ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第九話『幸運の剣』

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第九話『幸運の剣』

狼は狼を嗅ぎ分ける。
狼は羊の皮を被って羊の群れに紛れ込む。
狼は子孫を残さない。
狼はある日突然、羊の皮の下に現れる。
狼は羊の中身をあっという間に食いつぶし、羊の皮を被った狼が生まれる。
狼は羊を喰らう。それ以上に狼は狼を喰らう。
狼は満たされない。狼はいつまでも飢えている。
羊の皮を捨てた狼は、羊の群れでは生きていけない。

昨日生まれた狼は一頭。
生まれたばかりの赤子でも、いずれは皮を脱ぎ去るだろう。
自分は違う。
皮を捨て去るわけにはいかぬ。
極力己の獣臭を抑え、皮を被り続けねばならない。
己の皮を捨て去る場所は、あの狼の喉元なのだ。

沈黙の羊たちの中でタバサは目覚めた。
今日は虚無の曜日。誰にも邪魔されぬ静かな一日が、何よりタバサは好きだった。
だから彼女は心底不機嫌だった。
目覚ましは鳴り響くノックの音――


所変わって、ここは医務室。

「…あの、そのぉ~モンモランシー、一体何をやってるんだい?」
「見りゃわかるじゃない。アンタの『しびん』の位置を直してるのよ」
「うん、まぁそれはそうなんだけどね、そうじゃなくて……。
 なんと言うかレディがそういうことをするのはだねぇ…」
「何? アンタひょっとして気にしてたの?」
「ち、違ッ――」
「大丈夫よ、人間『大きさ』じゃあないんだから! 中身がないとどうしようもないけど」
「グァアアアアア!」
「世の中『需要』ってものがあるんだし」
「アァッ、い、痛い!」
「どうしたのギーシュ? 傷口が開いた?」
「うぐぅ…そ、そういうわけじゃないんだが……」
「あらそう…、さっきの話だけど、女の子ってホラ、『カワイイ』ものとか好きな子多いし」
「あふううう、き、傷口をえぐらないでぇッ!」
「わたしがそうとは限らないんだけども」
「うぬうッ! (ヤ、ヤバイ…これ以上は……)」
「最近は医学もハッテンしてるって聞くし…」
「~~~~~ッッッッ(そ、そうなのか!)」
「それにマリコルヌよりはマシよ! 多分」
「ひぎぃッ!! (い、意識が――)」
ギーシュは色々な意味でルイズの気持ちを理解したと思った!

その時医務室のドアが開き、誰かが入ってきた。
「失礼します。お食事を――」
(ああ、メイドか…、助かった…。それにしても、危ないところだった……)

チラッ

「クスッ」

  『青銅』のギーシュ……完全敗北――でもへこたれないぞ!

シエスタは衝撃を受けていた。
平民の自分にはまるで存在しなかった、まったく未知の価値観。
彼は自分と同じ平民だと思っていた。だが違った。
魔法が使える使えないの問題ではなく、棲む世界が違うのだ。
異世界の住人は、彼女の世界を大きく揺さぶった。
(平民だって、貴族に勝てるのだ)
たとえば、目の前の二人。
一人は後ろを向いている。もう一人はベッドの上でぐったりしている。近くに杖はないだろう。
(正攻法でなければ、ほんの一瞬で――変なこと考えてるわね、わたし)

視線を感じて、シエスタは顔を上げる。
ベッドの男が、先程とはうって変わった恐ろしい形相でこちらを睨んでいる。
何か気に触る事をしてしまったのだろうか、頭を働かせる。
(ひょっとして、さっき笑った事かしら? 気にしてるのね、きっと)
「失礼しました」
何か言われたらたまったものではない、そう考え、そそくさと退室した。

厨房に帰る途中、シエスタは奇妙な事に気付く。
すれ違う貴族たちがみな通路の端を歩いている。
道の真ん中を歩くのが自分だけな事に気付くと、シエスタも端によって歩くことにした。
貴族を差し置いて道の真ん中を歩いている、それだけで十分畏れ多い行為なのだ。
が、今度は皆自分と反対側の端を歩く。
(おかしいなぁ…ひょっとして今朝歯ァ磨かなかったから?)
貴族って敏感なんだな、そう思いながらシエスタは仕事に戻った。


タバサは読み違いをしていた。昨日生まれた狼は――二頭。内側から、癌細胞のように。

ベッドの上のギーシュは、逆に考えていた。
(…そうだよ、今はコンパクトの時代さ! 普段はアレでも、膨張率はすごいはずさ!)
(それにしてもさっきのメイド……随分と生意気な目をしてくれるじゃあないか………)
先程のシエスタの目を思い出す。すると何故か、リンゴォの事が気になった。
「モンモランシー、そういえばあの『ゼロ』の使い魔はどうしてるんだい?」
「どうしてるって大きさのこと?」
「悪かったよ! ごめん謝るよ! だからそこには触れないでくれ。マジで」

モンモランシーがギーシュの隣に座る。
「かなり凄いらしいってキュルケは言ってたけど……彼ならもう居ないわよ」
「ハァ? 居ない?」
ギーシュはモンモランシーの言葉がよく呑み込めなかった。『凄い』の意味は華麗にスルー。
「だから、居ないんだってば。今朝方学院を脱走したらしいわ。馬も盗んだらしいって」
(…ワケわからん……寝よ。もう寝る。関わらないぞ……)

「というわけで、ダーリンを追うわよタバサ!」
何がどういうわけなのかさっぱりわからないが、取り敢えずキュルケの話を聞いてやるタバサ。
「つまり、ダーリンはルイズに嫌気がさして逃げたのよきっと!」
「だから?」
「チャンスなのよコレは! まだそう遠くには行ってない筈だわ!」
どうやら『ダーリン』とはリンゴォの事らしい。あのヒゲ面を思い出す。
親友の惚れっぽいのに毎度のことながら呆れるタバサ。
虚無の曜日、それを理由に断ろうとするが、今一度あの男の目を思い出す。
目が合ったのは一瞬だが、アレは危険な存在だ。そのことは理解できた。
放っておけばいずれ己に害をなす存在かもしれない。
確かめてみよう、そう思った。
場合によっては、始末する必要がある。ルイズとキュルケには気の毒ではあるが。
「話がわかるわねタバサ、ありがと!」

二人を乗せたシルフィードが飛び立った。

「オールド・オスマン、何もしなくてもいいのですか!?」
「あぁ~? わしゃまだ眠いんじゃ、そう大声出さんでくれやジャベール君」
オスマンがうっとおしそうな声を上げる。
「何度も言うようですが! 人の名前を間違えないでください!」
「ぬぅ…スマンかったの、ミスタ・ジャギ」
「俺の名を言ってみろぉ!!」
 ①ケンシロウ
 ②ジャギ
 ③なまえのないかいぶつ、ファンタジーは非情である
「ひょっとして①かの?」
「そうじゃなくて! 彼を追いかけてるのはミス・ヴァリエールだけなのですよ!
 名前も違うし! 彼女一人に任せてよろしいので!?」
オスマンは取り敢えずケンシロウを落ち着かせようと試みる。
「彼はミス・ヴァリエールの使い魔じゃ。彼女一人が追って何の問題があるのだね?」
しかしケンシロウは興奮しているのか、納得しない。
ヴァリエールの使い魔の素性を知っていれば、ある意味当然の反応とも言える。
「そうは言ってもですね、彼は『ガンダールヴ』なのですよ! 他とは――」
コンコン、とノックの音が聞こえると、二人はピタリと話を中止した。
「失礼します、オールド・オスマン。今期の予算のカットについての報告ですが……。
 ひょっとして、お取り込み中でしたか?」
「あ、いや、いい。続けてくれたまえミス・ロングビル」
いったん話を打ち切るオスマン。この話は人前で出来るものではない。
「はい。取り敢えず結論から申し上げますと………………」
ロングビルが今後の学院運営の見通しと今期予算案を述べている間、仮にもこの学院の責任者は
また人件費削減に駆けずり回るのか、と嘆いていた。
(もう金策なんて御免じゃよ、この齢になって)
内心では、過去の不正経理がばれないか非常にビクビクしていた。
(あんまり有能すぎるっちゅうのも、また困ったもんじゃのう、この美人秘書め)
オスマンの心を知ってか知らずか、ロングビルの目が光る。
「わたくし……有能でしてよ」
――あなたたちが思うより、ずっと。

ルイズは全速力で馬を走らせる。目指すは城下町。
どうやらリンゴォはそこへ向かったらしい。彼を見かけたメイド――シエスタはそう言った。
馬上にて思い出すのは昨日の決闘。あの光景に、彼女の心のどこかが震えた。
美しい光景だった。癪に障るが、正直、ギーシュでさえそう見えた。
あの光景を表す言葉をルイズは知らない。その光景に一片の憧れを抱いた。
次いで思い出したのは使い魔の言葉。
自分はあの世界に土足で踏み入った。彼はその事に対し怒っていた。
(……『汚らわしい』…汚らわしい、か――)
その言葉はルイズの心を傷つけたが、同時におぼろげながら彼の生き方を感じさせた。

ルイズにも意外な事だったが、彼はあの後何事もなかったかのようにルイズの部屋で寝た。
ルイズは知らない事だったが、深夜起きだして部屋を出たリンゴォをキュルケが誘っている。
事の仔細を述べよう。

『決闘』の後、ルイズはリンゴォに謝罪をした。
悪気はなかったにせよ、あの怒りようを前にしてルイズも気分が晴れなかったからだ。
もっとも謝罪といっても、『わ、悪かったわよ! けど汚らわしいとは何よ!』といったものだ。
貴族にしては折れたほうだが、リンゴォはそれを無視。
意識的にという風ではなく、本当に眼中にない、そんな感じだった。
結局、居た堪れなくなったルイズはリンゴォを置いて、一人で部屋に帰った。授業はサボった。
その後のリンゴォだが、しばらくの間どこへ行くともなくブラブラしていた。
夕食の時間が過ぎてしばらくして、シエスタが彼を再び厨房に誘う。
そこで料理長マルトーに『我ら平民の剣』などといたく気に入られ、夕食を奢られる。
なんとなくで食事まで抜いてしまい、寝ようと思っていたルイズの部屋にリンゴォが帰ってくる。
驚いたと同時に少し喜んだルイズだが、話しかける気にもなれず寝たふりでやり過ごした。
そしてそのままルイズは朝を迎える。

リンゴォ・ロードアゲインが目を覚ましたのは主人の喘ぎ声が煩かったからではない。
二つある月明かりが、どうにも彼には眩し過ぎたからだ。
ルイズの喘ぎ声の中に時々『サイト』という呟きが混じる。
ベルトと銃を身につけると、彼は部屋を出た。
直後、熱気。
ドアの外に、キュルケの使い魔が立っている。
フレイムはリンゴォを強引にある場所に誘導しようとする。
人間とサラマンダーである。力比べではどうにもならない。
そのままキュルケの部屋へと連れられる。
「あなたは私を、はしたない女と思うでしょうね。だってそうでしょ? 今朝出会ったばかりなのに」
幾分独りよがりで、官能的なキュルケの囁き。
「あなたは風なのよ。わたしの小さな火種を煽って炎に変えた…。燃え上がったのよ」
「窓を叩いているのは、風ではないようだな」
キュルケは振り向くと窓に張り付いた男たちを魔法で払い落とす。
「圧迫祭りの開催は中止になりました~。またの開催をお待ちくださ~い」
男たちにアナウンスしたキュルケが再びリンゴォのほうを振り向くが、リンゴォはすでに消えていた。
「んもう…つれないんだから……。けど、諦めたわけじゃないわ!」
キュルケの部屋を出たリンゴォは洗い場にてシエスタと出会う。
馬の場所をシエスタに聞く。
「馬小屋でしたらあちらですけど…。何かあったんですか?」
「ここを出る」
「そうですか……。でも、手ぶらと言うのもなんですし、よければお弁当でも作りましょうか?」
さして驚く様子もないシエスタ。餞別をくれるらしい。急ぐ理由はなかった。
厨房にて出会ったばかりでの別れを惜しむマルトー。リンゴォは惜しくもなんともなかったが。
弁当といくらかの小金を渡され馬に乗る。勿論馬は盗む。
リンゴォが学院を出たのは、日の出きる前、曙の頃であった。

「どうタバサ? ダーリン見つかった?」
自分で探せばいいのに、タバサはそう思ったが口には出さない。
シルフィードのスピードはとっくにルイズを追い越していたが、如何せん休日の人ごみ、
シルフィードの目でも上空からの捜索は難しかった。
そもそもこの町にいるかもわからない。あるいはもうとっくに町など出ているかもしれない。
「ところで…どうしてダーリン?」
タバサがわかりづらい質問をするが、意訳すると――
『どうしてあんなヒゲ面の無愛想男にベタ惚れなの? ドクロヒゲだし』という事だ。
「そうね…一言で言うなら『大きさ』かしらね」
感慨深げなキュルケ。
「…卑猥」
「バッ、『ソッチ』じゃあねーわよ! 器の話よ器の!」
「…器?」
「そうよ、あのギーシュごときに勝利を譲ってあげるなんて…しかも余裕で……。
 こう、なんて言うの? 全てを預けられる度量って言うか…愛よ、愛! ダンディなのよ!」
こうなるとキュルケはもう手が付けられない。タバサにはわかっている。
「でも大きさもかなりのものね。ギーシュがドットだとして……
 ダーリンはトライアングル、いえ、スクウェアクラスね」
キュルケ曰く、『目を見ればわかる』ものらしい。タバサにはまるで興味のない話だが。

タバサたちがそんな会話をしている頃、ルイズも町に到着した。
しかし、この町の中で人ひとりを探し出すのは、上空からの探索よりも遥かに困難。
とはいえルイズにはそれより他に手段はない。町の中を闇雲に歩き回る。
歩きながらルイズは考える。
なぜ自分は彼を探す?
気付いた時には馬を走らせ、考える余裕もなかったが、ふと冷静に考える。
(考えるまでもないわ。使い魔に逃げられるなんて、いい笑いものじゃないの――)
本当にそうか? それだけなのか?
(退学なんてことになったら、もうヴァリエールの人間として生きていけない――)
もっと、それ以上の何かがあるのではないか?
ルイズは闇雲に街を歩き回る。


「のう、ミスタ・グイード。君はもうちょっと落ち着くべきじゃよ」
「…もう何とでも呼んでください、落ち着きましたよとっくに」
ロングビルの出て行った後、学院長室の二人は話の続きをしていた。
「いいや、さっきもそうじゃ。君は興奮するとどうも配慮っちゅうもんが足らなくなる。
 そんな風にやすやすと秘密を暴露するつもりかね?」
「…猛省します」
「残り少ない髪の毛じゃ、大事にせんと喃」
髪の毛の話題を出されて再びキレかかるが、あいにく天を衝くほどの髪は彼にはない。
「もう少し、彼女を信頼してあげなさい」
「ミス・ヴァリエールのことですか?」
「うむ。『ガンダールヴ』が逃げ出したというのは、大した問題に見えるじゃろう。
 しかしそれはやっぱりの、彼女一個人の問題、彼女が解決すべきことなんじゃ」
一呼吸置いて、静かに語るオスマン。
「それにの、世の中には巡り合わせと言うか、『運命』みたいなものがある、そう思っとる。
 全ての事柄は『なるべくしてなる』ということじゃ。
 まぁ~つまりじゃ、彼がミス・ヴァリエールに『引き寄せられた』のなら、
 そう心配する必要は無い、ということじゃな」
「そうかもしれませんが……馬を盗まれてるんですよ。
 まぁ、わたしもミス・ヴァリエールを信じてみますよ」
昇りきった太陽が男の頭部を明々と照らしていた。

リンゴォは学院を逃げ出したつもりはなかった。
ただ、戻るつもりがなかっただけだ。
リンゴォ・ロードアゲインはアウトローだ。どこかに縛られる事はない。
あの場所が飽きたから出た。それだけのことである。
だから彼は、馬を急がせる事もなく、そして今も町の中を歩いていた。
必要なのは『銃弾』だが、探し回っても取り扱う店は見当たらない。
アメリカとは違い、銃が規制されているのかもしれない、リンゴォはそう思った。
量産された銃弾などこの世界には存在しないのだが、リンゴォの知る事ではない。
弾丸が手に入らないなら、他の武器を手に入れればいいだけだ。
人に武器屋の所在を聞き、それらしき看板の前に辿り着く。
「リンゴォ!」
振り向くとそこには年の割にだいぶん幼い顔と体をした少女――ルイズがいた。

「なんだ…お前も来ていたのか」
ルイズが自分を追ってきたなどということは微塵も考えていない。
「なんだじゃあないでしょッ! か、勝手に逃げ出したりして! すぐに戻るわよ!」
自分の気も知らないリンゴォにルイズは憤慨する。
「俺を追ってきたのか……。戻るつもりはない」
なんとなく予想はした答えだが、それでもルイズは動揺した。
「も、戻らないって……な、なんでよ!!」
「戻るつもりはない。俺の話はコレだけだ」
会話は終了。だがルイズはあきらめきれない。理由がわからない。納得できない。
自分とこの使い魔がつり合っていない事は感じている。
けど、理由も明かされずに自分のもとを去られるなんてゴメンだった。
「…お、怒ってるの? わたしが決闘、邪魔した事を……」
確かにあの時リンゴォはルイズに対して怒っていた。
だからといって、リンゴォのルイズへの評価が変わる事はなかった。
そもそもリンゴォは、主人に、ルイズに何の期待もしてはいなかったからだ。

ルイズの質問に答えることなく、リンゴォは顔を前に向けなおす。
「あ…アタシだって……」
ルイズはリンゴォの背中から目を離さない。離せなかった。
「わたしだって強くなるからッ!」

リンゴォは今度は体ごと向き直った。

「貴様がか……? グラモンの様に…?」
「ギーシュよりももっと! ずっと!! 誰よりもよ!!」
リンゴォはルイズの目をじっと見据える。
「…話にならん」
せいぜい犬歯。牙にはまるで程遠い。
ルイズを置いて武器屋に入ろうとしたリンゴォの周囲が急に暗くなる。

「ねぇダーリン、この件、わたしに預けてみる気はない?」
声のした方を見上げると、何か巨大な生き物が浮いている。
『それ』は通行の邪魔など関係なしに道の真ん中に降りてくる。
「キュルケ! あと、えぇと誰!?」
「タバサ」
シルフィードから颯爽とキュルケが飛び降りた。
「…『預ける』とはどういう意味だ?」
「そうよ! どういう意味よ!」
「いいからいいから。ダーリンはここで待ってて」
ルイズを引っ張ると、キュルケはそのまま武器屋の中に入ってしまった。
待ってて、と言われたが、従う義理はない。面倒くさいのでこの場を離れようとするリンゴォ。

「馬ドロボウは連れ戻す」
シルフィードの上から声がかけられる。
タバサとリンゴォ、二人がこの場に残された。

「ちょっとキュルケ! どういうつもりなのよ!」
キュルケのわけのわからない行動に困惑するルイズ。
キュルケは商品の品定めをしながら答える。
「フフ、アンタってば殿方の心の機微が掴めないんだから……。
 相手の心を引こうとするなら、プレゼントがもっとも手近なルートよ?」
「そのプレゼントが何だってのよ!」
「ちょっと店の中で大声出さないでよ…。あなたってば本当に鈍いのね……。
 ちょっとした『賭け』をやろうって言ってるのよ」
ルイズにはますます意味がわからなかった。
「つまり、ここでそれぞれ『剣』を買って…それをダーリンにプレゼントするのよ…。
 ただし…ただしよ、受け取ってもらえるのは『一振り』だけ……」
「もったいぶらないで全部言ったらどうなのよ!?」
「だから…ダーリンは『選ばれた』者…つまりわたしと、一緒になるということよ」
「いつの間にアンタが勝ってるのよ! 面白い、受けて立つわ!」
「グッド」
二人とも、『両方とも受け取られない』可能性については考えてもいなかった。

店の外には、タバサと、そしてまだリンゴォが動かずにいた。
「そういえば……まだお前のような奴がいたんだったな…」
二人の男女が視線を絡ませる。もっともそれは恋愛だとかの類のものとはまるで違ったが。
シルフィードのせいだろうか、道行く人も近づきもせず、目を背けている。
もとより無口な二人だが、タバサが口を開く。
「やらないわ」
「アナタとはヤラない…。ヤッてもわたしが勝つし、メリットがない……」
唐突で意味のわからない発言だが、リンゴォにはそれが伝わった。
「オレにとってはその『価値』がある。どちらの勝利で終わろうともな」
しばらくしてタバサはフゥ、と溜息をついた後シルフィードから降りた。
「ここじゃ不味いから…付いてきて」

『賭け』を受けてからルイズは気付いた。
自分の財布には、まるで金が入っていないのだ。
勢いに任せてドジこいたと思うルイズだが、無いものはどうしようもない。
まさかキュルケに無心する訳にもいかず、頭を回転させるが、無いものはどうしようもない。
横目でチラリとキュルケを見たが、宝石で飾り立てられた随分と豪華な剣を手に取っている。
とてもではないが今の所持金で手を出せる代物ではない。
「嬢ちゃん! オレを買いなッ!」
声がした方を振り向くが誰もいない。
「嬢ちゃん! 聞こえたぜ、お前さんの声が! 気に入ったぜ! お前さんは強くなる!
 この『デルフリンガー』を手にすりゃあもっとだ! この世界の誰よりもな!」
「お客様に胡散臭い事吹き込んでるんじゃあねぇぞ、デル公ッ!」
店の主人の声で気付いたが、声の主は剣だった。
「あら、インテリジェンスソード? 珍しいわね…ホント、珍しいくらいボロッちい剣ね」
キュルケの言葉通り、それは無骨な長剣だった。表面には錆も浮いている。
「それ、プレゼントよりあなたが使った方がいいんじゃなくて? 世界一の剣士になれるかもよ」
ルイズはその罵倒にぐっと耐えた。とにかく金がないのだ。『コレ』はどうにか手に届く金額。
他の剣もあるにはあったが、自分を『気に入った』と言うこの剣をほっとく気にもなれなかった。
結局ルイズはその剣を買い、どちらが買ったかわからぬ様に一緒の袋に包んでもらった。

店から出た二人は、信じられない光景を目にした。
リンゴォが地面に倒れ、その頭をタバサが踏みつけている。
「ちょ、ちょっとタバサ! アンタ一体コレ、どういうことなの!?」
「わたしの勝ち」
「言ってる事がわからないわ…イカれたの? この状況で」
テキパキとリンゴォを縛り上げ、シルフィードの上に乗せるタバサ。
「シルフィードの一撃…いかなる人間だろうと反応さえ出来ない」
「彼が乗ってきた馬がどこかにある。それに乗って帰って」
それだけ言うと、タバサは飛び立ってしまった。
あとには、阿呆のように呆然と空を見上げる二人が残されていた。


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