ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

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「ちょ……ちょっと! どいて! どいてってば!」
人垣を掻き分け、聞きなれた声が聞こえる。
押し合い、圧し合い、集まった人達の好奇の目に晒された中庭で、対峙している二人。
彼をよく知る者は、一様に彼の表情に驚く。彼――ギーシュ・ド・グラモンに、あんな顔ができたのか、と。
そしてもう一人を、観客は火を近づけられた火薬樽のように感じただろう。
――ルイズの、使い魔だ。
――また何か、問題を起こしたんだろう。
厄介者を見るような視線を、事情を知らぬ者達は注いでいる。
その渦中に、彼の主がもみくちゃにされながら、駆けつけた。
「ちょっとあんた! 何してるのよ! すぐに止めなさい!」
ルイズがジャイロの腕を掴む。そして強引にギーシュの前から引き離そうとしたが。
か弱い少女の腕力では、彼は、微動だにしない。
「ちょ、ちょっと! 言うこと聞きなさいってば!」
両手で引っ張る。それでも、動くことは無かった。まるで、彼の両足が地面に突き刺さっているかのように。
「下がりなさい……下がって! サイト! あんたも! 二人とも下がりなさい!」
少し距離があって。そこに、才人がいる。しかし彼も――その場から、動かなかった。
「どいてろ。お嬢ちゃん」
静かに、だが威圧のある声で。ジャイロは、ルイズに言う。
「そのとおりだ。君は下がりたまえ。……ミス・ヴァリエール」
ギーシュが、ジャイロの意見を後押しする。
「ギーシュ!? ちょっとあんた! 一体どういうつもりよ!」
「見てのとおりさ。……『決闘』だよ」
「……本気で言ってるの!? ギーシュ、『決闘』は禁止されているはずよ!」
ルイズがギーシュを睨む。正論は、ルイズにあったが。ギーシュは軽く、首を振ってそれを否定した。
「『決闘』の取り決めなら破っていない……。彼は平民だからね。……貴族同士の『決闘』だけだ……禁止されているのは」
君も知っているはずだが。とギーシュはルイズに言う。
「彼は私の使い魔よ! それはつまり、私と貴方が『決闘』することになるわ!」
その答えにもまた、ギーシュは首を振った。

「それは違う……。これは君には何ら関わりの無いことだ。……僕と彼、お互いに『納得』している……。『納得』済みの、『決闘』なんだ」
わかるかい? と彼は問うが。
「……わからない。あんたが何言ってるのか全然わかんないわよ!」
ルイズには一欠けらも理解できない。ギーシュが言うことも。『納得』の意味も。
「……いい加減にしよーぜ。おチビにいくら説明したって、納得してくれそうにねーからよ」
ジャイロが先を促す。それは、彼女を侮辱するために言った言葉ではない。
「そのとおりだ。……ここから先は『男の世界』……所詮、女には理解できない『価値観』の、世界だ」
ジャイロが前に踏み出す。
「だ、駄目よ! あんたは平民でしょ!? 貴族に、メイジに! か、勝てるわけないじゃない! 殺されに行くようなものよ!」
さっきよりも強く、ルイズがジャイロの腕を掴んで引っ張る。……だが、彼の歩みは止まらない。
「駄目! 駄目だったら!」
「……もう、止まれねーだろ、ここまで来たらよォ。お互い、後戻りなんてできやしねーんだ」
「そんなことない! そんなの決まってないでしょ!」
「……わかんねーか? ルイズ」
彼が初めて、少女を名前で呼ぶ。
「……え?」
それに、彼女は驚いた。耳を疑った。だからつい、彼の――腕を掴んでいた、力が緩んだ。
ルイズの手を振り切り、ジャイロが前に進む。
その正面にいたギーシュが、再び、手にした花を彼に向けた。
もう、後戻りは、できない。すればそれは、自身の名誉を傷つける。
――『決闘』の舞台は、整った。
「……なによ。……なに言っているのよ! わかんないわよ! わかるわけないじゃないの! バカぁっ!」
その顔は悲痛に、上げた声は不安げに、彼に届いた。

「『公正』になる話をしよう」
ギーシュがジャイロに向かって、そう切り出した。
「僕の魔法は――、『土の系統』の魔法という。物質を操ることを得意とし、その中でも僕は『錬金』という魔法を得意とする。特に、『青銅』を練成することに、自信がある」
故にその二つ名も『青銅』だと、ギーシュは言った。
「ほんの九体」
そう言って、ギーシュは手にした花を振る。九枚の花びらが舞い落ち、地面につくと同時に。甲冑を身にまとった人型の何かとなる。
石礫――ゴーレムだ、と誰かが言った。
「――今現在、僕は九体のゴーレムを同時に使役できる。名前も決まっている。――ワルキューレ、という」
その名はジャイロも知っている。だが、ジャイロが知るその名は――戦場で、死ぬべき者を選ぶ女神の名だ。
今目の前に立っているのは――戦乙女などという華奢なものではない。そのフォルムは女性らしさなど無く、むしろ男性に近いものだった。
アマゾネス――屈強な女戦士と、形容するにふさわしい、その姿。
ワルキューレの姿を見るものは少なかったが――、幾人か、その姿を知る者がいた。
ギーシュの後方で、彼の豹変を信じられずにいた――モンモランシーも、その一人である。
彼の使役するゴーレムまで、変わりすぎていることに、彼女は愕然とした。
「今から君は――。この九体のワルキューレを相手にしなければならない」
それは、あまりにも無謀な挑戦であろう。ジャイロは両手両足とも鎖に繋がれ――満足に動けずにいる。
さらに、今の彼には――、切り札となるべき、鉄球が無い。

あまりにありすぎる戦力差だったが。
ジャイロはそれに、ニョホ、と笑う。
「ほォ――。そいつぁつまり、そのガラクタ九つぶっ壊しゃ、おメーをぶん殴れるってことでいいんだな」
あくまでも余裕ありげに、ジャイロは応える。
「……確かに。僕は今現在、九体以上ワルキューレを出せない。全て破壊されれば、僕は防御の手段を失う。しかし――、それが、できると?」
ギーシュの口調はあくまで静かに――だが不快を顕にして、ジャイロに問う。
「できなきゃ言わねーっつーの」
挑発めいた笑いで、ジャイロは返す。
その答えに、ギーシュは花びらを放る。
地面に着くと同時に。それは一本の長剣に変わる。
さらにギーシュが自身の使い魔の名前を呼んだ。
土が盛り上がり、出てきたものが、口にくわえていたものを、ギーシュは取り上げる。
そしてそれも、ジャイロに向かって、放り投げた。
「それは君のものだろう」
「……あぁ。そーだ。ねーと思って探してたんだが……オメーが持ってたのかよ。……まぁ返してくれて、感謝しとくぜ」
足元まで転がってきた鉄球をジャイロは取ろうとしたとき、ギーシュから問われた。
「その鉄球か。剣か。……どちらかを取った瞬間を、『決闘』の合図とする。……それでいいか?」
彼の指が、鉄球に触る直前で停まる。
だが彼にとって、戦いの口火を切るなど、躊躇する理由にもならないのは明白だった。
「別に構わねーぜ。そしてオレは当然! 鉄球を取るがね!」
ジャイロが鉄球を取り、回転をかける。風が唸りをあげ、彼の掌には旋風が巻き起こる。
その回転を、自分の胸に押し当てると、がきん、と音がして、拘束していた鎖の繋ぎ目が、壊れた。
それと同時に、ギーシュの腕が振るわれる。
九つの矢と化した敵が、彼めがけて――引き裂かんばかりに襲い掛かってくる。
その一番先にいた相手に――渾身の力で、ジャイロは、鉄球を投げたのだった。


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