ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十三話『失われた世界』

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第十三話『失われた世界』

リンゴォ・ロードアゲインは困惑していた。
人をこの手に抱く事など生涯で何度あったか?
彼の行動はルイズを助け起こした、それだけだ。
彼女は気を失っていた。だというのに、自分にしがみついてきた。
そこはいい。別に自分に言い寄る女が今までいなかったわけではない。そこは問題ではない。
ルイズは震えていた。弱弱しく、ガタガタと。
その姿はリンゴォの忌み嫌う『対応者』そのものであった。
強くなると言っておいて、このザマ――その姿にリンゴォが抱いた感情は同情でも保護欲でもなく
――恐怖であった。最初の『決闘』以来、初めて思い出した感情だった。

自分がここへ来た事を思い出す。
自分はジャイロ・ツェペリに敗れ、死んだ。
奇妙な事だが――今生きている。
唯一つの命を的に、リンゴォは修行を重ねてきた――ハズだった。
今ここにいる自分は、あってはならない『二度目』なのだ。
それは今まで自分が斃してきた男たちへの侮辱にも等しい。
積み上げたものがゼロに戻る。

この世界に呼ばれるなど、彼の与り知らぬ奇跡である。
普通の人なら、生き返ったことを幸運とは思っても、汚らわしいとは思うまい。
公正なる闘いのみが内なる不安を取り除く。
決死で臨んだはずの決闘で、リンゴォは敗北し、尚も生き残った。
勝てなくなった。

リンゴォ・ロードアゲインは『男の世界』を追放された。

再び腕の中の少女に目をやる。
なぜ、急にこんな事を考えたのか。
いや、今まで考えなかった事の方がよほどおかしいのだ。
直感的に、元凶を理解した。ルイズだ。
この少女は、己の世界に土足で踏み入り、汚し、打ち壊そうとしている。
知らず知らずのうちに、『飢え』が満たされつつあった。
それに、気付けなかった。
貪欲になる必要がある。
再びかつての世界に足を踏み入れるために。
だが、出来るか?
腕に感じる温もりは、不安を吹き飛ばしてはくれない。


一瞬――ほんの一瞬ではあったが、『殺意』があった。
あの時、冷静に、キュルケを『殺そう』と思った。
その感覚がルイズは怖かった。
けれどもその瞬間、僅かにリンゴォが理解できた気がする。
それがなぜだか嬉しく、嬉しい自分が余計に怖かった。
リンゴォのいる世界は、きっとこの先にある。
夢で見た少年を思い出す。
会ったこともないのに、懐かしい少年。
名前も思い出せない彼が、なんだか少し遠くなったように感じた。
自分の世界が溶け出していくようで、怖い。
だけど、行かねばならない。誓ったのだ、自分は。

不安だ。不安でたまらない。だけど、乗り越えなくてはならないものがある。
暗闇の中にほんの僅かな光を感じると、ルイズは目覚めた。


「オイオイ、大丈夫なのか?」
デルフリンガーの問いにルイズは軽く頭を振りながら「大丈夫」と答えた。
体調は別に悪くない。けど頭が少しぼんやりする。
(…変な感じ)
期待と不安がない交ぜになったような、いやそれよりももっとよくわからない感じだった。
今見た夢の内容は覚えていた。だが、肝心のところがうすぼんやりとしている。
自分を抱きとめている太い手に気付いた。
「ち、ちょっと! いい加減その手を離しなさいよ!」
さっきまでしがみついていた手で勢いよく立ち上がる。
「そ、そうよ! わたし、アンタを呼びに来たんだったわ!」
「呼びに?」
「わたし、どのくらい寝てたのかしら?」
「……三分ほどだな」
「…たいした遅れじゃないわね! さ、行くわよリンゴォ!!」

リンゴォは何をするのかは問わなかった。おそらく先程の轟音に関係している。
それはきっと闘いの合図だ。ならば為すべき事はわかっている。
自分を放って歩き出したリンゴォをルイズが呼び止める。
「…待ちなさい」
「何だ?」
「…『それ』は――あんたが持ちなさい」
「何だ『これ』は?」
見ればわかる。剣である。
「これは…そのぉ、あのプ、プレゼントよ」
リンゴォは黙って剣を担ぐと、歩き出した。それを見てルイズもいそいそとついて行く。

「…あのよう…『それ』とか『これ』って、ちょっとひどくね? 傷つくぜそーゆーの……」
剣から声が聞こえた気がしたがリンゴォは完璧に無視した。

デルフリンガーは少しほっとしていた。
ルイズはすぐに起き上がり、今はもう元気そうに歩いている。
(まあ…当たり前っちゃあ当たり前なんだがなァ…斬り合いってなァ、結構胆力を使うんだ。
 倒れたって不思議じゃネェやな。
 そこら辺りがわからずにやすやすと剣を振るようじゃ、まだまだってとこかね)
ふと、自分を担いでいる男の事に気付く。
(あっれぇ…? コイツ、ひょっとして『使い手』じゃね?)
また無視されたら立ち直れないような気がしたので、デルフリンガーは黙っておいた。

キュルケたちはもう馬車の前で待っていた。
少し遅れたようだが、いずれにしろこれで全員集合。出発である。

タバサはリンゴォを見て僅かに顔をしかめたが、同時に何か違和感を感じた。
(険が取れている)
昨日感じた圧迫感や威圧感が、無くなったという訳ではないが、僅かに弱まっている様に感じる。
リンゴォの『ドクロヒゲ』と目が合った。
これから死地に赴くというのに、一人ほんわかとした気分になるタバサであった。

フーケの隠れ家に辿り着くまで、馬車でも四時間ほどかかる。
その間ルイズやキュルケが黙っておける筈もなく、たわいもない夢の話なんかをしていた。
とはいえすぐに話のネタも尽き、しょうがないので他の連中に話を振ることにした。
無論キュルケは『ダーリン』ことリンゴォにべったりだったが、愛の言葉は全て流された。

「ところで、ミス・ロングビルはどのクラスのメイジなんですか?」
足手まといの付き人は要らぬ、と自ら御者をしているロングビルにキュルケが問う。
これからの闘いのため、戦力を把握しておきたかった。
しかし、そういうことは一番最初にやるべきである。要するに、これもただの暇つぶしだ。

「わたしはラインクラスです。系統は『土』。フーケほどではないでしょうが、
 なにがしかの助けになれば幸いです」
ふうん、といった顔でキュルケはロングビルを見た。あのオスマンの秘書をしているというのだから、
結構な使い手だろうと思っていたが、そうでもないらしい。実力を隠している可能性もあるが。
「そうですね、わたしのほうも、皆さんの実力を把握しておきたいですし……。
 ミス・ツェルプストーは火のトライアングルクラスでしたね?」
今度は反対にロングビルが質問する。いくつか受け答えをし、タバサにも同様の質問をする。
タバサは頷くか首を振るかしかしなかったが、コミュニケーションは成立していた。
それを見てルイズは思った。次は自分の番だ。しかし何を答えればいい?
正直、『ゼロ』のルイズは困っていた。

「ロードアゲインさん、でしたっけ? あなたの武器は、その剣なのですか?」

ルイズへの質問はなかった。それもそうだ。『ゼロ』の実力など、質問するまでもない。
(わかっていた、ことじゃない)
(そうよ、だからこそ、フーケ討伐に志願したのよ)
(フーケを捕えれば、もう誰だってわたしを『ゼロ』だなんて呼べなくなるわ!)
(そうすれば、きっとリンゴォだって……)
そんなことを考えながら、ルイズは周りの風景を眺めていた。
(随分遠くまで逃げてきたのね…フーケは。よく居場所がわかったものね)

「……まあ、そうなる。先程渡されたばかりだがな」
しばしの沈黙の後、リンゴォは質問に答えた。
「ミスタ・グラモンとの決闘であなたは『銃』を使ったと聞きましたが」
「弾も残り少ない。いずれにせよ『これ』を使わなければならないだろう」
銃。火薬や気体の圧力で弾丸を発射する武器。
リンゴォの銃はロングビルが知るものとはだいぶ違うが、いずれにせよメイジに大した意味はない。
しかし、何かがロングビルの中で引っ掛かっていた。
(銃……『弾丸』を『発射』する…………)


「どうしたんです? ミス・ロングビル」
何か考え込んだような顔をするロングビルを、キュルケは疑問に思った。
「いえ、何も。…ところで、もう一つ、一番重要な質問なのですが……」
ロングビルはもったいぶるように間を置き、そして口を開いた。
「あなたは『時』を戻せるとの噂を耳にしたのですが……いかがでしょうか?」

やはりここでも数秒の沈黙。
「……ああ、その通りだ。『6秒』…この腕時計のつまみを戻せば何度でもな」
「成程……それは心強いですわね。いかなフーケといえども、
 突然『時』が戻っては何が起こったかもわからないでしょうし……」
「あのよ、一応オレにも『デルフリンガー』つー名前があるからよ、
 それで呼んでくれるとありがたいんだがよー」
デルフリンガーが話に割り込んでくる。さすがに剣である。話の流れもぶった切る。
「…今誰かしゃべったか?」
「オレだよ、オレー。さっきからずっといるんだぜー?」
リンゴォは、剣がしゃべるという話など聞いたこともない。
「しゃべっているのは、ひょっとしてこの剣か?」
「そうよダーリン。『インテリジェンスソード』って言って、知性を持ったしゃべる剣よ」
ほんのちょっと自分の知識をアピールするキュルケだが、リンゴォは気にもしていない。
インテリジェンスソードという単語にタバサは僅かに反応を示したが、それに気付くものはいなかった。

「ま! でも確かにフーケなんかメじゃないわね! なんてったってダーリンがいるんだもの。
 …ねぇルイズ、さっきからボーっとして、どうしたの? らしくないわよ」
ひょっとして自分の話を飛ばされて落ち込んだか、などとキュルケは考えた。
さっきからルイズは周りの景色ばかり眺めている。ライバルを自認するキュルケとしては心配だった。
「……なんだか…おかしくありませんか? ミス・ロングビル」
キュルケの質問を無視したようにルイズは口を開けた。
「何がです? 『おかしい』だけでは何が仰りたいのか伝わりません」
「その…つまり……都合が良過ぎるんです。フーケの手がかりが簡単に見つかったり、
 それに、それ以上に、情報が来るのが早すぎます。なんて言うか、偶然にしては出来すぎです」

ロングビルの目が細くなる。何かを値踏みするような表情だったが、ルイズにその真意はわからない。
「十中八九、罠でしょう」
ルイズの問いに、ロングビルは短く答える。
「…罠って、フーケのですか?」
聞き返すルイズ。
「ええ、そうです。あなたもそれを感じたから質問したのでしょう?
 その感覚が、証拠と言えば証拠でしょう」
「待ってください、だとするなら! 『罠』だとするなら!
 なぜみすみすそこに突っ込んでいくんですか!?」
ロングビルは、前方に目を戻した。
「…我々は『破壊の杖』を奪われています」
「仰っている意味がわかりかねます、ミス・ロングビル」
ロングビルの言葉は、答えになっていない。ルイズが怪訝な顔をする。
彼女の言葉の言外の意味を理解したのか、キュルケが小さく成程、と呟く。
「我々はすでに後手に回っている、という事です」
「あっ……」
そこでようやくルイズも答えを理解した。
「もうすでにフーケはチェスや将棋で言うチェック・メイトをかけている、と言えます。
 今がこちらのターンだとして、我々の手は攻撃しかありません。
 わかりきった『罠』に突っ込んででも、このターンでフーケのキングを取るしかないのです」
「あからさまな罠でもフーケの手がかりがある以上…『誰か』が行かなきゃならないってことね」

「わたしが怒っているのは、そこのところなのです」

「学院の先生方は、その事がわかっていて尚も、あろうことか生徒にその役を押し付けたのです」
ルイズは学院長室での光景を思い出した。


今考えてみれば、教師たちがなぜ誰も杖を掲げなかったのかわからないでもない。
功名心に駆られてあの情報を疑いもしなかった己の未熟を恥じた。
『ゼロ』の汚名を返上したい、強くなりたい、それゆえの己の短慮を呪った。
「学院に勤める以上、教員には命を懸けて生徒たちを守る義務があります。
 仮にも貴族が、命惜しさに責務を、名誉を投げ出したのです。これは恥ずべき事なのですよ?」
ルイズの今の心情を汲み取ったのか、ロングビルが後ろを振り向く。
「貴女方が恥ずべきことは何もありません。貴女方は与えられた任を果たすのですから。
 恥は人を殺します。そう自分を追い込む必要は無いですよ。…反省はするべきですが」
もっとも、と皮肉めいた笑みを浮かべながらロングビルは付け加える。
「恥を恥と思わない人間が一番厄介なのですが。貴族も、平民も、『盗賊』も」

「わたくしは貴族の名を失くしましたが、貴族の責務までは失ってはいませんわ」
「ミス・ロングビル……オールド・オスマンの秘書なのでしょ? 貴族の名を失くしたって…」
「ああ、言っていませんでしたっけ? 色々あって、今は平民の身です。
 オールド・オスマンはそのようなことには拘らない方なので、どうにか再就職、というわけです」
色々あった、という一言がキュルケの好奇心をくすぐった。
「差し支えなかったら、その辺の事情をお聞かせ願いたいわ」
結構なんにでも首を突っ込むタイプである。
どうにかして聞こうとするが、ロングビルはそれをやんわりと断る。
色々なことがあった。本当に、色々なことがあった。その全てが彼女の脳に刻まれている。
それを誰かに伝えることは、きっと無い。
「よしなさいよ。人の過去を根掘り葉掘り聞き出そうなんて、みっともないわよ。
 ……自分で言ってなんだけど、葉っぱが掘れるわけ無いわよね…」
食い下がるキュルケをたしなめたルイズが、妙ちくりんな発言をする。
「確かに、言われてみればそうね…」
ルイズの発言に、毒気を抜かれてしまったキュルケは素直に肯く。
「逆に考える」
ここで、馬車に乗ってから初めてタバサが口を開いた。

「逆に? どういうこと?」
「葉を土に埋めてしまえばいいだろう…。そうすればいくらでも掘り出せる」
ルイズの質問に答えたのはリンゴォだった。
「なぁるほど! さすがダーリンね、頭イイッ!」
自分のセリフを取られたタバサは名残惜しげに口をパクパクさせていた。

「でもミス・ロングビル……『罠』だとわかっていて、なぜそれを最初に言わなかったんです?」
「そんなことを正直に言って、あの人たちが志願すると思いますか?」
あまりにハッキリとわかりやすい理由に、ルイズはただ頷くしかなかった。
結局彼らの誰も来なかったが、罠と知っていて自分ならどうしただろう?
「あなた方を騙した様で気が引けますが…生徒が志願するとは考えも及ばなかったのです」

「それは違いますミス・ロングビル。たった一人でも、わたしはここに来ていましたわ」
たとえ『罠』だとわかっても。たとえ『仲間』がいなくても。きっと自分は、ここに来ていた。
「心強いですわね、ミス・ヴァリエール…わたし『一人』ではきっと何も出来なかったでしょうし…
 『頼り』にしていますわ」
頼りにしている。嘘偽りの無い言葉だった。それがルイズを奮い立たせた。
「ヴァリエールなんか頼りになりませんわ。なんてったって、『ゼロ』ですもの。
 でも、ご心配なく。ここには『トライアングル』がふたり、その上ダーリンがいるんですもの。
 安心して、後ろに控えてくださって結構よ?」
憤慨するルイズを横目に見ながら、ロングビルは首を振った。
「そうはいきません。何をおいても、あなた方は生徒なのですから。いつだって前線にいますよ」
「けれど、ミス・ロングビルはラインでしょう?」
「わたしだってこの学院に勤めた瞬間から、生徒のために体を張る気概は持っているつもりです。
 クラスに関係なく、学院を辞めるその時までは、あなたたちを命がけで守りますよ」
「あら、お辞めになるんですか? ミス・ロングビル」
キュルケの言葉に、ロングビルは意味ありげに微笑んだ。
「婚期を逃したくはありませんから」

フーケの隠れ家が近づいてくる。


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