ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

1 呪殺する男、祝福する少女

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1 呪殺する男、祝福する少女

収まりかけた爆煙の向こうに、何かが見えた!
桃色がかったブロンドの髪に白い肌、鳶色の目をした可愛らしい少女が草原を弾むように駆ける。
黒いマントがひらひらと揺れる。ステップは軽やかである。顔には喜色が満面に表われている。
それもそのはず、学園内において神聖な儀式たる「春の使い魔召喚」は
何が何でも成功しなければいけないものだ。何回も何回も失敗して、やっとのことで呼び出せたのだ。
クラスで一番最後になってしまい、全員の注目を浴びるハメになったがそんなことは気にしない。
そう、今気にするべきこと使い魔である。いったい何を召喚したんだろう?
ドラゴン?グリフォン?マンティコア?いやいや、ワシでもフクロウでもかまわない。

そんなルンルン気分だった少女だったが、近づくにつれて足取りが鈍ってゆく。
原因は臭いだ。血の臭いがするのである。召喚時の爆発で怪我をさせてしまったのだろうか?
最終的に「おそるおそる」となってしまった足取りで、少女は近づき、それを見て、唸った。

やけに大きい人間だ。200サントはあるのではないか。
ボロ布を纏っている。平民だろう。
ボロ布のようなというのは文字通り、黒ずんで穴だらけでボロボロの状態だ。
そしてその中身もまた、ボロ布のようであった。
全身に切ったか裂いたか分からない傷と傷跡が無数に付けられている。
腕には切れ込みが入り変な方向に曲がっている。両足は引っ張ったら取れそうだ。
左目は潰れているし、頭に穴まで開いている。

周りを取り囲むギャラリーが低い声でザワついている。
いつもなら少女を冷やかすクラスメート達も、この異形を目の前にそんな余裕はない。

この惨状を「なかったこと」に……。
思わずそう考えた少女であった。使い魔が死ねば契約儀式は無に帰る。
また一からやり直しだが、次に召喚するものは「これ」よりはマシなはず。
少女は反射的に振り向き、怒鳴った。「ミスタ・コルベール!」
黒いローブを纏った中年男がギャラリーの人垣をかき分け出でる。
血まみれの男を見てコルベールと呼ばれた男は目を丸くした、が
次の瞬間には、生徒達の中から治癒の呪文を使える者を選別しはじめる。
「あ、あの、ミスタ・コルベール?」「なんだね、ミス・ヴァリエール」
ヴァリエールと呼ばれた少女は必死にまくしたてる。もう一回やらせてください、お願いです……

腕を振り回しながらの訴えもむなしく、中年男は首を横に振る。
使い魔召喚の儀式、そのルールはすべてに優先する。
少女が呼び出した使い魔こそ自らの属性の現れであり、
今後の専門課程を決定しなければならないそれを蔑ろにするわけにはいかない。
そのために今こうやって、あの平民(の残骸)に治癒の魔法をかけているのだ。
「それにだね、」学院――草原の向こう、遠くそびえる石造りの大きな城――を見やりつつ、男は続けた。
「次の授業が始まってしまう。君は召喚にどれだけ時間をかけたと思ってるんだね?」
いいから早く契約したまえ――形而の上下から少女を追い詰め、中年男は息をつく。

少女もまた息をついた。どうして自分にばかりこんなことが……。
だが、いつまでもこうしてはいられない。片手で口を押さえながら、もう片方の手で懸命に杖を振るクラスメートがこちらに視線を送ってくる。
言いたいことは分かっている。少女はいま一度息をつくと、決心し、グロテスクな物体に歩み寄った。

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」
淡々と呪文を唱え、小さい杖を男の頭に乗せる。
飛び出た舌を口の中に押し込み(舌にまで穴が開いていた)、唇を重ねる。
ああ、せっかくのファーストキスをこんな夢も希望も無い展開で失うとは。

男の左手は骨を失ったかのように自在に曲がりくねっている。
魔法により傷は塞がったものの、まだ人体と呼ぶには違和感が強すぎた。
手の甲が光り、ルーンが刻まれた。男は微動だにしない。

中年男が覗き込む。「珍しいルーンだな」
それだけ言うときびすを返し、宙に浮いた。少女を除いた全員がそれに続く。
皆、無言だった。疲れていたし、楽しいイベントに水を差された不快感もあった。
馬車をすぐによこすのでそれまで動かないように。
それだけ伝えると、教師と生徒は飛び去った。

抜けるような青い空に千切れ雲が流れる。風が吹き、黒いマントとピンクのジャケットの切れ端がはためいた。


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