「勝負を『公正』にするために言おう! 僕はこの薔薇の花びらから生み出す青銅のゴーレムであなたを倒す!」
薔薇の造花をかざし、花びらを舞い散らせるギーシュの大言壮語を、もはや訂正する気にもなれないのか、モット伯は無言で杖を構える。
その姿を見て、ギーシュはやはりと己の確信を強めた。
(やはりだ……この男、ジュール・ド・モットには……)
本来ならば、ギーシュもルイズやモンモランシーたちと一緒に、モット伯に頭を下げるべき立場にあったし、以前までの彼ならば迷わずにそうしただろう。なのに、彼の魂には一欠けらたりともそうするべきだという欲求が湧き上がらなかった。
(『凄味』がない)
モット伯の一挙一動を注視しながら、ギーシュは過去に思いをはせる。記憶奥底、自分がここにいるそもそもの原因である、ある男との決闘を。
リンゴォ・ロードアゲインが見せた凄味が。
思わず、泣いて命乞いしそうになるほどの漆黒の意思が。
世界を埋め尽くしそうだと錯覚するほどの強烈な気配が。
ジュール・ド・モットからは『全く』感じられない!
間違っても頭など下げたくないと思うほどに、拍子抜けするほどに、『凄味』がなかったのだ。先程の決闘で見せた才人の凄味のほうが……いや、比べるのもおこがましいほどに凄味がない!
(これが、対応者という事なのかい? リンゴォ……リンゴォ・ロードアゲイン)
脳裏に浮かんだ男は応えない。
ただ、ギーシュは確信する。
自分がこいつに負ける事はありえないと。
その上で……無意識の下で怒っていた。
彼は無意識の奥底においてリンゴォを尊敬し、敬意を表し、憧れている。同じように、彼と同じような『決闘観』を持ちつつある。
ギーシュ自身も自覚できない、彼を突き動かす怒りを明確に文章に表すとすれば、こうだ。
『こいつは神聖なる決闘を侮辱した!!!!』
ジュール・ド・モットは、既に勝利を確信していた。
何故勝利を疑わないのか? ……否、この男は逆の考え方をしたのだ。
何ゆえ敗北すると考えなければならないのか! と。
たかだかドットのメイジ相手に、トライアングルの自分が負けるはずがないのだ!
馬鹿めっ! 這い蹲れっ!
モット伯はそう叫んで、一瞬にして生成した氷の刃を、ギーシュに向かって打ち出そうとした。
そう、『した』。
「馬――」
ば き ぃ っ !
台詞の一番最初の一文字。
それを口にしようとした瞬間にモット伯の決闘は、あっさりと終わってしまった。
右手で振るおうとした杖に感じた、異様な振動に思わず振り向くと――
「な」
そこには……
「え!?」
「な、なんで……」
「いつの間に!」
「な……」
ルイズやモンモランシー、キュルケの三人にさえ驚愕の声を上げさせる存在がいた!
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!?」
そう、『ワルキューレ』!!
ギーシュの作り出した青銅のゴーレムが、いつの間にかモット伯の真横に現れて! モット伯の杖をへし折っていたのだ!
「い、いつの間に!? ま、まさか事前に……」
「逃げ道を塞ぐようで悪いのですが」
状況についていけないモット伯に、ギーシュが追い討ちをかけるように告げる。冷酷に、淡々と。
「彼女は決闘が始まる前に配置していたとか、そういうのじゃありません。
決闘が始まった後に配置して、あなたが気づかなかっただけの事です。僕が最初、薔薇を振りかざしたときに、予めあなたの足元に這わせておいた花びらから生み出しました」
「ななななななな、き、貴様! 卑怯だぞ!」
「ギーシュは」
ぼそりと、ギャラリーの中で唯一こうなる事を予測していたタバサが、珍しく饒舌に口を開いた。
「あなたにしっかりと、『薔薇からゴーレムを作る』と説明してから、花びらを移動させた……気付かなかったあなたがマヌケなだけ」
「ぐがっ」
自分の娘のような年頃の少女にずばりといわれてしまい、モット伯は言い返しようが無くなってしまった。
更なる追い討ちは、ギーシュからもたらされる。
「そしてもう一つ忠告しておきますが。
僕はあなたの流儀で決闘を続けさせていただきます」
「な、なんだと!?」
「あなたは杖を落としても決闘を続けました。それは、僕の説明した『悪魔のルール』に完全にのっとったという事。
もしくは……『参った』といわなければ負けにならないというルールだと解釈した。それでよろしいですね? ジュール・ド・モット伯爵。
ならば」
冷酷に残酷に。
ギーシュは、因果応報とばかりに、言った。あくまで相手を持ち上げるかのように。
「僕も、あなたが参ったというまで殴るのをやめさせません」
「んなっ!?」
「『ワルキューレ』!!!!」
ギーシュの振りかざした薔薇の造花の動きに応えるように、辺りに舞い散った薔薇の花びらから、次々とワルキューレが出現する。
その数、実に七体。
「一応、死なないように手加減しますが……忠告しておきましょう。
早めに『参った』と言ったほうがいいと」
「ま、まいっ」
この数のゴーレムに袋叩きにされては敵わない!
モット伯爵は、即座に降参の意を示そうとして、
めきゃっ!
「たばっ!?」
ワルキューレの拳に、沈黙を強制させられた。
こいつは、ルイズというレディの誇りを侮辱し、決闘を侮辱し、ギーシュが尊敬してやまない父をも侮辱した……!
許せるはずがない!
故に、ギーシュは造花の杖をモット伯に突きつけ、慇懃無礼な敬語をかなぐり捨てて叫ぶのだ!
「貴様は! 僕や『グラモン』だけではなくレディの名誉を侮辱した!」
「ワルキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥレッ!!!!」
系七体のワルキューレ。その拳が、その足が、いっせいにモット伯に向かって打ち出された!
「ぶぎゃっ!? るヴぉぁ!?」
七対のワルキューレによる一成攻撃! 以前のギーシュならば複雑すぎて不可能な芸当を、今のギーシュは余裕でやってのけた!
顔面、顎、肩、腕……必死で『参った』といおうとするモット伯の生命活動に致命的な部位『以外』の部位を、青銅のこぶしが完膚なきまでにぶち砕いていく。
「シャラァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
どっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!
そして最後の一撃でモット伯は盛大に天上に突き刺さった・
「っ!!!!」
「僕は貴様を殺す事ができる」
ゆっくりとしずり落ちてくるモット伯に対して、ギーシュは告げる。裁判官のように。断罪者のように。
「だが、殺しはしない……おまえなんかに、とどめは刺さないっ!」
「ま……マイッ…………ダぁぁぁぁッ…………」
全身が天上から抜けて、ようやく。
『参った』と告げることが出来たモット伯の体を、ワルキューレは解放した。
どしゃぁっ!
殴られすぎてよくわからない『何か』になりつつあるモット伯が、受身も取れず地面に着地し、
「っはぁ~~~~~~~~~~~~~~!」
加害者であるギーシュは、胸に一杯詰まった空気を吐き出すように呼吸して、その場に膝を突いた。
(リンゴォの時は気付かなかったけど)
その場に腰を下ろし、薔薇の杖を胸に挿して、
(猛烈に疲れる! 決闘って奴は、ものすごく疲れるぞ! 何なんだ、この緊張感は……決めたぞ、僕はもう二度と決闘なんかしない。
何だってこの僕が、あのリンゴォみたいな価値観で戦わなくちゃならないんだ!)
意識と体がゆっくり剥離していくのを、ギーシュは実感で理解したが、何とか根性で踏ん張って見せた。
「ギーシュ!? ギーシュ!」
(ほら見ろ。モンモランシーにだってこんなに心配させて……僕は絶対に、もう二度と、決闘なんかしない! 君の美しさに誓うよ……モンモランシー……)
「だ、大丈夫だよモンモランシー」
極度の疲労感からよれよれになりながら、ギーシュはモンモランシーに笑いかけた。立ち上がる事はできなさそうだが、気絶する事だけは免れたらしい。
「大丈夫じゃないわよ! 私っ、ギーシュが殺されると思ったんだからね!」
「あははは。すまないね、モンモランシー。
だけど大丈夫、僕はこの通り生きてるから」
「そういう事を言ってるんじゃなくて……うえぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
「も、モンモランシー!? ちょ、落ち着いてくれないかな……」
緊張の糸が切れたのか泣き出したモンモランシーを、ギーシュは必死に慰めて……その後ろでは、ルイズが才人をかばった姿勢のままで、顔を真っ青にしていた。
「ま、まままままま、まずいわ不味いわ。よりにもよって私の使い魔が原因でこんなことになるなんて……! 伯爵家の当主にこんな大怪我負わせたんじゃ、ギーシュだけじゃなく間違いなく私にも責任が……!!」
「それは、大丈夫だと思うけどな」
「なんでよっ!?」
才人の呟きを聞き漏らさず、振り返って怒鳴るルイズ。才人は彼女の苛烈な視線にどぎまぎしつつも、
「いや……あいつがここに来る前に教えてくれたんだけど。
『貴族が平民に負けたなんて、恥ずかしくていえない』だっけ。同じことが言えるんじゃないかなって」
「はあ??」
「ドットメイジにフルボッコにされたなんて、恥ずかしくて問題にも出来ないって事よ」
才人の言葉を補填してから、キュルケは彼の前にしゃがみこみ。
「ごめんね。ダーリン」
「へ?」
「さっき、私の部屋で……私、酷い事言っちゃったから。これ、もってきたんだけど、必要なかったみたいね」
「キュルケ……い、いや、それはいいんだけれど」
目の前にしゃがみこまれる事でダイレクトで除く胸の谷間に、ルイズのときとは違う意味でドギマギしながら才人は受け答えをする。『これ』の下りでスカートの中から件の書物が取り出されるものだから、溜まったものじゃない。
その隙に、キュルケはルイズに向かって視線を向けて、アイコンタクトを試みた。
(あなたも、今のうちに謝っちゃいなさい)
キュルケも、ルイズ達主従が致命的になりかねない仲たがいをしたのは知っていたし、以下に相手が因縁あふれる相手であろうとも、そんな結末など見たくはなかった。それゆえに、あえて敵に塩を送る事にしたのだった。
実際は、ルイズが才人をかばった事で、才人の中のルイズに対する感情はかなりやわらかくなっており、深刻さは薄れきっているのだが。
(わ、わかってるわよ)
キュルケの意思を性格に受け取り、ルイズはまず深呼吸をした。
そして……
「あのね才「そうだシエスタはっ!?」と?」
なんとも間の悪い話ではあったが。
ルイズがなけなしの勇気を振り絞って詫びの言葉を口にしようとしたちょうどその時に、才人は本来の用件を思い出していた。
そうだ、自分は彼女を助けに来たんだった!
「! そ、そうだった……僕とした事が」
「ちょ、ギーシュ!」
才人の叫びに反応して、ギーシュも動いた。静止するモンモランシーを振り切って立ち上がろうとしたが、気力が足らずに立ち上がれない。
変わりに、才人がモット伯に歩み寄り、その襟首を掴んで詰問した。
「おい! シエスタはどこだ! 言え!」
「…………」
が、完全に意識が彼方に行ってるらしく、返事らしい返事はない。というか、今にも魂が涅槃に旅立ちそうな感じである。
はっきり行ってワルキューレ7体がかりのフルボッコはやりすぎであった。自重しろギーシュ。
「も、モンモランシー……ミス・タバサ。モット伯に治癒を。死なれでもしたら厄介だ」
「わ、わかったわ!」
頬引きつらせたギーシュの求めに、モンモランシーは慌てて立ち上がり、タバサは無言で頷いて。
結局。
ルイズ達がモット伯からシエスタの居場所を聞きだせたのは一時間後のことだった。
薔薇の造花をかざし、花びらを舞い散らせるギーシュの大言壮語を、もはや訂正する気にもなれないのか、モット伯は無言で杖を構える。
その姿を見て、ギーシュはやはりと己の確信を強めた。
(やはりだ……この男、ジュール・ド・モットには……)
本来ならば、ギーシュもルイズやモンモランシーたちと一緒に、モット伯に頭を下げるべき立場にあったし、以前までの彼ならば迷わずにそうしただろう。なのに、彼の魂には一欠けらたりともそうするべきだという欲求が湧き上がらなかった。
(『凄味』がない)
モット伯の一挙一動を注視しながら、ギーシュは過去に思いをはせる。記憶奥底、自分がここにいるそもそもの原因である、ある男との決闘を。
リンゴォ・ロードアゲインが見せた凄味が。
思わず、泣いて命乞いしそうになるほどの漆黒の意思が。
世界を埋め尽くしそうだと錯覚するほどの強烈な気配が。
ジュール・ド・モットからは『全く』感じられない!
間違っても頭など下げたくないと思うほどに、拍子抜けするほどに、『凄味』がなかったのだ。先程の決闘で見せた才人の凄味のほうが……いや、比べるのもおこがましいほどに凄味がない!
(これが、対応者という事なのかい? リンゴォ……リンゴォ・ロードアゲイン)
脳裏に浮かんだ男は応えない。
ただ、ギーシュは確信する。
自分がこいつに負ける事はありえないと。
その上で……無意識の下で怒っていた。
彼は無意識の奥底においてリンゴォを尊敬し、敬意を表し、憧れている。同じように、彼と同じような『決闘観』を持ちつつある。
ギーシュ自身も自覚できない、彼を突き動かす怒りを明確に文章に表すとすれば、こうだ。
『こいつは神聖なる決闘を侮辱した!!!!』
ジュール・ド・モットは、既に勝利を確信していた。
何故勝利を疑わないのか? ……否、この男は逆の考え方をしたのだ。
何ゆえ敗北すると考えなければならないのか! と。
たかだかドットのメイジ相手に、トライアングルの自分が負けるはずがないのだ!
馬鹿めっ! 這い蹲れっ!
モット伯はそう叫んで、一瞬にして生成した氷の刃を、ギーシュに向かって打ち出そうとした。
そう、『した』。
「馬――」
ば き ぃ っ !
台詞の一番最初の一文字。
それを口にしようとした瞬間にモット伯の決闘は、あっさりと終わってしまった。
右手で振るおうとした杖に感じた、異様な振動に思わず振り向くと――
「な」
そこには……
「え!?」
「な、なんで……」
「いつの間に!」
「な……」
ルイズやモンモランシー、キュルケの三人にさえ驚愕の声を上げさせる存在がいた!
「なぁぁぁぁにぃぃぃぃぃぃぃぃぃっ!!!!?」
そう、『ワルキューレ』!!
ギーシュの作り出した青銅のゴーレムが、いつの間にかモット伯の真横に現れて! モット伯の杖をへし折っていたのだ!
「い、いつの間に!? ま、まさか事前に……」
「逃げ道を塞ぐようで悪いのですが」
状況についていけないモット伯に、ギーシュが追い討ちをかけるように告げる。冷酷に、淡々と。
「彼女は決闘が始まる前に配置していたとか、そういうのじゃありません。
決闘が始まった後に配置して、あなたが気づかなかっただけの事です。僕が最初、薔薇を振りかざしたときに、予めあなたの足元に這わせておいた花びらから生み出しました」
「ななななななな、き、貴様! 卑怯だぞ!」
「ギーシュは」
ぼそりと、ギャラリーの中で唯一こうなる事を予測していたタバサが、珍しく饒舌に口を開いた。
「あなたにしっかりと、『薔薇からゴーレムを作る』と説明してから、花びらを移動させた……気付かなかったあなたがマヌケなだけ」
「ぐがっ」
自分の娘のような年頃の少女にずばりといわれてしまい、モット伯は言い返しようが無くなってしまった。
更なる追い討ちは、ギーシュからもたらされる。
「そしてもう一つ忠告しておきますが。
僕はあなたの流儀で決闘を続けさせていただきます」
「な、なんだと!?」
「あなたは杖を落としても決闘を続けました。それは、僕の説明した『悪魔のルール』に完全にのっとったという事。
もしくは……『参った』といわなければ負けにならないというルールだと解釈した。それでよろしいですね? ジュール・ド・モット伯爵。
ならば」
冷酷に残酷に。
ギーシュは、因果応報とばかりに、言った。あくまで相手を持ち上げるかのように。
「僕も、あなたが参ったというまで殴るのをやめさせません」
「んなっ!?」
「『ワルキューレ』!!!!」
ギーシュの振りかざした薔薇の造花の動きに応えるように、辺りに舞い散った薔薇の花びらから、次々とワルキューレが出現する。
その数、実に七体。
「一応、死なないように手加減しますが……忠告しておきましょう。
早めに『参った』と言ったほうがいいと」
「ま、まいっ」
この数のゴーレムに袋叩きにされては敵わない!
モット伯爵は、即座に降参の意を示そうとして、
めきゃっ!
「たばっ!?」
ワルキューレの拳に、沈黙を強制させられた。
こいつは、ルイズというレディの誇りを侮辱し、決闘を侮辱し、ギーシュが尊敬してやまない父をも侮辱した……!
許せるはずがない!
故に、ギーシュは造花の杖をモット伯に突きつけ、慇懃無礼な敬語をかなぐり捨てて叫ぶのだ!
「貴様は! 僕や『グラモン』だけではなくレディの名誉を侮辱した!」
「ワルキュゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥレッ!!!!」
系七体のワルキューレ。その拳が、その足が、いっせいにモット伯に向かって打ち出された!
「ぶぎゃっ!? るヴぉぁ!?」
七対のワルキューレによる一成攻撃! 以前のギーシュならば複雑すぎて不可能な芸当を、今のギーシュは余裕でやってのけた!
顔面、顎、肩、腕……必死で『参った』といおうとするモット伯の生命活動に致命的な部位『以外』の部位を、青銅のこぶしが完膚なきまでにぶち砕いていく。
「シャラァァァァァァァァァァァァァァァァッ!!!!」
どっぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁんっ!!!!
そして最後の一撃でモット伯は盛大に天上に突き刺さった・
「っ!!!!」
「僕は貴様を殺す事ができる」
ゆっくりとしずり落ちてくるモット伯に対して、ギーシュは告げる。裁判官のように。断罪者のように。
「だが、殺しはしない……おまえなんかに、とどめは刺さないっ!」
「ま……マイッ…………ダぁぁぁぁッ…………」
全身が天上から抜けて、ようやく。
『参った』と告げることが出来たモット伯の体を、ワルキューレは解放した。
どしゃぁっ!
殴られすぎてよくわからない『何か』になりつつあるモット伯が、受身も取れず地面に着地し、
「っはぁ~~~~~~~~~~~~~~!」
加害者であるギーシュは、胸に一杯詰まった空気を吐き出すように呼吸して、その場に膝を突いた。
(リンゴォの時は気付かなかったけど)
その場に腰を下ろし、薔薇の杖を胸に挿して、
(猛烈に疲れる! 決闘って奴は、ものすごく疲れるぞ! 何なんだ、この緊張感は……決めたぞ、僕はもう二度と決闘なんかしない。
何だってこの僕が、あのリンゴォみたいな価値観で戦わなくちゃならないんだ!)
意識と体がゆっくり剥離していくのを、ギーシュは実感で理解したが、何とか根性で踏ん張って見せた。
「ギーシュ!? ギーシュ!」
(ほら見ろ。モンモランシーにだってこんなに心配させて……僕は絶対に、もう二度と、決闘なんかしない! 君の美しさに誓うよ……モンモランシー……)
「だ、大丈夫だよモンモランシー」
極度の疲労感からよれよれになりながら、ギーシュはモンモランシーに笑いかけた。立ち上がる事はできなさそうだが、気絶する事だけは免れたらしい。
「大丈夫じゃないわよ! 私っ、ギーシュが殺されると思ったんだからね!」
「あははは。すまないね、モンモランシー。
だけど大丈夫、僕はこの通り生きてるから」
「そういう事を言ってるんじゃなくて……うえぇぇぇぇぇぇぇぇっ」
「も、モンモランシー!? ちょ、落ち着いてくれないかな……」
緊張の糸が切れたのか泣き出したモンモランシーを、ギーシュは必死に慰めて……その後ろでは、ルイズが才人をかばった姿勢のままで、顔を真っ青にしていた。
「ま、まままままま、まずいわ不味いわ。よりにもよって私の使い魔が原因でこんなことになるなんて……! 伯爵家の当主にこんな大怪我負わせたんじゃ、ギーシュだけじゃなく間違いなく私にも責任が……!!」
「それは、大丈夫だと思うけどな」
「なんでよっ!?」
才人の呟きを聞き漏らさず、振り返って怒鳴るルイズ。才人は彼女の苛烈な視線にどぎまぎしつつも、
「いや……あいつがここに来る前に教えてくれたんだけど。
『貴族が平民に負けたなんて、恥ずかしくていえない』だっけ。同じことが言えるんじゃないかなって」
「はあ??」
「ドットメイジにフルボッコにされたなんて、恥ずかしくて問題にも出来ないって事よ」
才人の言葉を補填してから、キュルケは彼の前にしゃがみこみ。
「ごめんね。ダーリン」
「へ?」
「さっき、私の部屋で……私、酷い事言っちゃったから。これ、もってきたんだけど、必要なかったみたいね」
「キュルケ……い、いや、それはいいんだけれど」
目の前にしゃがみこまれる事でダイレクトで除く胸の谷間に、ルイズのときとは違う意味でドギマギしながら才人は受け答えをする。『これ』の下りでスカートの中から件の書物が取り出されるものだから、溜まったものじゃない。
その隙に、キュルケはルイズに向かって視線を向けて、アイコンタクトを試みた。
(あなたも、今のうちに謝っちゃいなさい)
キュルケも、ルイズ達主従が致命的になりかねない仲たがいをしたのは知っていたし、以下に相手が因縁あふれる相手であろうとも、そんな結末など見たくはなかった。それゆえに、あえて敵に塩を送る事にしたのだった。
実際は、ルイズが才人をかばった事で、才人の中のルイズに対する感情はかなりやわらかくなっており、深刻さは薄れきっているのだが。
(わ、わかってるわよ)
キュルケの意思を性格に受け取り、ルイズはまず深呼吸をした。
そして……
「あのね才「そうだシエスタはっ!?」と?」
なんとも間の悪い話ではあったが。
ルイズがなけなしの勇気を振り絞って詫びの言葉を口にしようとしたちょうどその時に、才人は本来の用件を思い出していた。
そうだ、自分は彼女を助けに来たんだった!
「! そ、そうだった……僕とした事が」
「ちょ、ギーシュ!」
才人の叫びに反応して、ギーシュも動いた。静止するモンモランシーを振り切って立ち上がろうとしたが、気力が足らずに立ち上がれない。
変わりに、才人がモット伯に歩み寄り、その襟首を掴んで詰問した。
「おい! シエスタはどこだ! 言え!」
「…………」
が、完全に意識が彼方に行ってるらしく、返事らしい返事はない。というか、今にも魂が涅槃に旅立ちそうな感じである。
はっきり行ってワルキューレ7体がかりのフルボッコはやりすぎであった。自重しろギーシュ。
「も、モンモランシー……ミス・タバサ。モット伯に治癒を。死なれでもしたら厄介だ」
「わ、わかったわ!」
頬引きつらせたギーシュの求めに、モンモランシーは慌てて立ち上がり、タバサは無言で頷いて。
結局。
ルイズ達がモット伯からシエスタの居場所を聞きだせたのは一時間後のことだった。