ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

6 奪う少女、与える少女

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
6 奪う少女、与える少女

惨憺たる有様の教室を、デーボは掃除する。息を吹き返したシュヴルーズが命じた罰である。
もちろんルイズに命じた罰であるが、当のルイズは「主人と使い魔は一心同体。主人の責は使い魔の責でもある」 の言のもと、昨日に従えたばかりの使い魔を存分に使役するつもりのようだ。
デーボは最前列の席だった瓦礫を拾い集める。煤で汚れた壁を拭く。教室中に飛び散った砂利を掃き、ドサクサに紛れて捨て置かれた赤土を掴む。
椅子と机を取り替える。窓枠から割れたガラス窓を取り外し、備品室から代わりの窓を運んでくる。
彼の主人は自らの起こした惨劇の後始末に関わる気はないらしく、教室の最上段の――最も無傷に近い状態の――席に座り、ボンヤリと宙を見つめている。

魔法の成功率がゼロだと?なんだそれは。デーボは内心で毒づく。やはりロクなもんじゃなかったか、この女は。
食堂で貴族の心得を得意げに語るルイズの顔を思い出す。こんなやつに粗末な食事を恵んでもらって、喜んでいたってのか、おれは。
まあいい。感謝の気持ちも吹き飛んだところで、これからは言いたいことを言うとしよう。「こっち」に落ち延びられたことを差し引いても、感謝すべき待遇ではない。
そういえば、なぜ自分の召喚に成功したのか?そして使い魔の契約とやらも。左手の甲を見る。どの傷よりも前からそこにあったかのように、文様が刻まれている。

窓枠を嵌めなおす。足元でガラスが割れる音がする。拾い損ないのガラスを踏んだらしい。
こっちの世界では誰が最初にガラスを発明したんだ?いや、それは他の金属だってそうか。初めに誰かが採掘したものを見なければ
イメージのしようもない。それともイメージした物に一番近しい(存在する)物質になるのか?そうだとするなら錬金も万能ではないのか。

ガラスを数枚つまみあげながらどうでもいいことを考えていると、左手の甲が光りだした。体が軽くなる。なんだ、この感覚は。不揃いなはずのガラス片が手にしっくり馴染む。
新品の窓を開け、空を見上げる。太陽はもうほぼ真上だ。白い鳥が四羽の群れを成して北に向かって飛んでいる。いい的だ。自分の思考に疑問。的?空を飛ぶ鳥が?
デーボは大きく身を乗り出し、腕を大きく振り上げ、ガラスを投げ上げる。風切り音を残して、高空に吸い込まれるように飛んでゆく。鳥は――

「なにサボってんのよ、使い魔のクセに。キビキビ働きなさいよね」
いつの間にか近くに寄ってきていたルイズが声を荒げる。デーボの二段ほど上にたって腕を組んでいる。視線がほぼ同じ高さになる。流石にカチンとくる。
「魔法で掃除ぐらいパッと終わらせろ」 振り向いて言い返す。反撃を予想していなかったのか、ルイズは一瞬、言葉に詰まる。
「…そんな魔法ないわよ」
「おれが前いた所にはあったがな」
スクリーンの中にな。魔法使いに扮したネズミが杖を振ると、ホウキが意思を持ち、城中を水浸しになるまで掃除し続けるのだ。
「…嘘。本当なら、何の系統か言ってみなさいよ」
「言ったところで使えやしないだろ。『ゼロ』のお前には」
ルイズの眉がピクンと跳ね上がる。余裕のある笑顔を見せようとするが、目を細めて歯を食いしばったようにしか見えない。
「な、なにを言ってるのかしらねーこの使い魔は。主人に対する口の利き方も知らないようねー」
「だいたい全部お前のせいだろうが。教室で爆発もお前、掃除をしないのもお前。おかげでもう昼だ、それであのメシか?ふざけるな。何が貴族だ。魔法の才能ゼロが」
ルイズは黙り込む。デーボもまた言いたいことを言い、間が持たなくなる。意味もなく左手を見る。光はもう消えていた。

無言で食堂に着き、ルイズの椅子を引く。床に座り、一つだけの皿を睨みつける。手を伸ばしたところを、横からさらわれる。
見上げる。皿を持ったルイズが、立ったまま肩を震わせている。
「今度からゼロって言った数だけご飯ヌキ!例外なし!」 ルイズは勝ち誇るように言ってのける。
「こんなメシ、いくら抜かれようが……」 負け惜しみにしか聞こえないし事実そうであったのだが、それでも言わずにはいられなかった。
いざとなればこっちには切り札がある。何のために教室を掃除したと思っている。立ち上がり、出口へ向かう。

すきっ腹を抱えながら食堂を出る。ゴミ捨て場に向かう。赤土の粘土を拾う。細く割れた石を探す。砂利を適当に掬って戻る。
食堂の入り口付近に座り込み、背中を丸めて作業に没頭する。
石を大の字に並べる。粘土をまとわり付かせ、肉付けする。顔に二粒、手足に複数、砂利を埋め込む。即席の人形が出来る。
後は動かすだけだが、後ろに気配を感じる。人形を手に持ち、立ち上がる。ゴミ捨て場でそのまま組み立てるべきだった。
二度手間だが、人気の少ないところへ移動しよう。呟きがもれる。
「くそ……腹が減った」

「どうなさいました?」 独り言を聞かれたか、呼びかけられる。
振り向くと、大きい銀のトレイを持ったメイドがいた。黒髪をカチューシャで纏めている。
メイドは振り向いた顔の傷跡に若干ひるんだ様子を見せたが、それでも心配そうにデーボを見つめている。
「なんでもない」 手を振って追い払う。文化の違いか、伝わらない。メイドは振られた手に描かれたルーンに気づく。
「あなた、もしかしてミス・ヴァリエールの使い魔になったっていう……」
「知っているのか」
「ええ。なんでも、召喚の魔法で平民を呼んでしまったって。噂になってますわ」
メイドはにっこりと笑う。失笑でも嘲笑でもないように見える。デーボは相手の素性を探る。
「貴族なのにメイドなのか」 尋ねる。
「いえ、私は違います。あなたと同じ平民です。貴族の方々をお世話するために、ここでご奉公させていただいてるんです」
貴族のお世話か。ルイズもこいつに世話してもらえばいい。デーボの腹が鳴る。
そうだ、おれにはさし当たってやらなくてはならない事がある。貴族の食事を頂くために久しぶりにエボニーデビルを働かせなくては。
「お腹が空いてるんですね」 メイドが言う
「ああ」 だから早く消えろ。食事が終わった人数が多いほど目立つ。
「こちらにいらしてください」 デーボの意に反して、メイドは歩き出した。
食堂を通って、裏の厨房へ行くようだ。ルイズの席を見ると、むこうもこちらをジットリとした視線で見ている。
目をそらし、窓の外を見た。首を切られた鳥が中庭に転がっている。


タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー