虹村億泰は憂鬱だった。
なんで俺が掃除を手伝わされているのだろうか、と。
マリコルヌとミセス・シュヴルーズが搬出された後の教室にはルイズと億泰の二人だけ。
他の生徒は既に引き上げていた。
「なーるほどなぁ~~~失敗するからゼロね。
俺もテストの点数悪いからよォ~~、似た物同士かもなぁー」
どこから持ってきたのか、三角巾にエプロンをして完全装備をした億泰が上半分の無い教卓を運び出す。
「アンタのバカと一緒にしないでよ!?
私は知識問題なら点数良いんだからね!」
「変わんねーだろー、実技失敗なら『ゼロ』点なんだからよォ~~。
お、だから『ゼロのルイズ』って事かぁー、納得だぜ」
でもよぉー、オレでも酷くても三十点は取るぜェ~と億泰が言った途端、
ルイズの額に血管が浮き出たような気がした。
どうやら今の言葉がルイズの怒りの琴線に触れたらしかった。
「ねえ」
「あァん?」
「ここ、アンタが片付けといてね」
「今だってそーじゃねーか!
オメーも手を動かせルイズ!手をよぉ!」
「私、着替えて食堂行くから」
「人の話を聞きやがれこのボケがぁ!
って、おい、ちょい待て!マジに行くんじゃ!
気に障ったんならもう『ゼロ』なんて言わねーからよぉ!」
その言葉にルイズが廊下から戻ってきた。
おお、真面目にやってくれんのね!?と億泰が嬉しそうに思った瞬間!
「あんた、向こう一週間ご飯抜きね」
そう言い放ってスタスタと行ってしまった!
よく見ると笑顔を浮かべているように見えたが、それは酷く引きつっていた。
言われた億泰はというと……
「…………?ウギギギギギ?」
理解不能だった。それはもう宝クジを破られた重ちーのように。
ただし、こっちには理解可能になる瞬間なんて来ないけど。
とにかく、ルイズが居なくなった事で『ザ・ハンド』が使えた分はかどったが、
机にめり込んだ石ころの破片に、マリコルヌの血反吐、
天井に突き刺さったミセス・シュヴルーズの歯など簡単には取れない物が多く酷く面倒だった。
「ブゲ!?」
その後食堂でルイズが見てないのを確認してこっそり入ろうとした億泰だったが、
滑車に乗って物凄い勢いで滑ってくる見覚えのある岩に吹っ飛ばされた。
「よ、ヨォ……アンジェロ……」
アギ
犯人は見なくても分かる。
わざわざこんなことをする理由が他の連中には無い。
鼻血を垂らしながら床に這い蹲り、
やっぱり逃げたほうが良いような気がしてきた億泰だった。
「ヂクショー、腹減って動けないわ、
アンジェロ岩に吹っ飛ばされるわってアイツは悪魔かコンニャロォーッ!」
動く気力も無く、する事もないので億泰は窓から空を眺める事とした。
真っ青な空が恨めしい。
と、一匹のドラゴンが飛んでいる様子が見えた。
(あー、アイツは……って聞いてもいねーから名前なんて知らねーよ。
でも……羨ましいよなァ~~!自分の飯があってあんだけ遊んでられるんだからよぉぉお!
オレが泥ならアイツは星だなァー)
と、先程の授業で窓越しに目で会話した(ような気のする)ドラゴンを眺める。
視線に気づいたドラゴンがきゅいきゅい、と慰めるような鳴き声を出したような気がした。
「だ、大丈夫ですか!?
い、生きてますよね?」
ふと死体のように転がっていた億泰に声がかけられた。
転がって見上げると、銀のトレイを持ったメイドの少女が驚いたように見つめてきている。
「正直もうダメかもしれねぇ……
なあ姉ちゃん。俺の遺言でも聞いてやってくれ。
『ランク外 5話 スコア3120 ルイズにアンジェロ岩で吹っ飛ばされて餓死』ってな」
「え……ええと、そう言うって事はミス・ヴァリエールの使い魔になったって言う……
あ!そうだ、よろしければ厨房に来ませんか?
賄いで良ければ空腹で死なれる前にお出しできますけど」
「なんだってェーーーーっ!!
行く、行くぜ!行かしてください!?」
倒れたままの姿勢から急に飛び上がったものだから、
少女は相当驚いたようだったが、暫くすると少し吹き出した。
「うわああああああ、はっ腹が空いていくう~~~~~~~~っ!
食えば食うほどもっと食いたくなるッ!
ンまぁーーーいっ!!」
朝食のスープなんかとは比べ物にならなかった。
流石にかったいパンとうっすいスープと果物数個で体が動く程億泰は燃費がよくない。
そこにきてまともに作られただけでも神の施しのような物だ。
そうじゃなくても、十分に美味い代物だったのだが。
「食材の余りとかから作ってるシチューなんですけど……
よかった。お代わりも十分ありますからね」
娼婦風スパゲティをズビズバ食った時のように勢いよく食べる億泰を少女はニコニコしながら見つめている。
使い魔に囲まれていた時もそれなりに和めたが、
すぐに爆発で台無しにされた事を考えるとやっと心の洗濯ができたような気がした億泰だった
「ところで、なんであんな事になってたんですか?」
「ングッ、ゴクッ……ああ、なんか急に機嫌悪くしたみてーでさぁー。
少しだけ事実言っただけだったのによぉーっ」
「まあ!貴族相手に言えるなんて勇気が有るんですね!」
「別によォ~~、貴族だとか平民だとか俺にゃー関係ねーしなー。
魔法が使えるからって威張ってんじゃーねーよっての」
「ゆ、勇気がありますわね……」
唖然とした顔で億泰を見つめるシエスタをよそに、空になった皿を返した。
「美味かったぜェー、ホント~~にあんがとな!」
「あの、お腹が空いたらいつでも来てくださいな。
私達の食べている物でよかったらお出ししますから。
えーと……」
「ん?ああ、億泰だ。俺は虹村億泰だぜ。
つーか、うん、すまねえな。ホント。
そんじゃさァ~~、世話になりっぱってのもワリーし、
手伝える事あんなら手伝わせてくれねーか?」
ルイズの下着は気づかれるまで毎日ガオンしてやると心に決めたが、
この少女の手伝いなら何でもしていいや、という気分だった。
「私はシエスタといいます。
それなら、デザートを配るのを手伝ってくださいなオクヤスさん」
ケーキの並べられた大きな銀のトレイを億泰が持ち、シエスタが配っていく。
途中、金色の巻き髪に薔薇をシャツに挿したキザな勘違いメイジが居た。
周りに友人が集まり、口々に冷やかしているのが聞こえてくる。
「なあ、ギーシュ!お前、今は誰と付き合ってるんだよ!
「誰が恋人なんだ、言いやがれギーシュ!」
「つきあう?僕にそのような女性はいないよ。
薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
勘違いここに極まれり。反吐が出る事この上ない所だった。
一人だったら間違いなくボコってるなァ~と少しムカつきながら億泰はその集団から目を背けた。
「あ……」
「ん?」
「すみませんオクヤスさん、
ちょっと厨房に戻ってケーキの補充をしてきてくださいな。」
「おう」
そう言って億泰は厨房へ行き、シエスタが勘違いの所へと駆け寄っていく。
「あの、落としましたよ?ミスタ・グラモン?」
「何を言ってるんだメイド。
それは僕の物ではな……」
「おお!それはもしやモンモランシーの香水の壜ではないか!?」
「つまり、お前は今!モンモランーと付き合っている!違うか?」
「違う、いいかい?彼女の名誉のために言……」
そう言いかけた時、ギーシュのテーブルの両側から足音が聞こえてきた。
「ギーシュ様……『二股』しましたわね?
チャンスは差し上げません、向かうべき道は『一つ』です」
「な、ケティ!?違うんだ!」
「これは『試練』ね。
二股に打ち勝てという『試練』と私は受け取った。
人の成長は……未熟な過去を清算することだと……
ねえ?貴方もそう思うでしょう?ギーシュ・ド・グラモン」
「モンモランシー、違うんだ誤解なんだ。
彼女とはただいっしょにラ・ロシェールの森へ遠乗りしただけで……」
ギーシュは冷静な態度を取ろうとしていたが、心の中では三つの思いが交錯していた。
『彼女達を落ち着かせなければ』
『ヒィイ~~!怖いよマーマ!』
『たかがメイドの分際で!何か有ったら仕置きの時間だ!』
「行くわよ!ケティ!」
「はい!お姉さま!」
右のケティからワインボトルのフルスイング!
左のモンモランシーからケーキの乗った皿のフルスイング!
左右の少女の怒りの間に生じる真空状態の圧倒的破壊力はまさに歯車的裁きの小宇宙!!
「……あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
ハンカチを取り出して、ワインとガラスとクリームでグシャグシャになった顔を拭うギーシュ。
ある程度拭き終わったところで、呆然としていたシエスタに話しかけた。
冷静になっちまうほどにプッツンしているようだ。目がうつろで焦点が合っていない。
「どうしてくれるんだい?
君が軽率に香水の壜などを拾い上げてくれたせいで、こんな事になってしまった。
二人のレディを傷つけてしまったんだぞ?」
「も、申し訳ございません!」
「謝って済む問題だと思っているのか!?
フン、やはり平民は平民か。
空気を読んで拾わない程度の事さえ期待するほうがバカだったね」
ギーシュが薔薇の造花を胸ポケットから抜き取った。
それを見てシエスタは『魔法を使われる』と恐怖に震え、腰を抜かして泣きながら土下座をする。
「す、すみませんすみませんすみません!」
「フン、今すぐ出て行きたまえ。君にこのトリステインでメイドをやる資格なんてない」
鼻で笑い造花をポケットへと仕舞うと、ギーシュは振り返ってその場から立ち去ろうとする。
「おいおいおいちょっと待ちやがれテメーよぉ。
テメーの不始末くらいテメーでやりやがれってんだボケが」
が、そこに厨房から戻ってきた億泰がギーシュを呼び止めた。
「なんだい君は?……ああ、ゼロのルイズの使い魔だったね、確か。
使い魔の平民如きが軽々しく話しかけないでくれたまえ。
貴族に対する礼という物を知らないのかい?」
使い魔の平民如きという言葉が引っかかるが、そんな事はどうでもよかった。
それよりもカチンと来たのはギーシュがテメーの二股の不始末をシエスタに押し付けていることだ。
厨房から戻ってきた時点で既にワインとケーキのツープラトンが炸裂していた所だから、顛末は分からない。
しかし、理不尽な内容でシエスタに八つ当たりしている事はよく分かった。
「おー、俺バカだからなァー!んなモン知らねーぜ!
だからよぉーっ!」
「ぶっ!?」
億泰がそのまま自らの拳をギーシュの鼻へと叩き込んだ。
鼻の骨が折れる音と共に鼻血を撒き散らしてギーシュが倒れる。
「おれの『ザ・ハンド』を使うまでもねーっ
顔ボゴボゴにしてやっどォーッ」
「な、ま、待っ杖、杖もまd……ウヒィイイイイ!?」
その後の様子は、言わない方がいいだろう。
ギーシュ・ド・グラモン
→メイジに治療されるも全治一日
魔法を使う前にボコられたせいで億泰に対して強い恨みを持った。
なんで俺が掃除を手伝わされているのだろうか、と。
マリコルヌとミセス・シュヴルーズが搬出された後の教室にはルイズと億泰の二人だけ。
他の生徒は既に引き上げていた。
「なーるほどなぁ~~~失敗するからゼロね。
俺もテストの点数悪いからよォ~~、似た物同士かもなぁー」
どこから持ってきたのか、三角巾にエプロンをして完全装備をした億泰が上半分の無い教卓を運び出す。
「アンタのバカと一緒にしないでよ!?
私は知識問題なら点数良いんだからね!」
「変わんねーだろー、実技失敗なら『ゼロ』点なんだからよォ~~。
お、だから『ゼロのルイズ』って事かぁー、納得だぜ」
でもよぉー、オレでも酷くても三十点は取るぜェ~と億泰が言った途端、
ルイズの額に血管が浮き出たような気がした。
どうやら今の言葉がルイズの怒りの琴線に触れたらしかった。
「ねえ」
「あァん?」
「ここ、アンタが片付けといてね」
「今だってそーじゃねーか!
オメーも手を動かせルイズ!手をよぉ!」
「私、着替えて食堂行くから」
「人の話を聞きやがれこのボケがぁ!
って、おい、ちょい待て!マジに行くんじゃ!
気に障ったんならもう『ゼロ』なんて言わねーからよぉ!」
その言葉にルイズが廊下から戻ってきた。
おお、真面目にやってくれんのね!?と億泰が嬉しそうに思った瞬間!
「あんた、向こう一週間ご飯抜きね」
そう言い放ってスタスタと行ってしまった!
よく見ると笑顔を浮かべているように見えたが、それは酷く引きつっていた。
言われた億泰はというと……
「…………?ウギギギギギ?」
理解不能だった。それはもう宝クジを破られた重ちーのように。
ただし、こっちには理解可能になる瞬間なんて来ないけど。
とにかく、ルイズが居なくなった事で『ザ・ハンド』が使えた分はかどったが、
机にめり込んだ石ころの破片に、マリコルヌの血反吐、
天井に突き刺さったミセス・シュヴルーズの歯など簡単には取れない物が多く酷く面倒だった。
「ブゲ!?」
その後食堂でルイズが見てないのを確認してこっそり入ろうとした億泰だったが、
滑車に乗って物凄い勢いで滑ってくる見覚えのある岩に吹っ飛ばされた。
「よ、ヨォ……アンジェロ……」
アギ
犯人は見なくても分かる。
わざわざこんなことをする理由が他の連中には無い。
鼻血を垂らしながら床に這い蹲り、
やっぱり逃げたほうが良いような気がしてきた億泰だった。
「ヂクショー、腹減って動けないわ、
アンジェロ岩に吹っ飛ばされるわってアイツは悪魔かコンニャロォーッ!」
動く気力も無く、する事もないので億泰は窓から空を眺める事とした。
真っ青な空が恨めしい。
と、一匹のドラゴンが飛んでいる様子が見えた。
(あー、アイツは……って聞いてもいねーから名前なんて知らねーよ。
でも……羨ましいよなァ~~!自分の飯があってあんだけ遊んでられるんだからよぉぉお!
オレが泥ならアイツは星だなァー)
と、先程の授業で窓越しに目で会話した(ような気のする)ドラゴンを眺める。
視線に気づいたドラゴンがきゅいきゅい、と慰めるような鳴き声を出したような気がした。
「だ、大丈夫ですか!?
い、生きてますよね?」
ふと死体のように転がっていた億泰に声がかけられた。
転がって見上げると、銀のトレイを持ったメイドの少女が驚いたように見つめてきている。
「正直もうダメかもしれねぇ……
なあ姉ちゃん。俺の遺言でも聞いてやってくれ。
『ランク外 5話 スコア3120 ルイズにアンジェロ岩で吹っ飛ばされて餓死』ってな」
「え……ええと、そう言うって事はミス・ヴァリエールの使い魔になったって言う……
あ!そうだ、よろしければ厨房に来ませんか?
賄いで良ければ空腹で死なれる前にお出しできますけど」
「なんだってェーーーーっ!!
行く、行くぜ!行かしてください!?」
倒れたままの姿勢から急に飛び上がったものだから、
少女は相当驚いたようだったが、暫くすると少し吹き出した。
「うわああああああ、はっ腹が空いていくう~~~~~~~~っ!
食えば食うほどもっと食いたくなるッ!
ンまぁーーーいっ!!」
朝食のスープなんかとは比べ物にならなかった。
流石にかったいパンとうっすいスープと果物数個で体が動く程億泰は燃費がよくない。
そこにきてまともに作られただけでも神の施しのような物だ。
そうじゃなくても、十分に美味い代物だったのだが。
「食材の余りとかから作ってるシチューなんですけど……
よかった。お代わりも十分ありますからね」
娼婦風スパゲティをズビズバ食った時のように勢いよく食べる億泰を少女はニコニコしながら見つめている。
使い魔に囲まれていた時もそれなりに和めたが、
すぐに爆発で台無しにされた事を考えるとやっと心の洗濯ができたような気がした億泰だった
「ところで、なんであんな事になってたんですか?」
「ングッ、ゴクッ……ああ、なんか急に機嫌悪くしたみてーでさぁー。
少しだけ事実言っただけだったのによぉーっ」
「まあ!貴族相手に言えるなんて勇気が有るんですね!」
「別によォ~~、貴族だとか平民だとか俺にゃー関係ねーしなー。
魔法が使えるからって威張ってんじゃーねーよっての」
「ゆ、勇気がありますわね……」
唖然とした顔で億泰を見つめるシエスタをよそに、空になった皿を返した。
「美味かったぜェー、ホント~~にあんがとな!」
「あの、お腹が空いたらいつでも来てくださいな。
私達の食べている物でよかったらお出ししますから。
えーと……」
「ん?ああ、億泰だ。俺は虹村億泰だぜ。
つーか、うん、すまねえな。ホント。
そんじゃさァ~~、世話になりっぱってのもワリーし、
手伝える事あんなら手伝わせてくれねーか?」
ルイズの下着は気づかれるまで毎日ガオンしてやると心に決めたが、
この少女の手伝いなら何でもしていいや、という気分だった。
「私はシエスタといいます。
それなら、デザートを配るのを手伝ってくださいなオクヤスさん」
ケーキの並べられた大きな銀のトレイを億泰が持ち、シエスタが配っていく。
途中、金色の巻き髪に薔薇をシャツに挿したキザな勘違いメイジが居た。
周りに友人が集まり、口々に冷やかしているのが聞こえてくる。
「なあ、ギーシュ!お前、今は誰と付き合ってるんだよ!
「誰が恋人なんだ、言いやがれギーシュ!」
「つきあう?僕にそのような女性はいないよ。
薔薇は多くの人を楽しませるために咲くのだからね」
勘違いここに極まれり。反吐が出る事この上ない所だった。
一人だったら間違いなくボコってるなァ~と少しムカつきながら億泰はその集団から目を背けた。
「あ……」
「ん?」
「すみませんオクヤスさん、
ちょっと厨房に戻ってケーキの補充をしてきてくださいな。」
「おう」
そう言って億泰は厨房へ行き、シエスタが勘違いの所へと駆け寄っていく。
「あの、落としましたよ?ミスタ・グラモン?」
「何を言ってるんだメイド。
それは僕の物ではな……」
「おお!それはもしやモンモランシーの香水の壜ではないか!?」
「つまり、お前は今!モンモランーと付き合っている!違うか?」
「違う、いいかい?彼女の名誉のために言……」
そう言いかけた時、ギーシュのテーブルの両側から足音が聞こえてきた。
「ギーシュ様……『二股』しましたわね?
チャンスは差し上げません、向かうべき道は『一つ』です」
「な、ケティ!?違うんだ!」
「これは『試練』ね。
二股に打ち勝てという『試練』と私は受け取った。
人の成長は……未熟な過去を清算することだと……
ねえ?貴方もそう思うでしょう?ギーシュ・ド・グラモン」
「モンモランシー、違うんだ誤解なんだ。
彼女とはただいっしょにラ・ロシェールの森へ遠乗りしただけで……」
ギーシュは冷静な態度を取ろうとしていたが、心の中では三つの思いが交錯していた。
『彼女達を落ち着かせなければ』
『ヒィイ~~!怖いよマーマ!』
『たかがメイドの分際で!何か有ったら仕置きの時間だ!』
「行くわよ!ケティ!」
「はい!お姉さま!」
右のケティからワインボトルのフルスイング!
左のモンモランシーからケーキの乗った皿のフルスイング!
左右の少女の怒りの間に生じる真空状態の圧倒的破壊力はまさに歯車的裁きの小宇宙!!
「……あのレディたちは、薔薇の存在の意味を理解していないようだ」
ハンカチを取り出して、ワインとガラスとクリームでグシャグシャになった顔を拭うギーシュ。
ある程度拭き終わったところで、呆然としていたシエスタに話しかけた。
冷静になっちまうほどにプッツンしているようだ。目がうつろで焦点が合っていない。
「どうしてくれるんだい?
君が軽率に香水の壜などを拾い上げてくれたせいで、こんな事になってしまった。
二人のレディを傷つけてしまったんだぞ?」
「も、申し訳ございません!」
「謝って済む問題だと思っているのか!?
フン、やはり平民は平民か。
空気を読んで拾わない程度の事さえ期待するほうがバカだったね」
ギーシュが薔薇の造花を胸ポケットから抜き取った。
それを見てシエスタは『魔法を使われる』と恐怖に震え、腰を抜かして泣きながら土下座をする。
「す、すみませんすみませんすみません!」
「フン、今すぐ出て行きたまえ。君にこのトリステインでメイドをやる資格なんてない」
鼻で笑い造花をポケットへと仕舞うと、ギーシュは振り返ってその場から立ち去ろうとする。
「おいおいおいちょっと待ちやがれテメーよぉ。
テメーの不始末くらいテメーでやりやがれってんだボケが」
が、そこに厨房から戻ってきた億泰がギーシュを呼び止めた。
「なんだい君は?……ああ、ゼロのルイズの使い魔だったね、確か。
使い魔の平民如きが軽々しく話しかけないでくれたまえ。
貴族に対する礼という物を知らないのかい?」
使い魔の平民如きという言葉が引っかかるが、そんな事はどうでもよかった。
それよりもカチンと来たのはギーシュがテメーの二股の不始末をシエスタに押し付けていることだ。
厨房から戻ってきた時点で既にワインとケーキのツープラトンが炸裂していた所だから、顛末は分からない。
しかし、理不尽な内容でシエスタに八つ当たりしている事はよく分かった。
「おー、俺バカだからなァー!んなモン知らねーぜ!
だからよぉーっ!」
「ぶっ!?」
億泰がそのまま自らの拳をギーシュの鼻へと叩き込んだ。
鼻の骨が折れる音と共に鼻血を撒き散らしてギーシュが倒れる。
「おれの『ザ・ハンド』を使うまでもねーっ
顔ボゴボゴにしてやっどォーッ」
「な、ま、待っ杖、杖もまd……ウヒィイイイイ!?」
その後の様子は、言わない方がいいだろう。
ギーシュ・ド・グラモン
→メイジに治療されるも全治一日
魔法を使う前にボコられたせいで億泰に対して強い恨みを持った。