ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

4 考える男、迷う男

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4 考える男、迷う男

隣を歩く主人の歩幅に合わせてゆっくりと歩きながら、デーボとルイズは言葉を交わす。
上半身が裸の大男が筋肉のよくついた背中を丸めて歩く図は、周りを各々のペースで食堂に向かう生徒達に
主従二人を追い越す、追い越されるたびに、彼らの注目と失笑の的となる。
ルイズはそれにいちいち睨み返すのだが、当のデーボはまったく覇気がない。
理由は簡単、学生の従えている生き物の大半に、まったく見覚えが無いからであった。
頭部が不定形の肉塊で出来た犬がいる。ひび割れた闇の中に動く目玉がいる。
甲冑を着込み多数の腕を持つ、巨大なリスのような生き物がいる。タコのような頭をした、緑鱗と翼を持つ太り気味の生き物がいた。
知能が低そうなのが辛うじての救いである。正面からぶつかりあったらまず間違いなく死ぬだろう。そんな力を伺わせる使い魔も少なくない。

通常の使い魔としての機能が何もないと見なされた自分に与えられた義務は実に単純なものだった。
ルイズの身の回りの世話をする。死ぬまで。はいともいいえとも答えずにデーボは歩き続ける。
歩きながら考える。歓迎すべきでない生活だ。元の世界に帰る方法はあるのだろうか?
同時に浮かび、頭を圧迫し続けるもう一つの疑問。
帰ったところで、なんになる?

ドジを踏んだフリーの殺し屋、その後の人生が好転する機などない。
信用と相場は底値を割り、かつてのクライアントが牙をむく。国とそれに寄生するあらゆる組織に追われ続け
路地裏で撃ち殺される最期なら万々歳だ。
慣れ親しんだあの地球に殺されるために舞い戻るか。この異常な――異常なのは今や自分か――世界で、使い魔として細々と生きるか。

いや。立ち止まる。なぜ細々と暮らさなければならないのか?ここで、この世界で己が職能を振るえばいいではないか。
どこの世界であろうとも、後ろ暗いところの無い人間はいない。特に権力と財力を寄せて集めたような貴族や、あるいは王族には。
実に幸いなことに、ここは貴族の子弟が集う学院だ。「巣」と呼んでもいいほどにそればかりが蠢いている。
古いコネが無くなった。だが新しいコネクションの種は、目の前にばら撒かれている。
デーボは再び歩き出す。今の彼の頭には、他人の歩幅にまで気を使う余裕はない。ルイズがその後をあわてて追う。
有力そうな、それでいて腐りかけた家柄の生徒に取り入る。最初はなんでもいい、とにかく力を見せつけて、噂を流させる。
つまりは今までとなんら変わりない。殺して、報酬を受け取る。それだけだ。
だが失敗はできない。今度こそもう二度と。慎重に見極めねば、次は無い。

頭を巡らせ、後ろをついてくる少女を見る。たとえばこのルイズだ。家柄でも尋ねようと口を開く。
「あんた歩くの早いのよ!もっとご主人様に合わせなさい!」
出鼻を挫かれ、黙り込む。ルイズはなおも続ける。道も知らないくせに先に行くんじゃないわよ。それにそんな格好で食堂に入れると思ってるの?
日常に引き戻されたデーボは自分の体を見下ろす。なるほど、体中に刻まれ、或いは穿たれた傷跡は、そういったものを見慣れない人間には
朝から刺激が強すぎるだろう。デーボは身にまとえるものを探しに、手近な空き部屋へと入ってゆく。

空き部屋は物置だった。足が欠けて傾いたテーブルを押しのけ、タンスと壁を繋いでいる蜘蛛の巣を引き剥がし、
油と埃の臭いがするボロ布を引っ張り出しながら、デーボは考える。あのルイズは、自分を召喚したという出来事に大きく劣等感を刺激されているようだ。
日ごろからの劣等感、それはつまり、彼女の魔法使い――まだメイジという単語を知らない――としての実力がさほどでもないものであるか
外野に妨害されて、それを跳ね返すことも出来ないほどに立場が(あくまで相対的に)弱いか。
後者であるならば、彼女の家は力らしい力を持たぬ斜陽の家だろう。
前者ならばどうだ?
ここが貴族専門の学び舎であり、それが魔法を教えるというのならば、魔法の実力こそが家としての格、面目につながっていくのではないか。
つまり、ルイズの家柄は大したものではないだろう。

結論から言えばデーボは間違っていた。魔法の才が完全に遺伝的なものであると無意識のうちに思い込んでいた。
そして、自分の主の陰日向の努力をもってしての結果であることをまったく考慮に入れていない。
デーボは己の結論に満足して、灰色のボロ布を数度はたいて体に巻く。適当に折りこんで止め、廊下へ戻る。遅いと怒られる。

食堂は、学園の敷地内で一番背の高い真ん中の本塔、その中にあった。
中に入ると、長いテーブルが三つ並んでいるのが目につく。60メートルはあるだろうか、百人は優に座れるだろう。
ルイズたち二年生のテーブルは真ん中だった。蝋燭が立そうよ。てられ、花と果物が彩りとして飾られている。
給仕とメイドが食事を運んでくる。丸々とした鶏のロースト。なにか魚を模ったパイ。ワインまでも。
隣のテーブルには紫のマントを着た生徒の群れが、反対側には茶のマントが、雑談に興じながら食事の開始を待っている。

周りを見渡していたデーボに、何を勘違いしたか得意げに指を立て、言う。
「トリステイン魔法学院で教えるのは、魔法だけじゃないのよ」
「なんだ」ルイズの立てた指を見る。いきなりなんだ。
「メイジはほぼ全員が貴族なの。『貴族は魔法をもってしてその精神となす』をモットーにしているわ」
「魔法学院は貴族学院でもある、か」 食卓の豪華というより豪奢な飾り付けを見ながら応じる。
「そうよ。ホントならあんたみたいな平民はこの『アルヴィーズの食堂』には一生は入れないのよ。感謝してよね」
「ああ」 まったく感謝だ。隔離されては品定めも出来ない。心の内で呟く。
満足げにうなずくと、ルイズはずんずんと進んでゆく。
「席は決まってるのか」 後に付いて行きながら、何の気なしに尋ねる。
「そうよ、あんたの席はこっち。椅子ひいて」
腰掛けたルイズの指し示す指先をたどると、床に置かれた皿が目に入る。小さな肉片の浮いたスープに、パンが二切れ。
ルイズを無表情に見下ろす。なにかしらと言わんばかりの顔でデーボを見上げる。

ロフトの中階に老人が立ち上がる。それを見たルイズは、手振りで床に座るように促す。
老人が朗々とした声で祈りの文句を唱える。偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ――
生徒達の祈りの唱和には加わらず、デーボは目の前の皿を見つめる。次いで自分の着ている衣服を。
気づく。このボロ衣服と貧相な食事は、自分がスタンド能力に気づく前のそれだ。
目障りな奴を片っ端から殺して、一足飛びに裏社会を駆け上がっていった結果がこれか。急に可笑しくなってきた。

食事が始まり、料理をほおばり始めたルイズがふと後ろを振り向くと、使い魔が肩を震わせているではないか。
少し哀れに思い、鳥の皮でも恵んでやろうかとローストチキンと格闘しているルイズの耳に、なんと笑い声が聞こえてきた。
彼女の使い魔はニヤニヤと笑いながら、硬そうなパンをかじっていた。何を考えているのか、理解できなかった。


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