ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第六話 『向かうべき二つの道』後編

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匿名ユーザー

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 目の前に現れたブラックサバス……ギーシュ達にとっては危機的な状況も、ジョリーン達からすれば、大きなチャンスだった。

「爺っ!!!!」
「わかっておる!」

 オスマンは己の杖を振るい、気絶した姫にフライの呪文をかける。そして恭しく、丁重に、しかし迅速に展覧台から降りようと一歩を踏み出した。
 影は……うごかない。
 完全に、ブラックサバスはこちらの影から切り離されたようだった。

 展覧台の上から二人の姿が消えたのを横目で確認し、ジョリーンはその二本の足を更に加速させた。目指すは……ワルキューレの影に居る、ブラックサバス!

(いい判断してるじゃない!)

 ステージ上で才人が見せた一連の動きもさることながら、今ギーシュが足を掴まれた際に見せたとっさの機転に感嘆の意を示した。普通の子供や貴族のボンボンかと思っていたら、中々どうして! 相手が品評会であからさまに明後日の方向を狙った発表をしたギーシュだった事が、ジョリーンの驚嘆を増大させている。

(オスマンは、あれを影から引きずり出せば良いと言った……ならば……!)

 ワルキューレの影はどの影からも独立していた。今、あの黒い悪魔は動く事ができない……! やりようはいくらでもある筈だ!

(あのゴーレムをぶっ壊して、日光浴させてあげるわ!)

 黄金の意思でもって拳を握り締め、ジョリーンはワルキューレを睨みつけた。


「こ、こいつ……どうやって移動してきたの……!? か、影から出ないのは確かみたいだけど……移動手段は他にあるんじゃ……!」
「――モンモランシー、逆に考えるんだ」

 パニックに陥るモンモランシーの肩を抱きながら、ギーシュは覚悟を決める。

「『影から出ない』ではなく、『影から出れない』と考えるんだよ」
「え?」
「ずっと引っかかっていた! 何でこいつはこんな圧倒的なパワーを持っているのに、影の届く範囲にしか現れないのか!」

 ギーシュの造花が踊り、その言葉にタバサは珍しく、あっと声を上げる。彼女も気付いたのだ、その可能性に。

「余裕? 歩くのが遅い? 違うよ!
 何がなんでも相手を舌で突き殺す、あのバケモノが見せた執念に、そんな理屈は無い!
 こいつはっ! 影から出ないのではなく! 『出れない』んだっ!!」

 杖の動きに合わせて、ギーシュの唇が祝詞を紡ぐ。その正体に気づいたモンモランシーが止めようとする暇も無く、その呪文は発動し――

 影を作っていたワルキューレが、花びらへとその姿を戻す。

『――アアアアアアアアアアアッ!!!!?』

 ブラックサバスの悲鳴が、晴天の広場に木霊した。


 太陽の下に引きずり出された悪魔の姿に、驚くべき変化が現れた。太陽光を浴びた部分が泡立ち、煙を発したのである! その体が悪魔自身の影……と言うよりは、足元の霞のようなものに沈んでいって、溺れるようにもがいた。

(やはり……こいつは影にしか存在できないっ! 僕達の状況は、『ピンチ』ではなく『チャンス』だったんだ……! こいつを影から追い出すためだけの!)

 己の推測が事実だった事に、ギーシュはご満悦だったが、すぐに笑っていられなくなる。

『アアアアアアアアア!』

 なんと、ブラックサバスがうめきながら、地面の上を泳ぐようにこちらに向かってきたのである。

(ぼ、僕らの影に入り込む気か!)

 ゴーレムで攻撃は出来なかった。地面を這いずるこいつに下手に近づけば、そこから影に入り込まれて元の木阿弥である。

「い、イヤァァァァァァッ!!」
「だ、大丈夫だよモンモランシー! こいつ、影の外では動きが遅い!」

 悲鳴を上げるモンモランシーを抱きしめ、後ずさりながら、ギーシュは自分自身と彼女に言い聞かせた。
 同時に――脳裏の接続を使って、地下深くに潜っていたヴェルダンデに指令を出す。『落とし穴を掘れ』と。間に合うかどうかは分からなかったがやらないよりはましだった。

「ほら! こうやって後ずさってるだけで十分に……!」

 などと言っている最中に。

 し ゅ ば っ !

 ブラックサバスのその体が、宙を舞った!

「!!!?!?!!?!?!?!!!?」

 地面から飛び跳ね、自分に向かって落ちてくるそれに対し、モンモランシーは声にならない悲鳴を上げて、きつくギーシュに抱きつく。そして、ギーシュのほうもそれを見上げて……モンモランシーをかばった。

 せめて、彼女だけでも守りきらなければ! そういう本能がさせた行動だったが――


「『ストォォォォンフリィィィィィィィィィィィッ』!!!!」



 悪魔の変わりにその背中に突き刺さったのは、男らしい女の声だった。
 ――ルイズ、タバサ、キュルケの三人は、はっきりと見た。
 こちらに走り寄ってくる、女の傍らに立つ半透明の人影……その人影から伸びた糸が、ブラックサバスを雁字搦めにして吊り上げてたのを!

「やれやれだわ……凄いと思ったら肝心なところで詰めが甘いわね。まあ、それでもたいしたもんだけど。よくやったわ、あんた達は。イヤホント。けど、これ以上は無理よ。だから――」

 吊り上げられたブラックサバスに向かって走り寄りながら、ジョリーンは拳を握り締め、つぶやく。サバスの体に巻きついた糸は、引き寄せられる過程で解け、ジョリーンの肉体に戻って行き……

「後はあたしが! 引き受けたぁっ!」

 ド ゴ ォ ッ ! ! ! !

 半透明の拳が、ジョリーンの意思に従ってブラックサバスに叩き付けられた!

「オラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラオラッ!!!!」

 ドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガドガァァァァッ!!!!

 それは、全力のパワーを込めたラッシュ!!
 あまりの圧倒的なパワーと迫力に、ルイズ達は息を呑む。ギーシュとモンモランシーはいきなり聞こえてきた殴打音にぎょっとして眼を見開き、ルイズたちと同じように見入った。『それ』が見えないはずの才人も、肌を嬲る激しい空気の流れから、往来している圧倒的なパワーを察した。

「オラァァァァァァッ!!!!!」

 バッギャァァァァンッ!

『アグァアアアアアアア!!!!』

 ダメ押しの一発でブラックサバスは吹っ飛ばされ、近くには草しかない、影等ひとつも無いところに向かってぶっ飛ばされた。ジョリーンの狙い通りに、だ。

「な、え……? え!?」
「す、すっげぇっ……」

 絶句していた一同で一番早く口を開いたのが、ルイズと才人の二人だった。

「何あの幽霊みたいなの……」
「…………」

 キュルケとタバサも、呆然としてしまう……彼女達の知識の仲に、あんなものは存在しない。幽霊のように人に張り付いて、使い魔のように従う存在など――!
 そして、ギーシュとモンモランシーは、

『た、助かったぁぁぁぁぁ……』

 仲良く抱きあったまま、その場に腰を下ろした。二人とも、足がガクガク震えて地震か貧乏揺すりかという有様だった。
 ……モンモンのほうはともかく、ギーシュの方はさっきまでドシリアスしてたと思えないほどの、気の抜けっぷりである。



「お、落とし穴……無意味だった……よかったぁ~」

(ま、そーなるわな)

 背後の連中が一気に脱力したのを気配で感じ取り、ジョリーンは笑った。彼らはこの極限状態で十分によくやったのだ。たとえ腰を抜かしたとしても、誰も文句は言わないだろう。
 後でアンリエッタに言葉くらいかけてやる様に言ってやろう。貴族ってのはそれで泣いて喜ぶし……そんな事を考えてから表情を引き締め、ブラックサバスに向けて走り出す。

 ――蒸発しながらもがくその悪魔に、止めを刺すためだ。

『アアアアアアア……ッ!』

 がしがしと土を掘るようにもがくブラックサバス……その姿は先ほどまでと比べると、余りにも哀れみの感情を刺激したが……ジョリーンは、そういった感情をこれっぽっちも抱かなかった。

 ――こいつは、自分の為だけに弱者を踏みにじり、その命を奪って平然としている、真の邪悪だ。

 少なくとも、こいつの本体はそういう人物だったはずだと、ジョリーンは確信する。
 『スタンド』は精神に秘められた才能が発露するものだ。その性質には、人間の本質が現れる……そういう人間でなければ、こんな無慈悲なスタンドは生み出せる筈が無い。

「オラァッ!!」

 ドゴンッ!!

 宣言する言葉もなく。
 ジョリーンは、もがくブラックサバスに向かい、その拳を振り下ろした。


 ――終わった。

 ストーンフリーが地面を砕く音が聞こえた瞬間、サイト達がそう考え、その場に腰を下ろしてしまったのは、あの悪魔の生命と、自分達の危機の終わりを感じ取ったからであった。

「つ、疲れた……モット伯の時よりずっと……」
「同感だよ……才人……」

 言い合う才人とギーシュ。モット伯などとは比べる事すら考え付かないほどの、漆黒の殺意を振りまく存在との駆け引きで、二人の神経は紙やすりで削られたかのごとく磨耗してしまっていた。

『はぁ……』

ルイズは腰が抜けっぱなしで、才人の背中にしがみついているしかなく、モンモランシーも足腰が立たない。声を唱和させて嘆息する二人……
 前方に居たキュルケとタバサも、事の終焉を感じて、合流するより先に座り込んでしまった。
 タバサの方は――この場に居る誰も知らないが、実戦経験が豊富であり、人を殺した経験も多々あるのだが。
 あのような得体の知れなさ過ぎる存在との戦闘は始めてであった。あれが向ける無機質極まる殺意は、今までに味わった事のない種類のもの。直接命を奪われそうになったわけでもないのに力が抜けるのは、彼女の幽霊嫌いも無関係ではあるまい。

「……ダーリン達の言うとおり、疲れたわねぇ」
「…………」

 キュルケの言葉に無言で頷くタバサ。

 この場に居た一同は、一人の例外もなくこの騒動が『終わった』と感じていた。

 ぼ ご ぉ っ !

 もぐもぐっ!

 そんな一同の安堵を待っていたかのようなタイミングで――実際、ブラックサバスが怖くて出てこれなかったのだが――地面を割って茶色い物体が顔を出す。

「おぉ……僕の可愛いヴェルダンデ……」

 ギーシュの使い魔、ヴェルダンデだった。普段なら『お~! ヴェルダンデ~!』と演技臭い動作で抱きつくところだが、今のギーシュにそんな元気は無かった。それでもこんな台詞が出る辺り、流石だとは思うが。

 動く事すらできないギーシュに向かって、もぐもぐ言いながら這って行くヴェルダンデ。その額にある逆三角形のルーンについた、カラフルな色合いの生物に気付いたモンモランシーが、叫んだ。

「ロビン!!」

 げこげこっ!

 ヴェルダンデの額に乗っかっていたカラフルな蛙は、モンモランシーの声に応えるように、ぴょんと地面に飛び降り、モンモランシーは跳ねてくる蛙を迎えようと右手を差し出して――



 ストーンフリーの拳が大地を穿ち、ブラックサバスの姿が消え去って――ジョリーンの双眸が、力の限り見開かれる。
 手ごたえが……全く無かったのだ! しかも、ブラックサバスは蒸発するのではなく、たたきつけた拳に吸い込まれるように消えていった!

「な……なに!?」

 ぼごっっ

 慌てて拳を引き抜くジョリーン。するとそこには穴――拳で開けたにしてはいささか深すぎるくらいの穴が開いていた。穴の淵は引き抜かれた拍子にボロボロと穴の内側に落ちていく。まるで、そこに予め大きなトンネルがあったかのような……それに、地面を叩いた手ごたえは、穴を穿ったと言うよりも、殴られた地面が崩落したような感触……

(――トンネル!)

 その単語に、ジョリーンの脳細胞が刺激され、先ほどの少年の言葉と、その使い魔の存在が思い出される。

 あの少年の使い魔は『ジャイアントモール』……巨大な、土竜だ。
 そして彼は先ほど『落とし穴』がどうとか言っていなかったか!?

(そうか!)

 あの少年は、ブラックサバスが這いずってきた時に――間に合う、間に合わないを度外視で――落とし穴で時間を稼ごうと、使い魔を呼び出したのだ。
 これは――その時土竜が掘った穴ッ! そしてその内部には、ブラックサバスには十分すぎるほどの『影』があるっ! 手応えが無いはずである……奴は、自分のパワーを利用してこの穴に逃げ込んだのだ!
 そこまで考えて、ジョリーンはあの少年達の気が緩んでいた事を思い出した。
 まさか、いや、それが当然なのだ――気が緩んだ、あの使い魔を溺愛する少年が、自分の元にやってきたモグラに近づかないはずが無いのだ!
 そこに、悪魔が潜んでいる事も知らずに!
 慌てて彼らのほうを見れば、そこには……今まさに、ご主人様のほうへと向かおうとする土竜の姿が。
 その姿を見たジョリーンは、力の限り絶叫した!

「その土竜から離れろぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!」


 土竜が地面を進む間に、その額に居る蛙の陰に潜み、その少女の影にまで移動した……そんな事が、誰に想像できるだろうか。

 がしぃっ!

 差し出さした右手が、自分の影から出てきた新たな手につかまれたとき、モンモランシーは一瞬、それが何なのか分からなかった。

『お前も――』
『!!?』

 この場に存在しないはずの声。
 地獄の底から響いてくるような、無機質なその声は、モンモランシーを掴んだ腕の根元から聞こえてきて。
 ずぶりとそこから現れた顔に、モンモランシーは叫ぶ事すらできなかった。

『『再点火』したな!?』

 その事を認識した瞬間に、ギーシュは動いた!

「モンモランシー!!!!」

 悲鳴を上げる筋肉を総動員し、恐怖で立ち尽くすモンモランシーを突き飛ばすギーシュ。
 突然の横からの衝撃に、その体はあっさりとブラックサバスの手を離れ――

 がしぃっ!!!!

 代わりにその腕が掴んだのは、ギーシュの体だった。

「く、くそっ!」

 両肩を掴まれ、もがくギーシュ。精神力の尽きたメイジの抵抗を嘲笑うかのように、ブラックサバスはその魂を引きずり出す。

『う、うわっ……これは!?』
『チャンスをやろう……『向かうべき二つの道』を……』
『こいつ――ヴェルダンデの掘った穴から……!』

 引きずり出されたギーシュの魂を逃すまいと掴んだまま、ブラックサバスの口が開く

「ギーシュ!!」
『相棒! ぼさっとするなぁっ!!!!』
「お、おい! まさか――くそっ!」

 魔法も使えず、動けないルイズ。
 自身では微動だに出来ないデルフリンガー。
 見えないために反応が遅れた才人……

『ひとつは、生きて選ばれる者への道……さもなくば』

「一寸ギーシュ! 少しは抵抗を――せめて距離をとって!」
『む、無理だっ! 体が……いや魂が動かないっ!!』
「…………っ!」

 離れた場所に居るせいで、ギーシュの魂を巻き込みかねない為に動けないキュルケとタバサ。
 そして――

「あ……」

 ようやく恐怖による硬直が解け、声帯を震わせたモンモランシーの眼前で。

 ド ス ゥ ッ ! ! ! !

『もう一つは……『死への道』!』

 ギーシュの魂に……矢が突き刺さった。


「いやぁぁぁぁぁぁぁっ!!!! ギーシュゥゥゥゥゥゥゥッ!!!!」
「――オラァッ!!!!」

 ギーシュが捕らえられている間に走りよってきたジョリーンは、モンモランシーの上げた悲鳴をバックミュージックに、ブラックサバスに拳をぶち込んだ。
 いきなり加えられた真横からの衝撃に、ブラックサバスはギーシュの体を手放して吹っ飛び――

『相棒! そのまま振り下ろせぇっ!』
「おうっ!」

 ふっとばした方向にいた才人が、デルフリンガーを構え、その指示通りに一閃した! しかし……手ごたえは無かった!

 ス カ ッ !

「な!? 外した!?」
「ちがうっ! 『避けた』!」

 才人からは見えなかったが、ブラックサバスは吹っ飛ばされる最中、デルフリンガーの刀身が振り抜かれる直前に、指先を才人の陰に伸ばし、そこからもぐりこんだのである。見えていたデルフリンガーには、次に相手のすることが予想できた。

『相棒! 後ろだぁーっ!!!!』
「くっ!」

 デルフリンガーの声に脊椎で反射し才人は足を引き絞り――

 だっ!

 猛烈な勢いをつけ、駒のように真後ろをなぎ払う!

 ざしゅっ!!

『!』
『おしっ! いいぞ相棒! 奴のほっぺを切り裂いてやった!』

 デルフリンガーの反応と、切っ先に生まれた僅かな手ごたえに、才人は内心でガッツポーズをとった。そして、自分の背中にしがみつくルイズに、叫ぶ。

「ルイズ! しっかりつかまってろ!」
「おらぁっ!!!!」

 ジョリーンがその横をすり抜けて、更に日向に押し出そうと殴りつけようとして――

 がしぃっ!

「!」

 殴ろうとした腕が、命中する寸前に相手に掴まれた。握りつぶされては敵わないと、ジョリーンは即座にストーンフリーの拳を糸に解して、その拘束から逃れる。
 ブラックサバスは、口から矢を出したまま、才人に切り裂かれた頬の傷など存在しないかのように、影に沈みながら、

『お前も……『再点火』したなっ!』
『こ、この野郎……さっきから同じような事ばっかり言いやがって!』
「言っても無駄よ」

 いらだつデルフリンガーに、ジョリーンは構えながら、親譲りのクールさで言い放つ。

「今わかったわ……やれやれね。こんな単純な事に気付かないなんて。
 こいつは悪魔でもなんでもない。正真正銘の『機械』よ。存在が出なく在り方がね。
 何の感情も信念もなく、ただただ目的のために……発火を見たものを射抜くためだけの人形」
「くそっ! この野郎、ギーシュを!」

 ジョリーンの物言いに――彼女にではなく、敵の存在に歯噛みする才人。
 ギーシュとは短い付き合いだったが、この世界では数少ない友人であった。それをこいつは……

「落ち着きな」

 明らかに感情的になっている才人に、ジョリーンは忠告した。

「あいつがあのボウヤを突き刺した『舌』……あたしの想像通りなら、まだ可能性はある」
「へ!?」
「生きてる可能性があるって事さ! ――来るぞっ!」
『下だぁっ! 突け!』

 ジョリーンとデルフリンガー双方に指示され、才人は地面を突き刺した。
 地面から才人の足を潰そうとしていたブラックサバスは、すぐさま影の中に引っ込み――命がけのもぐら叩きが始まった。


 暗闇の中で、ギーシュはボーっと体育座りをしていた。

『面白いぞ小僧! 少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!』
『うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!』

 目の前で、分かりきった駆け引きが繰り広げられていくのを、ギーシュはボーっと眺めていた。
 思考が、寝起きのようにぼやけてしまって思考が纏まらない。
 ただ、目の前で延々リピートされるリンゴォとの決闘を、ボーっと眺めているだけだ。

(何をやってるんだろうなぁ。僕は)

 段々とはっきりしてくる頭で、ギーシュは自分で自分を笑った。自分が『殺された』状況を思い出しつつ。

 この身はレディの盾――お笑い種である。
 自分が落とし穴なんて作ろうと画策して、それでモンモランシーを危険に晒したのだ。そもそも、落とし穴に落としたところで、あの悪魔に『影』を与えるだけだろう。
 自分の浅慮がこの危機を呼んだ事に、彼は自分で自分を笑わずにはいられない。
 挙句の果てに、自分一人で走馬灯を見ている始末だ。

『面白いぞ小僧! 少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!』
『うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!』
『面白いぞ小僧! 少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!』
『うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!』
『面白いぞ小僧! 少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!』
『うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!』
『面白いぞ小僧! 少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!』
『うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!』
『面白いぞ小僧! 少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!』
『うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!』

 ……どうでもいいが、いつまでこのシーンをリピートするのだろうか。

(モンモランシーは……レディ達は無事なのかな)

 手にした薔薇を弄りながら、ギーシュは只それだけを心配する。才人の心配はあまりしていない……なんというか、一寸やそっとじゃあ死なない気がするし。

『――愉しいか? ギーシュ』

 と。
 いきなり目の前で展開していた走馬灯が消え、代わりに一人の男が現れる。呆れたような、達観したような感情の読めない顔で自分を見下ろすその男を、ギーシュは知っている。
 知っているどころか、殺し合いをした中である。

『僕を嗤いに着たのか? リンゴォ・ロードアゲイン』

「ギーシュ! ギーシュ!」

 モンモランシーは、ギーシュの体を抱き上げて、自分の膝に乗せた。

(重い……)

 冗談で自分にしな垂れかかってきたり、抱きついてきたりした時には、こんな重さは無かったはずだ。ひょっとして、気を使ってくれたのかな?
 泣き叫びながら、モンモランシーはそんな事を考えた。

「何やってんのよモンモランシー!」
「……早く」

 キュルケとタバサの声が右の耳から左の耳へ通り抜け、死体は冷たいものと相場は決まっているけど、ギーシュは暖かいなと思った。ぎゅっと、その手を握り締めてみる。
 暖かい……

「――嫌よ! ギーシュはまだ生きてるわ! 置いてなんていけない!」
「っ!」
「ほら! 起きて! ギーシュ!」

 絶句するキュルケをおいて、パンパンとギーシュの頬を叩くモンモランシー……自身の頬から流れた涙が、落ちて彼の服をぬらす事にも気付かず、夢中になって。
 頬だけではない。胸を叩き、肩をゆすり、頬を引っ張り、ありとあらゆる手段を使って、彼の意識を覚醒させようと必死だった。

「ギーシュ! ギーシュ! ギーシュ!!!!」


『いや』

 ギーシュの自嘲気味の質問に、リンゴォは簡潔に拒絶の意を示した。いまや学園で完全なる悪魔扱いを受けている男は、死んでからも相変わらずのようだった。

『笑う価値すらないと、そう言いたいのかい?』
『言ったはずだ。俺は祈っていると』

 ギーシュは、何故か体育座りしているのがどうしようもなく悔しくなって、立ち上がった。そして、正面からリンゴォを見据える。

『お前は……一歩一歩確実に、『光り輝く道』を進んでいる……あの才人という小僧も、今は対応者だが、『勝利への道』を見つけるだろう』
『……君なんかに褒められても、全く嬉しくないけどね』

 苛立ち紛れにはき捨てたギーシュを無視して、リンゴォは続けた。

『お前が見つけた『行き方』を、『女の盾』という道の『行き方』をなじるつもりは無い。それは、『男の価値』と決して矛盾するものではないからな。だが、お前はそれに敗北した。
 まだその生き方にしがみつくつもりか?』
『貴様には……関係ないっ!!』

 図星を疲れ、ギーシュは思わず怒鳴った。それに対してすら、リンゴォは淡々と、淡々と続ける。

『関係はある……ギーシュ。俺はお前が、『光り輝く道』を歩む事を祈っている。ならば、そこから道を踏み外そうと言うのならば、それを導かねばなるまい』
『ふざけるなっ! 何故僕が貴様の生き方を準えなければならないんだっ!! それとも何か!? 僕が本心でそれを望んでいるとでも言うつもりかっ!?』

 その叫びに返された、リンゴォの言葉……あくまで淡々とした抑揚の無い言葉は、ギーシュから全ての言葉を奪った。



『逆だ。貴様は、『対応者』に戻る事を恐れているのだ』



 対応者。
 ギーシュは、その言葉の意味する所を完全に理解しきったわけではない。
 だが、かつての自分や、モット伯のように『覚悟』の無い人間が、そのカテゴリに当て嵌るであろう事は、容易に想像がついた。

『ようやく見えた『光り輝く道』を見失い、昔のような対応者に戻る事を……漆黒の意思を失う事を、貴様は魂の奥底から恐れている……』

 気が付けば……
 ギーシュとリンゴォは、楽員の広場に立っていた。ギーシュの足元では自分の死体を抱いてモンモランシーが涙を流し、遠くを見れば悪魔と戦う才人とジョリーン……モンモランシーに向かって叫ぶキュルケとタバサの姿も見える。

「ギーシュ! ギーシュ! ギーシュ!!!!」

 己の体を泣きながら揺さぶるモンモランシーの姿を見て、ギーシュの胸が痛んだ。
 自分の死を、彼女はこんなにも悼んでくれているのに……

『お前がレディの盾になるといった結果がコレだ……』
『っ!!』
『お前は盾になどなれない。お前は、まだそんな大物ではない……贔屓目に見たところで、柵がせいぜいだろう……
 その上で、お前はどうするつもりだ?』


「――!」
「え? 何タバサ……なんですって!?
 も、モンモランシー! 早くこっちに着なさい!」

 タバサが何かを感じ取り、キュルケがそれを代弁して叫ぶ。

「鳥が一羽シルフィードの警戒を抜けたわ! このままだと――あの悪魔をアンタのところに運ぶわよ!」
「ナニ……おわったぁっ!?」
『ぼけっとしてんな相棒!』

 キュルケの声に動きが止まりかけた才人に、デルフリンガーの叱責が飛ぶ。

『どうするつもり、だと?』
『まだ、女の盾などと言うことを言い続けるつもりなのか、という事だ。お前は対応者になる恐怖から逃げるために、『道の行き方』を探そうとした。女達の盾を気取る事でな……だが、覚えておけ。お前では雨も風も、雷も防ぐ事はできない。その上で、どうするのだ?
 しがみつくか? 別の行き方を探すか?
 私としてはどちらでもいいが、貴様には重要だろう』

 どちらでもいい?

 ギーシュは、自分が怒りすぎていかれたのかと思った。なにせ、そこまで屈辱的な言葉を浴びせられたと言うのに、自分の心は驚くほど冷たい。

 空を、シルフィードをすり抜けてきた鳥が飛んでいる。

『……認めるよ』
『何をだ?』

 諦めのような言葉を、瞳に強烈な意思を載せて口にするギーシュに、リンゴォが心持興味深そうに問い返す。

『認めてやろうじゃあないかリンゴォ・ロードアゲイン。僕は、レディの盾なんかじゃない。そんな立派なものにはなれない、未熟者だ』

 空を飛ぶ鳥は、キュルケの言葉通り、ブラックサバスの上を通った。途端に、その姿が消える。


『――僕は、柵で良い』

 ブラックサバスを乗せた鳥は、まるで影の中に潜む悪魔に命じられたかのように、モンモランシーに向かう。

『雨も嵐も、雷も防ぎきれない未熟な身なら……レディ達を守る柵でいい。
 凶暴な獣達から、モンモランシー達を守る――柵がいいっ!!!!』

 轟と吼えたその瞬間――世界に、光が満ちた。



『お前も――『再点火』したなっ!』

「モンモランシー!!」
「モンモン! まさか、そっちに行ったのか!?」

 己の影から現れ出でて、自分に向かって手を伸ばすその悪魔を見て、モンモランシーは逃げようとしなかった。キュルケの声も才人の声も無視して、ギーシュの体をかき抱く。
 彼女自身何故そうしたのかは分からない。よくよく考えたら、かつて自分相手に二股なんぞかけた阿呆な男なのに――どうしても、見捨てる事ができなかった。
 そして気が付く。
 ああ、簡単な事だ。彼がこうなったのは、自分のせいだから。
 ブラックサバスをここに招いたのも自分が使い魔に手を差し伸べたせいだし、そもそも自分を庇わなければ刺されることも無かったのだ。
 ならば――自分も彼を守らなきゃならないだろう。うん。

『チャンスをやろう……『向かうべき二つの道』を……』

 自分に向かって伸びてくる手に、ぎゅっと目をつぶる。
 抱いたギーシュの体が、その瞬間びくりと脈動して――

 ガ シ ャ ン ッ

 ――酷く奇妙な音と共に、モンモランシーを掴もうとした手は止まってしまった。

「え――?」
「は?」
「?」
「え? 何あれ?」
『……おでれーた』

 間近でそれを聞き、思わず眼を向けたモンモランシーが。
 キュルケが、タバサが、ルイズが、デルフリンガーが……思わず、疑問の声を上げるような、モノ。
 『この世界』では至極珍妙なものが、モンモランシーとブラックサバスの間に立ちふさがっていた。

「じょ、ジョリーンさん……あれって……」
「見えるの?」
「は、はい……けど、あれってこの世界にも」
「……ないわ。あるわけないっつーの」
「ですよね……」

 『それ』に見覚えがあった二人は、呆然として、声を唱和させる。

『フェンス……』

 金属の枠に、針金を規則的に交差させてはめ込んだ、異世界の柵がそこにはあった――

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