籠の中

籠の中

著者 夜 氏

籠の中~その1~

今日の旅人は都会の雑踏を歩いていた。

ガヤガヤガヤ・・・・ザワザワザワ・・・

都会は五月蝿い。今は冬だというのにまるで、夏のような騒がしさだ。
若者がケータイで友達と話しながら歩いていく。会社帰りの中年男性が家路を急ぐ。
しかし、旅人はそんな者は見えてないかのように、人混みを掻き分け、スイスイと歩いていく。
旅人の足が止まった。
そこは大きなペットショップだった。

「いらっしゃいませ。」

親子連れが子犬のゲージの前で笑いあいながら話している。
どの動物も一様に愛らしい。旅人はある1つの籠に目を留めた・・・。



籠の中~その2~

それはハツカネズミのケージだった。
10匹近いネズミがチューチュー鳴いている。
「よお、俺を買ってかないか?」
旅人はいきなり声をかけられた。
「誰・・・かな?」
するとケージの入り口に一匹のネズミが近寄ってきた。
「俺だよ。俺。黒いコートの怪しいおっさん。」
近寄ってきたネズミがモゴモゴと口を動かした。
「怪しいおっさんねぇ・・・。私には、ちゃんとした名前があるのだが・・・。」
「じゃあなんていうの。アンタの名前。」
旅人は少し考えて言った。
「・・・・皆は私のことを旅人さんと呼ぶ。」
店員が少し怪しがりはじめた。
まあ、黒いコートの見るから怪しそうな男がハツカネズミのケージの前でぼそぼそしゃべっているんだから
怪しがるのも無理はない。
「ネズミ君と話をしてみたいのだが・・・如何せん場所が悪い。そこから出られるか?」
「もちろん!今晩このペットショップの裏路地でな。」
店員が警察を呼ぶ前に、旅人は店から出て行った。
籠の中~その3~

お、来たな旅人さん。俺の話を聞きたいって言うけど、ドコから聞きたいんだ?
名前?俺の名前は、トニィ・・・って、平凡すぎる?自分でつけたんだ。しょうがないだろ?
今まで何してきたかって?俺はとあるペットショップで産まれたんだ。
今、俺が居るペットショップじゃねぇぞ。
俺の母親は「私たちはただのハツカネズミ。寿命が短いのは目に見えている。
だから、生き残る術を身に着けて出来るだけ長く生き延びるのよ。」
って言って、俺に生きるための知識を教えてくれたんだ。
んー例えば・・・、この歯さ!このキラリと光る自慢の歯が俺の命を繋いでたんだ。
今まで、ろくでもない飼い主に買われたり、ペットの蛇の餌にされそうになったり・・・
それでも俺はこの身一つで乗り切ってきたんだ。
…こんな感じかな俺の一生は。



籠の中~その4~

多分俺は、近いうちに誰かに飼われるだろう。
そいつが良い奴なのか悪い奴なのかは分からないけれども、
俺は又、逃げてやるさ。この自慢の歯は他のネズミよりも一味違うから大丈夫!
俺も旅人さんと同じ。彼方此方を逃げながら旅してる。
…もう時間か。もっと話したかったのに・・・残念だな。
まぁ、いいや。又何処かで会おうぜ!次に会う時は、クッキーの一つや二つ奢ってくれよ!
じゃあな~・・・。



籠の中~その5~

次に旅人がトニィに会った時は、トニィは他のネズミたちと共に他のゲージに入れられ
トラックの荷台につまれる所だった。
『よーう、旅人さん。』
トニィが小声で話しかけてきた。
『また、俺別の奴に飼われちまうみてえだ。』
旅人は動かない。
『一週間くらいしたらまた逃げ出してくるよ。』
積み込みが終わって白衣の男がトラックに乗り込む。

ブルンブルン、ブルルル・・・・

トラックが朝の光を浴びて都会の外れに向かって走り出す。
旅人はトラックが見えなくなるまで、その場を動かなかった。
トニィは・・・3週間経っても、帰ってこなかった。



籠の中~その6~
古びた喫茶店。
カチコチカチコチカチ・・・・
店に置かれた大時計が時を刻む。
旅人は、コーヒーを啜り新聞を横目で見ながら彼を待っていた。
約束のクッキーを傍らに用意して。
「よーぅ。待っててくれたのか。」
目の前にいきなり一匹のハツカネズミが現れる。
「ああ。」
旅人は短く返事をした。
「お~!クッキーもあるじゃん!」
ハツカネズミ・・・もといトニィは、自分の体ほどもあるクッキーを前足で起用に掴み
もそもそと租借し始めた。
サクサクサクサクサク・・・・・
「さて・・・、トニィ君に聞きたいことがあるのだが?」
「ムグムグ・・・ん、何だ?」
旅人は一息ついて言った。

「君はどうして逃げなかったんだい?」



籠の中~その7~

クッキーを食べるトニィの手が止まった。
「どうしてだい?」
「・・・・・。」
トニィは答えない。
コポコポコポコポ・・・・
老バーテンダーがコーヒーを淹れる音がする。
「ははは・・・、何でだろうな・・・。」
トニィは、自嘲じみた笑いを浮かべた。
「今まで・・・俺は逃げてきた。自分が生き残るためにな。あの時、俺達が連れてこられた場所は
真っ白な建物でさ。一つのゲージにぎゅうぎゅう詰め・・・いやあ、苦しかったよ。
その後、たらふく餌を食わされた。初めて来た場所だったが、俺には分かった。
ゲージの脇に置いてあった変な紙切れ・・・俺は他の奴と違って、字も読めるからな。
俺達が何に使われるか分かってたよ。」

カチコチカチコチ

時計の音がやけに大きく聞こえる。



籠の中~その8~

「分かっていたのに何故、逃げなかったんだ?君には自慢の歯があるんだろ?」
「・・・残したかったんだ。」
時が・・・止まった。
「残すっていったい何を?」
「何時までも逃げていたって、必ず死は訪れる。どうせ死ぬなら・・・何か残したい。
他の奴らが出来ないような事を。俺がやったって分からなくても・・・挑戦したかったんだ。」
旅人が一口コーヒーを啜る。
「苦しかったかい?」
「ああ、今までに体験したことがないような痛み・・・体中が気持ち悪かったな。
あの白衣の奴らに変なものを食わされてから・・・。でも、俺は後悔なんかしてねぇぜ。」
スウッとトニィの体が薄くなる。
「最後に・・・クッキーうまかったよ。」



籠の中~その9~

カチコチカチコチ・・・ボーンボーンボーン・・・
大時計が時間を知らせる。
テーブルには旅人が頼んだコーヒーと何故か三分の一齧られたままのクッキーが置いてある。
「君の頑張りは・・・残念ながら世の人々に知られることはないだろう。」
旅人は新聞をバサリと広げた。
「だが、功績は残る。」
誰も居ないテーブルに向かって旅人は話しかけた。
「私は・・・君のことを忘れない。」
新聞には大きな見出しが載っていた。
活字で彫られた大きな文字・・・。



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                       END
最終更新:2008年01月25日 16:09