ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-13

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匿名ユーザー

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船は浮遊する大陸の下から進入するという経路を通った。貴族派の船が哨戒
しているので真正面から城に入れないのだ。
ニューカッスルの城では最後に残った王侯派のものたちが出迎えた。戦禍の
報告を尋ねてきた老メイジによると、明日の正午に攻城が開始されるという。
戦力差を考えれば何が起ころうと勝利はありえない。それでも彼らは決して
逃げようとはしていなかった。ルイズたちが乗っていた船から得た硫黄で徹
底抗戦をするつもりだった。
栄光の敗北。敗北に栄光、滅ぶというのに栄光も名誉も、華々しさもなにも
ないじゃないか。ギーシュには不可解なことばかりだった。家訓にも命を惜
しむな名を惜しめ、とあるが、それでも生きてこその名誉ではないか。
彼だっていつかは元帥である父のように軍に入って戦争に参加することにな
る。それでもまだ自分は若い。若いから出る必要はない。出るとしても、そ
れは勝ち戦だ。そう思っていたが彼らの死を前にしての態度には心を打つ何
かがあった。
ウェールズに案内され、六人は彼の居室へと向かった。そこの机の引き出し
から彼は小箱を取り出し、その中から手紙を出した。すぐにそれをルイズに
渡すようなことはせず、封に接吻をし、一通り読み返してからだった。
「このとおり、確かに返却した」
「ありがとうございます」
「明日の朝、非戦闘員を乗せた『イーグル』号が出航する。君たちはそれに
乗ってトリステインに帰りなさい」
ルイズはそういわれたあと、しばらく押し黙っていたが、やがて胸の詰め物
を吐き出すように叫んだ。
「殿下、亡命なされませ! トリステインに亡命なされませ!」

「驚いたな。前置きもなしにそのようなことを言うとは」
ウェールズは小さな笑みを浮かべている。
「殿下、わたしは幼少のみぎりから姫殿下のことをご存知です。それこそ姉
妹がごとく育ちました。ですから、密書を授かったときの表情を見れば、ど
のような心情であるかは簡単に察しがつきます。姫殿下と皇太子は、恋仲で
あられましたのでしょう」
「そのとおりだよ。昔の話だ」
「であれば、どうか!」
ルイズは熱のこもった口調で懇願した。関係のないギーシュでさえ胸が締め
付けられる思いだった。それに、このようなところで同い年の青年が死ぬと
は、簡単に許容できるものではない。
それでもウェールズは首を横に振った。
「なぜですか! 姫殿下はおそらく、亡命を勧めたはずです。その願いをか
なえて差し上げてくださいませ!」
「そのようなことは一行たりとも書かれていない。アンリエッタは王女だ。
自分の都合と国を天秤にかけるほど愚かではない」
ウェールズの心は固かった。なぜこうまで頑ななのだろうか。
「さて、そろそろパーティの時間だ。君たちは我々が迎える最後の客。ぜひ
とも出席してほしい」
ルイズたちは外に出た。なぜかワルドとンドゥールは残ったが、四人は気に
する余裕もなかった。
ギーシュは心にもやがかかり、思考が幾度もぐらついた。王族の誇り、それ
を彼は全身で感じ取った。試しにギーシュはウェールズの立場を己に置き換
えてみた。
死にたくない、と、思った。

城のホールで行われた最後のパーティは華やかなものだった。明日の崩壊を
悼む雰囲気は微塵もなかった。いや、むしろ滅びる王国を想ってのことなの
かもしれなかった。王侯派の貴族たちは美しく着飾り、思い思いに楽しんで
いるようであった。
六人は壁に寄りかかり、会場を眺めていた。顔は曇らせるようなことはなか
ったが明るくもなかった。それでも誰一人としてその場から離れるようなこ
とはなかった。
やがてウェールズが現れると、婦人の間で喝采が起こった。若さと凛々しさ
から人気者であるようだった。彼は玉座に座っている父王になにか耳打ちを
した。
ジェームズ一世は立ち上がり、最後の命令をした。逃げろ。端的に言えばそ
ういうものだった。
だが、貴族たちは笑っていた。何を言っているのか、耄碌したのか、少し耳
が遠くなったのか聴こえなかった。もう一度言ってくれ。
彼らが望んでいるものは戦いだった。壮絶な最期を望んでいた。その忠誠心
は一体何なのか。
老王は滲んだ瞳をぬぐい、杖を掲げた。その瞬間の姿にはもはや老いなどな
かった。たくましさがあった。
「よかろう! しからばこの王に続くがよい!」
それからはもう、飲めや歌えやの大騒ぎだった。トリステインの客人が珍し
いのかルイズたちには料理や酒をすすめてきた。誰もが断ることなく、タバ
サですらその思いを受け取った。
そしてみな、最期にアルビオン万歳と叫んで会場から姿を消していった。勇
ましさと悲しさが同居する奇妙な世界だった。ルイズはそれに堪えきれなく
なったのか、会場を飛び出していき、そのあとをワルドが追った。
ギーシュは人の少なくなったホールを眺めながらキュルケに尋ねた。
「君は、もし自国が戦争になったらどうするんだい?」
「どうするもなにも戦うわよ」
「負けるのが分かっていてもかい?」
「ええ。だってわたしは貴族なんですもの。それも、王への忠誠を心から誓
った貴族。外の連中みたいに恩義知らずじゃないの。そういうあんたはどう
なの?」

「僕は……」
ギーシュはグラスに注がれているルビー色のワインを眺める。
そこに答えはない。
「よくわからない。いざ戦争になったときは僕も戦うつもりでいたよ。でも、
そんなものはもっと大人になってからだと思っていた。だけどあの皇太子は
僕とほとんど同い年なんだよね」
「そうね」
「それで、なんであんなふうに振舞えるのかな」
「直接訊いてみたら?」
キュルケがそう言ってあごである方向を指した。ウェールズが彼らのもとに
歩いてきていたのだ。彼はンドゥールと話をして、何かを受け取ったあとに
ギーシュの元に来た。
「やあ、楽しんでくれたかい?」
「え、ええ……」
「歯切れが悪いな。なにか心配事でもあるのかな?」
ウェールズは笑っている。さわやかに。悲愴さはない。ギーシュは彼の強く
気高い瞳を見て、尋ねた。
「殿下は、なぜそうもお強いのですか?」
「強いか。そう見えるのかな?」
「はい。殿下は、死を前にしてもゆるぎないものを持っておられます。恐怖はないのですか?」
「恐怖か。あるよ。しかしそれよりも大きなものがこの身にあるのでな。王
家の義務。戦争で流れる民草の血。それと未来。そういうものを感じれば、
恐怖など吹き飛んでしまうのだ」
快活な笑みでそう言った。ギーシュは彼があまりに眩しく直視できなかった。顔をうつむける。
「ですが、殿下はまだお若い。逃げるという選択をしてもよかったではないかと」
それこそ、彼の未来のために。しかし、ギーシュの質問にウェールズは首を横に振った。
「ギーシュ殿、まだ若いなどというものはない。これは王族とかは関係なく
だが、やらねばならぬときというのはあるのだよ」
「……僕には、わかりません」
ギーシュがそう言うと、ウェールズは彼の手を強く握った。
「いずれわかる。頑張りたまえ、我が友よ」

ギーシュは給仕にどこで眠ればいいのかを教えてもらった。
蝋燭を持って暗い廊下を渡っていくと、背後から肩を叩かれた。振り返ると
そこにはワルドがいた。
「何用でしょうか。子爵」
「明日、僕とルイズは結婚式を挙げる」
唐突にワルドが冷たい声で言ったそれは、ギーシュの頭を混乱させた。
「こ、こんなときにですか?」
「こんなときだからこそだ。あの勇敢な皇太子に婚姻の媒酌を頼みたくなっ
たのだ。快く引き受けてくれたよ」
どうも本当のことらしい。いくらなんでもこんなときに冗談をいう趣味はな
いだろう。
「そ、それは、喜ばしいことで」
「うむ。それでだが、君は出席してくれるかね?」
ギーシュは、はいと答えようとした。しかしなにも言葉はでなかった。
彼は、おとなしく挙式に出ていられるという気がしなかった。多くの人間が
死地に向かう寸前で心穏やかでいられるとは到底思えなかった。
「断ります。僕は避難民の誘導をしております」
「わかった。帰るときは、タバサ殿の風龍に乗ればよかろう」
そう言ってワルドは背を向けた。
廊下をまた歩き出すと、ンドゥールが見えた。杖を突いて歩いている彼に声
をかける。
「どうした? 早目に眠れ」
「そうする気だよ。そういえば、君は結婚式に出席するのかい?」
「そのつもりだ」
あっさりと言った。
「反対とかしないのかい? 君は子爵を嫌っているように見えたけど」
「敵に好きも嫌いもない」
「敵?」

ンドゥールは自然な言葉だった。そこに、かもしれないなんてものはなかっ
た。確信している。だが、なぜ?
「勘だ。あいつは誰にも忠誠を『誓って』いない。それがわかる」
「そ、そんなことって、彼はグリフォン隊の隊長だよ。仮にそうだとしても
敵なんてことには……」
ギーシュはそこまで言って口を閉じた。とぼとぼと歩いてくるルイズの姿を
捉えたからだ。彼女の瞳は意思を失ったかのように虚ろである。
「ルイズ」
ンドゥールが呼びかけ、そこでようやく彼女は二人に気づき、歩み寄ってく
るとンドゥールに強く抱きついた。ギーシュはそばにいるだけで心臓が跳ね
上がりそうだった。浮気なんていう自分が何度もしている言葉が思い浮かぶ。
しかし、いまのそれは違った。ルイズは、静かに悲しみを流していた。
「なんで……なんでみんな死ぬことを選ぶの。愛してくれる人が生きてほし
いって頼んでるのに……」
「その道があるからだ。泣くでない」
ンドゥールの声は重い。
「悲しむのではなく誇りに思え。それが彼らへの贐だ」
「むりよ……なんで残される人のことを考えないの。生きてくれれば、それ
だけで――」
「ルイズ」
ギーシュが彼女の名を呼んだ。顔は涙と鼻水でぐしゃぐしゃになっている。
月の淡い光がルイズを照らす。
「なによ……」
「皇太子たちは、残される人たちのことを考え抜いて、こういう結論に達し
たんだ。だからその、そんなことを言ったら、駄目だよ……」
「……わかってるわよ」

朝が来ると、ギーシュは簡単な朝食をいただいてから地下に降りていった。
一番に船に乗り、船員とともに避難民を詰めていく。ぎゅうぎゅうに隙間も
ないほどだったが、みな文句を言わなかった。そんな気力すらなかったのだ。
残った王侯派のものたちは長年仕えていたものたちなのだろう。その忠誠心
の向かう先が消滅するのだ。
「それでは出港するが、君は乗らなくていいのか?」
「はい。僕は仲間の使い魔に乗っていきます」
「わかった」
ギーシュは船員に手を振った。
船はゆっくりと港から離れていき、その姿を消した。
ギーシュは港から吹く冷たい風をしばらく受けてた。おそらくいまはワルド
とルイズの結婚式を執り行っているはずである。
なにごともなければ。
彼は城に戻ろうとし、後ろに振り返ったところ、視界に引っかかるものがあ
った。ギーシュはゆっくりとその違和感を覚える箇所に視線を注ぐ。一見な
んの変哲もないが、地面の一部が妙に膨らんでいた。
息を殺し、じっとその塊を見つめる。
やがて、それはぐずぐずとひとりでに崩れだし、下から人間が現れた。鮮や
かな色をした髪に切れ長の目、細く高い鼻、美しい女。何度も顔を合わせた
ことがある。そのときは、名前が違ったが。
女は頭や服に着いた砂を払ってひとしきり柔軟をした。そうしてから、よう
やくギーシュに気づいた。
「あれ、確かあんたは、ギーシュ・ド・グラモンだったかしらね」
「『土くれ』の、フーケ……」

フーケはにこりと寒気がする笑みを浮かべて言った。
「そこ、どきなさいな」
ギーシュは従おうとした。抵抗しようなんていう気はまったくなかった。当たり前だ。相手は多くの貴族が恐れをなした大盗賊、トライアングルのメイジ、敵うはずがない。
だというのに、彼は腕を震わせながら杖を抜いた。フーケは笑う。ギーシュはガチガチと歯を打ち合わせている。
「あんた、ドットじゃなかったかい?」
「……そうだよ」
「わたしはトライアングル。それでもやるのかい?」
ギーシュは一歩後ろに下がった。だが、そこでとまる。それ以上は下がらない。前を見て、杖を強く握る。
「言っとくけど、勝てないわよ」
「……知ってるよ。そんなの」
「じゃあなんで立ちはだかるのかしら」
「仕方ないんだよ。僕は貴族なんだから」
「たったそれだけ?」
そう言われて、ギーシュは違うということに気づいた。彼に昨日のパーティ の様子が思い出される。
悲壮な決意はあっても、悲愴さはなかった。誇り高さを感じた。
それに、ウェールズ。手を握ってくれたときの彼の温度、燃えているかのよ
うに熱かった。
あれが、ギーシュを昂らせた。
『頑張りたまえ、我が友よ』
誇りは捨てない。ここで下がるということは、彼に与えられたそれを捨てる
こと。命と同等のそれを捨てること。それはできない。
『命を惜しむな。名を惜しめ』
ギーシュは気高き意思を眼に宿らせた。
いまがその時なのだ。それを心で理解した。
「……僕は、友達だからね。友達になったからには、情けないところを見せ
るわけにはいかないよ! ワルキューレ!」
彼の求めに応じ、青銅の像が地面から生まれてくる。
「なら、潰してやるわ!」
フーケが杖を振るう。
巨大なゴーレムが生まれてきた。


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