ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

使い魔は刺激的-11

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「どう?平民に見下ろされる気分は?」
 トリッシュの顔を見上げるルイズ。身体を動かそうとするが、なぜか地面に服が張り付いて動けない。
「マジでビビッたわ、アンタの魔法。マリコルヌがアンタのこと『ゼロ』って言ってたけど、
 それってなんでも吹っ飛ばすから『ゼロ』って呼ばれてるのかしら?」
 ルイズは悔しげに顔を歪ませトリッシュから視線を逸らす。ルイズが魔法の才能『ゼロ』だから
 そう呼ばれていることをトリッシュは知らない。 
「平民にまで………負けて……私は…」
 ルイズの呟きをトリッシュは聞こえなかったのか、聞かないフリをしたのか、無視して話を続ける。
「さっきの演技も…騙されたわ。正直アンタが脚を狙わなかったら負けてたわね」
 それも違う。本当は胴体を狙ったのに脚に当たった。魔法の成功率も命中率も『ゼロ』
 ルイズは『ゼロ』とバカにする者たちの顔を思い出し、平民にまでバカにされ泣きそうになる。
 今にも泣きだしそうなルイズに顔を近づけ、トリッシュは囁きかける。
「今からアンタを殺すんだけど、もしアンタが土下座しながら私に、
 『お許し下さいトリッシュ様。二度と逆らうようなことは致しません。どうかご慈悲を』って
 言うなら命を取らないであげるわ。どう?私って優しいでしょ」
 トリッシュはその眼に凍てつくような殺意を込めてルイズに微笑みかける。
 ルイズは視線をトリッシュに移しその眼を真っ向から見据える。その眼に強い意志が戻っていた。
「私には貴族としての『誇り』があるわ!そんな恥ずかしい真似は絶対にしない!!」
 ルイズは眼に怒りを宿しながら、“さっさと殺せ”と叫ぶ。それをトリッシュは冷たい眼で見下ろしていた。

「そう。いいわ殺してあげる。だけど、その前に一つ質問をするわ」
「まだ言うつもりなの!早く殺しなさい!!」
 叫ぶルイズの顔を引き寄せ、澄んだ眼でルイズを見つめトリッシュは語りかけた。
「アンタさっき『誇り』って言ったわよね。じゃあ質問よ。平民に『誇り』はあると思う?」
「なに言ってんのよ!そんなの知るわけないでしょ!!」
「真面目に、答えて」
 トリッシュの有無を言わせぬ迫力にルイズは口を閉ざし……生まれて初めて平民について考えた。
 しかし、判らない。公爵家の三女として生まれ、平民は貴族に傅く者。貴族に奉仕するもの。
 そう教えられ、そう思って今まで生きてきた。事実、全ての平民は自分の前に跪いた。
 だから平民に貴族と同じく『誇り』があるのか判らなかった。
「わから……ない…わ」
 ルイズがなんとか言葉を搾り出し、それを聞いたトリッシュがルイズの顔から手を離し立ち上がる。
 殺されると思い、怒りが冷めて目の前に迫る死に恐怖し身体を竦ませ眼を瞑る。
 だが、幾ら待っても最後の瞬間が訪れない。
 怖々と眼を開くとトリッシュはルイズを見つめていた。眼を開くのを待っていたようだ。
「アンタ。シエスタの髪をバカにしたとき、彼女の顔を見た?」
 質問の意味が判らなかった。シエスタとはあのメイドのことだろう。見ていないので首を振る。
「あの子、怒りと悔しさが混じった顔をしてたわ。『誇り』を傷つけられた顔をね」
 ルイズはそのときの光景を思い出した。髪を罵ったとき、あのメイドの肩が震えていた。
 あの時は怯えているものとばかり思っていた。
「私はあの子のことは良く知らない。この世界のこともね。アンタたち貴族が好き勝手に
 振る舞おうと正直に言って私の知ったことじゃないわ」
 言葉を区切り、トリッシュはルイズを見つめる。二人の視線が絡み合った。

「でも…『誇り』を傷つけることは許せない。それを目の前で見過ごすことはできない。
 それを許したら『誇り』を守って死んでいった『仲間』に対して顔向けができないわ」
 ルイズは悟った。トリッシュはあのメイドを庇ってルイズと決闘した訳ではない。
 メイドの『誇り』が傷つけられたから戦ったのだ。 
「アンタはまだ幼いわ。自分が誰なのかも判っちゃいない。だから、今は殺さないであげるわ」
 そう言ってトリッシュはルイズに背を向けて脚を引きずりながら広場から去って行った。
 ルイズは呆然と座り込む。いつの間にか、動けるようになっていた。
「あ~あ、平民にまでバカにされてダメね~。あなたをライバルだと思ってた自分が情けないわ。
 帰るわよタバサ。『なにをすれば良いのか』も判らないおバカはほっときましょ」
 歩き出したキュルケの後をタバサが追って二人は歩き出す。
 つまらなそうなキュルケの顔をタバサは感情の伺えない眼で見つめ、その視線に気付いた
 キュルケはタバサを無視しようと思ったが、できなかったので唇を尖らせながら話しかける。
「なによタバサ。そんな眼で見ないでよ」
「ツンデレ」
 タバサは小さな声で呟き歩みを速める。その後を顔を真っ赤にしながら叫ぶキュルケが追っていった。 
「おいルイズ、大丈夫か?怪我してるんだろ?」
 彼女の使い魔の少年が話しかけるがルイズは放心したまま動かない。
「なんだよ負けたことを気にしてるのか?別に良いだろ?勝率が『ゼロ』からマイナスに…ふぐりッ!!」
 ルイズは『ゼロ』の言葉に反応して少年の股間を蹴り上げると、フラフラと立ち上がり
 覚束ない足取りで医務室を目指し歩き始めた。
 ルイズが立ち去った後、広場は男たちの泣き声と呻き声の三重奏に支配された。

 トリッシュがヴェストリの広場を立ち去ったのと同時刻。中庭での惨劇も終焉を迎えていた。

 倒れたコルベールに使い魔が襲い掛かるが、コルベールは平然と使い魔を待ち受ける。
 体当たりの直前で使い魔は軌道を変え、コルベールの脇をすり抜けて迷走し始めた。
「ミスタ・コルベール!大丈夫ですか?!」
 コルベールは慌てた様子で近づく一人の生徒に微笑んで立ち上がる。
「私なら大丈夫だ。すまないが君も怪我人を運ぶのを手伝ってくれ」
「判りました!しかし、あの使い魔はいったい……?」
 先程まで暴れていた使い魔が目標を見失ったように迷走する様を見て生徒は不思議がる。
「あの使い魔は私の放った炎全てに体当たりをしたんだ、外れたものも含めてね。
 それを見て判ったんだよ。あの使い魔は熱を探知して襲い掛かるんだってね」
 迷走する使い魔には釣り竿のような物が付けられ、その先端にはコルベールが灯した
 炎が揺らめいていた。
「フギャ?!」
 猫のような植物がミセス・シュヴルーズに狙いをつけた直後、猫のような植物の周りの
 赤土が盛り上がりゴーレムが姿を現した。ゴーレムはそのまま猫のような植物を
 地面ごと持ち上げどこかに運んでいった。
「見せようよ『背中』ねっ」
 ギトーは背中の使い魔を剥がすことを諦め、杖を自分に向ける。
「じゃあ後は頼むぞ『私』」
「ああ、任せろ『私』」
 自分がとり憑いた人間と同じ顔をした人間がもう一人現れ使い魔は混乱した。
「えっ?どうなってるの?えっ?」
「これが風の系統が最強たる所以だ。お前がとり憑いたのは私の分身だよ」
 ギトーの『偏在』が自殺し、本体を失った使い魔も虚空へと消えていった。

 教師たちの戦いの一部始終を鏡から覗いていたオスマンは、溜息を吐いて椅子に身を沈める。
 この程度の事態を自力で解決できない者などオスマンの元には一人もいない。
 教師たちの心配はしていなかったが、未熟な生徒たちに被害が出たことが唯一気掛かりだった。
 これだけの事件となれば揉み消すことなどできない。やがて王宮より査察団が来るであろう。
 そのことがオスマンの頭を悩ませた。
 査察団が問題ではなく、それを率いる人物が問題なのだった。
 ジュール・ド・モット。この男は女好きで有名な貴族で、トリステイン魔法学院においても若いメイドに
 眼を着け自分の屋敷に迎え入れることが度々あった。
 そして、この男には黒い噂があった。迎え入れたメイドが数日後に失踪するのだ。
 使用人が失踪すること自体はどの貴族の屋敷でも稀にだがある。
 大抵が酷い扱いを受けて逃げ出すのだが、この貴族の屋敷では必ずそれが起こった。
 それもメイドだけではなくその家族も含めてだ。
 しかし平民が貴族を訴え出ることなどできる訳がなく、貴族は平民のことなど気にもしない。
「若い子らを隠すかの~」
 オスマンはもう考えを廻らせて、もう一度溜息を吐いた

 戦場のように慌しい医務室まで続く廊下をルイズは夢遊病者のような足取りで歩いていた。
 次々と運ばれる怪我人の呻き声と医師たちの叫び声も耳に届かず、トリッシュの言葉が頭の中で
 渦を巻いて鳴り止まない。
 貴族の『誇り』とは敵に背を向けぬこと。両親からそう教わった。だが、目の前に死が迫ったあの時、
 怖かった。逃げ出したかった。死にたくないと思った。
 自分が情けなくなる。魔法が使えないから他人よりも貴族らしく振る舞おうと必死だった。
 それがどうだ、蓋を開けたら中身は『ゼロ』。貴族の欠片も残ってはいない。
 貴族と言う肩書きを取ったら自分になにが残るのか?『ゼロ』だ。何も残らない。
 自分に付けられた『ゼロ』の二つ名。今までそれを否定してきたが、それは当たっていたのだ。
 魔法の才能『ゼロ』、中身も『ゼロ』、ゼロ、ゼロ、ゼロ、自分には何もない。
 そう思ったら、可笑しくなって、いつの間にか泣いていた。
「ミ……ヴァ…エール?ミス・ヴァリエール?!」
 誰かが自分の名前を呼んでいる。顔を上げたら一番会いたくない人物がそこにいた。

「ミス・ヴァリエール!?ご無事ですか?!酷い怪我を……早くこちらへ!」
 連れられるままに医務室まで辿り着く。
「先生、怪我人です!ミス・ヴァリエールがお怪我を!!」
「すぐに終わる!そこで待たせておいてくれ」
 ルイズとシエスタの間に気まずい空気が流れる。それを感じているのはルイズだけだが。
「ねえ…どうして……?」
「如何なさいました?!傷が痛み……」
「どうしてよ!!」
 ルイズの叫びにシエスタの言葉は掻き消された。
「どうして……なんで…私に優しくするのよ!!」
「なぜと申されましても、私は貴族の方々をお世話する……」
「だからどうしてなのよ!!私はアンタに酷いこと言ったじゃない!アンタの髪の色をバカにしたじゃない!!
 どうしてなのよ……どうして…………」
 感情が昂ぶり、ルイズは再び泣き出した。その様子を見てシエスタはルイズの涙を拭い優しく微笑む
「そうですね、あの時は凄く悔しかったです。私の髪の色って死んだおじいちゃんと同じ色なんです。
 だから、おじいちゃんをバカにされた気がして……あっ!でも、もう気にしていませんから」
 ルイズはやっとトリッシュの言葉の意味を理解した。
 トリッシュは誇りを守って死んでいった仲間を、シエスタは祖父を侮辱されたことが許せなかったのだ。
 いつも自分のことばかりで他人を省みなかったことが恥ずかしくなった。
「ア…アンタの髪の色ってさ……よく見ると結構キレイじゃない…私のマントみたいで……」
 ルイズは真っ赤になりながらも、なんとか言葉を口にして顔を背ける。
 シエスタはルイズを不思議そうな顔で見て、笑って頷いた。それを見てルイズも漸く笑った。

「なんだかさ~前より脚が太くなった気がするわ。ほら、太ももとかさ~」
「そんなはずはない。後がつかえてるんだ、早く出て行きなさい」
 聞き覚えのある声にルイズとシエスタが振り向く。医者に追い出され医務室から出てきたのは
 脚に包帯を巻いたトリッシュだった。
「ア、ア、アンタ!なんでここにいるのよ!?」
「なんでって、アンタに脚を吹っ飛ばされたからでしょ。もう忘れたの?」
「ミス・ヴァリエールに?!」
 驚くシエスタに挨拶して、トリッシュは脚を引きずりながらルイズと擦れ違う。
 その後ろ姿にルイズは恥ずかしそうに声を掛けた。
「ひょ、ひょっとして…聞いてた?」
「なにも聞いてないわ。どうしてよ!とか~私のマントが黒くてキレイだ。なんてぜ~んぜん聞いてないわ」
「ぜ、全部聞いてるじゃないのーー!!」
 今度は怒りでルイズの顔が真っ赤になる。
「次!早くしなさい!!」
「ミス・ヴァリエール。先生がお待ちですから」
 シエスタに促され、恨みがましい眼でトリッシュを見ながらルイズは医務室に入って行った。

 翌朝のアルヴィーズの食堂。
 トリッシュは相変わらず貴族の席で食事を取り、ルイズがそれに絡んでいる。
 昨日とまったく同じ光景だがルイズが昨日と違い本気で怒っているのではなく、トリッシュと
 じゃれ合っているような印象を受ける。
 ルイズが包帯が巻かれた手で白魚のムニエルと格闘していると、トリッシュがそれを取り上げ綺麗に切り分ける。
「その手じゃ食べにくいでしょ?はい、あ~ん」
「こ、子供じゃないんだから!一人で食べれるわ!!」
「あ~ん」
「い、一回だけだからね!」
 ルイズは顔を真っ赤にしながら口を開ける。ルイズの口に白魚の切り身が入ろうとした時、
 トリッシュはフォークを返してそれを自分の口に放り込む。
「結構イケルわね」
「あ~っ!なんでアンタが食べてんのよ!!」
 キュルケは離れた席でルイズとトリッシュの微笑ましいやり取りを眺めていた。
「そうでなくっちゃ私のライバルの資格はないわ」
「あ~ん」
 タバサがいつの間にか白魚の切り身が刺さったフォークを差し出している。
「私もやるわけ?」
「あ~ん」
「はいはい、しょうがないわね。」
 キュルケは眼を瞑って口を開ける。タバサがフォークを口に入れようとして、その手を止める。
「かかったなアホが」
 右手の切り身はフェイント!本命は左手に握られたはしばみ草が刺さったフォークだ!!
 キュルケの口の中は白魚のムニエルを迎える準備が完了し、後はそれを待つだけとなっていた。
 そこにとっても苦いことで有名なはしばみ草が襲い掛かった!!
 攻守共に完璧な攻撃が口の中を襲い、キュルケの絶叫が食堂中に響き渡った。


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