籠の中

「籠の中」の編集履歴(バックアップ)一覧はこちら

籠の中」(2008/01/25 (金) 16:09:29) の最新版変更点

追加された行は緑色になります。

削除された行は赤色になります。

**籠の中 著者 夜 氏 籠の中~その1~ 今日の旅人は都会の雑踏を歩いていた。 ガヤガヤガヤ・・・・ザワザワザワ・・・ 都会は五月蝿い。今は冬だというのにまるで、夏のような騒がしさだ。 若者がケータイで友達と話しながら歩いていく。会社帰りの中年男性が家路を急ぐ。 しかし、旅人はそんな者は見えてないかのように、人混みを掻き分け、スイスイと歩いていく。 旅人の足が止まった。 そこは大きなペットショップだった。 「いらっしゃいませ。」 親子連れが子犬のゲージの前で笑いあいながら話している。 どの動物も一様に愛らしい。旅人はある1つの籠に目を留めた・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その2~ それはハツカネズミのケージだった。 10匹近いネズミがチューチュー鳴いている。 「よお、俺を買ってかないか?」 旅人はいきなり声をかけられた。 「誰・・・かな?」 するとケージの入り口に一匹のネズミが近寄ってきた。 「俺だよ。俺。黒いコートの怪しいおっさん。」 近寄ってきたネズミがモゴモゴと口を動かした。 「怪しいおっさんねぇ・・・。私には、ちゃんとした名前があるのだが・・・。」 「じゃあなんていうの。アンタの名前。」 旅人は少し考えて言った。 「・・・・皆は私のことを旅人さんと呼ぶ。」 店員が少し怪しがりはじめた。 まあ、黒いコートの見るから怪しそうな男がハツカネズミのケージの前でぼそぼそしゃべっているんだから 怪しがるのも無理はない。 「ネズミ君と話をしてみたいのだが・・・如何せん場所が悪い。そこから出られるか?」 「もちろん!今晩このペットショップの裏路地でな。」 店員が警察を呼ぶ前に、旅人は店から出て行った。 籠の中~その3~ お、来たな旅人さん。俺の話を聞きたいって言うけど、ドコから聞きたいんだ? 名前?俺の名前は、トニィ・・・って、平凡すぎる?自分でつけたんだ。しょうがないだろ? 今まで何してきたかって?俺はとあるペットショップで産まれたんだ。 今、俺が居るペットショップじゃねぇぞ。 俺の母親は「私たちはただのハツカネズミ。寿命が短いのは目に見えている。 だから、生き残る術を身に着けて出来るだけ長く生き延びるのよ。」 って言って、俺に生きるための知識を教えてくれたんだ。 んー例えば・・・、この歯さ!このキラリと光る自慢の歯が俺の命を繋いでたんだ。 今まで、ろくでもない飼い主に買われたり、ペットの蛇の餌にされそうになったり・・・ それでも俺はこの身一つで乗り切ってきたんだ。 ・・・こんな感じかな俺の一生は。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その4~ 多分俺は、近いうちに誰かに飼われるだろう。 そいつが良い奴なのか悪い奴なのかは分からないけれども、 俺は又、逃げてやるさ。この自慢の歯は他のネズミよりも一味違うから大丈夫! 俺も旅人さんと同じ。彼方此方を逃げながら旅してる。 …もう時間か。もっと話したかったのに・・・残念だな。 まぁ、いいや。又何処かで会おうぜ!次に会う時は、クッキーの一つや二つ奢ってくれよ! じゃあな~・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その5~ 次に旅人がトニィに会った時は、トニィは他のネズミたちと共に他のゲージに入れられ トラックの荷台につまれる所だった。 『よーう、旅人さん。』 トニィが小声で話しかけてきた。 『また、俺別の奴に飼われちまうみてえだ。』 旅人は動かない。 『一週間くらいしたらまた逃げ出してくるよ。』 積み込みが終わって白衣の男がトラックに乗り込む。 ブルンブルン、ブルルル・・・・ トラックが朝の光を浴びて都会の外れに向かって走り出す。 旅人はトラックが見えなくなるまで、その場を動かなかった。 トニィは・・・3週間経っても、帰ってこなかった。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その6~ - 古びた喫茶店。 カチコチカチコチカチ・・・・ 店に置かれた大時計が時を刻む。 旅人は、コーヒーを啜り新聞を横目で見ながら彼を待っていた。 約束のクッキーを傍らに用意して。 「よーぅ。待っててくれたのか。」 目の前にいきなり一匹のハツカネズミが現れる。 「ああ。」 旅人は短く返事をした。 「お~!クッキーもあるじゃん!」 ハツカネズミ・・・もといトニィは、自分の体ほどもあるクッキーを前足で起用に掴み もそもそと租借し始めた。 サクサクサクサクサク・・・・・ 「さて・・・、トニィ君に聞きたいことがあるのだが?」 「ムグムグ・・・ん、何だ?」 旅人は一息ついて言った。 「君はどうして逃げなかったんだい?」 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その7~ クッキーを食べるトニィの手が止まった。 「どうしてだい?」 「・・・・・。」 トニィは答えない。 コポコポコポコポ・・・・ 老バーテンダーがコーヒーを淹れる音がする。 「ははは・・・、何でだろうな・・・。」 トニィは、自嘲じみた笑いを浮かべた。 「今まで・・・俺は逃げてきた。自分が生き残るためにな。あの時、俺達が連れてこられた場所は 真っ白な建物でさ。一つのゲージにぎゅうぎゅう詰め・・・いやあ、苦しかったよ。 その後、たらふく餌を食わされた。初めて来た場所だったが、俺には分かった。 ゲージの脇に置いてあった変な紙切れ・・・俺は他の奴と違って、字も読めるからな。 俺達が何に使われるか分かってたよ。」 カチコチカチコチ 時計の音がやけに大きく聞こえる。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その8~ 「分かっていたのに何故、逃げなかったんだ?君には自慢の歯があるんだろ?」 「・・・残したかったんだ。」 時が・・・止まった。 「残すっていったい何を?」 「何時までも逃げていたって、必ず死は訪れる。どうせ死ぬなら・・・何か残したい。 他の奴らが出来ないような事を。俺がやったって分からなくても・・・挑戦したかったんだ。」 旅人が一口コーヒーを啜る。 「苦しかったかい?」 「ああ、今までに体験したことがないような痛み・・・体中が気持ち悪かったな。 あの白衣の奴らに変なものを食わされてから・・・。でも、俺は後悔なんかしてねぇぜ。」 スウッとトニィの体が薄くなる。 「最後に・・・クッキーうまかったよ。」 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その9~ カチコチカチコチ・・・ボーンボーンボーン・・・ 大時計が時間を知らせる。 テーブルには旅人が頼んだコーヒーと何故か三分の一齧られたままのクッキーが置いてある。 「君の頑張りは・・・残念ながら世の人々に知られることはないだろう。」 旅人は新聞をバサリと広げた。 「だが、功績は残る。」 誰も居ないテーブルに向かって旅人は話しかけた。 「私は・・・君のことを忘れない。」 新聞には大きな見出しが載っていた。 活字で彫られた大きな文字・・・。 『○×研究所が、新薬を開発!三年越しの夢が遂に叶う!』                        END
**籠の中 著者 夜 氏 籠の中~その1~ 今日の旅人は都会の雑踏を歩いていた。 ガヤガヤガヤ・・・・ザワザワザワ・・・ 都会は五月蝿い。今は冬だというのにまるで、夏のような騒がしさだ。 若者がケータイで友達と話しながら歩いていく。会社帰りの中年男性が家路を急ぐ。 しかし、旅人はそんな者は見えてないかのように、人混みを掻き分け、スイスイと歩いていく。 旅人の足が止まった。 そこは大きなペットショップだった。 「いらっしゃいませ。」 親子連れが子犬のゲージの前で笑いあいながら話している。 どの動物も一様に愛らしい。旅人はある1つの籠に目を留めた・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その2~ それはハツカネズミのケージだった。 10匹近いネズミがチューチュー鳴いている。 「よお、俺を買ってかないか?」 旅人はいきなり声をかけられた。 「誰・・・かな?」 するとケージの入り口に一匹のネズミが近寄ってきた。 「俺だよ。俺。黒いコートの怪しいおっさん。」 近寄ってきたネズミがモゴモゴと口を動かした。 「怪しいおっさんねぇ・・・。私には、ちゃんとした名前があるのだが・・・。」 「じゃあなんていうの。アンタの名前。」 旅人は少し考えて言った。 「・・・・皆は私のことを旅人さんと呼ぶ。」 店員が少し怪しがりはじめた。 まあ、黒いコートの見るから怪しそうな男がハツカネズミのケージの前でぼそぼそしゃべっているんだから 怪しがるのも無理はない。 「ネズミ君と話をしてみたいのだが・・・如何せん場所が悪い。そこから出られるか?」 「もちろん!今晩このペットショップの裏路地でな。」 店員が警察を呼ぶ前に、旅人は店から出て行った。 籠の中~その3~ お、来たな旅人さん。俺の話を聞きたいって言うけど、ドコから聞きたいんだ? 名前?俺の名前は、トニィ・・・って、平凡すぎる?自分でつけたんだ。しょうがないだろ? 今まで何してきたかって?俺はとあるペットショップで産まれたんだ。 今、俺が居るペットショップじゃねぇぞ。 俺の母親は「私たちはただのハツカネズミ。寿命が短いのは目に見えている。 だから、生き残る術を身に着けて出来るだけ長く生き延びるのよ。」 って言って、俺に生きるための知識を教えてくれたんだ。 んー例えば・・・、この歯さ!このキラリと光る自慢の歯が俺の命を繋いでたんだ。 今まで、ろくでもない飼い主に買われたり、ペットの蛇の餌にされそうになったり・・・ それでも俺はこの身一つで乗り切ってきたんだ。 …こんな感じかな俺の一生は。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その4~ 多分俺は、近いうちに誰かに飼われるだろう。 そいつが良い奴なのか悪い奴なのかは分からないけれども、 俺は又、逃げてやるさ。この自慢の歯は他のネズミよりも一味違うから大丈夫! 俺も旅人さんと同じ。彼方此方を逃げながら旅してる。 …もう時間か。もっと話したかったのに・・・残念だな。 まぁ、いいや。又何処かで会おうぜ!次に会う時は、クッキーの一つや二つ奢ってくれよ! じゃあな~・・・。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その5~ 次に旅人がトニィに会った時は、トニィは他のネズミたちと共に他のゲージに入れられ トラックの荷台につまれる所だった。 『よーう、旅人さん。』 トニィが小声で話しかけてきた。 『また、俺別の奴に飼われちまうみてえだ。』 旅人は動かない。 『一週間くらいしたらまた逃げ出してくるよ。』 積み込みが終わって白衣の男がトラックに乗り込む。 ブルンブルン、ブルルル・・・・ トラックが朝の光を浴びて都会の外れに向かって走り出す。 旅人はトラックが見えなくなるまで、その場を動かなかった。 トニィは・・・3週間経っても、帰ってこなかった。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その6~ - 古びた喫茶店。 カチコチカチコチカチ・・・・ 店に置かれた大時計が時を刻む。 旅人は、コーヒーを啜り新聞を横目で見ながら彼を待っていた。 約束のクッキーを傍らに用意して。 「よーぅ。待っててくれたのか。」 目の前にいきなり一匹のハツカネズミが現れる。 「ああ。」 旅人は短く返事をした。 「お~!クッキーもあるじゃん!」 ハツカネズミ・・・もといトニィは、自分の体ほどもあるクッキーを前足で起用に掴み もそもそと租借し始めた。 サクサクサクサクサク・・・・・ 「さて・・・、トニィ君に聞きたいことがあるのだが?」 「ムグムグ・・・ん、何だ?」 旅人は一息ついて言った。 「君はどうして逃げなかったんだい?」 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その7~ クッキーを食べるトニィの手が止まった。 「どうしてだい?」 「・・・・・。」 トニィは答えない。 コポコポコポコポ・・・・ 老バーテンダーがコーヒーを淹れる音がする。 「ははは・・・、何でだろうな・・・。」 トニィは、自嘲じみた笑いを浮かべた。 「今まで・・・俺は逃げてきた。自分が生き残るためにな。あの時、俺達が連れてこられた場所は 真っ白な建物でさ。一つのゲージにぎゅうぎゅう詰め・・・いやあ、苦しかったよ。 その後、たらふく餌を食わされた。初めて来た場所だったが、俺には分かった。 ゲージの脇に置いてあった変な紙切れ・・・俺は他の奴と違って、字も読めるからな。 俺達が何に使われるか分かってたよ。」 カチコチカチコチ 時計の音がやけに大きく聞こえる。 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その8~ 「分かっていたのに何故、逃げなかったんだ?君には自慢の歯があるんだろ?」 「・・・残したかったんだ。」 時が・・・止まった。 「残すっていったい何を?」 「何時までも逃げていたって、必ず死は訪れる。どうせ死ぬなら・・・何か残したい。 他の奴らが出来ないような事を。俺がやったって分からなくても・・・挑戦したかったんだ。」 旅人が一口コーヒーを啜る。 「苦しかったかい?」 「ああ、今までに体験したことがないような痛み・・・体中が気持ち悪かったな。 あの白衣の奴らに変なものを食わされてから・・・。でも、俺は後悔なんかしてねぇぜ。」 スウッとトニィの体が薄くなる。 「最後に・・・クッキーうまかったよ。」 -------------------------------------------------------------------------------- 籠の中~その9~ カチコチカチコチ・・・ボーンボーンボーン・・・ 大時計が時間を知らせる。 テーブルには旅人が頼んだコーヒーと何故か三分の一齧られたままのクッキーが置いてある。 「君の頑張りは・・・残念ながら世の人々に知られることはないだろう。」 旅人は新聞をバサリと広げた。 「だが、功績は残る。」 誰も居ないテーブルに向かって旅人は話しかけた。 「私は・・・君のことを忘れない。」 新聞には大きな見出しが載っていた。 活字で彫られた大きな文字・・・。 『○×研究所が、新薬を開発!三年越しの夢が遂に叶う!』                        END

表示オプション

横に並べて表示:
変化行の前後のみ表示: