ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-15

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ギーシュは攻撃を逃れながら考えた。もう少し、ほんの少しだけ待ったらそ
のうち誰かがやってくるだろう。もしくはンドゥールが音を聞き取ってあの
水でまた彼女を倒してくれる。
そんなことを思っていると、ゴーレムの拳が目の前に迫ってきた。心の隙を
突かれた。どうにか三体のワルキューレを緩衝材にして衝撃を軽減する。
それでも痛かった。けども軽々立ち上がれた。
「たいしたもんだね。たかがドットだっていうのに」
「ありがとう、と言っておくべきなのかな貴婦人。でも逃げなくていいのかい?
もうすぐンドゥールや、城に残っている人たちがやってくるよ?」
「その心配はないさ」
なんでと、ギーシュは思った。大地が揺れた。
「おや、始まったみたいだ」
「なにがだ!」
「攻城だよ。正午になんて約束を守ると思ったのかい? それと、あんたが
待ってる助けも来ないよ。今頃は裏切り者と戦っているころさ」
「……ワルド子爵」
「正解だよ」
ゴーレムの拳が打ち込まれる。ギーシュは身を伏せた。怖い。死にたくない。
死にたくない。逃げ出したい。もう手柄も何もない。ただ生き残りたい。
それなのに杖を振るう。

「ファイアーボール!」
苦手な火系統の攻撃魔法。小さな火球がフーケへと飛んでいく。
が、やはりそれは防がれる。
「あんた、死にたいの?」
「まさか――」
ギーシュは血が出るほど歯を食いしばった。いま彼には恐怖がのしかかって
いる。それはあまりに巨大で、重く、つぶされてしまいそうだった。しかし、
二度目だ。免疫がある。だから耐えられた。
得体が知れなかったぶん、ンドゥールのほうがよっぽど恐ろしかったな。
小さく笑う。顔を上げる。
「やれやれ、助けは来ないのかい。本当に参ったよ」
「そう思うなら道を開けな。いまなら教え子だった縁で命をとらないでやるよ」
ギーシュはチッチと人差し指を振った。これから彼は生まれて初めて命がけ
の虚勢を張る。
「参ったってのは、わざわざこの僕が倒さないといけないってことにだよ。
まったく、面倒なことだね」
言い終わると迫る拳が見えた。自身の身長ほどもある。ギーシュは震える足
で後ろへ跳んだが、当てられた。
意識が飛ぶ瞬間、ある光景が走り去っていった。
手柄を立てることに躍起になっている自分。死にたくないと無様にあえいで
いる自分。笑えた。大笑い。そんなどうでもいいことに執着している姿の、
なんとくだらないことか。
もっと大事な『誇り』というものがあるだろう。

胸の熱さでギーシュは目覚めた。
泥のようにまどろむ意識のなか、彼は音を聴いた。
ドン。ドン。太鼓のようなそれは間近から聴こえてきた。
リズムは一定で、単調なものだった。次第にテンポは速くなってきた。
それに合わせて震動が起こった。身体の芯が奮えた。魂が奮えた。
それは心臓の音だ。
血を送る音。
溶けた熱を全身に。
戦いへの意欲を全身に。
『覚悟』と『勇気』を全身に。
「ぉぉぉおおおおああああああッ!」
声を腹の底から搾り出し、ギーシュは地上に出た。
壁に埋もれていたようだ。目前には、フーケがゴーレムと立っていた。
なぜだろうか。圧倒的な、自身では敵うわけがない強敵を見てもさっきまで
の恐怖はやってこなかった。耐えられるとかそんなんじゃない。何も感じな
いのだ。それどころか、勝てるという感覚を手にしていた。
頭は氷のように冷たい。身体は太陽のように熱い。
血を吐き出し、ギーシュは走った。股の間を潜り抜け呪文を唱える。
「ファイアー!」
フーケはゴーレムの影に隠れる。
やはりこんなものいくらやっても無意味だ。
だったらどうする。
考えろ。考えろ考えろ。冷たい頭で考えろ。

「この! ちょこまかと!」
フーケはゴーレムを襲わせる。ギーシュはネズミのように走り回る。閉所で
動きが制限されているためか直撃しない。当たったと思えばワルキューレを
クッションにし、自身も後ろへ飛んでダメージを減らしている。
焦りがフーケに生まれてくる。一体なんなんだこの変わりようは。
彼女はほんの数ヶ月前までギーシュをすぐそばで見ていた。そのときはただ
の鼻持ちならないガキだった。平民を見下して、親が貴族だというだけで偉
ぶっている甘ったれだった。それがどうだ。
いま、彼はまるで戦士のようではないか。それも歴戦の勇士のごとき凄味を
纏っている。
(こいつは、ガキじゃない!)
ギーシュがゴーレムから遠ざかる。だが当然逃げたわけではない。壁をよじ
登り、フーケと同じ高さに登って呪文を唱えた。
「ファイアー!」
「またバカの一つ覚えかい!」
しかし今度は火球ではない。視界を埋める火炎放射だ。これでは避けること
はできず、フーケはゴーレムの背に隠れるしかなかった。
火が消え去ったあと彼女はゴーレムの影から顔を出した。しかし、ギーシュ
の姿はどこにも見当たらなかった。
(狙っている。姿を隠せたのは使い魔のおかげね)
フーケは聴覚を研ぎ澄ませた。見えない以上、目に頼っていてはやられてし
まう。音だ。攻撃の瞬間、どうしても音を出してしまう。
時間が過ぎる。どのぐらい経ったのか。まだそんなには経っていない。
フーケは知っている。こういうときには、守るほうが時間を長く捉えてしま
うものと。いまは辛抱強く待つだけ――音がした。

天井を睨む。そこに、ギーシュはいた。隣に一体のワルキューレが生まれか
けている。
「惜しかったわね!」
フーケはゴーレムに命令を下す。その巨大な拳で圧殺しろ。
ゴーレムは身体を捻りながら肩を回し、肘を伸ばし、拳を打ち上げた。
無情な一撃、躊躇いなく殺害する一撃だった。しかし、それがどういうわけ
か、外れた。
なぜだ! 
フーケは困惑しながらもゴーレムに再び命令を下した。
しかしゴーレムは動かない。いや、動いてはいるのだが攻撃をせずにゆっく
りと傾き始めているではないか。
フーケはまさかと、視線をゴーレムの足元に注いだ。
(やられた――!)
ゴーレムの片足、身体を捻ったさいに動かせた足、それが膝元まで埋まって
いるではないか。落とし穴、ヴェルダンデに作らせたのだろう。これが狙い
だったのだ。ゴーレムを行動不能にすることがギーシュの作戦だったのだ。
「僕らの勝ちだぞヴェルダンデ!」
そう叫んで彼は天井を蹴った。ワルキューレとともにフーケを捕らえ、地面
へと直下する。
フーケは見た。着地点に、身体の歪んだワルキューレが待ち構えている。
あんな形であっても拳を打ち上げることぐらいはできる。このまま落ちてい
けば背骨が折れる。間違いなくやられる。

――なら、落ちなければいい。

ギーシュは愕然とした。最後の最後に技術の差、経験の差が表れた。
フーケは落ちながら身体を入れ替えたのだ。
拘束から簡単に逃れて彼を下にする。そして同じ事をされないように関節を
極める。
ギーシュは迫ってくる自身のゴーレムを目に焼き付ける。
敗北感が満ちる。悔しさが満ちる。友の顔が過ぎる。
気を失った。

「やれやれ、これは疲れたわね」
フーケは起き上がり、自身のゴーレムに振り返る。無残にも倒れこんだ衝撃
であちこち壊れてしまったのか、ただの土くれになってしまっていた。
チ、と舌打ちをして気絶しているギーシュを見下ろした。殺してやろうか、
そんな選択が心に生まれたがすぐに排除した。なんていうか、そんな気には
ならなかった。精一杯戦ったものどうし、なにか通じるものが生まれていた。
「仕方ないわね。使い魔もついてきなさい!」
フーケはギーシュを担いで歩き出した。後ろでボコリという音がして巨大モ
グラのヴェルダンデが顔を出した。そいつはトコトコと彼女についていく。
途中、またしても大地の揺れを感じた。
「派手にやってるわね」
さて、どちらが残っているか。
フーケは気になったものの、いまは歩くことに集中した。


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