔するよりやって後悔するほうがいいって言うよね。これどう思う?」
「ええまあ。そのほうが経験豊かな人生になると言いますね」
「じゃあさあ、たとえ話なんだけど、現状を維持するだけではジリ貧になることは解っているんだけど、どうすればいい方向に進むか解らないとき。あなたならどうする?」
「難しいことはわかりませんが、とりあえずなにかやってみるんじゃないですか」
「でしょ?でもね、わたしの両親は頭が固くて、急な変化にはついてゆけないの。だったらもう、わたしの独断で強行に変革を進めちゃってもいいわよね」
「え、ええ」
なんだか妙に切迫感があるんだが気のせいか。誰かに弱みでも握られてるのか。
「何も変化しない毎日にわたしはもう飽き飽きしてるのね。だから……」
「だから?」
「あなたと結婚して幸せな日々を送る!」
いきなり、朝倉さんが抱きついてきた。俺は美女に抱きしめられて息が止まりそうだった。こんな白昼の、衆人環視のど真ん中で。おいお前ら見世物じゃない、などという視線を送ってみるんだが、遊園地のアトラクションの一種かなんかだと思われているらしく、子供は溶けそうなアイスクリームも気にせず呆然と二人を見詰め、お父さんはニヤニヤと俺たちを鑑賞している。お母さんからは盛大な拍手すらいただいた。あ、どうもありがとうございます。おひねりはご遠慮ください。
「あ、朝倉さん。まだ気が早いですよ。俺たち知り合ったばかりじゃないですか」
「そ、そうね。ごめんなさい」
朝倉さんはポッを顔を染めてうつむいた。

「せっかく来たんだから、ちょっと遊んでいきませんか」
「ええ。遊園地なんて何年ぶりかしら」
「ローラーコースターとかバンジージャンプとか平気ですか」
「わ、わたしそういうの苦手で……」
そうだったんですか。じゃあもっと軽いやつにしましょう。
 最近の遊園地は大掛かりな機械ばかりで、心臓の悪い人は乗らないでくださいという注意書きばかりだ。だったらいっそのこと車椅子をレールに乗っけてみてはどうか、そのまま病院に直行してもらえるようにな。
「あれなんかどうですか」
メリーゴーランドの横に並ぶ売店のそばで、小さくテントを構えている射的があった。コルクの弾をライフルで撃つあれだ。
「なつかしいですね、昔よくやりました」
朝倉さんは爽やかな笑顔で目を細めた。俺も子供の頃には祭りの屋台でよくやったもんだ。

 景品には小さいものでは駄菓子とかガチャガチャで出てきそうなフィギュアなんかが並び、なかなか倒せそうにない大当たりの賞品にはぬいぐるみやゲームなんかがあった。俺はライフルを借りて朝倉さんに渡した。
「弾は二十発あります。小さいやつのほうが倒せる確率が高いです」
「このライフル……MP44レプリカね。射程は短いんだけど精度は高いわ」
な、なんか妙に詳しそうですね。百発あっても倒せそうにないぬいぐるみなんかを狙いそうな雰囲気だが。
 俺が十発くらいでやっと小さなケロヨンを倒したところで脇を見てみると、朝倉さんは妙に堂に入った構え方でパスパスと連射していた。この人、ミリタリヲタだったのか。
「ああっもう!横風で弾が流れるわ。店員さん、もう二十発ください!」
格好だけはピシッと決まっているんだが、射撃の腕前はいまいちなようである。全弾、かすりもしない。
「もうっ、こんなヘボライフルなんかじゃ敵を打ち落とすのは無理だわ!」
「朝倉さん、熱が入ってますね」
と笑いながら言おうとするとやおらエモノを取り出して的に投げ始めた。そ、それってナイフですか!?見るからに切れ味のよさそうなミリタリナイフをいくつも取り出しプスプスとぬいぐるみに投げ始めた。店員の女の子が真っ青になった。
「お客さま、武器の使用は厳禁です、あぶないですぅ」
などと言いながら頭を覆って縮こまっている。
「あの倒したぬいぐるみ、いただけるかしら?」
朝倉さんは、断ろうものならギザギザ付きのナイフで切り刻んであげるわよとでもいうような雰囲気ですごんでみせた。かわいそうに、店員はブルブルと震えながら熊のぬいぐるみを抱えて渡した。
「キョンくんっ、プーさんをゲットしたわっ」
「よ、よかったですね。あ、あははは」
先ほどの海軍特殊部隊のような目つきはどっかにいっちまって、爽やかに笑ってみせる朝倉さんだった。にしてもそのプーさん、頭にナイフが刺さったままなんですが。

 無事景品を獲得したので俺たちは警備員を呼ばれないうちにその場を撤収した。
「あの……ごめんねキョンくん。わたしは獲物を狙うと見境がなくなるの」
まるでイリオモテヤマネコかチーターのようなお方ですね。あなたが結婚斡旋サービスで出会いを求めた理由が、なんとなく分かったような気がしますよ。
「……嫌いになっちゃった?」
抱えたプーさんをギュッと抱きしめてうつむいた。俺は朝倉さんの細い手を取った。
「俺にはミリタリのよさは分かりませんが、いいんじゃないですか。人間ひとつくらい熱中できるものがあるほうが、人生楽しいに決まってますよ。それに、本当に欲しいものは躊躇していると逃げてしまうかもしれませんしね」
「キョンくん、やさしいんですね」
え、えへへ。女の子からやさしいだなんて言われたのははじめてです。

「そうだ、ジュラシックパークを再現したジャングルがあるんですよ。あそこに行きませんか、エアソフトガンで恐竜を撃てるらしいです」
「わあ、ほんと?楽しみだわ」
二人とも繋いだ手を離さず、足取りも軽く前人未到のジャングルへと冒険の旅に出た。俺は帰りにミリタリショップにでも寄ってみるかな、などと考えつつ、右手の温かい温もりを堪能していた。


お見合い喜緑さん


 部室のドアをノックする音がする。控えめにドアを開けて現れたのは、無翼の天使、未来人に違いなかった。
「四限まで昼寝してたら寝過ごしちゃって……」
結構なことじゃないですか、寝る子は育つといいますからね。言わなくてもいい言い訳を言いながらためらうように廊下にたたずんでいる。なぜかそのまま入ってこようとしない。
「ええと、その……ですね」
俺たちの視線が未来人に集中した。それから思い切ったように言った。
「あ、あの……お嫁さんを連れてきました」
な、なんですとぁ!?今お嫁さんとか、女の子に飢えた俺の耳が勝手に誤変換した聞き間違いですか。

 未来人に連れられてきてじっとうつむいて座っているのは、喜緑江美里さんという、おとなしく清楚な感じの女の子だった。
 団長がボールペンを耳に差し込んで鼻から取り出すという、小学生がやる手品を誰に見せるでもなく延々繰り返しながら質問した。
「するとあなたは、我がSOS団に彼氏を探して欲しいというのね?」
いつからSOS団は出会い系になったんだよ。いっそのことブライダルプランニングまでやるか。
「はい」
「ふうむ」
「もう何日も彼氏ができないんです」
ふつー、何年もとか言うでしょう。あなたの恋愛感覚にクレームをつけるつもりは毛頭ありませんが。
「ええと喜緑さんとやら、お住まいはどちらです?」
「たしかホンジュラスだったと思います」
たしか思いますって、あなた他人事みたいに言ってますが。などとツッコミどころを間違えている俺である。ホンジュラスっていうと、中米でしたっけ。
「夜中に部屋にひとりでいるとお先真っ暗ですし。わたし、心配なんです」
なんだかよく分かりませんが、そんなに思いつめなくてもあなたの美貌なら彼氏のひとりや二人作れるでしょうに。

 団長は腕組みをして神妙な顔つきをして言った。
「むう。あなたの気持ちは分からないでもないわ。あたしもここ三年間、まともな彼氏がひとりもいないのよ。我がSOS団が全力を投じてあなたの彼氏を見つけてあげるわ」
「そうですか、お気遣いありがとうございます」
今にも消え入りそうな薄く浮かんだ笑顔だった。
「幸いSOS団には最適な人材が用意してあるの。そうね……時間あたり五千円でいいわ」
ついにデートクラブか人身売買まではじめやがったのかこの団長は。って待て、人材って誰のことだ。
「キョンに決まってるでしょ。なんでもいいからこのかわいいな女の子が満足するまで付き合ってあげなさい」
そんな、むちゃくちゃな……って喜緑さん、そのしっかりと捕まえているのは俺の腕ですか。
「お借りします。あの……後払いでもよろしいでしょうか」
「ええ、ボーナス二回払いでも分割払いでもいいわ。カードはVISAマスターアメックス対応よ。ただし、キズものにはしないでね」
レンタカー並みの扱いかよ俺は。

 お客様にはちょっと失礼して、未来人をドアの外に引っ張った。
「いったいどういうことなんですか」
俺が未来人に向かって顔をぐっと寄せ充血しそうな目で問い詰めると、未来人はオロオロと一気に喋り始めた。
「キョンくんがいつまでたっても彼女ができないので、上司から女の子を紹介しろと命令されちゃいまして……あ、これ禁則事項でした。未来では人類が絶滅の危機に瀕していて、キョンくんが存亡の鍵を握っていて、つまりキョンくんの子供だけが生き残るっていう、あ、ごめんね、これも禁則事項なの」
あの、ぜんぜん禁則事項になってないですが。
「ごめんなさい、わたしにはこれ以上言えないの。誰でもいい、ただ女の子と付き合ってほしかっただけなの」
えらく投げやりな未来人の政策ですね。まあ喜んでいいのか俺の顔は緩みっぱなしでニヤニヤが止まらない始末であります。
「いつまでたってもって、俺まだ十六歳なんでまだまだこれからだと思うんですが」
「未来では平均寿命が十五歳なの」
って俺すでに死んでんじゃん!!そんな早死にしちゃ年金もらえないじゃないですか。

 そのようなわけで平の団員からホスト並みの待遇に降格された挙句、この清楚なレディと駅前で待ち合わせている俺である。
「どうも喜緑さん、待ちましたか」
「いえ、今来たところですわ」
その手の中でクシャクシャになったマクドナルドの紙コップ、三十分は経っているとお見受けしますが。
「キョンくん、あの、よろしかったら本名で呼んでいただけます?」
「喜緑さんが本名じゃなかったんですか」
「国ではエミリンって呼ばれてます」
「か、かわいい名前ですね。エミリンさん」
「エミリン・キミドリンって言うんです」
ホンジュラスではそういう変わったかわいい名前が多いんですか。なんだか栄養ドリンクに1000ミリグラムくらい配合されてそうな名前ですね。

 待ち合わせたはいいが、この後どうするか考えていなかった。団長のやつ、デートコースの設定くらいしといてくれりゃよかったのに。金さえもらえばいいのかよ。こういう場合は水族館にでも行って食事して、また今度ねーみたいな流れになるんだろうか。
「あの、キョンくん、よろしかったらそこの喫茶店に入りませんか」
「そうですね。ちょうどノドも乾いていたところですし、行きましょう」
俺は財布の中身を確かめた。経費は団長にしっかり請求してやるからな。
 夢を見そうな名前のこじゃれた喫茶店に入ると、コーヒー豆を煎るいい香りが漂っていた。自家焙煎ってやつだな。
「あれっ!?喜緑さん?」
後ろを振り返ると彼女はいなかった。どっか溝にでもハマってんじゃないかと慌てて自動ドアの外に出てみるがいない。
「キョンくん、お入りになって」
突然メイド姿の喜緑さんが現れ、店の中から手招きしている。ここってメイド喫茶だったんですか、ってなんでまたあなたがそんなかっこしてるんですか。デートだからってそこまで大サービスしてくれなくても。
「ふふっ。実はわたし、ここで働いてるんです」
「そうなんですか。そのお姿、実によくお似合いです」
俺のメイド萌えもビョーキの域にまで達しているが、この人のエプロン姿は実にキマっていて、これを着るためにこの世に生まれてきたんじゃないかとも思えるほどだ。
「いらっしゃいませ、ご注文は?」
「じゃ、じゃあカプチーノで」
「カプチーノおひとつですね、かしこまりました」
「いえ、二つください。二人で飲むほうがおいしいんです」
「まあ……」
丸いお盆を胸に、ポッと頬を染めてみせるミドリンだった。

 メイド服の美少女と静かにカプチーノを堪能したあと、地下鉄で水族館へと向かうことにした。
「キョンくん、乗車券をどうぞ」
素早いですね、ありがとうございます。いつもふんぞり返っている誰かとは違ってこの人は実に気が利くなぁ。
 電車が来てドアが開くと、喜緑さんは目も止まらぬ速さでササッと車内に入り込み、
「キョンくん、こっちです。席を確保しておきました」
なんという手際のよさ。座席のスペースを二人分しっかりとキープしている喜緑さんがいた。通勤時にもお願いしたいくらいです。にしてもそこ、シルバーシートですが。

 水族館の入口には入場券を求める客で行列ができていた。三十分は待たされるだろうな。
「少し待たされそうですね。ってあれ?喜緑さん?」
見回してみるがいない。またもどこかへ消えたようだ。もしかしてここでもメイド服に着替えてるんだろうか。
「キョンくん、団体様入口へどうぞ」
スピーカーで名前を呼ばれて俺は目を見張った。窓口に従業員の制服を来た喜緑さんが座っている。
「喜緑さん、そんなところでなにやってんです」
「あの、実はわたしここで働いているんです」
だってさっき喫茶店で働いてませんでしたか。
「かけもちなんです……」
喜緑さんは恥ずかしそうに言った。見かけによらずバイタリティありますね。いいことだ。

 延々と並んでいる一般客を尻目に、俺はVIP扱いで先に入場を許された。いやぁ、持つべきは水族館に勤めている知り合いですね。
「わたしがご案内しますわ。中は暗いですから足元に注意してくださいね」
などと言いつつ俺の腕を取って、ぐっと自分の腕にからめている喜緑さんである。

「右手をご覧ください。この縞模様のお魚はシクラソーマ・カッテライといって、ホンジュラスではポピュラーな種類です」
なんとなく日本の淡水魚の生態系を脅かしているブルーギルに似てますね。
「実はホンジュラスではお魚が天から降ってくることがあるんです」
「え?魚が降ってくるんですか?」
「ええ。豪雨が二三時間くらい続いたあと、家の外に出てみると魚があちこちに散らばっていることがあります」
「漁師さんたちは大喜びでしょう」
「はい、この豪雨は魚祭りの雨と呼ばれて祝い事になっています」
奇妙なこともあるもんですね。ホンジュラスの七不思議のひとつでしょうか

 でっかいクエやらヒラアジやらが泳いでいる大きな水槽の前で、俺の腕が軽くなっていることに気が付いた。振り返ると喜緑さんがいない。あれれ、まさか迷子になっちまったのか。などと見回していると視界の端に奇妙な魚が映っているのに気が付いた。
「き、喜緑さんそんなところでなにやってんですか!!」
喜緑さんが水着を着て水槽の中で手を振っている。いくらここで働いてるからってそこまでサービスしなくても。
 喜緑さんはにっこり笑って、手に持った籠から小エビらしいものを取り出して餌付けをはじめた。その途端に周りを泳いでいた魚が群がり始め、エサが手から離れる間もなく争奪戦を繰り広げていた。なんだかピラニアに襲われてるようで怖いんですが、って喜緑さん、あなたの後ろにサメが、でっかいサメが匂いをかいでますよ!!

 俺たちは水族館を後にして、近くの公園のベンチに座った。喜緑さんは濡れた髪を気にしていた。
「楽しんでいただけましたか」
「ええ、そりゃもう。客にも受けてましたよ」
そこで喜緑さんは少しだけ悲しげな表情になって、
「あの……わたしって、ヘン、ですよね」
もう日は暮れかかっていて、喜緑さんのうつむいた顔はオレンジ色の夕日に照らし出されていた。
「ヘン、とおっしゃいますと?」
「わたし、ウェイトレスとか窓口の女の子みたいに人になにかをしてあげるのが好きで、生まれついてのホストなんです。よく世話を焼きすぎて嫌われちゃうんです」
「ぜんぜんヘンじゃないですよ。むしろみんな喜緑さんを見習うべきです。自分より他人の幸せを願うなんて、そうそうできるものじゃありません」
「ありがとう……」
「他人もですけど、あなた自身にも幸せになってほしいです」
俺は別にかっこつけるつもりはなかったのだが、喜緑さんの目は少し潤んでいた。
「キョンくん……。あの、よかったら、今晩わたしの家に来ませんか」
ええっ、あのあのっ、俺たちまだ出会ったばかりでそんな急展開は心の準備が必要というか仮にも未成年で。
「晩御飯、作りますわ」
「そ、そうですか。あはははは。晩御飯ね」
妙に冷や汗をかいているバカな俺である。
「いいですよ。ただしひとつだけ、」
「なんでしょうか?」
「晩御飯は俺に作らせてください。なあに、人様に出しても恥ずかしくないレパートリーのひとつやふたつ、俺にだってあります」
ええと、カツ丼とか親子丼くらいしかなかったな。
「ええ、いいですわ。わたしは黙って待っていますから」
「じゃあ、行きましょうか、エミリン」

 そのまま二人で手を繋いで、スーパーに買い物に行くことにした。なんとなく、これが未来の俺たちなのかもしれないと妄想などを取り混ぜつつ、顔の緩みが止まらない俺である。


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