ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第十一章 土くれのフーケの反逆 ~ またはマチルダ・オブ・サウスゴーダの憂鬱 ~

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第十一章 土くれのフーケの反逆 ~ またはマチルダ・オブ・サウスゴーダの憂鬱 ~ 

『金の酒樽亭』は今日も傭兵たちがあふれかえっていた。
特に盛大に騒いでいるのは白仮面の貴族に雇われ、前払いのエキュー金貨を受け取った傭兵たちだ。
「俺たちはツいてる!」
「いや、まったくだな! 負ける王党派からはさっさと引き上げられたし、新しい雇い主も見つかった!」
「そして新しい雇い主は金持ちだ!」
「俺たちの前途を祝して、かんぱーい!」
これで何回目かの乾杯をあげる。
「おいおい、飲むのはいいが、あんまり調子に乗りすぎるなよ」
あまりの騒ぎぶりに一人がたしなめるが、その男自身も大分舞い上がっているようで、顔がにやけている。
「おーい、姉ちゃん! こっち、つまみ追加で!」
「はい、ただいま!」
給仕がつまみを持ってくる。その給仕を見て、男たちの顔が緩む。
切れ長の目に、細く高い鼻筋、象牙のように白く滑らかな肌。ちょっと見られない美人である。
「姉ちゃん、見ない顔だな。昨日、いたっけ?」
「いえ、この店が忙しいらしくって、今日だけ臨時で入らせてもらったんです」
「ほー、そうかい、そうかい。まあ、ここで会ったのも何かの縁だ。酌してくれ」
乱暴に杯が突き出されるが、給仕は嫌な顔一つせずに酒をつぐ。

「お客さんたち、羽振りがいいですね。何かいい仕事でも?」
「そうよ。金持ちの貴族様がスポンサーが見つかってな。今晩ちょっと仕事すれば大金が手に入るって寸法よ」
「ま、顔を隠してるのがちょっとばかし気になるが、金さえ払ってもらえれば文句ねーしな!」
気分が良くなっている傭兵たちはあっさり口を滑らせる。
(今晩仕事ってことは、襲撃でもするんだろうね……)
もちろん、この給仕は土くれのフーケである。情報収集のために、臨時のバイトを探していた『金の酒樽亭』に潜り込んだのだ。
「そんなに大金をいただけるなんて、さぞかし腕が立つんでしょうね」
「まあな……。おっともう一杯」
「メイジの方もいらっしゃるんですか?」
「いや、いねえ。だが、こっちは大勢居るし、メイジの相手は慣れてる! 高々ガキを交えた五、六人なら始末できないわけじゃない」
フーケは酒を注ぎながら内心、笑いが止まらなかった。こいつらはやはり大金と酒で口が滑りやすくなっている。
「あんた、そんなに俺たちに興味があるなら一緒に来るかい? ベッドの上でよ~く教えてやるぜ」
男たちが下品な笑みを浮かべる。雲行きが怪しくなってきた。この辺が潮時だろう。
「ああ、マスターが呼んでるみたいですね。ちょっと失礼します」
離れようとすると、片腕をつかまれた。
「待てよ、ねえちゃん」
さて、訊くことは聞けたし、ここは逃げることに決める。今なら酒に酔った傭兵に絡まれて給仕が逃げた、という扱いにしかなるまい。
だが、メイジであることを知られると面倒になる。
「お客さん……やめて下さい!」
片腕をつかんで捻り上げ、相手の抵抗する力を利用して投げる。もともと酔っ払いだ。バランス感覚を崩してあっけなく倒れた。


「てめえ! 何しやがるんだ! こら!」
いきり立つ男たちの間をすり抜け、外へと走り出る。そのまま逃げようと思ったら、投げられた男が仲間と一緒に追ってきた。
「仕方ないわね…」
角を曲がると、杖を取り出して呪文を唱える。『錬金』の要領で近くの岩盤を隆起させ、自分の姿を通路から死角にする。
「どこ行きやがったぁ!」
傭兵たちは口々に罵り声をあげながら遠ざかっていく。
(さて、リゾットに報告しにいかなきゃね…)
しばらく待って外に出る。すると、そこには白い仮面に黒マントという格好の貴族がいた。
「傭兵どもが何を騒いでいるのかと思ってきてみれば……。珍しい客人だな」
(馬鹿な! 何の気配もしなかったのに!)
フーケは逃げようとしたが、あっという間に壁際に押さえつけられた。
「ちょっと…!」
「ここで会ったのも何かの縁だ。協力してもらうぞ、マチルダ・オブ・サウスゴータ」
その名前を呼ばれた途端、フーケの顔が蒼白になる。それはかつて捨てることを強いられた貴族としての名だった。
「どこでその名を……。あんた、何者…?」
「何、気にするな。金なら出すさ。少なくとも、酒場で給仕をするよりはいい金をな…」
協力しなければ殺す、という殺気を言外に含ませ、男は仮面の下で笑った。


一方その頃、リゾットは苦悩していた。まるで表情には出さないが、苦悩していた。
今、彼の前では一人の少女が手を差し出している。しかし、『それ』はとても危険なのだ。
それだけならいい。リゾットは悩まない。危険物を差し出すような奴は老若男女差別せず、断固として排除する。死の誘惑にとらわれていた頃の自分ではないのだ。
だが、問題は別にある。そう、彼女はその危険性を認識していない。つまり、自分が差し出した手が振り払われるとは思ってもいないのだ。
リゾットは暗殺者だ。警戒心のない人間だろうと、逆に敵意に満ちた人間だろうと、何人も始末してきた。
だが、それは命令された仕事だったからであり、平常時のリゾットは外見から誤解されやすいが、むしろ温厚な人間に分類される。
少なくとも、いきなりぶち切れて「クソッ! クソッ!」などと叫びながら辺りのものを壊したりはしない。
まして、手を差し伸べている相手は自分がこの世界に来てからできた、数少ない仲間だ。しかも、信頼できる上に、有能な仲間だ。
どうしてその信頼を裏切ることができよう。リゾットは決意した。彼女への共感にかけて、あえて危険を受け入れると。
そしてリゾットはタバサに差し出された手から受け取った。スタンドをものたうち回させる凶悪な食物、はしばみ草のサラダを。
悶絶しそうな苦味を味わいながら考える。何故、彼女は自分がこれを好きだという結論に至ったのだろうと。
彼は気付いていない。暗殺者として長年、鍛えてきたポーカーフェイスは味程度では揺らぎもせず、勧められれば食べる姿が誤解を産んでいるのだと。

今は夜。明日は出航ということで、全員で酒を飲んで景気付けをしていた。といっても、主に飲んでいるのはギーシュとキュルケなのだが。
その宴席の途中、一人黙々とはしばみ草のサラダを食べていたタバサが、その一部をリゾットに差し出したのだ。
それをリゾットは食べきった。メタリカの調子がおかしくなり、一瞬、仲間たちと別れたバス停を見ながらも食べきった。
「さあさあ、リゾット、グラスが空だぞ。もっと飲みたまえ」
「ああ……」
礼を言ってギーシュが注いだワインを飲み干す。はしばみ草の味しかしなかった。強烈に後を引く味だ。
「……すまない、そろそろ俺は失礼する…」


「え~? ダーリン、せっかくだから飲みましょうよ!」
「そうだ。今日くらい飲みたまえ! …ヒック!」
キュルケとギーシュが引きとめようとするが、リゾットは首を振った。今は何を食べてもはしばみ草の味しかしないのは明白だからだ。
「明日も早いからな………。それに昼間決闘したせいで、疲れた」
名残惜しげに不平をもらす二人にわびつつ、二階に上がった。
実際、宴会の席は退屈なわけではなかった。元の世界でもチームの仲間と一緒に飲むことはあり、それを思い出して懐かしい気分にもなった。
部屋に戻ると、ベランダから空を見上げる。赤と白の月は重なって、青白い光を放っていた。
(まるで地球に戻ってきたようだな……)
一瞬、郷愁に捕らわれるが、すぐに現実に思考を戻す。フーケからの連絡はついに来なかった。
何かあったのかと思うが、探しにいくにも検討もつかない。結局、リゾットは待つことにした。
もしも何かあるとしたら、今晩なので、どの道、寝るつもりはなかったのだ。
ふと、デルフリンガーに目が留まる。このおしゃべりな剣にしては珍しく、昼間の決闘が終わって以来、黙り込んだままだ。
「デルフリンガー、さっきから黙り込んで、どうした?」
「ん~……? ああ、昼間の決闘で相棒に握られてて、何か思い出しそうになったんだけどよ。どうにも思い出せねえんだ。何だったかな。何せ大昔のことだからな……」
答えて、また黙り込んでしまう。どうやら考え事に没頭したいらしい。
静寂が支配する中、闇の中に目を凝らしていると、誰かが二階に上がってくる気配を感じた。
「リゾット」
ルイズの声が背後からした。

「何を見てるの?」
「……敵が来るとしたら今日だ。それに今日は月が一つで、元の世界を思い出すからな……」
「あんたが来た世界って月が一つしかないの? 変な世界なのね」
「こちらからすればそうかもな…………」
「帰りたい?」
「いずれ帰る。帰ってやるべきことがあるからな……」
「それって…何?」
「…………」
リゾットは答えない。そのことに関しての答えることを、背中が拒絶していた。
「…………すぐには、無理だけど……その、あんたが帰る方法、私も探してあげる」
「……俺が異世界からきたって言うことは信じたわけか……」
「だって、そうなんでしょ? あんた、破壊の杖について知ってたかと思えば他の常識に疎かったり、とてもハルケギニアの人間に思えないもの」
「そうか……」
沈黙の帳が下りた。話はこれで終わりかと思っていたが、ルイズはまだ何か話したそうだった。
仕方ないので、リゾットはルイズの方を向いた。
「まだ、何かあるのか……?」
「うん…。…何で決闘なんかしたの?」
命令に背いて決闘したということを、今更ながらリゾットは思い出した。
「…ワルド子爵の実力を測っておきたかったからな……」

「そんな理由で刃物まで持ち出して戦ったの?」
「お前の婚約者を傷つけて、悪かったとは思っている……」
「ん、そう……。そう思うなら二度と勝手に決闘したりしないで」
「ああ…。努力する」
ふと、ルイズは以前、考えたことを思い出す。ワルドの話が出たついでに、聞いてみる気になった。
「ねえ、リゾット。……私、ワルドに結婚を申し込まれたんだけど……」
「ワルド子爵に?」
「うん、でも……私、彼が好きなのかどうかわからなくって……リゾットは人の考えが読めるんでしょ? 私、彼のこと、好きだと思う?」
「考えを読むといっても、表情からその瞬間に思っていることが分かるだけだ。まして、好意みたいな複雑な感情を分析することはできない……。
 それに、結婚なんていうのは当人同士の問題だ。したいならすればいい……。だが…」
リゾットはベランダの外に目を移し、背を向けたまま言葉を続ける。
「個人的には反対だ……」
「な、なんで?」
ルイズは反対されて腹が立つような、嬉しいような、複雑な気分になった。
「ワルド子爵は信頼できない…。いつも仮面を被っているようだからな……」
証拠はないが、警告はしておかねばならないと思い、外に眼をやりながら理由を答える。
「ちょっと、彼のことを悪く言うのはやめ…もがっ!」
抗議しようとしたルイズは、いきなり口を塞がれた。
闇に目を凝らしていたリゾットは、宿の外に武装した傭兵たちを見つけたのだ。
ルイズとの会話に気を取られ、発見が遅れたことをリゾットは悔やんだ。
「敵だ……! 静かに…」


言い聞かせてから手を離す。デルフリンガーを掴んだところで、急に部屋に差し込んでいた月明かりが暗くなった。
「きゃっ!?」
ルイズの声に振り向くと、そこには月明かりを背にした、30メイルはあろうかという巨大な岩のゴーレムがいた。
岩のゴーレムの肩に、長い髪を風にたなびかせた女が座っていた。隣には黒いマントに白い仮面の貴族が立っている。
「あんたは…フーケ!?」
ルイズが叫ぶと、フーケはかすかに笑ったようだった。
「お久しぶりね、貴方たち。元気にしていたかしら?」
「な、何であんたが…こんなところに…」
「まあ、話すと長いんだけど……収監前に逃げ出したのよ」
「短いじゃない!」
思わず突っ込むルイズに、フーケがまた笑う。リゾットはその笑いが演技であることを見抜いた。
よく見ると、フーケは視線をちらちらと横の男へと動かしている。
(脅されて、無理やり協力させられている、というところか……)
しかし、話からすると、フーケがリゾットと組んでいることまでは知られていないようだった。
「で、何しに来たのよ」
「こちらの方に雇われてね。貴方たちの妨害することになったわけ」
「お前が俺たちを……? 『何とかできるつもりか』?」
「まあ、キツイけどね。『何とかする』わ」
フーケは自分で何とかすると大見得を切った。彼女にも意地がある。
依頼された仕事を達成できず、その上雇い主に助けてもらうなんて無様な真似はごめんだった。
「さあ、覚悟はいい? ここらは岩しかないからね。土がないからって、安心しちゃダメよ?」
ゴーレムがベランダ目掛け、拳を振るう。リゾットはルイズの手を掴むと、一階へと駆け下りた。背後でベランダが粉々に砕け散った。


その頃、階下も修羅場になっていた。傭兵の一団が突然、酒場で飲んでいた四人に殺到してきたのだ。
四人は床と一体化したテーブルの足を切り、それを盾にして応戦していたが、相手はラ・ロシェールにたむろしていた傭兵という傭兵を集めた大集団である。
その上、メイジとの戦いにも慣れているのか、緒戦で魔法の射程を見極めると、射程外から矢を射掛けてきた。
攻撃しようと少しでもテーブルから顔を出せば、すぐさま矢の雨が飛んでくる。
それでいて引っ込んでいると、突入しようとしてくるのだ。それを魔法で迎撃しようとすると、また矢が飛んでくる。
「もう! 限がないわ!」
「……」
「やっぱりこないだの物盗りもアルビオン貴族の差し金だったんだろうか?」
「おそらく、そうだろう」
その時、裏口の扉が静かに開き、矢を番えた弓兵たちが進入してくる。
「! 後ろ」
タバサが気がついたときには既に矢は弓から放たれていた。
迎撃の魔法も間に合わず、四人に死を運ぶ矢が迫り来る。しかし、矢は割って入った影によって叩き落された。
「!?」
眼を疑う弓兵たちの手に、長さ10サントほどの針が突き立つ。悲鳴を上げて傭兵たちは後退した。
「大丈夫か?」
「ダーリン!」
リゾットは傭兵を後退させると、すぐにデルフリンガーを振るい、テーブルをもう一卓、盾にする。ルイズに手招きすると、姿勢を低くしてルイズが駆け寄ってきた。
「戦況はどうなの?」
「見ての通りよ。無粋な客が多くって、嫌になっちゃう。それにあの岩の巨人の足…フーケまでいるみたいね」

「もう一人、仮面をしたメイジもいるようだ……」
「メイジのことを差し引いても、このままだと負けるわ。やつら、こっちに魔法を少しずつ使わせて、疲労しきったところを突撃してくるつもりよ。どうするの?」
「よし、僕がワルキューレで蹴散らしてやる!」
造花の杖を振ろうとするギーシュの手をキュルケが止めた。
「無理よ。貴方のワルキューレじゃ、一個小隊の相手くらいがせいぜい。あんな大人数の中に突入させても、あっという間に叩き伏せられてしまうわ」
「じゃあ、どうしろっていうんだよ! 僕はグラモン元帥の息子だ。こんな卑しい傭兵などに遅れを取るものか!」
「震えながら言う台詞じゃないわよ…」
ルイズがあきれていった。
「落ち着け、ギーシュ」
リゾットがギーシュの肩に手を置いた。
「……無謀と勇気は違う。少しでも勝算があるなら命を賭けるべきだが、成功する見込みがない作戦に従事するのは無駄な事だ。特にこの状況では精神力は貴重だからな……」
「だけど…僕が役に立てることなんてこれくらいしか…」
ギーシュは功を焦っていた。この中でルイズを除けば、最も弱いというという劣等感も彼を駆り立てていた。
リゾットはそれを見て、アドバイスをする。
「いいか、ギーシュ、ピンチでもチャンスでも心は平静に保て。お前は決して弱くない。冷静に戦いさえすれば、俺との決闘も負けることはなかったのだからな…」
リゾットの淡々とした言葉を聞いているうちに、ギーシュは何故か震えが止まった。まるでリゾットの冷静さが流れ込んでくるようだった。
「す、すまな…」
ギーシュが礼をいいかけたところで、考え込んでいたワルドが発言する。
「いいか、諸君。このような任務は、半数が目的地にたどり着ければ、成功とされる」
その言葉でタバサはすぐに考え付いたようだ。本を閉じ、自分、キュルケ、ギーシュの順に杖で指す。
「囮」
さらに同じようにして、ワルド、ルイズ、リゾットを指す。
「桟橋へ」

ワルドは作戦の意図を理解し、尋ねる。
「時間は?」
「今すぐ」
「聞いての通りだ。裏口を突破し、桟橋に向かう。どうやら裏口の包囲は薄いようだし、いけるだろう」
話を進めようとしていたワルドとタバサに、突然リゾットは反論した。
「囮なんて必要ない……」
そのとき、リゾットの脳裏にはある過去の情景が浮かんでいた。迫り来る組織の追手に対し、チーム全員が分散して行動することを決めた日の情景が。
仲間の姿を見たのは、あの日が最後だった。
「俺が連中を片付ける……。待っていろ」
確かにメタリカの力を最大限に使えば、大して苦労もなく、傭兵を倒せるだろう。但し、それはワルドの前で手の内をさらすということでもあった。
それを承知でリゾットが立ち上がろうとしたその時、タバサがリゾットの手をつかんだ。
「大丈夫」
タバサは言い切った。しばらく、タバサとリゾットの視線が交差する。
「そうだな……。こんなところで死ぬわけにはいかない、か」
タバサは頷いた。
実のところ、タバサとリゾットはお互いの境遇を熟知しているわけではない。
だが、両者には確かにある一定の共感と、それに対する親近感が存在する。
何の根拠もなくとも、高い洞察力を持つ二人は同じ境遇の匂いを感じ取ったのだ。
すなわち、「大事な何かを失い、そのことに対する復讐心を秘めている」者の匂いを。
二人の共通点、それは『喪失』と『復讐』だった。
(何よ、ご主人様よりタバサとの方が意思疎通できるって言うの!?)
ルイズはそんな二人の様子が面白くない。


「……フーケは乗り気じゃない。傭兵と、仮面のメイジを追い払えば十分なはずだ」
タバサは頷いた。タバサは今のフーケを知らないが、リゾットがいうならばそうだと確信していた。
「じゃ、私たちは今から派手に暴れて、外の敵をひきつけるから。裏口の包囲は、ダーリンとワルド、それにルイズに任せるわ」
「で、でも……。あの数よ? 大丈夫?」
「ねえ、ヴァリエール」
なおも戸惑うルイズに、キュルケが語りかける。
「別に貴方たちのために囮になるわけじゃないわ。私たち、何のためにアルビオンに行くのかも知らないし。
 任務を受けたのは貴方でしょう? しっかり役目を果たしてきなさい。大丈夫。あんたはダーリンと組んでいれば無敵よ。フーケにだって勝てたじゃない」
「うむ、女性を守るのは男の本懐だ。ここは僕に任せたまえ」
「それは無理」
「み、ミス・タバサ……。そんなところだけ反応しないでくれたまえ…」
元気付けるように明るく振舞う三人に、ルイズはぺこりと頭を下げた。
それを見たキュルケは少し照れたようにリゾットの方を向き、軽口をたたく。
「ダーリン、帰ってきたらキスしてね」
ワルドが牽制のため、裏口にエア・ハンマーを打ち込む。
『無事で』
ルイズ、リゾット、キュルケ、タバサ、ギーシュの言葉が重なり、リゾットたち三人は姿勢を低くして外に向かう。
途中、矢が飛んできたが、タバサの張った風の障壁に全てさえぎられた。
裏口から三人が出ると、裏口にいた数少ない傭兵たちは蜘蛛の子を散らすように逃げ散った。
「桟橋はこっちだ」
ワルド、ルイズ、リゾットの順に、三人は夜のラ・ロシェールを桟橋目指して走り出した。遠く後方で、何かが爆発する音が木霊した。


残された三人は、さっそく反撃の準備に出る。
「じゃあ、ギーシュ、指示に従ってもらうわよ」
「うむ、何でも言ってくれたまえ」
「あら、ずいぶん素直ね? てっきり、文句言うと思ったのに」
「悔しいけど、君の方が戦いに優れていることは認めるしかないからね」
ギーシュがたははと笑う。キュルケは意外に冷静なギーシュを少し見直した。
「そう。じゃ、言う通りにしてね」
ギーシュのワルキューレはキュルケの指示で厨房から揚げ物の鍋を持ち出す。
「さあ、これで次はこれを投げればいいんだね? …って、君はこんなときに化粧かい?」
呆れながらワルキューレを使って入り口に向けて鍋を遠投する。
「あら? これから歌劇が始まるのよ? 主演女優がすっぴんじゃ……」
化粧を直していたキュルケは、杖を掴んで立ち上がり、鍋に向かって杖を振る。
「しまらないじゃないの!」
キュルケの魔法で鍋の油が引火し、『女神の杵』亭の入り口の辺りに炎を振り撒いた。突撃を敢行しようとしていた傭兵たちが燃え盛る炎にたじろぐ。
さらにキュルケは色気たっぷりの仕草で杖を振り、炎を燃え広がらせる。炎に巻かれ、傭兵たちは総崩れになった。
キュルケは燃え上がる炎の輝きを受け、さらに鮮やかに彩られた髪を掻き揚げ、杖を掲げる。
その間にもキュルケに矢が飛ぶが、全てタバサの風の魔法が矢をそらす。そしてキュルケは良く通る、澄んだ声で宣言した。
「名もなき傭兵の皆様がた。何の理由で私たちを襲うのか、私どもはさっぱり存じ上げません。ですが」
芝居がかった動作で優雅に一礼する。炎を従えたその姿は、見るものに感嘆と畏怖与えた。
「この『微熱』のキュルケ、謹んでお相手をいたしますわ」


巨大ゴーレムの肩の上から総崩れになる傭兵たちを見ながら、フーケは内心ほっとしていた。
とりあえず中の連中は無事なようだ。大して親しくはないとはいえ、知らない仲ではない。
「あらら、歯が立たないわね。あれだけの炎で大騒ぎ」
「あれでよい。倒せずとも構わん。分断すれば、それでよい」
フーケの隣に立っていた黒マントの貴族が呟いた。
「あ、そう。それで、これからどうするの?」
しばらく、仮面の男は考えるように沈黙していた。そして立ち上がり、答える。
「よし、俺はラ・ヴァリエールの娘を追う。お前は好きにしろ。あの連中を煮ようが焼こうが自由だ」
「ふ~ん、じゃ、私は適当に手を出して時間を稼いだら、さっさと抜けさせて貰うよ。今のうちに報酬をもらっとこうか」
フーケが手を出す。しかし、その返事は金ではなく、男の突き出した杖だった。
「……何のつもり?」
「抜けることは許さん。我々は優秀なメイジを欲しているのだ。これからも働いてもらう」
「…………つまりこの杖は断ったら殺すってことね? 私の意志なんか関係ないわけだ」
「そういうことだ。……何、金は望み通りに出す。就職先が出来たと考えればいいさ」
「そう………。仕方ないわね」
了解した振りをして肩をすくめた。ゴーレムの腕を振り上げる。その先にあるのは『女神の杵』亭。
「でも断るわ」
男に向けて腕を振り下ろす。しかし男は後ろに目があるかのようにそれを回避し、身軽に地面に着地する。
「何のつもりだ…?」
男が先ほど自分に向けられた言葉を返す。それに対してフーケは杖を構えた。
「この土くれのフーケが最も我慢できないことの一つを教えてあげる。それは……」
フーケはアルビオン王家に自分たちの家が取り潰された日を思い出していた。
「力を使えば他人を都合のいい道具にできると思っている奴に従うことよ!」
ゴーレムが猛然とマントの男に襲い掛かる。それを見て男は鼻で笑った。
「ふん…そうか…。なら、死ぬしかないな、マチルダ・オブ・サウスゴータ!」
「お前が私をその名で呼ぶな!」


酒場の中から炎と風で傭兵を散々に蹴散らしたキュルケたち三人は、外に出て愕然とした。
何故かフーケがゴーレムを使って味方のはずの黒マントと戦っているのである。
「ど、どういうことだろう?」
「仲間割れかしら…。そういえばダーリンがフーケは乗り気じゃないとか言ってたけど……」
男は身軽にゴーレムの攻撃を回避しながら、時折、風の刃を飛ばしてフーケに反撃する。
そのタイミングや速度は絶妙で、フーケは防壁を張るのが間に合わない。ローブのところどころが切り裂かれ、その下から血が流れ出していた。
「女性が危機に陥っているのに、何をぼうっと見ているのだね! 助けないと!」
ギーシュの声に、キュルケは乗り気ではない。
「フーケと協力してあの追手のあの男を倒すのも手だけど、今のうちにダーリンたちを追うのも手なのよねえ……。助けた方がいいと思う?」
尋ねられたタバサはしばらく考えた後、頷いた。
「そうね……。どうやら相手は手練みたいだし、ここで倒しておいたほうが後々ゆっくりダーリンを追えるかもね。もうあんまり精神力がないから、早めに片付けないと……」
するとタバサは何か思いついたらしく、ギーシュとキュルケに手招きして、作戦を説明し始めた。

フーケは焦っていた。やはり目の前の男は強い。おそらくスクウェアクラスの実力があるだろう。
ゴーレムの攻撃を回避し、的確に魔法を打ち込んでくる。何とか回避しようとするが、隙を絶妙に突いてくるため、どうしても当たってしまう。
「調子に……乗るんじゃないよっ!」
ゴーレムに地面を払うように平手を打たせる。男は二、三歩前進して屈むだけで回避した。
さらに動こうとした男の足に、地面から生えた手が絡みつく。『アース・ハンド』の魔法だ。
「食らいな!」
動きを止めたところにゴーレムの足を飛ばし、踏み潰そうとする。だが、男がこともなげに杖を振ると、突風が発生してアース・ハンドをなぎ払う。
自由を取り戻すと跳躍し、ゴーレムの足を回避した。

その着地点に、いつの間にか接近していた巨大な火の玉が向かう。男は魔法をあっという間に唱えると、火の玉に杖を向けた。
杖の先から吹き出る突風が炎球を吹き消そうとする。が、炎が消える前に男は『ウィンディ・アイシクル』による攻撃を受けることになった。
一度杖を引っ込め、体術のみで無数の氷の矢をかわしきる。だが、氷の矢の本当の狙いは男ではなかった。無数の氷の一つが、近くに浮いていた炎球に接触する。
途端、炎球は炎を撒き散らしながら爆発四散した。流石の男も爆風からは逃げられず、ダメージを受け流すために地を転がる。
転がった後、すかさず立ち上がろうとして、男は足を滑らした。いつの間にか床の一部が『錬金』で油に変えられていたのだ。
「な…?」
短く驚きの声を発した男の目に、油の泉の端で火の初歩の呪文『着火』を唱える金髪の青年の姿が映った。一度着いた火はあっという間に男のマントにしみこんだ油に燃え移る。

キュルケは歓声を上げた。精神力が少ない以上、僅かな手数で詰め将棋のように相手を追い詰める作戦が功を奏したのだ。
「やったわ! 勝ったわ! あたしたち!」
「僕の『着火』で勝ちました! 父上! 姫殿下! ギーシュは勝ちました!」
「タバサの作戦で勝ったんじゃないの!」
キュルケが笑いながらギーシュの頭を小突く。まあ、冷静に相手の転がる位置を予測してくれたギーシュのおかげでもあるのだが。
油に漬けた後、火で焼いたのだ。相手は少なくとも再起不能。三人はそう思い込んだ。
だから無数の風の刃が火を蹴散らしながら進んできたとき、それに反応できた者はいなかった。
経験からスクウェアクラスのメイジの恐ろしさを知るフーケと、フーケのゴーレムだけは。
キュルケたちの前に壁のように突き出されたゴーレムの手が一瞬にしてズタズタに切り裂かれ、岩の破片に戻る。
「油断してるんじゃないよ!」
フーケの声に応ずるように、炎の中から仮面の男が歩み出る。その背後の空気は熱された水蒸気によってゆらゆらと揺れていた。
男は炎に包まれる瞬間、マントを脱ぎ捨て、水分と冷気を纏った突風で自らの周囲を囲み、炎のダメージを最小限に抑えたのだ。
訓練によって極度に短縮された詠唱でなければ出来ない芸当であった。

「くっ!」
キュルケが男に杖を振る。だが、魔法を唱える精神力は底をつき、小さな炎が出た後、すぐに消えてしまう。タバサもギーシュも打ち止めらしい。
唯一、残ったゴーレムが拳を繰り出す。しかし男は十分に余力があるようで、杖を振ると、フーケのゴーレムに『エア・ハンマー』を打ち出す。
片手を失い、バランスを崩していたゴーレムはそれだけで地響きを立ててひっくり返った。
岩の破片が飛び散り、小さな欠片が仮面に当たった。今までの戦いで脆くなっていた仮面に皹が入り始める。男はあわてて仮面を抑えると、『フライ』を使って飛び去った。
「な、何なの…? よっぽど顔を知られたくないわけ…?」
キュルケたちはそれを呆然として見送っていた。

さて、その頃、桟橋に向けて走り続ける三人は月明かりを頼りに、とある建物の間の階段を登っていた。
ルイズもリゾットもワルドも一言も口を利かずに走り続ける。長い階段を抜けると、丘の上に出た。
丘の上に出ると、三人の眼前に、四方八方へと枝を伸ばした山ほどの大きさの樹が現れた。
月の光によってそびえ立つ影となった樹の枝には実がなるようにして、いくつもの飛行船のような形状の船がぶら下がっている。
「空を飛ぶ船の桟橋というからどういうものかと思えば……これがそうか」
思わずリゾットが呟くと、ルイズは怪訝な顔で聞き返した。
「そうよ。まさか、見たことないの?」
「俺の世界では空を飛ぶ乗り物は大抵、平地を滑走して飛ぶものだったからな……。船といえば海に浮かぶものが一般的だ」
「海に浮かぶ船もあるのよ。でも、これは空を飛ぶ船」
三人は樹の根元の穴から、中に入る。空港に当たるものらしく、各所に鉄のプレートで行き先が書いてあった。
ワルドは『アルビオン・スカボロー港行』と書かれたプレートのかかった階段を登っていく。木製の階段は一段ごとにしなり、その隙間からは町の夜の灯が見えた。
ふと、リゾットは気配を感じ、自分たちの来た方面を振り返る。そこには白い仮面の男が黒いマントを翻し、影のように登ってきていた。


「来たぞ!」
警告を発すると同時にリゾットはデルフリンガーを抜く。男はリゾットの間合い直前まで来ると、階段に思いっきり体重をかけた。
階段のしなりを利用し、男はリゾットの間合いを一瞬で飛び越える。
「うへぇ! 飛びやがった!」
デルフリンガーが思わず感心したような声を出す。リゾットが振り向いた時、男は一瞬でルイズを抱え上げ、自らの杖を掴んだところだった。
「きゃあ!」
ルイズは悲鳴を上げた。リゾットはルイズを斬る可能性のあるデルフリンガーから手を離し、腰からナイフを引き抜きざま、正確に男を斬りつける。
男は上体をそらしてナイフをかわすと、そのまま体を傾け、ルイズごと手すりを乗り越え、落下していく。
「相棒! やめろ!」
デルフリンガーが止める間もなく、リゾットは迷わず階下へ跳び降りた。その直前、ワルドが引き抜いた杖を振る。
仮面の男はワルドの放った風の槌に強かに打ち据えられ、ルイズから手を離す。男はすぐさま手近な階段の手すりを掴んだが、ルイズは地面に落下していく。
途中で手すりを蹴り、加速したリゾットがルイズに追いつき、抱き止めた。両手は空ける為、あらかじめナイフは口に咥えている。
落下しつつメタリカの磁力で僅かに落下する軌道を修正し、階下の手すりを掴む。ルイズは軽いとはいえ、二人分の体重と、自分でつけた加速がリゾットの腕にかかった。
思わず呻きつつ、リゾットが階段に乗り上げると、上では男が杖を構えて詠唱をしていた。
「ルイズ、逃げろ!」
ナイフを右手に持ち替えつつ叫ぶが、ルイズは何故か硬直していて、動かない。
「おい! 何をしてる!」
再び叫びつつ、リゾットは男に向かって袖から針を打ち出した。だが、それは男の杖によって叩き落される。
そして男の詠唱が完成した。空気が弾けるような音を発し、男の周辺から稲妻が伸びる。
回避すればルイズが魔法を受けることを悟ったリゾットは、ルイズを床に投げ出し、振り向くと同時に稲妻に右手を差し出す。雷が直撃した。

「うぐ…あ…!」
右腕から電撃が走り、リゾットは階段に崩れ落ちた。敵がいる、という事実が意識をつなぎとめる。
「リゾット!」
ルイズは思わず叫んだが、リゾットは答えるどころではない。何とか立ち上がろうともがく。
敵は追撃しようとしたようだが、背後からワルドの唱えた『エア・ハンマー』が襲いかかった。
空気の塊に打ち据えられた男は階段を踏み外し、地面に向けて落ちていく。
「ルイズ、大丈夫か!?」
ワルドが駆け寄ってくる。
「私より、リゾットが!!」
「……心配は……要らない…」
支えようとするルイズを左手で制し、どうにか立ち上がる。手の甲から引きつれたような痛みを感じた。手当てしたいところだが、薬も時間もなかった。
「今のは『ライトニング・クラウド』だな。『風』系統の強力な呪文だ。相当の使い手だな、相手は」
ワルドは冷静に分析すると、しげしげとリゾットの右手を見た。
「本来なら命を奪いかねない呪文だが……。やはり伝説の使い魔ともなると魔法に対する耐性も違うのか?」
相手が加減をしたのか、メタリカの発する強力な磁力が電撃に干渉したのか、リゾットのダメージは右腕だけで済んでいた。
「さあな……。行くぞ……。デルフリンガーも待ってる」
「おい、相棒! どうなったんだよ! 死んじまったか!? やーい、答えろ!」
階段の上では投げ出されたデルフリンガーが盛んに叫んでいた。

階段の先には一艘の船がつながれていた。ワルドが寝ている船員を叩き起し、船長に身分を明かして船を動かすように命令する。
船長は風の魔法力を蓄えた燃料である風石が足りないことを理由に断ったが、ワルドが『風』のスクウェアクラスであり、足りない分を補うことと、積荷の運賃と同額を出すことで、出航を承知した。

船が出航すると、リゾットは船員に頼んで常備薬をもらい、客室で怪我の応急手当を施していた。
といっても、魔法に頼りがちなこの世界の魔法以外の医療技術は低いのか、消毒して包帯を巻くくらいしかできなかったのだが。
片腕で苦労しながら包帯を巻き終わると、扉がノックされ、ルイズが心配そうな顔で入ってきた。
「リゾット、傷は大丈夫?」
「……問題ない」
痛みを感じていないはずはないのだが、そんなものなどないようにいつもどおり素っ気なく答える。そのため、外見からは実に傷の度合いが測りにくい。
別に意地を張っているわけではなく、これがリゾットの性質なのだということを、最近になってやっとルイズは理解し始めていた。なので、構わず話を進める。
「その……」
「何だ?」
「あの……さっき、庇ってくれて……」
ありがとう、といいたいのだが、ルイズが生まれてから育ててきた貴族のプライドという名の鉄壁の精神防壁はそれを許可しない。
「……俺は今、お前の使い魔だからな……。主を守るのが使い魔の仕事だ」
「でも……」
リゾットの答えは使い魔としては当然の、むしろ模範的な答えなのだが、何故かルイズは寂しいような気がした。するとリゾットが付け加えた。

「そうだな……。なら、一つ注文させてくれ」
「何?」
「次に同じようなことがあったとして……、今度はお前も戦ってくれ。俺は守る戦いはそんなに得意じゃない……。お前も戦力として期待している……」
「!…と、当然よ! さっきはちょっと油断しちゃったけど、今度来たらあんな変態仮面、私の魔法で一撃なんだから! あんたこそ、次は負けないようにしなさいよね!」
「ああ。分かっている……。一度した失敗は前向きに利用しなくてはな……」
「うん…。頼むわよ…」
「ところで、ワルド子爵について訊きたいんだが」
「ワルド? ワルドなら、船員たちから港の様子とかを聞き込んでるわ」
「ああ……。それはそれでいいんだ。……ワルド子爵に兄弟はいるのか?」
「え? いないと思ったけど………」
「そうか……」
リゾットは備え付けの窓から外を見た。街の灯が段々と小さくなっていく。

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