脱出! アルビオンは風と共に……
「ジョータロー!」
疲労困憊で動けそうにない承太郎に、ルイズが声をかけた。
承太郎は少々疲れたらしく、わずかに息が乱れている。
「すまねえ。奴を逃がしちまった……」
「いいの。ジョータローが無事だったから、それで……」
「…………」
ルイズはしばし、承太郎の腕にしがみついて、泣いた。
ウェールズの切断された腕、ワルドの裏切り、承太郎への気持ち。
すべてがこもった涙をポロポロとこぼす。
そして、遠くから地響きのような声と音が聞こえてきた。
最後の戦が始まったのだ。
「このまま、のんびりもしていられないな。
君達は何としても手紙を持ってトリステインへ帰らねば……」
「で、でも敵の数は五万です。艦はもう出てしまいました……」
どうしようもない、という表情のルイズ。しかし承太郎はあきらめない。
「ウェールズ皇太子。アルビオン大陸から脱出する方法は何かないのか?」
「艦が出てしまった今、飛行可能な幻獣に乗って逃げるしかない。
貴族派には竜騎兵がいる。彼等の乗る竜を奪えば……。
だが調教された竜が、敵であり扱いを知らぬ君達の命令を聞くかどうか」
「そうか……なら、とりあえず竜を奪いに行くとするか」
「協力しよう」
そう言ってウェールズは切断された右手から杖を取り上げ、
よろめきながら何とか立ち上がった。咄嗟にルイズが肩を貸す。
その直後、彼等の前の床にボコンと穴が空いた。
「きゃっ!?」
ルイズが驚いて尻餅をついてしまったため、肩を預けていたウェールズも倒れてしまう。
「くっ……!」
それでもウェールズは杖を穴に向け、承太郎もスタープラチナを出現させて身構える。
だが、穴から見覚えのある毛むくじゃらが顔を出した。
「あ、こ、これって……ギーシュの使い魔……」
「ヴェルダンデ? つまり……この穴は……」
ヴェルダンデはルイズを見つけると、
大喜びでルイズの右手にある水のルビーに鼻をくっつけた。
続いて穴からギーシュが出てくる。
「ヴェルダンデ! ここはいったいどこだね! ……って、ジョータローにルイズ?」
「ギーシュ……てめー、何でそんなトコから顔を出してやがる」
「いやなに。土くれのフーケを追い払えたから、任務を果たすため後を追いかけてきたんだ」
「ここは雲の上だぜ」
その時、ギーシュの隣にキュルケが顔を出しウインクをした。
「タバサのシルフィードよ。アルビオンに到着したら、このモグラが穴を掘り出したの」
続いてギーシュがルイズとヴェルダンデを見ながらなるほどとうなずいた。
「水のルビーの匂いを追いかけてきたのか。とびっきりの宝石好きだからね。
なにせラ・ローシェルまで穴を掘って追いかけてきたんだよ、彼は」
「最初は置いて行こうって話してたんだけど、タバサが連れてくって言ったのよ。
タバサが言うなら、って事で私も了承したんだけど……まさかこうなるなんて」
「タバサは頭脳明晰なようだからね、僕のヴェルダンデの才能を見抜いたんだろう」
「って訳でダーリン、状況を説明してくれない? そちらのハンサムはどちら様?
私達は今から何をすればいい? どんなオーダーにも答えてあ・げ・る」
承太郎は敵軍がすぐそこまで来ている事、ワルドが裏切り者だった事、
任務は果たしたため今すぐアルビオンを脱出しなければならない事を伝えた。
「なるほど、解った。穴の下でタバサの風竜が待っている。
それに乗ればアルビオンから脱出可能だ。急ぎたまえ!」
安堵したルイズは、さっそく穴に向かって歩き出し、しかしウェールズの身体に引っ張られるようにして立ち止まった。
実際引っ張られた訳ではない、ウェールズが足を動かさなかったのだ。
「殿下?」
ルイズが疑問の声をかける。
承太郎は静かに学帽のつばを深く下ろし、己の悲愴な眼差しを隠した。
「ラ・ヴァリエール嬢。僕はこの国の皇太子だ。
この風のアルビオンと運命をともにする運命にある……」
「し、しかし! 殿下の負傷は重く、早急な治療が求められます。
とても戦える状態ではありません! この傷で戦場に行くなど自殺行為です!
それよりも、どうか私と、私達とトリステインへ! 亡命なさいませ、殿下!」
「ありがとう。ラ・ヴァリエール嬢。だが僕は行けない。
だから……これを、君に託そう。手紙と、これを、彼女に渡してくれ」
そう言ってウェールズは杖を腰に差すと、
切断された自分の右手の薬指から、残った左手で風のルビーを引き抜いた。
王家の間にかかる虹を、ウェールズはルイズの手のひらに置いた。
「行きたまえ、ラ・ヴァリエール嬢。ご友人が待っている……」
トンと背中を押され、ルイズは穴の中にいたギーシュの腕の中に転げ落ちる。
「キャッ!」
「わっ! 大丈夫か? ルイズ」
「え、ええ」
「というか、話を聞いていると……その……そこの彼は、もしかしてアルビオンの」
そこまで言ったところで承太郎が低く厳しい声を出す。
「ギーシュ! ルイズを連れて……先に行け」
「しかし、ジョータロー……」
「俺もすぐに後を追う。その前に、ちとこいつと話があるだけさ」
どうすべきか判断しかねるギーシュを、キュルケが引っ張る。
「ジョータローがああ言ってるのよ。緊急なんだからその通りに行動する!」
キュルケに耳を引っ張られて穴の中を転げ落ちていくギーシュ。
穴の壁にぶつかって怪我をしないようにとルイズは抱きしめられているため、ろくに動けずギーシュと一緒に穴の奥へと転がってしまう。
「ジョータロー! 殿下!」
その声が遠のき、代わりに戦場の足音が近づいてきた。
承太郎はウェールズの右腕に巻かれた服の袖を、きつく縛り直す。
ウェールズはうめき声を上げたが、これも止血のためと我慢する。
「その腕でどう戦う気だ?」
承太郎が訊ねた。
「とりあえず水のメイジに頼んで出血だけでも止める。
その後は、左手で杖を振るい一人でも多くの敵を道連れに」
「……治療を受けるまで右腕は心臓より高い位置にかざしておけ。
水のメイジがいない場合は、火のメイジに傷口を焼いてもらえ。
荒療治だがそれで出血を止まる……死ぬほどの痛みに耐えられればな」
「助言ありがとう。そして、さようなら。ジョータロー」
ウェールズの左手が差し出される。
承太郎は左手でそれを握り返した。
互いに握力を発揮するほどの体力は残っていない。
だから、二人の握手はとても弱々しいものだった。
けれど、確かに二人は握手という行為により、何かを通じ合わせた。
「ウェールズ……あんたの誇り高さは決して忘れない。あばよ」
二人は手を離した。
それが別れの合図。
承太郎は穴へ、ウェールズは礼拝堂の外へ。
ほんのわずかな時間をともにした、国も身分も違う二人は、
確かな友情を左手に握りしめていた。
ヴェルダンデが掘った穴はアルビオン大陸の真下に通じていた。
穴から落下した三人とモグラをシルフィードが受け止める。
ヴェルダンデはシルフィードの口に咥えられ抗議の鳴き声を上げた。
それからしばらくして、左手を握り締めた承太郎も降りてきた。
最後の一人を回収したタバサはシルフィードに短い命令する。
「脱出」
シルフィードは「きゅいきゅい!」と返事をして、穴の下から飛び立った。
雲の中を飛びアルビオンから脱出した一同は、
追っ手の気配が無い事を確認してホッと一息ついた。
疾風のように飛ぶシルフィードの背中から見るアルビオンは、次第に小さくなっていった。
短い滞在ではあったが、様々な出来事があったアルビオンが風と共に遠ざかっていく。
それを見つめながら、承太郎は静かに寝息を立て始めた。
「余程疲れているんだろう、落っこちないように支えてやりたまえ」
承太郎の一番近くにいたルイズに向かってギーシュは言い、微笑んで見せた。
ルイズは「何で私が」と言いながら、承太郎の腰に腕を回し、さらに左腕を抱き寄せる。
はた目から見れば承太郎がルイズを片手で抱え込んでるようにも見えた。
承太郎の胸に頭を預けたルイズは、風きり音の中、承太郎の心音を聞く。
規則正しく鼓動するそれは、まるで子守唄のようにルイズを眠りへ誘った。
ぼんやりと夢を見る。
故郷のラ・ヴァリエールの、あの湖の上の小船にルイズは座り込んでいた。
誰にも邪魔されない秘密の場所。
でも、もうここに、ワルドはやって来ない。
優しい子爵、憧れの貴族、幼い頃、父同士が交わした結婚の約束。
それらを思い出し、ルイズは泣いた。
独りぼっちで。
小船が揺れる。誰かが小船に乗り込んできたのだ。
ルイズはハッと顔を上げた。
承太郎が、ルーンの刻まれた左手を差し伸べている。
「安心しろルイズ。もう……誰にもおめーに手出しはさせねえ」
力強い口調で承太郎は言った。だから――ルイズはその手に自身の手を重ねた。
今度は投げ飛ばされたりする事なく、しっかりと承太郎に抱きしめられた。
でもそれはただの――夢だった――。
「何だか、お互いが落ちないよう抱き合っているように見えるね」
「支え合っている、の間違いでしょ? 抱き合ってるなんて恋人みたいじゃない」
シルフィードの背中でギーシュとキュルケが雑談をしていた。
「しかし、風竜の背中の上だというのに、よくもあんなに眠れるものだ」
「ダーリンに抱かれて眠るだなんて……ちょっと場所交代してもらおうかしら」
「やめたまえ、起こすと悪い。二人とも疲れているんだろう」
キュルケは残念そうに舌打ちをすると、タバサに声をかけ始めた。
――ふと、目が覚める。強い風が頬を撫で、まだ空にいる事を理解する。
最初に思ったのは、学帽が飛ばされたら二度と回収できないという事だった。
だから彼は極自然に学帽を深くかぶり直そうと、両手を持ち上げようとする。
左手が重い。
奇妙に思い視線を向けると、左腕を抱き込むようにしているルイズの姿。
眠っているらしく、規則正しい寝息が聞こえる。
ルイズ。
自分をガンダールヴとして召喚したゼロのメイジ。
二秒か、三秒か、再び止められた時の世界で、なぜ彼女は動けたのか?
主と使い魔という繋がりがそれを可能にしたのか、それとも他に何かルイズであるがための特別な理由でもあるのか……。
疲れた頭で疑問を吟味している最中、腕の中でルイズが身をよじった。
咄嗟にルイズが風竜から落ちないよう、少しだけ優しく抱きしめる。
それから今にも飛ばされそうな学帽を右手で戻すと、スタープラチナを出して目で後方を確認し、アルビオンを探す。
だがアルビオンはすでに遠く離れ、雲によってその姿を隠していた。
第二章 風のアルビオン 完
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│To Be Continued >
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「ジョータロー!」
疲労困憊で動けそうにない承太郎に、ルイズが声をかけた。
承太郎は少々疲れたらしく、わずかに息が乱れている。
「すまねえ。奴を逃がしちまった……」
「いいの。ジョータローが無事だったから、それで……」
「…………」
ルイズはしばし、承太郎の腕にしがみついて、泣いた。
ウェールズの切断された腕、ワルドの裏切り、承太郎への気持ち。
すべてがこもった涙をポロポロとこぼす。
そして、遠くから地響きのような声と音が聞こえてきた。
最後の戦が始まったのだ。
「このまま、のんびりもしていられないな。
君達は何としても手紙を持ってトリステインへ帰らねば……」
「で、でも敵の数は五万です。艦はもう出てしまいました……」
どうしようもない、という表情のルイズ。しかし承太郎はあきらめない。
「ウェールズ皇太子。アルビオン大陸から脱出する方法は何かないのか?」
「艦が出てしまった今、飛行可能な幻獣に乗って逃げるしかない。
貴族派には竜騎兵がいる。彼等の乗る竜を奪えば……。
だが調教された竜が、敵であり扱いを知らぬ君達の命令を聞くかどうか」
「そうか……なら、とりあえず竜を奪いに行くとするか」
「協力しよう」
そう言ってウェールズは切断された右手から杖を取り上げ、
よろめきながら何とか立ち上がった。咄嗟にルイズが肩を貸す。
その直後、彼等の前の床にボコンと穴が空いた。
「きゃっ!?」
ルイズが驚いて尻餅をついてしまったため、肩を預けていたウェールズも倒れてしまう。
「くっ……!」
それでもウェールズは杖を穴に向け、承太郎もスタープラチナを出現させて身構える。
だが、穴から見覚えのある毛むくじゃらが顔を出した。
「あ、こ、これって……ギーシュの使い魔……」
「ヴェルダンデ? つまり……この穴は……」
ヴェルダンデはルイズを見つけると、
大喜びでルイズの右手にある水のルビーに鼻をくっつけた。
続いて穴からギーシュが出てくる。
「ヴェルダンデ! ここはいったいどこだね! ……って、ジョータローにルイズ?」
「ギーシュ……てめー、何でそんなトコから顔を出してやがる」
「いやなに。土くれのフーケを追い払えたから、任務を果たすため後を追いかけてきたんだ」
「ここは雲の上だぜ」
その時、ギーシュの隣にキュルケが顔を出しウインクをした。
「タバサのシルフィードよ。アルビオンに到着したら、このモグラが穴を掘り出したの」
続いてギーシュがルイズとヴェルダンデを見ながらなるほどとうなずいた。
「水のルビーの匂いを追いかけてきたのか。とびっきりの宝石好きだからね。
なにせラ・ローシェルまで穴を掘って追いかけてきたんだよ、彼は」
「最初は置いて行こうって話してたんだけど、タバサが連れてくって言ったのよ。
タバサが言うなら、って事で私も了承したんだけど……まさかこうなるなんて」
「タバサは頭脳明晰なようだからね、僕のヴェルダンデの才能を見抜いたんだろう」
「って訳でダーリン、状況を説明してくれない? そちらのハンサムはどちら様?
私達は今から何をすればいい? どんなオーダーにも答えてあ・げ・る」
承太郎は敵軍がすぐそこまで来ている事、ワルドが裏切り者だった事、
任務は果たしたため今すぐアルビオンを脱出しなければならない事を伝えた。
「なるほど、解った。穴の下でタバサの風竜が待っている。
それに乗ればアルビオンから脱出可能だ。急ぎたまえ!」
安堵したルイズは、さっそく穴に向かって歩き出し、しかしウェールズの身体に引っ張られるようにして立ち止まった。
実際引っ張られた訳ではない、ウェールズが足を動かさなかったのだ。
「殿下?」
ルイズが疑問の声をかける。
承太郎は静かに学帽のつばを深く下ろし、己の悲愴な眼差しを隠した。
「ラ・ヴァリエール嬢。僕はこの国の皇太子だ。
この風のアルビオンと運命をともにする運命にある……」
「し、しかし! 殿下の負傷は重く、早急な治療が求められます。
とても戦える状態ではありません! この傷で戦場に行くなど自殺行為です!
それよりも、どうか私と、私達とトリステインへ! 亡命なさいませ、殿下!」
「ありがとう。ラ・ヴァリエール嬢。だが僕は行けない。
だから……これを、君に託そう。手紙と、これを、彼女に渡してくれ」
そう言ってウェールズは杖を腰に差すと、
切断された自分の右手の薬指から、残った左手で風のルビーを引き抜いた。
王家の間にかかる虹を、ウェールズはルイズの手のひらに置いた。
「行きたまえ、ラ・ヴァリエール嬢。ご友人が待っている……」
トンと背中を押され、ルイズは穴の中にいたギーシュの腕の中に転げ落ちる。
「キャッ!」
「わっ! 大丈夫か? ルイズ」
「え、ええ」
「というか、話を聞いていると……その……そこの彼は、もしかしてアルビオンの」
そこまで言ったところで承太郎が低く厳しい声を出す。
「ギーシュ! ルイズを連れて……先に行け」
「しかし、ジョータロー……」
「俺もすぐに後を追う。その前に、ちとこいつと話があるだけさ」
どうすべきか判断しかねるギーシュを、キュルケが引っ張る。
「ジョータローがああ言ってるのよ。緊急なんだからその通りに行動する!」
キュルケに耳を引っ張られて穴の中を転げ落ちていくギーシュ。
穴の壁にぶつかって怪我をしないようにとルイズは抱きしめられているため、ろくに動けずギーシュと一緒に穴の奥へと転がってしまう。
「ジョータロー! 殿下!」
その声が遠のき、代わりに戦場の足音が近づいてきた。
承太郎はウェールズの右腕に巻かれた服の袖を、きつく縛り直す。
ウェールズはうめき声を上げたが、これも止血のためと我慢する。
「その腕でどう戦う気だ?」
承太郎が訊ねた。
「とりあえず水のメイジに頼んで出血だけでも止める。
その後は、左手で杖を振るい一人でも多くの敵を道連れに」
「……治療を受けるまで右腕は心臓より高い位置にかざしておけ。
水のメイジがいない場合は、火のメイジに傷口を焼いてもらえ。
荒療治だがそれで出血を止まる……死ぬほどの痛みに耐えられればな」
「助言ありがとう。そして、さようなら。ジョータロー」
ウェールズの左手が差し出される。
承太郎は左手でそれを握り返した。
互いに握力を発揮するほどの体力は残っていない。
だから、二人の握手はとても弱々しいものだった。
けれど、確かに二人は握手という行為により、何かを通じ合わせた。
「ウェールズ……あんたの誇り高さは決して忘れない。あばよ」
二人は手を離した。
それが別れの合図。
承太郎は穴へ、ウェールズは礼拝堂の外へ。
ほんのわずかな時間をともにした、国も身分も違う二人は、
確かな友情を左手に握りしめていた。
ヴェルダンデが掘った穴はアルビオン大陸の真下に通じていた。
穴から落下した三人とモグラをシルフィードが受け止める。
ヴェルダンデはシルフィードの口に咥えられ抗議の鳴き声を上げた。
それからしばらくして、左手を握り締めた承太郎も降りてきた。
最後の一人を回収したタバサはシルフィードに短い命令する。
「脱出」
シルフィードは「きゅいきゅい!」と返事をして、穴の下から飛び立った。
雲の中を飛びアルビオンから脱出した一同は、
追っ手の気配が無い事を確認してホッと一息ついた。
疾風のように飛ぶシルフィードの背中から見るアルビオンは、次第に小さくなっていった。
短い滞在ではあったが、様々な出来事があったアルビオンが風と共に遠ざかっていく。
それを見つめながら、承太郎は静かに寝息を立て始めた。
「余程疲れているんだろう、落っこちないように支えてやりたまえ」
承太郎の一番近くにいたルイズに向かってギーシュは言い、微笑んで見せた。
ルイズは「何で私が」と言いながら、承太郎の腰に腕を回し、さらに左腕を抱き寄せる。
はた目から見れば承太郎がルイズを片手で抱え込んでるようにも見えた。
承太郎の胸に頭を預けたルイズは、風きり音の中、承太郎の心音を聞く。
規則正しく鼓動するそれは、まるで子守唄のようにルイズを眠りへ誘った。
ぼんやりと夢を見る。
故郷のラ・ヴァリエールの、あの湖の上の小船にルイズは座り込んでいた。
誰にも邪魔されない秘密の場所。
でも、もうここに、ワルドはやって来ない。
優しい子爵、憧れの貴族、幼い頃、父同士が交わした結婚の約束。
それらを思い出し、ルイズは泣いた。
独りぼっちで。
小船が揺れる。誰かが小船に乗り込んできたのだ。
ルイズはハッと顔を上げた。
承太郎が、ルーンの刻まれた左手を差し伸べている。
「安心しろルイズ。もう……誰にもおめーに手出しはさせねえ」
力強い口調で承太郎は言った。だから――ルイズはその手に自身の手を重ねた。
今度は投げ飛ばされたりする事なく、しっかりと承太郎に抱きしめられた。
でもそれはただの――夢だった――。
「何だか、お互いが落ちないよう抱き合っているように見えるね」
「支え合っている、の間違いでしょ? 抱き合ってるなんて恋人みたいじゃない」
シルフィードの背中でギーシュとキュルケが雑談をしていた。
「しかし、風竜の背中の上だというのに、よくもあんなに眠れるものだ」
「ダーリンに抱かれて眠るだなんて……ちょっと場所交代してもらおうかしら」
「やめたまえ、起こすと悪い。二人とも疲れているんだろう」
キュルケは残念そうに舌打ちをすると、タバサに声をかけ始めた。
――ふと、目が覚める。強い風が頬を撫で、まだ空にいる事を理解する。
最初に思ったのは、学帽が飛ばされたら二度と回収できないという事だった。
だから彼は極自然に学帽を深くかぶり直そうと、両手を持ち上げようとする。
左手が重い。
奇妙に思い視線を向けると、左腕を抱き込むようにしているルイズの姿。
眠っているらしく、規則正しい寝息が聞こえる。
ルイズ。
自分をガンダールヴとして召喚したゼロのメイジ。
二秒か、三秒か、再び止められた時の世界で、なぜ彼女は動けたのか?
主と使い魔という繋がりがそれを可能にしたのか、それとも他に何かルイズであるがための特別な理由でもあるのか……。
疲れた頭で疑問を吟味している最中、腕の中でルイズが身をよじった。
咄嗟にルイズが風竜から落ちないよう、少しだけ優しく抱きしめる。
それから今にも飛ばされそうな学帽を右手で戻すと、スタープラチナを出して目で後方を確認し、アルビオンを探す。
だがアルビオンはすでに遠く離れ、雲によってその姿を隠していた。
第二章 風のアルビオン 完
┌―――――――┘\
│To Be Continued >
└―――――――┐/