ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-6

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だれでも歓迎! 編集
人の噂も七十五日とはよく言ったもので、しばらくするとンドゥールへの好
奇の視線は徐々に数を減らしていき割りあい静かな日常が流れるようになっ
た。その中でも変わらないのは、一歩寝室を出ると始まるキュルケとルイズ
の喧嘩ぐらいなもの。ンドゥールとキュルケの親友であるタバサはそれが治
まるのを待ってから食事に行く。途中、街の武器屋から買い上げた喋る剣の
デルフリンガー(特に変わったことはなかったので場面は省略)があまりの
疎外感に悶え苦しむ声を上げるのも日常のひとつになっていた。
そんなある日のこと、先日サモン・サーヴァントを行った学院の2年生たち
は中庭で熱心に自分の使い魔たちに訓練を強いていた。おかげで一種の魔境
のようなものを形成している。その光景をルイズは憮然とした表情で眺めて
おり、彼女の後ろでンドゥールはそばのシエスタに説明を求めていた。
「品評会ですね。毎年恒例の行事です。召喚した使い魔を学院中に紹介する
んですよ」
「それには、俺も出るのか?」
「当たり前でしょ!」
ルイズがンドゥールに振り向いて怒鳴るが、またもとの表情に戻ってしまう。
「どうした?」
「どうしたもなにも、すっかり忘れてたのよ。なにをやらせればいいのか、
気の利いたスピーチとかできる?」
「やったこともない」
はあ、と、ルイズは大きくため息をついた。

「でも、困りましたね。今年はアンリエッタさまがごらんになられますのに」
「それよ! それが問題なのよ! どうしたらいいの!?」
桃色の艶やかな髪をルイズは乱暴にかき乱している。切羽詰った状況なのだ
ということは明らかだった。
「アンリエッタとは……」
「この国の王女さまです。陛下がお亡くなりになってからは国民の象徴的な
お方なんですよ」
「それだけじゃないけど………ともかくンドゥール、なにか特技はないの?」
「俺様の出番だな!」
「うるさい」
せっかく自己主張したところで持ち主から手厳しい扱いを受けるデルフリン
ガー。鞘に収まったままでも哀愁が漂っているが、誰も気をかけるものはい
ない。
「それでは、私も姫様のお出迎えの準備がございますので。それで、ですね、
あの、ンドゥールさま、」
「なんだ?」
「その、よろしかったら小腹が空いたときにでもお召し上がりになっていた
だければと思いまして、このようなものを」
白い布を被せた小さなバスケットをシエスタは差し出した。かぐわしい香り
がンドゥールに届く。
「……いただこう」
「ありがとうございます!」
シエスタは大きな声で礼をいい、小走りにその場を去っていった。
「相棒やるなあ」
「あんたいつからあのメイドとそんな関係になったのよ」
デルフリンガーとルイズが声をかける。片方はからかうような調子、もう片
方は若干声音に棘があった。どちらがどちらかは言うまでもない。
ンドゥールは二つの声を無視して受け取ったそれを丁重に懐に収めた。

「それで、いい案は浮かんだのか?」
「なんにも。大体、あんたにできることがなんなのかよくわかっていないん
だもん」
じっと非難を込めた目で見上げた。暗に異常聴覚だけが特技ではないだろと
尋ねている。が、ンドゥールはそれを無視する。
「俺にできることは戦うことだ」
「誰と戦うってのよ。親衛隊とでもやるっていうの?」
「それでもかまわん」
ルイズはンドゥールをにらみつける。
「あのね、ギーシュに勝ったぐらいで調子に乗ってるんじゃないわよ! 
親衛隊なんか、一人でギーシュの10人分はあるわよ! 無謀もいいと
ころだわ!」
大声だったおかげでそれはギーシュに届き、彼は打ちひしがれてモグラに慰
められることになった。
「しかし、ギーシュ10人なら楽だ」
追撃が入る。
「……それは、そうかもしれないけどだめよ! 大体いまのは例えなんだし、
実際は10人どころか100人かもしれないのよ!」
再追撃。
「まあ、例えはどうでもいい」
ようやく攻撃がやんだ。

「ともかく俺にできることは戦うことだけだということだ」
「あんたねえ、蛮族じゃないんだから」
「もともと似たようなものだったよ」
ンドゥールは軽々と口にした。しかし、少なからずルイズには衝撃的な内容
だった。
「……なんで?」
「国の事情というのもあるが、やはりこの目が大きい。仕事も何もなければ
そういうことをするしか生きる方法はない。躊躇いはなかったさ」
「捕まったりとかしたら、どうなってたの?」
「死刑だ」
考えることもなく即答した。
ルイズがンドゥールを見ると、微笑を浮かべていた。諦観を含んだものでは
なく、そこには『満足』があった。なぜ、そんな過酷な人生を送っていなが
らそんな笑みを浮かべられるのか、ルイズは疑問を持つとともにうらやまし
くなった。

結局、ンドゥールがなにをやるのかはまったく決まらぬままその日が来てし
まった。
学院の全生徒、および教師によってのアンリエッタ王女の出迎えは昼に終わ
ったものの、歓迎の宴が長く続いたので生徒たちが部屋に戻るころには夜の
帳が下りてしまっていた。
ルイズは愛用の寝巻きを着てベッドに腰をかけ、ンドゥールはデルフリンガー
をぶん、ぶん、と振るっている。ただ振り回しているだけで、技巧も何もない。
「ほんとにからっきしなんだ」
「ああ。第一、俺はこいつを武器に使うために選んだのではない」
「おいおい、そりゃひでえよ相棒。剣は使ってナンボだぜ?」
「お前が他より勝っていることは喋ることじゃないのか?」
「心がいてえぜ! て、待てよ。確かに喋れるけどよ、ただ無為なことばか
りじゃねえぜ。お前さんのいまの状態、それがなんなのかを教えられるぜ」
「いまの状態?」
ルイズが聞くと、ンドゥールはデルフリンガーを壁に投げつけた。
「余計なことを口にするな」
「わ、悪かったって、そんな怒るなよ相棒」
鞘に収まったまま謝るがもう遅い。つかつかとルイズがンドゥールに歩み、
その無骨な顔を見上げた。

「いまの状態ってなんのことよ。答えなさい」
「……悪いことではない。それでいいだろう」
「よくないわよ! いいこと、使い魔の状態は逐一主人は知っておかないと
ならないの! いいから教えなさい!」
ンドゥールはしばしの間黙っていたが、ゆっくりと口を開きかけた。が、何
を思ったのか突如ルイズを抱き上げてベッドへと連れて行った。そして横た
わらせると、何も言わずに大きい手で彼女の口をふさいだ。
そこでようやくルイズは自分がどえらい状況になっていることに気づいた。
例の行為、それが連想される。
脳が爆発しそうなほど彼女は混乱し、めいっぱい暴れようとした。だが、
ンドゥールの力は強く、跳ね除けるどころか微動だにできなかった。
(ああ、お母様。申し訳ありません)
ルイズがそう諦めかけて祈りだしたとき、不意にンドゥールは手をどけた。
涙目だった彼女は三度瞬きをして、そばに立っている使い魔に食いかかった。
「あんたいきなりなにすんのよ! この犬ッコロ!」
「説明せずにいきなりあんなことをしたのはすまなかった。だが、少しばか
し気になることがあったのだ」
「へえ、言ってみなさい。なによそれは」
「何者かがこの宿舎に入ってきた」
ルイズはンドゥールの顔を見た。短い付き合いだが無意味なうそをつくよう
な男ではないと改めて確認した。

「念のために聞くけど、ギーシュの逢引じゃないでしょうね」
「それなら足音ですぐにわかる。入ってきたのはこの宿舎で寝泊りしている
誰のものでもなかった。が、心配することはなくなった。なぜ彼女が、今現
在ここへ向かっているのかは不明……」
コンコン、と、ンドゥールの話をさえぎるようにドアがノックされた。ルイ
ズは緊張ですぐさま顔を張り詰めさせたが、その使い魔はというとなんの警
戒心もなしに扉を開けた。するとフードを被った女性が一人、飛び込んでき
た。
「あ、あなただれ?」
そう尋ねると、その人物は顔を露にした。ふんわりとした黒髪にやわらかい
表情、ほんの数時間前までルイズは彼女を見ていた。
「ひ、姫殿下!」
フードの下から現れたのは、アンリエッタ王女だった。彼女はぎゅっとルイ
ズに抱きついた。
「ああルイズ、ルイズ、懐かしいルイズ」
「いけません姫殿下! このような下賤なところへ来ては!」
「そんなことを言わないで。お友達じゃないの」
「積もる話があるようなら出るが」
ンドゥールがデルフリンガーをもって尋ねる。そこでようやく王女も彼の存在に
気づいた。
「……ルイズ、そういえば彼はどなたなの? 昼もあなたのそばに連れ立って
いましたけど、恋人?」
「こい………違います! こいつはそんなんじゃなくて、ただの、ただの使
い魔です!」
「使い魔……でも、彼は人間では。なにかが擬態しているのですか?」
「俺は人間。ンドゥールと――」
しゃべる途中でルイズの攻撃が入った。

「何をする」
「言葉遣いを弁えなさい! 言ったでしょう、姫殿下なのよ!」
「いいのルイズ。堅苦しいのは抜きで。それにしても、本当に人間なのです
か?」
「いえ、その、こいつはちょっと変わったやつでして、」
「盲目なのだよ」
まぶたを上げて、光の映らない瞳でアンリエッタを見つめた。彼女もやはり
驚いたが、怖がることはなく哀れむこともなかった。そこはさすがに王女で
あった。
「それで、そもそも王女はなぜここにやってきたのだ?」
「いえ、単に懐かしいお友達の顔を見たくなりまして。あとはルイズが明日
なにをするのかが気になるぐらいですわ」
「………」
ルイズはものの見事に固まった。
まさかこの時点でまったくもってきまっちゃいませんなどと口が裂けてもいえ
ないからだ。そんな恥知らずなこと、敬愛する人物に誰が言えようか。
「何も決まってない」
「んがー! 何で言うのよ! このバカバカバカー!」
「黙ってても仕方なかろう。でだ、王女よ。ついでだ。その件で頼みがある
んだが、」
「あんた、まさか……」
ルイズは黙らせようとした。しかしンドゥールはそれを頼んでしまった。そ
してアンリエッタは、快く応じてしまった。
もはや後戻りはできるはずもなかった。


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