ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-11

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だれでも歓迎! 編集
「さあ出発だ!」
威勢のいいワルドの声。
それからしばらく、朝と昼を過ぎ、夕方までも過ぎた夜。ギーシュが駅で乗
り換えた馬を走らせながら、空を見上げると、月光を浴びながら疾駆するグ
リフォンがあった。彼の後ろにはルイズがいる。そしてギーシュ自身の後ろ
にはンドゥールがいた。杖と剣を背中に差している。
彼にとってあまり居心地のいいものではない。なにせ一度思い切り痛めつけ
られたという記憶があるからだ。
別にそれからいじめられているわけでもない。金を請求されたり八つ当たり
に殴り飛ばされたりしていない。かといって、仲良くしていたわけではもち
ろんない。一番最近話したのは品評会の時のことだった。事が終わってから
彼は直接礼を言いに来たのだ。
(そのときに何がしか話をしていたらいまのようなことにはならなかったか
もね。まさに今更だけど)
ギーシュは小さなため息をつき、気を持ち直すために馬に鞭をいれた。とは
いえ飛ばしてきたため速度を上げることは叶わなかった。ワルドとルイズは
上空を悠々と飛んでいる。体力はまるで底なしだった。
(僕もいつかはグリフォンを……)
そう、羨望のまなざしを送る彼の視界に、奇妙な一団が映った。こんな暗闇
でテントも立てず、じっとこちらを覗き込んでいる。怪しい。ギーシュが前
方のワルドに知らせようとしたそのとき、火矢が射られた。

「うわ! うわわあ!」
なんとか馬を急停止させて火を避ける。盗賊の類かと、崖の上を睨むと、次
に目に入ってきたのは多数の矢だった。ギーシュは反射的に目を閉じる。恐
怖に体が支配された。
始祖ブリミルよ! 彼は祈り、助けを求めた。しかし、救ってくれたのは祈
りの対象ではなかった。
「キタキタキターッ! つうか相棒、久しぶりだあ!」
そんなひょうきんな声がした。と、ンドゥールが己の剣で矢を叩き落してい
たのだ。ギーシュの体から力が抜け、安心とともに劣等感が生まれた。
(ルイズの使い魔に助けられた!)
急ぎ彼は杖を引き抜いた。遅れを取り戻そうと魔法を使おうとした。だが、
連中は次々とひとりでに崖の上から落とされていった。気づけば上空にグリ
フォンよりはるかに大きな姿があった。
見覚えがある。タバサのシルフィードだ。それが地面に降り立つと、キュル
ケがやってきた。
「はあいダーリン、お待たせ」
もちろんギーシュのことではない。彼女はンドゥールに飛びつき、見事にか
わされる。
「つれないわあ、もう」
キュルケがマントを噛んでいじける振りをする。そこへ地上へ降りてきたル
イズが早々に突っかかってきた。
「ちょっとキュルケ、あんたなにしに来たのよ!」
「あら、助けに来てあげたんじゃないの。朝方出て行くところを見て、タバ
サをたたき起こしたの。それに助けてやったんだから礼の一つは言いなさい」
先手を制されてルイズは勢いを失った。必要があったかはともかく、助けて
くれたのは紛れもなく事実なのだ。
「それは、まあ助かったわ。でもね、これはお忍びの任務なのよ?」
「そうだったらそういいなさいよ」
ギーシュは二人の口論を見ながらため息をつき、火の粉が飛んでこないうち
にその場を離れた。地面に這い蹲りながら罵声を投げかける連中に近づいて
いく。これから尋問を始めるのだ。

適当に倒れているやつから一人を選び、尋ねてみる。
「君たちは何で僕らを襲ったんだ?」
「ああ? 金持ちそうだからだよ。決まってんじゃねえか!」
これまで彼が聞いたこともない乱暴な言葉だった。顔をしかめながらも、何
度か本当かと問い詰める。されど物取りだということ以外は知ることができ
なかった。ギーシュは勘ぐることなくそうなんだろうなと思い、踵を返そう
とするとンドゥールがやってきた。
「尋問は終わったのか?」
「うん。だけど、ただの物取りらしいよ」
「そんなわけがあるか」
ンドゥールはそう言って盗賊に近寄った。ギーシュはカチンと来たものの彼
の後ろについていった。
「なんだ? まだなにか用があるって言うのかよヴェッ!」
いきなりンドゥールが腹を蹴る。
「って、てめえ、なにすん――」
続けて顔を蹴る。べちゃりと血が地面に撒かれる音でギーシュは気分が悪く
なった。ンドゥールは痙攣している男の首根っこを掴み耳元にささやいた。
「本当のことを言え」
「い、言ってるじゃねえか、ただの盗賊だってえ!」

彼は地面に投げられる。ンドゥールは腰にぶら下がっていた水筒のふたを外
した。中から水が意思を持ったかのようにひとりでに飛び出し、男の口と鼻
を封じ込めた。
「何秒耐えられる?」
男は水を取り除こうともがく。しかし、いくら手で掻いても無意味。飲みこ
もうとしてものどに流れ込まない。
「助かりたいか?」
男がコクコクとうなずいた。
「本当のことを言うか?」
またうなずく。すると水が男の顔から離れていった。
ンドゥールは男の襟首を掴んで、尋ねた。
「なぜ襲った?」
「い、依頼されたんだ。女と仮面の男に」
そいつは女の容姿をこと細かく口にした。
ギーシュには思い当たる人物がいた。フーケ。

一行はラ・ロシュールというアルビオンへの港町に着くと、一番上等な宿に泊まることにした。
部屋は三つ。キュルケとタバサが相室、ギーシュとンドゥールが相室、ルイズとワルドが相室だ。初めはそのことにルイズが困って
いたがなし崩しにそうなってしまった。
で、一日中馬に乗っていて疲労がたまっていたギーシュは、食事を取るとすぐに部屋に上がった。ゆっくり休もうというのだ。だがンドゥールに続いて
キュルケが部屋に上がりこんできた。
「何の用だい。僕たちは疲れているんだよ。休ませてくれ」
「そんなこといわないでよ。それに、わたしはあんたに用があるわけじゃな いの」
ギーシュが訝しく思うと、彼女はンドゥールに話した。
「ねえダーリン、お願いだからいまルイズとワルドが話している内容、教えてくれない?」
「き……君ねえ、本気かい?」
ついついそんな声が出てしまった。
「なによ」
「なによって、淑女としてそういう行為をして恥はないのかい?」
「あら、これは淑女として当然の行為よ。クラスメイトが婚約者と同室で寝泊り、気になるわあ。後学のためにお勉強に励まないと」
「いや君ねえ……」
ンドゥールの聴力なら壁など薄いカーテンみたいなものだろう。だからといって盗み聞きをしていいわけがない。
「それで、どうなの? なにしてるの?」
「求婚している」
「なにい!?」
キュルケではなくギーシュが驚いてしまった。
「い、いや、失礼。にしても、求婚か。それ本当なのかい?」
「本当だ。ワルドがルイズに求婚している。断ったが」
「なんだ、つまんない」
キュルケは飽きてしまったのかもうンドゥールから離れた。
「にしてもギーシュ、あなたさっき止めようとしたくせにやっぱり興味はあ るみたいね」
「そそ、そりゃあるよ。彼はグリフォン隊の隊長なんだ。にしても驚いたな。求婚したこともだけど、ルイズが断ったってことも」
「あら、大したことないじゃない。そのグリフォン隊がどうすごいのかは知らないけど、女は男に比べて慎重なのよ。あっさり結婚を決めようなんて思
わないわ」

次の日、ギーシュが目覚めると隣のベッドはもぬけの空だった。船が来るのは明日であるためもっと眠っていても大丈夫なのだが焦りのようなものが生
まれたので急ぎマントを羽織って部屋を出る。と、ばったりキュルケに出会った。
「あらおはよう」
「おはよう。君、ンドゥールを知らないかい? 朝起きたらいなかったんだ」
「ダーリンならいまから決闘らしいわよ。もっとも単なる腕試しみたいだけど、あなたも見に行く?」
「行く」
二人は中庭に出る。そこには昔の練兵場だったという広い物置小屋があった。中に入ると、ワルドとンドゥールが立ち会っていた。介添え人としてかルイズもいた。
「げ、来たの?」
「げってなによ。だって興味あるじゃない。ダーリンもそうだけどワルドもいい男。どっちがより強いのかしら。ギーシュはどうなのか知らないけど」
「いや、僕はその、なんか気になったんだよ」
そう言ってからはもう三人は黙った。
帯電したかのようなピリピリとした空気に胸が詰まってしまう。
ワルドは杖を構え、じっと前方を見つめている。出方を伺っているようだが、ンドゥールは背中の剣を握ったままぴくりとも動かない。抜いてすらいな
い。と、ゆっくりとワルドが距離を詰めていき、跳ねた。

杖の先がンドゥールの額に吸い込まれていく。だが、彼が振り下ろす剣に防がれる。
ギギと鍔迫り合いが起こる。ワルドはいったん離れ、改めて突きを繰り出す。ンドゥールも剣を振るうが、技術で勝るワルドに押されてしまう。
それだけでもたいしたものである。ギーシュはその剣戟に見惚れてしまいそうだった。
とん、と、ワルドが剣の範囲から逃れ、呪文を唱えだした。ンドゥールは右手で杖を握りながら水筒のふたを開けた。その瞬間、彼は横合いから殴られ
たように吹っ飛んだ。デルフリンガーが床を滑っていく。ワルドが迫る。
ンドゥールは起き上がるが、その首に杖先が突きつけられる。
「勝負ありだな」
ワルドがそう言うと、ギーシュとキュルケは大きなため息をついた。
緊張した空気が一気に弛緩する。
「ルイズ、これでわかったろう。彼では君を守れない」
ワルドはしんみりとした声で言った。ルイズはなにかを言いたそうにしたが、ンドゥールを見て口をつぐんでしまった。
そのまま二人は練兵場を出て行き、ンドゥールとキュルケ、ギーシュが残った。
「ダーリン大丈夫?」
「問題ない」
ンドゥールはぱんぱんと体のほこりを払った。分厚い筋肉のおかげか怪我はまったくしていなかった。
ギーシュは彼に歩み寄り、気になったことを尋ねた。
「なあンドゥール、君はどうしてワルドを倒さなかったんだい?」
「あら、あなたも気づいたの?」
「そりゃ気づくよ。いくらなんでも。彼のマント、水に濡れてたじゃないか」
その通りだった。ンドゥールの水筒から水が飛び出し、疾走するワルドのマントにしみこんでいったのだ。
つまり、これは引き分けだった。ルイズだってわかっていたはずだ。
「べつに大したことではない。いまは調子に乗らせているだけだ」
「なんでそんなことする必要があるの?」
「ワルドはなにかうそをついている」

ルイズは決闘場から少しはなれたところでワルドに尋ねた。
「どうしてンドゥールと決闘したの?」
「理由は二つある。まず一つは、彼の実力をこの体で感じたかったことだ。そうすることで作戦も変わるからね」
「もう一つは?」
そこでワルドは苦々しい笑みを浮かべた。
「男として、彼に勝ちたかったのさ。愛しの婚約者の心を傾けたくてね」
その言葉の意味をルイズは理解し、慌てた。
「あ、あいつはただの使い魔よ! そんなあなたが思っているようなことなんてないわ!」
「果たしてそうかな。この町に来る途中でも、君は彼のほうをちらちらと振り返ってたじゃないか」
「そそ、それは、あいつが盲目だから、落っこちたりしないか心配になっただけで、そんな感情はないわ」
「本当かい? あのころのように、君は僕を慕ってくれているかい?」
「ええ。私はあなたの……婚約者だもの」
ワルドはにこりと微笑んだが、ルイズの胸にはちくりと針で刺されたような痛みがあった。彼女は、愛していると言おうとした。
それが、なぜか止まってしまった。自分の意思でワルドとの距離を狭めることに大きな抵抗を感じていた。
だから、親同士が決めた婚約者を持ち出した。
どうしてワルドの愛にこたえられないのか。どうしてワルドとの間に線を引きたいのか。

明日は即日出港ということもあり街全体がにぎわっていた。一行が宿泊している宿屋も大いに賑わい、キュルケやギーシュたちは酒を飲んで騒いでいた。
ンドゥールは少量の食事と軽く酒を口にしただけで、街の外へ出た。
騒々しさが遠ざかり、虫と草の音があふれている。彼は腰の水筒に入っていた水を地面に落とした。
その背中をルイズがじっと見つめていた。
「なにしてるの?」
「いざというときのためにな。邪魔しようというやつがいたら街に入る前に攻撃する」
ルイズは重々しい歩みでンドゥールの背中に寄り添った。
「……ワルドに求婚されたわ」
「知っている」
ルイズはぐっと手を握った。
「一応断ったわ。でも、彼の気持ちが変わらなかったら、そのうちするわ。あなたはどう思うの?」
「好きにすればいい。お前が誰と結婚しようと、恩を返すだけだ」
「もういいって言ったら、あなたはどうするの?」
「どうもしない。もとの月が一つだけの世界に戻る方法を探すだけだ。そし
ていつかはもう一度『あの方』に出会う」
ルイズがいきなり蹴った。
「なにをする」
「……わかんないわよ。なんか、腹が立ったんだもん」
ルイズは口を尖らせ、顔をうつむかせていた。ンドゥールの顔を直視することができなかった。
ワルドは見つめることができた。それは、どうしてだろうか。心の中で二人の男を並べると、
ンドゥールの存在が強く輝いていた。でもそれは自分の使い魔だからに違いない。この間、フーケに守られたからに違いない。
そのうち、ワルドを好きになっていく。
世の中には初対面で結婚した夫婦は数多くいる。だけどともに生活をしていくうちに互いを愛するようになっていった。
私も、きっとそうなっていく。ルイズはそう結論付けた。
しばらくするとンドゥールは、風邪を引くからと街に戻っていった。
ルイズも従った。

「やっぱり予想通りだね」
フードを被った女がそういった。彼女は『土くれ』のフーケ、隣には仮面をつけた男がいる。
そいつに彼女は脱獄させられ、協力を命じられているのだ 。
給金は弾むとのことだが、首に縄をつけられていることには違いない。いい気はまったくしなかった。
いっそ逃げ出してやりたいが、実力は男のほうがはるかに上なため嫌々したがっている。
二人の視線のはるか先には無残な死体がいくつも転がっていた。
首をねじ切られたものに胸に穴を開けられたもの、すべて急所を攻撃されている。
フーケは隣の男から、適当に人を雇ってルイズたちを襲えといわれた。
ところがこんなことになってしまった。なにをされたかは簡単に想像がつく。
あの男の操る水でやられてしまったのだ。
「これは、先住魔法か?」
「さあね。ともかく、これで二組に分断させるなんてのは不可能になっちまったよ。
いくらなんでもあたし一人であいつらを襲ったところで返り討ちにあうのがオチさ」
「わかってる。お前はいまから船に潜り込んでいろ。音を出さぬようにしておけば、ばれないのだろ?」
「たぶんね。にしても、せっかく仮面を用意したって言うのに、無意味だったわね」
「そうだな」
男は仮面を外し、地面に放った。それが落ちると、すぐさま水に割られた。


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