ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

星を見た使い魔-5

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匿名ユーザー

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 早朝。日課になりつつある朝の洗濯を終えた徐倫が部屋に戻ると、既にルイズは机に向かっていた。

「……洗濯、終わったんだけどォ」
「先に食堂行ってて。すぐに行くから」

 ルイズが机の上の魔道書に集中したまま、おざなりに返事を返すのを聞いて、徐倫はいつもの如く軽く肩を竦めた。
 お言葉に甘えて、一人朝食に向かう。

 教室での一件からここ数日、ルイズの生活リズムは変わりつつあった。
 まず、破滅的に寝起きの悪い彼女が自力で、しかも早起きをするようになった。
 徐倫は日中はメイジ達に混ざって魔法の学習をしたいので、洗濯は朝食前の朝早くに済ませる事にしている。ルイズはそれと同じくらいの時刻に目覚めるようになったのだ。
 それからは、朝食の時間ギリギリまで授業に使うテキストや別の魔法指導書などを使って魔法の勉強をするようになった。
 夜はその逆。深夜近くまで部屋の明かりは消えない。
 着替えや身の回りの世話こそ、使い魔の名目で徐倫に手伝わせているルイズだが、その日々の生活姿勢が激変した事は確かだった。
 そして、その切欠が徐倫の影響によるものだという事も……。

 徐倫も、ルイズが変わった理由を理解していた。
 あの時教室で叱責した事でルイズが自分の性格や姿勢を改めた……というワケではない。あれの動機は、『意地』や『反発心』といったものの方が正しいだろう。
 教室での一件以来、自分に当り散らす事なく、また必要以上にコミュニケーションを取ろうともしないルイズの様子を見て、徐倫は実感していた。
 あの時言われた事ややられた事が悔しくて、それを見返したくて努力している―――そういう意図を感じていた。

 正直、あれ以来二人の仲が微妙に気まずいものになったと思うが、同時に何か微笑ましいものを見たような苦笑も湧いてくる。
 ルイズの意固地な態度を、徐倫は割りと好ましく受け取っていたのだ。
 わがままで意地っ張りな少女だが、徐倫への反発心をヒステリーや八つ当たりに変えるのではなく、正しく努力の方向へ向けている点が、徐倫の中のルイズの評価を改めさせていた。

(結果を出すまでは耐え忍んでやるッ、って意気込みが見えてんのよねェ~……意地っ張りっつーか)

 メイジではない徐倫には、ルイズが朝晩している自主勉強の内容は分からなかったが『魔法成功率ゼロ』の汚名を晴らす為の努力である事は察せる。
 事実、ただ黙々と勉学に励むルイズの胸の内にあるのは、自分を認めようとしない生徒や使い魔の徐倫を結果で持って見返してやろうという意気込みだった。
 それを考えると、徐倫は知らず笑みが浮かぶのだった。

(いいわよ、待っててあげる。魔法の一つでも成功させてさァ、『ザマーミロ、これまでの無礼を詫びなさい!』とか言われたら……マジで頭の一つぐらい下げてやるわよ)

 皮肉や馬鹿にするような気持ちではなく、徐倫は真摯な心でそう思っていた。
 今のルイズの『努力』は、とても気高い。
 切欠や動機はともあれ、また結果が出なければ何の意味もない事だとしても、その『努力』の行為そのものは敬意に値すると、そう思っていた。
 徐倫自身も気付かず、彼女はルイズを見守る姿勢を取っていた。
 教室での一件は、徐倫の中にも小さな変化をもたらしていたのだ。


 食堂に顔を出した徐倫を物珍しげに眺める視線は相変わらずだったが、貴族以外はその限りではなかった。
 すれ違う給仕達が徐倫に親しげな挨拶をしていく。
 それに会釈を返しながら、徐倫は見知った少女の顔を見つけた。

「おはよう、シエスタ」
「あ、ジョリーンさん。おはようございます」

 メイドのシエスタは、数日前から徐倫が何度も世話になっている朗らかで優しい少女だった。
 ルイズとの確執で食事を抜かれた日、事情を聞いたシエスタは賄いの食事を徐倫に分けてくれたのだ。
 貴族の食事と比べて随分質素なものだったが、その味と何より量は徐倫を感激させるほどの物だった。心に染み渡る味に涙が出そうになったほどだ。シエスタは大げさだと苦笑していた。
 シエスタを含むメイドや厨房のコック達は、皆気のいい人達だった。
 珍獣扱いしかしない貴族や、元の世界の刑務所にいた賄賂で動く看守どもとは比べるまでもない。
 徐倫は随分と長い間出会っていなかった、『まともで善良な人間』という奴を見た気がして、また感動しそうになった。この出会いは宝石よりも貴重なのだと本気で思った。
 オヤジ臭いセクハラ発言が大好きだが、とても気さくなコック長のマルトーは『綺麗どころが増えて、厨房も華やかにならぁ!』と豪快に笑い、快く徐倫を受け入れてくれた。
 久方ぶりに腰を落ち着ける事が出来た徐倫は、以来何度か厨房で食事の世話をしてもらっている。
 代わりに、徐倫も時折シエスタ達の仕事を手伝う事にしていた。

「すいません、今、貴族様の朝食を準備している最中なので」
「なら、手伝うわ」
「えっと……じゃあ、お願いします」

 徐倫の申し出に、シエスタは遠慮がちに微笑んだ。
 甲斐甲斐しく料理を並べていくシエスタの仕事風景を見ながら、徐倫は厨房へ向かった。
 控え目な性格のシエスタは、友人が我の強い人間ばかりである徐倫にとって新鮮な存在だった。ひたむきで健気な姿は、実に好ましい。

 この異世界を訪れて、まだたった数日。
 その間に、徐倫は元の世界とはまた違った人間関係を築いている。
 人の出会いは『引力』によって成される―――このハルケギニアにおいても、『引力』は徐倫に奇妙な出会いを呼び込み続けるのだった。



 辺境のドライブスルー付きレストランによくいるような、愛想などとっくに使い果たしたウェイトレスよろしく徐倫が適当に料理をテーブルへ並べていると、何処かで騒ぎ声が聞こえた。
 視線を送ってみると、いかにも貴族風の少年が二人の少女に怒鳴られ、周囲のギャラリーが冷やかし混じりの笑い声を上げている。
 揉め事の前兆だった。


 徐倫は何気なさを装ってテーブルを離れ、食堂の隅へ移動した。
 ストーン・フリーの糸を床に這わせて、喧騒の方へ向かわせる。魔法という不可思議な力が存在する以上、スタンドも形として見られてしまう可能性もある。徐倫は糸をテーブルの下に隠しながら移動させ、騒ぎの中心を『盗聴』した。
 もちろん、揉め事には極力関わりたくないのだが、この場合はそうも言ってられない。
 口論する貴族達の傍らで、揉め事に巻き込まれたらしいシエスタが震えていた。

『その香水があなたのポケットから出てきたのが何よりの証拠です!! さようなら!』

 丁度その時、小気味の良い音と共に女生徒の一人が少年にスナップの効いた平手をかましていた。
 少女は泣きながら走り去る。
 徐倫は早くも状況を理解し始めていた。実に分かりやすい。ただの痴話喧嘩だ。

『やっぱり、あの1年生に、手を出していたのね?』
『お願いだよ『香水』のモンモランシー! 咲き誇る薔薇のようなその顔を、そのような怒りに歪ませないでくれよ。僕まで悲しくなるじゃないか!』

 そして、今時ドラマでも使わない芝居の掛かった台詞でモンモランシーと呼ばれる少女の怒りを煙に巻こうとしているあの少年は、本物のアホ野郎だとも理解し始めていた。
 思わずため息を吐きそうになると、モンモランシーがテーブルのワインを少年の頭にどぼどぼと振りかけて、最後に一言罵って去っていった。
 痛快な行動に、徐倫はヒュゥ、と口笛を吹いた。今のはいい。グッド。素晴らしい返答だ。
 男に騙された経験のある徐倫にとっては、なかなか胸の空く光景だった。
 しかし、その光景をニヤニヤ眺めている余裕はなかった。

『君が軽率に、香水の瓶なんか拾い上げたおかげで、二人のレディの名誉が傷ついた。どうしてくれるんだね?』

 あのアホ野郎が、どういうつもりかシエスタに当たり始めたのだ。
 状況は大体理解した。シエスタが取った行動によって、あの少年の二股がバレたのだ。そして、傲慢な貴族はその責任をシエスタへ押し付けようとしている。
 徐倫は『糸』を回収すると、颯爽と歩き始めた。



「申し訳ありません……ど、どうかお許しを……」

 平民らしく憐れに慈悲を乞うシエスタの姿を見下ろして、ギーシュは自分が『面子』を守れた事に安堵した。
 これでいい。優れた貴族である『ギーシュ・グラモン』がドジこいて恋人二人にこっ酷く振られちゃいましたー! などと恥を晒すワケにはいかない。沽券に関わる。
 あとは適当にシエスタを脅して、真摯な謝罪をさせ、この場を治めるつもりだった。それによって自らの威厳は保たれるのだ。

「君もメイドなら貴族に話を合わせる機転くらいは持ち合わせていてもらいたいものだ。これは言わば、君の配慮不足。君の重大な責任だよ。深く反省したまえ!」

 その筈だった。


「―――二股かけてる、あんたが悪い」

 そこに、徐倫が踏み込んで来るまでは。

「そのとおりだ、ギーシュ! お前が悪い!」
「誤魔化そうとしてるの見え見えだぞっ!」

 唐突に告げられた見も蓋も無い言葉に、それまでギーシュとシエスタのやり取りで静まり返っていたギャラリーがドッと湧いた。
 はやし立てる友人達の言葉に歯軋りし、ギーシュは顔を真っ赤にさせながら徐倫を睨み付ける。
 
「な、なんだね君は? 粗相をしたメイドを折檻するのを、同じ平民が庇おうというのかね?」
「庇うっていうなら、その通りだけれどね。ドジ踏んだのはあんただけよ、さっさとあの二人に頭を下げてくる事ね」
「なな、何ぉう……っ!」

 シエスタを背に隠すように一歩踏み出した徐倫には、地の底から湧き上がってくるような威圧感があった。
 長身の徐倫はギーシュとほぼ対等の視点を持っている。常に女性を見下ろす優位な位置に立ってきたギーシュにとって、物理的にも初めて経験する迫力だった。
 愛でるべき女性に対して『凄み』を感じて腰が引けているという状況に、精一杯虚勢を張ってギーシュは引き攣った笑みを浮かべた。

「ふ、ふん! そうか、確か君は、あの『ゼロのルイズ』が呼び出した平民だったな」
「……それが? 気が済んだなら、もう行くわ」

 聞き慣れたルイズへの蔑称に、徐倫はほんの僅かに眉を動かしたが、厄介事からシエスタをさっさと逃がす為努めて冷静にこの場を離れるよう促した。
 馬鹿に構って、自分まで馬鹿を見るつもりはない。

「ああ、行きたまえ。女性とはいえ、粗野な平民に貴族への礼儀を期待した僕が間違っていた。ゼロの使い魔は頭もゼロのようだ、主人によく似ている」

 そして、背を向ける徐倫に向かってギーシュは苦し紛れの悪態を吐いて残した。
 その侮蔑に、徐倫の足が一瞬止まる。

「……何? 主人が、『何』だって……?」


 肩越しに聞き返す徐倫の声から、僅かに滲み出る怒気。
 それに気付いたギーシュは、反撃の取っ掛かりを見つけたとばかりに捲くし立てた。

「ほう、一応使い魔かな。主人を馬鹿にされると怒るか。魔法の使えない、『無駄な努力』を積み重ねるゼロのメイジに対しても、それなりに忠誠心はあるのかな? いや、平民だから共感か? ハハハ……」

 調子に乗ったギーシュは、饒舌に挑発を繰り返した。
 平民が貴族に手を出す筈がない。後々の事を考えれば、恐ろしくて手が出せるはず無いのだ。
 徐倫を怒り狂わせ、適当にあしらった後でクールに去る! 眼中に無い、とばかりにッ! ギーシュは、そう計画していた。
 しかし、女性を愛する事を信条とするギーシュには予想もつかなかった事態。徐倫はギーシュへ手を出すのを堪えるどころか……逆に躊躇無く思いっきりぶん殴ったのだッ!

「ハハ……ぁぶへェッ!?」

 意外ッ! それは右フックッ!
 女性の暴力など平手止まりだと考えていたギーシュは、細腕からは想像も出来ないような凶悪な鉄拳を受けて、ドグシャァーーッ! と吹っ飛んだ。
 周囲の友人を巻き込み、鼻血を撒き散らして昏倒する。


「で、『何』だって? ……『誰』が『何』って言ったんだ、お前……」

”ド ド ド ド ド ド ド ……!”


 地響きのような威圧感が、ギーシュを見下ろす徐倫の全身から立ち昇っていた。

「『ゼロのルイズ』……それは『いい』 結果を出せない奴が馬鹿にされるのは仕方の無い事だ。その『屈辱』を覆して見せるのは彼女自身だ。あたしが怒る領分じゃあない……」

 鼻を押さえて蹲る見下ろす徐倫。しかし、その顔に映っているのは、貴族を地に伏せさせた優越感などではない。
 静かな、マグマのように地面の下で煮え滾る『怒り』だった。

「だが、『無駄な努力』……コイツはいただけないわ。
 例え誰であろうと『努力』を嘲笑う事は許せない。報われない結果ばかりでも、成功に向けて努力するひたむきな『姿勢』を『侮辱』する事だけは……」

 徐倫は静かにギーシュの元へ歩み寄ると、右足を後ろに退いた。

「特に、その『努力』を最も近くで見てるあたしの前で、テメェー……『ルイズ』の努力を侮辱する事だけはッ、あたしが許さねェェーーッ!!」

 ボグシャァアアーーッ! と、振り上げた右足がギーシュの体を掬い上げるように蹴り飛ばした。
 凄まじい怒りの篭った蹴りを受けて、ギーシュは甲高い悲鳴を上げながら壁へと激突する。

「アギッ……ぐげッ……! あ、ああ足蹴にしたなぁ、この僕をォォ!! 『女子』のクセに『男子』であるこの僕をォォッ!!」

 たった二発で足元が定まらない程のダメージを受けたギーシュは、それでも目の前の平民に対する怒りで立ち上がった。
 鼻と口から血をボタボタ垂れ流しながら、徐倫を睨みつける。

「『決闘』ッ、『決闘』だぁあああああ!! 君に『貴族』に対する礼儀をッ、『男子』に対する敬意を教えてやるッ!! 例え女であっても……ギーシュ、容赦せんッ!!」

 ギーシュの宣告に、シエスタや周囲の貴族達すら顔色を変えた。


 貴族が決闘をする事は禁じられている。何より平民にとって、メイジである貴族との戦闘は死を意味する!
 しかし、元より怒りによって動いていた徐倫だけは、その宣告を躊躇い無く受け入れていた。

「全く、やれやれって感じだわ……。『決闘』なんて回りくどい言い方をしなくても、『喧嘩』ならあたしから売ってやったのに……」

 決闘の場所を告げて去っていくギーシュの背中を、徐倫は静かな怒りを胸に秘めて見据えていた。


 徐倫とギーシュ。切欠は違えど、二人が闘う為の理由は一つ。駆り立てる意思は一つ。
 『侮辱』には報いを―――!




 To Be Continued →

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