ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第四話 『決闘と血統』中編

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匿名ユーザー

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――まずは、力があると確信する事だよ。平賀才人。これは、メイジが魔法を習う上で一番最初に言われる初歩の初歩だ。

 モット伯が操る水の動きを目で追いながら、才人はギーシュに言われたアドバイスを思い出していた。

 ――どんな優れたメイジでも生まれてすぐに魔法が使えるわけじゃない。中には魔力をあやつる事すら困難な子供もいるからね。そういう子供に言い聞かせる台詞なんだ。ゼロの二つ名をもつ君の主ですらできる事だよ。

 ぐっと、剣を握る両手に力を込める。そして、左腕に浮かぶルーンをことさら意識して、集中した。
 力があるという事を認識する。
 なんとなくパワーアップしてなんとなく強くなったというあいまいな認識しかもたなかった才人にとって、ギーシュのこのアドバイスは天恵に等しいものだった。

(まず力があると確信する)

 才人は貴族が気に入らない。それに類するギーシュも嫌いだ。ましてや、奴は自分の前の使い魔を殺した男なのだから、好意的な感情など抱きようがない。
 だが、それでも……共に同じ目的に進もうとするギーシュの姿に敬意は払っていた。その経緯が、ギーシュのアドバイスを信じさせた。

 き ぃ ん っ

 音などしなかった。
 しなかったのにも関わらず、才人は確かにその音を聞いた。
 左手のルーンが発する音。

 何という事はない、この勝負、勝利条件という一点において最初から才人の側に圧倒的に有利なのだ。
 モット伯は杖を落とされれば負けだが、才人は降参さえしなければ勝ちなのである。殺されるという可能性も、ギーシュが『平民相手に殺さなければならないというのはスマートじゃない』という発現でプライドを刺激して封じてしまっていた。
 策があると、ギーシュは言った。コレが失敗したとしても、次の作戦があると。

 悪く言えばなぶり殺しにされかねない状況なのだが……それだけ、才人の能力が発動する機会が多いという事。

(まず、力があると、確信する)

 き ぃ ぃ ぃ ん っ !

 モット伯は、ニヤニヤと笑いながら才人を睨んでいる。じっとしているのを恐怖で動けないのだと勘違いしているらしい。
 だが、才人の意識はモット伯などにはなかった。
 ボーンナムをたたききったあの時、光を放ったこのルーン……もし、力があるとするのなら、このルーンのはずだ。

(まず、力が、あると、確信、する!)

 キ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ィ ン ッ ! !

 才人に飲み聞こえる甲高い音は、耳鳴りがするほどのレベルにまで高まって行き……

 カチリッ

 『何か』の歯車が、かみ合った。
 瞬間!

(キタっ!)

 才人はその『何か』に突き動かされるように、走り出した――!



 ぶっちゃけて言おう。
 ギーシュの策というのは、才人を決闘で勝たせること……ではなかった。
 ワルキューレでモット伯の背後に回りこみ、一撃で気絶させて、それを『いきなり消えた才人が伯の背後に立っていたと思ったら、全てが終わっていた』と取り繕う腹積もりだったのだ!
 決闘の舞台となった応接間の人払いを命じたのもそのためだったりする……まさに外道な策略であった。ギーシュの良心が痛まないでもなかったが、一人のレディの幸福には変えられないのである。

 故に。

 ――いきなり『能力』を扱いこなした才人が、瞬時にモット伯の懐にもぐりこみ、杖を斬り飛ばすなんて、思いもしなかったのである。

「――なっ!?」
「は??」

 モット伯の驚愕の声と、ギーシュの間の抜けた声のデュエットをバックミュージックに、才人はそのままモット伯の首筋に剣を突きつけた。
 斬り飛ばされた杖の先端が絨毯の上に音もなく落ちる。目の前に剣を突きつけられたという現実に、モット伯は残った杖の部分すら取り落とした。魔法の支配を逃れた水が旋回するのをやめて、二人に降り注ぐ。
 そのまま静止すること、十数秒……

「しょ、勝負あった……」

 呆気にとられていたギーシュが我に返り、宣言する事でようやく、二人は呪縛から解放されたのだった。

「――才人!!!!」
「ギーシュ!!」

 顔を真っ青にしたルイズ達が、息せき切って応接間に飛び込んできたのは、その時だった。



 ――あいつ、キュルケじゃなくてメイドの所へ……!

 キュルケから才人の事情を聞かされ、広場で呆然としていたモンモランシーから目撃談を聞く事で、ルイズは才人の居場所を把握する事ができた。
 同時に自分の側の事情を話す事で、自分の発言がいかに思慮を欠いたように聞こえていたかという、客観的な評価ももらった。

 そしてその客観的な評価は、ルイズの打ちのめされた精神を立ち直らせるに十分すぎる刺激をもっていた。

 過ちにくよくよするのが貴族のやる事か? ――否!
 過ちを犯したのならば! それを二度と繰り返さないのが貴族なのではないのか!?

(見殺しにしたなんてよくそんなクチ聞けたわね! あの馬鹿使い魔!)

 勝手に自分を無視して飛び出して言った才人に対する反感の言葉は尽きない。尽きないが、見殺しにしようなどとは決して思えなかった!

(もう二度と、使い魔を見殺しにしてたまるもんですか!)

 故に。
 彼女は、キュルケとタバサ、ギーシュを追うモンモランシーと共に、風龍の背に載ってモット伯の元へとやってきたのである。平民が貴族の屋敷で剣を抜いたとなれば、死刑にされても文句は言えない! 魔法を使えないあの能力の制御も出来ない才人では一方的に殺されるだけだ!

(トチ狂った真似しないでよ才人ぉ~!)

 もはや、才人の好意がヴァリエール家にかける迷惑など、小さな事柄だった。才人をリンゴォの二の舞にはしない。そんな思いが、ルイズの小さな胸の中を8割がた満たしていた。

 なので。
 まさか、才人がモット伯に剣突きつけてるなんて思いもしなかったのである。


「さ、才人ぉ~~~~~~~~~! あ、あ、あ、あんたなにやってんのよぉー!」
「ぎ、ギーシュぅぅぅぅぅっ! あんたメイド助けに来て何やってるのよ!? 見てないで止めなさい!」

 いきなり乱入してくるなり叫ぶルイズとモンモランシーの二人に、ギーシュは慌てて二人を押しとどめようと、口を開いた。

「お、落ち着きたまえ二人とも! 平賀才人とモット伯のこれは、神聖なる決闘の結果だ!」
「……決闘??」

 キュルケはギーシュの言葉に首をかしげ、ルイズとモンモランシーは納得しかねるようで二人仲良く肩を怒らせ……タバサだけが、ギーシュの言葉の真意を了解した。

「……メイドをかけた決闘に勝った」
『あ』

 ポツリと彼女が漏らした言葉で、ようやく三人は状況を理解した。つまり……

「もう、終わっちゃったって事?」
「そういう事になるかな?」
「え、る、ルイズ?」

 何故彼女がここにいるのか、それが理解できない才人は、わたわたと慌てふためいて……モット伯に突きつけた剣を、下ろしてしまった。
 それが、敗因になった。

 ど ご ぉ っ ! !

「うぐあっ!」

 予期しなかった腹部への衝撃に吹っ飛ばされる才人!
 自分の喉下から剣が離れたのを見たモット伯が、才人の横っ腹に蹴りを打ち込んだのである。

「さ、さいとぉっ!」
「モット伯!? なんのつもり!?」
「あなた、決闘で負けたんでしょう!?」

 ルイズの悲鳴とキュルケ、モンモランシーの詰問が唱和して、タバサは無言で杖を構える。そんな彼女達に対して、モット伯はフンと鼻で笑った。

「決闘……? 違うな。私は只、貴族の館で剣を抜いた不埒者を、罰していただけだよ」
『なっ……!?』

 その場にいた全員が、信じられないとばかりにモット伯の顔を見る。そこには自分が後ろ暗い事をしているという実感は欠片もない。あったとしても、悪がきが自分の悪戯を隠そうとしているとか、そういう程度なのだろう。


(メイドを助けに来たという事は、グラモンの息子とこの平民は手を組んでいたのか……小童が、やってくれる!)

 モット伯からすれば、モンモランシーの発言から平民とギーシュがグルだという事がわかった以上、決闘のルールそのものを疑ってかかる必要がある。そういう理屈以前に、モット伯の感情そのものがこの決闘を否定していた。
 どうせ、あの能力も、グラモンが魔法で強化したものに決まっている……!

「だってそうだろう!? 貴族が平民に負ける決闘などあっていいはずがない!」
「っ! てめぇっ!」

 高らかに告げるモット伯に才人は立ち向かおうとして、膝を折った。足腰の筋肉がまるで風船にでも摩り替わったかのように感覚がなく、立ち上がる事ができない。

(な!? 体が……!)

 才人は知らなかったが、それはガンダールヴのルーンの使用による反動であり、本来体を鍛えてから使う必要のある伝説のルーンを酷使したために起きた現象だった。
 サディスティックな笑みを浮かべ、モット伯は予備の杖を懐から取り出すと、才人に向かって振り上げて……

「や、やめて下さいモット伯!」

 その時だった。
 ルイズの小さな体が、才人の目の前に滑り込んできたのは。
 両手を広げて自らをかばうようなその仕草に、才人は目をむいた。

「る、るいず……?」
「使い魔の不始末はメイジの不始末! この者の狼藉でしたら私が変わりに謝罪します! ですから、どうか……」
「……ふん、ヴァリエール家の三女は落ちこぼれと聞くが、噂どおりのようだな。自分の使い魔も御せんとは」

 あくまで詫びるルイズに対し、モット伯はその醜悪な本性を隠しもせずに嘲笑った。その笑顔のあまりの醜さに、タバサは眉をしかめ、モンモランシーは目を背ける。

「ルイズ! お前が謝る事はない! これは、こいつと俺の決闘だ!」
「うるさい! アンタはだまってなさい! ……どうか、モット伯」

 自分をかばうルイズを押しのけようとする才人だったが、体に力が入らず、抵抗するルイズを動かす事ができない。ルイズはルイズで、自分の使い魔を何とか助けようと必死だった。ついには、地面跪いて、頭まで下げ始めた。
 あのプライドの高いルイズが頭を下げるという光景に、才人は何もいえなくなってしまう。

「ほう? 頭を下げれば全ての非礼が許されると、そう思っていらっしゃるのかな? 随分と高等な教育を受けたと見える」

 完全に勝利者の立場を確信したモット伯は、図に乗って頭を下げるルイズを嘲笑する。
 今は、モット伯をなだめるほうが先決だ。
 タバサやキュルケ、モンモランシーもそんなルイズの悲壮な決意を感じ取り、彼女を援護せんと動こうとしたのだが……


「頭を上げたまえゼロのルイズ。ルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール」
「……!?」

 んがしかし。
 一人だけ。
 たった一人だけ、場の空気が読めていない……馬鹿が!

「君がこの男に頭を下げる必要はない」
「貴様、グラモンの息子!」
「ギーシュ・ド・グラモンです。モット伯」
「ふん! 種馬の息子がまだいたのか! 自分で言い出した決闘に細工をする恥知らずが! 貴様が片棒を担いだ平民は既に地面に転がっているぞ!」

 普段のギーシュらしからぬ威風堂々とした物言いとその姿に、ルイズは感謝の念を……送ったりはしなかった。

(こ、こ、この馬鹿ぁぁぁぁぁぁっ!! 火に油注いでどうするのよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!!)

「恥知らず。ですか……あなた程ではありませんよモット伯」
「なんだとぉっ!?」
「まず初めに言っておきますが、僕は平賀才人とあなたの決闘に手出しは一切していません。まあ、あなたが決闘を受けるように色々演技したのは認めますが。
 そう思い込んで現実逃避したい気持ちはわかりますが……見苦しいのでやめておいたほうがよろしいかと。
 決闘を先に汚したのは、負けたにも関わらず勝者を罰しようとするあなたの方だ」
「き、貴様……!」
「あなたは正真正銘平民に決闘で敗れたんですよ」

 ルイズの親の敵を見るような目つきに気付いているのかいないのか。ギーシュの口車は一向に止まる気配を見せなかった。
 キュルケが止めに入ろうと一歩踏み出すも……タバサに止められた。

「タバサ!?」
「…………」

 タバサは、無言。
 モット伯のほうはといえば、今にもギーシュに魔法を放たん程に目を血走らせていたが……ギーシュのこの言葉で、顔面の色を赤から青へ反転させた。

「そんなにこの決闘の結果が不服なら、今度は僕がやりましょう」
「何……?」
「僕が、あなたに決闘を挑むと言ったんです」
「何を馬鹿な……」

 貴族同士の決闘は禁止されている。
 そんな事できうるはずもないと、モット伯は鼻で笑って、


「おや? お逃げになるのですか? ドットメイジの若輩から、トライアングルメイジのあなたが……平民との決闘の結果から逃げ出したように」

 否、ギーシュはそれを許さない。あくまでも静かに、だが確実な侮蔑を持って告げるギーシュに対し、モット伯は杖を構えて……

「いいだろう……! 礼儀のなってない小僧に、この私が直々に礼儀を教えてやる」
「それはこちらの台詞です」

(な、何考えてんのこいつーーーーーーーーっ!!!!)

 あれよあれよという間に転がっていった話の展開に、ルイズはようやく反応を示した。内心で叫ぶ事しかできなかった。
 ドットメイジがトライアングルメイジに喧嘩を売った……ありえない。ぶっちゃけ、貴族が平民と決闘するのと同じくらいありえない事だ!
 無謀も無謀、大無謀である。ただでさえメイジとしてのクラスで間を開けられているというのに、ギーシュはまだ基礎しか終了していない学生の身分なのだ! 勝てる勝負のはずがない。

「ちょ……! ギーシュ! あなた何を……」
「心配無用だよモンモランシー」

 怒りとギーシュを思いやる感情がごっちゃになってしまい、衝動を抑えきれずに叫んだモンモランシーに、ギーシュは静かに、静か過ぎるほどに応えた。

「僕が負ける事はない。絶対にね」

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