ギーシュの奇妙な決闘 第一話 『祭りの後』
夢を、見ていた
それは、間違っても現実にありえていい光景ではなかった。
だってそうだろう?
この僕が。
貴族にしてメイジ、『青銅のギーシュ』の二つ名で知られたこの僕が。グラモン家の一員であるこの僕が……平民と決闘する光景だなんて。
ありえない。どうかしている。
平民の前に立つ僕は、腹部から血を流して声を荒げているんだ! それも、放っておいたら助かりそうにもない深手だ!
ありえない。ありえないありえない!
広場でギャラリーに囲まれて禁止されてる決闘だなんて、シチュエーション的にも可笑しいだろどう考えても!
貴族が平民に負けるはずがない。それは、コーラを飲んだらげっぷが出る、ってくらいに確実な事だ! ましてや命を左右する傷だなんて!
この僕が声を荒げる!? 馬鹿な。紳士的なこの僕がそんな事をするはずがない!
しかも、相手の平民は無傷じゃないか。この夢はどうかしている!
呆れる僕自身の意思をよそに、夢の中の光景は加速していく。
舞い散る花びらの中、睨み合う僕と平民。平民の右手には鋼作りの変わった形状の銃が握られていて、その銃口はしっかりと僕の左胸に向けられている。
悔しいが、その姿には奇妙な迫力があり、いつもの僕ほどにではないにしろ中々様になっていた。
僕はといえば、左手で腹部を押さえ、震える右手でバラの杖を構えている。息は荒いし口元からは血が出ているしで、見るも無残な有様だ。
――公平なる果し合いは人間を成長させる。
銃を突きつける平民が、偉そうに口を開いた。
――小僧。お前は俺に『メイジとしての能力と限界』を既に知られている。対する貴様は、俺の能力を何一つ知らない。
これでは、公平なる戦いとはいえない。お前の『成長』に敬意を表して話そう。
――なん、だと?
――6秒。
怪訝な顔をして聞き返すもう一人の僕に、男はあくまで偉そうな口を利く。
――それ以上長くも短くもなく。きっかり6秒だけ『時を戻す』6秒経過すれば何遍でも戻せる。それが、私の能力だ。能力名は『マンダム』。
貴様らメイジの使う魔法のようなものだと思ってもらってかまわない。
時を、戻す――って、一寸待て! 魔法を構成する4属性に、時間に干渉する力なんてないじゃないか!
虚無の属性だとでも言うのか……いや、それ以前に杖も持たない平民がそんな事を……完全に先住魔法の領域!
事ここにいたって、僕はこの夢を客観的に見る余裕を持つ事ができた。余りにも滑稽すぎる内容が、僕の思考を正常に戻したのだ。
薄汚い平民が先住魔法だって!? 滑稽すぎて大笑いだ!
僕は平民という存在を軽蔑しているわけじゃあないが……こいつは別だ! こいつの存在そのものが、あまりにも僕達メイジを馬鹿にしている!
ギャラリー(よく見ると、マリコルヌやモンモランシーを初めとしたクラスメート達もいた)も口を挟めばいいのに、何故か沈黙を守ってしまっている。
もう一つ非現実的な点を発見した……ざわめき一つしないなんて可笑しすぎる。
――そうかい。
もう一人の僕ですら、平民の言葉を欠片も疑っていないらしく、口を硬く引き結んで相手を睨みつけ、能力とやらの存在を前提に会話を始めた。
こうも現実味がないと、夢だと分かってても逆に萎えるね。
――なんで、さっきの戦いで使わなかったんだい?
『僕が7体のワルキューレを召還し、襲いかからせるも、平民の男は汗一つ流さずにその間をすり抜け、至近距離で引き金を引いて、僕の腹部に風穴を開けた』
さっきの戦いという言葉を聞いて、何故か僕の脳裏にそんな光景が浮かび上がってきた。まるで、自分自身が直接見てきたかのように。
――使う価値がなかったからだ。漆黒の殺意どころか、泥水のように濁った優越心しか持ち合わせていない、汚らわしい対応者の小僧に対して、公正なる戦いをする必要性を見出さなかった。
だが、今は違う。それだけだ。
余りにも。
余りにも、僕の事を……否、貴族という存在を真上から見下ろした、傲慢な口ぶりだった。
――ふざけるな……っ!
時間の経過による出血で青くなった顔を怒りでゆがめ、もう一人の僕が吼えた。僕自身の感情を代弁するかのように。
出血が激しくなるのにもかまわず、もう一人の僕がバラの杖を勢いよく平民に突きつけ、花びらが宙を舞う。
――貴様は今! 僕だけではなく僕の誇りである『グラモン』の名を侮辱した!
そうだ。
こいつの言葉は。僕が尊敬してやまない父上や兄上達への許しがたい侮辱だっ!
僕を侮辱するのならば、まだいいだろう。
祖先の栄光に恥じるような行いをした者や、明らかに名前負けする能力しか持たない者は、家名に泥を塗るのと同じ事。
それはその個人の罪であって、その罪は逃れられるものではない。
ああそうさ。開き直ってやろうじゃないか。
僕はグラモン家に生まれたのが不思議なくらいの出来損ないだ。
兄上達が同い年のころにはラインメイジになっていたのに僕は未だにドットメイジだし、勇気も危害も父上たちとは比べるべくもない。
だから僕自身に対する嘲笑ぐらいなら、許容しよう。してやろうじゃないか平民。
だが! グラモン家そのものに他する侮辱だけは断じて認めない! 僕が尊敬する父上たちのことを、この男はこともあろうに……!
……?
ここで、僕はもう一つ、夢の内容に矛盾を発見し、首をかしげた。
こいつが言った言葉の何処に、『グラモン』を侮辱する言葉があったのだろうか。
思いっきり、僕自身のことしか口にしていないというのに、何故もう一人の僕はこうもヒートアップしているのだ??
ひょっとして、この状況に至るまでの過程で何かがあったのだろうか。
――面白いぞ小僧!
疑問にぶち当たった僕自身の思考を嘲笑うかのように、事態は進行していく。
――少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!
――うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!
もう一人の僕は、先ほどの叫びのせいで傷口が広がったのか、服を彩る真紅の染みはその大きさを現在進行形で増やしつつある。
対する平民は、完全に無傷の上に、その銃口はしっかりともう一人の僕の心臓を捕らえている。
勝敗は、誰が見ても明らかだった。
もう一人の僕の顔に浮かぶ無数の玉の汗のひとつが、重力に負けて頬を流れ落ち、あご先から地面へ落ちる……瞬間!
ガ ォ ン ッ !
銃声が、ヴェストリの広場に木霊して、それに追随するように悲鳴が響き渡る。
滴り落ちた汗に呼応するように放たれた弾丸は、寸分のずれもなく正確にもう一人の僕の左胸を打ち抜いていた。
「ギーシュ!」
モンモランシーの悲鳴と、ケティが卒倒する音が、倒れいくもう一人の僕の鼓膜を揺らしたが……僕には何故か分かった。
本来ならフォローするべき対象であるその音に、もう一人の僕は全くと言っていいほど反応していない。彼の脳裏を占める思いは、只一つだったのだ。
――まだだ……あと少し、後2秒!
彼は、何故か時間の経過を気にしているようだった。守るべきレディ達よりも、只時間だけに気を配っているようだった。
何故だろう。
僕自身も、手に汗を握る思いで、もう一人の僕のカウントダウンを聞いていた。
――今ッ!
ど す っ
口の中の叫びと同時に、もう一人の僕が杖を光らせて、『錬金』を終了させる。
――っ
――かかっ……た
同時に、平民の胸に張り付いていた花びらが青く輝いた。
もう一人の僕が唱えた呪文は存在の変革を世界に訴え、世界がそれに応えて花びらを変質させた……ただの一振りの剣へと、『錬金』したのだ。
もう一人の僕が打ち抜かれたのと同じ左胸から生えた一本の青銅の剣。心臓を貫く致命傷である。
その筈なのに……その平民は、自分の傷に全く頓着せずに、左腕につけたブレスレットの突起をつまむと、
クルッ
ひねった。
たったそれだけで――世界が凍り、色を失ってから巻き戻る。巻き戻った瞬間の感覚など、僕自身ももう一人の僕もありはしない。
それでも、自分の体に刻み込まれた傷の消滅が、時が巻き戻ったことを実感させた。
6秒間の間に広場で起きた全ての現象が否定され、僕の腹部の傷も、平民の胸の剣も綺麗に消えてなくなっていた。
実感。
僕は確信する。
『時が巻き戻った実感』の有無が、勝敗を分けたのだ。
ど す ぅ っ !
――!
ざまあみろと、もう一人の僕は口元をゆがめて平民をにらみつけた。能面のように僕達を高みから見下ろしていた平民の表情に、初めて揺らぎが見えた。
それは驚愕のゆらぎ。
時間を巻き戻した直後に胸に突き刺さった剣に対する、驚愕の念だった。
もう一人の僕が行おうとした『錬金』の術式は、前の時間で発動した6秒前……『今』の時点で、99%完成していたのである。
終了させるだけで相手を殺せる状態は、既に完成していたのだ。
そして、もう一人の僕は、そこからあえて6秒待った! 普通に攻撃しても時を巻き戻されて無効化されると見越して!
後は時が戻ったという実感を得た瞬間に、錬金を完成させればいい!
――成る程。
ぞくりと。
自分で自分に言い聞かせるように状況を整理していた僕自身の背筋に、氷柱がブッ刺されたような悪寒が走った。同時に、激しい違和感を覚え、慌ててそちらを見た。
――6秒間、俺を殺せる状況を保つ事で、マンダムの能力を無効化したのか……これでは、時を巻き戻しても同じ事の繰り返し……巻き戻しからのスタート時点で俺のほうが深手である以上、貴様のほうが有利だ。
『いつの間にか僕の真正面で、胸に剣を刺したまま立っている』平民の言葉に、僕は息を呑んだ。
馬鹿な。
僕はさっきまで、こんな場所にはいなかった。
僕はさっきまで――?
あれ?
僕はさっきまで、何処にいたのかな?
いや、それよりも。
何で僕はこんな夢を見ている?
何で僕は今この男が話すことに違和感を感じている?
何故僕は、もう一人の僕が考えた事を、我が事のように理解できた?
一度疑問を持ってしまえば、後は芋づる式だった。
こ れ は 、 夢 な ん か じ ゃ な い
夢ではなく、コレは僕が体験した正真正銘の記憶。
違和感を感じたのは、男があの時点で絶命したのを、僕自身が覚えていたから。
もう一人の僕が考えた事にいたっては論外だ! 彼は、正真正銘の僕自信なんだから!
「ようやく思い出したか小僧」
いつの間にか、僕達は二人で暗闇の中向かい合っていた。
お互いの体に空いた傷など綺麗さっぱり消え去っていて、霞が勝って聞こえた声はよりはっきりと鼓膜を震わせる。
僕が苦戦の末に倒した平民は、相変わらず揺らぎのない能面のような顔で僕を見やる。
「見事だったぞ小僧。貴様の一手が、俺の一手を上回ったというわけか」
「……」
この無礼でぶしつけな平民に、聞きたい事は山ほどあった。むしろ、説教したい事まであったくらいなのに。
僕がとっさに口にしたのは、えらくマヌケな質問だった。
「な、何で僕の夢の中に……」
「貴様にいくつか、言っておきたかった事があった」
「……?」
いぶかしげに相手をにらみ返す僕に、平民は厳かに自分の言いたい事を言ってのけた。
――このとき語られた言葉を僕は生涯忘れる事はなかった。
「『社会的な価値観』がある。『男の価値』がある。昔は一致していたが、俺の世界でもこの世界でも現代では必ずしも一致してない。
『男』と『社会』はかなりズレた価値観になっている……だが、『真の勝利への道』へは『男の価値』が必要だ」
「男の価値!? 社会!? 平民が何をえらそうに!」
「……これからのお前の人生には、様々な困難が待ち構えているだろう。その困難の中で見つけるがいい。『光輝く道』を」
僕が噛み付くのを華麗にスルーして、
「オレはそれを祈っているぞ。
そして、感謝する」
ぞ わ っ !
平民がそういいきった瞬間、僕の背筋を悪寒が駆け下り、考えるよりも先に体が動いていた。
「――ッ!」
手にした杖を一閃させ、呼び出したワルキューレを僕と平民の間に割り込ませる。平民が一瞬で抜き放ち、引き金を引いた弾丸は、ワルキューレの頭部を砕いて消えた。
そして。
ザ ン ッ !
僕が新たに作り出した青銅の剣で、平民は一刀の元に切り伏せられて。
男は……笑った。
血飛沫を、バラの花びらのように撒き散らしながら。
「ようこそ……『男の世界』へ。ギーシュ・ド・グラモン」
僕達は、お互いに名乗りあった覚えなどない。
決闘を始める前はお互いの存在を無視しあっていたし、始めてからもお互いを軽蔑しあう間柄だったために、名乗る機会などついに訪れなかったというのに。
僕は確信を持って、その男の名を、呼んだ。
「リンゴォ……リンゴォ・ロードアゲイン……」
夢を、見ていた
それは、間違っても現実にありえていい光景ではなかった。
だってそうだろう?
この僕が。
貴族にしてメイジ、『青銅のギーシュ』の二つ名で知られたこの僕が。グラモン家の一員であるこの僕が……平民と決闘する光景だなんて。
ありえない。どうかしている。
平民の前に立つ僕は、腹部から血を流して声を荒げているんだ! それも、放っておいたら助かりそうにもない深手だ!
ありえない。ありえないありえない!
広場でギャラリーに囲まれて禁止されてる決闘だなんて、シチュエーション的にも可笑しいだろどう考えても!
貴族が平民に負けるはずがない。それは、コーラを飲んだらげっぷが出る、ってくらいに確実な事だ! ましてや命を左右する傷だなんて!
この僕が声を荒げる!? 馬鹿な。紳士的なこの僕がそんな事をするはずがない!
しかも、相手の平民は無傷じゃないか。この夢はどうかしている!
呆れる僕自身の意思をよそに、夢の中の光景は加速していく。
舞い散る花びらの中、睨み合う僕と平民。平民の右手には鋼作りの変わった形状の銃が握られていて、その銃口はしっかりと僕の左胸に向けられている。
悔しいが、その姿には奇妙な迫力があり、いつもの僕ほどにではないにしろ中々様になっていた。
僕はといえば、左手で腹部を押さえ、震える右手でバラの杖を構えている。息は荒いし口元からは血が出ているしで、見るも無残な有様だ。
――公平なる果し合いは人間を成長させる。
銃を突きつける平民が、偉そうに口を開いた。
――小僧。お前は俺に『メイジとしての能力と限界』を既に知られている。対する貴様は、俺の能力を何一つ知らない。
これでは、公平なる戦いとはいえない。お前の『成長』に敬意を表して話そう。
――なん、だと?
――6秒。
怪訝な顔をして聞き返すもう一人の僕に、男はあくまで偉そうな口を利く。
――それ以上長くも短くもなく。きっかり6秒だけ『時を戻す』6秒経過すれば何遍でも戻せる。それが、私の能力だ。能力名は『マンダム』。
貴様らメイジの使う魔法のようなものだと思ってもらってかまわない。
時を、戻す――って、一寸待て! 魔法を構成する4属性に、時間に干渉する力なんてないじゃないか!
虚無の属性だとでも言うのか……いや、それ以前に杖も持たない平民がそんな事を……完全に先住魔法の領域!
事ここにいたって、僕はこの夢を客観的に見る余裕を持つ事ができた。余りにも滑稽すぎる内容が、僕の思考を正常に戻したのだ。
薄汚い平民が先住魔法だって!? 滑稽すぎて大笑いだ!
僕は平民という存在を軽蔑しているわけじゃあないが……こいつは別だ! こいつの存在そのものが、あまりにも僕達メイジを馬鹿にしている!
ギャラリー(よく見ると、マリコルヌやモンモランシーを初めとしたクラスメート達もいた)も口を挟めばいいのに、何故か沈黙を守ってしまっている。
もう一つ非現実的な点を発見した……ざわめき一つしないなんて可笑しすぎる。
――そうかい。
もう一人の僕ですら、平民の言葉を欠片も疑っていないらしく、口を硬く引き結んで相手を睨みつけ、能力とやらの存在を前提に会話を始めた。
こうも現実味がないと、夢だと分かってても逆に萎えるね。
――なんで、さっきの戦いで使わなかったんだい?
『僕が7体のワルキューレを召還し、襲いかからせるも、平民の男は汗一つ流さずにその間をすり抜け、至近距離で引き金を引いて、僕の腹部に風穴を開けた』
さっきの戦いという言葉を聞いて、何故か僕の脳裏にそんな光景が浮かび上がってきた。まるで、自分自身が直接見てきたかのように。
――使う価値がなかったからだ。漆黒の殺意どころか、泥水のように濁った優越心しか持ち合わせていない、汚らわしい対応者の小僧に対して、公正なる戦いをする必要性を見出さなかった。
だが、今は違う。それだけだ。
余りにも。
余りにも、僕の事を……否、貴族という存在を真上から見下ろした、傲慢な口ぶりだった。
――ふざけるな……っ!
時間の経過による出血で青くなった顔を怒りでゆがめ、もう一人の僕が吼えた。僕自身の感情を代弁するかのように。
出血が激しくなるのにもかまわず、もう一人の僕がバラの杖を勢いよく平民に突きつけ、花びらが宙を舞う。
――貴様は今! 僕だけではなく僕の誇りである『グラモン』の名を侮辱した!
そうだ。
こいつの言葉は。僕が尊敬してやまない父上や兄上達への許しがたい侮辱だっ!
僕を侮辱するのならば、まだいいだろう。
祖先の栄光に恥じるような行いをした者や、明らかに名前負けする能力しか持たない者は、家名に泥を塗るのと同じ事。
それはその個人の罪であって、その罪は逃れられるものではない。
ああそうさ。開き直ってやろうじゃないか。
僕はグラモン家に生まれたのが不思議なくらいの出来損ないだ。
兄上達が同い年のころにはラインメイジになっていたのに僕は未だにドットメイジだし、勇気も危害も父上たちとは比べるべくもない。
だから僕自身に対する嘲笑ぐらいなら、許容しよう。してやろうじゃないか平民。
だが! グラモン家そのものに他する侮辱だけは断じて認めない! 僕が尊敬する父上たちのことを、この男はこともあろうに……!
……?
ここで、僕はもう一つ、夢の内容に矛盾を発見し、首をかしげた。
こいつが言った言葉の何処に、『グラモン』を侮辱する言葉があったのだろうか。
思いっきり、僕自身のことしか口にしていないというのに、何故もう一人の僕はこうもヒートアップしているのだ??
ひょっとして、この状況に至るまでの過程で何かがあったのだろうか。
――面白いぞ小僧!
疑問にぶち当たった僕自身の思考を嘲笑うかのように、事態は進行していく。
――少しいい眼光になった! だが所詮 まだお前は 対応者に過ぎない!
――うるさいッ! 決めるのはおまえじゃないッ! お互い後には引けない!
もう一人の僕は、先ほどの叫びのせいで傷口が広がったのか、服を彩る真紅の染みはその大きさを現在進行形で増やしつつある。
対する平民は、完全に無傷の上に、その銃口はしっかりともう一人の僕の心臓を捕らえている。
勝敗は、誰が見ても明らかだった。
もう一人の僕の顔に浮かぶ無数の玉の汗のひとつが、重力に負けて頬を流れ落ち、あご先から地面へ落ちる……瞬間!
ガ ォ ン ッ !
銃声が、ヴェストリの広場に木霊して、それに追随するように悲鳴が響き渡る。
滴り落ちた汗に呼応するように放たれた弾丸は、寸分のずれもなく正確にもう一人の僕の左胸を打ち抜いていた。
「ギーシュ!」
モンモランシーの悲鳴と、ケティが卒倒する音が、倒れいくもう一人の僕の鼓膜を揺らしたが……僕には何故か分かった。
本来ならフォローするべき対象であるその音に、もう一人の僕は全くと言っていいほど反応していない。彼の脳裏を占める思いは、只一つだったのだ。
――まだだ……あと少し、後2秒!
彼は、何故か時間の経過を気にしているようだった。守るべきレディ達よりも、只時間だけに気を配っているようだった。
何故だろう。
僕自身も、手に汗を握る思いで、もう一人の僕のカウントダウンを聞いていた。
――今ッ!
ど す っ
口の中の叫びと同時に、もう一人の僕が杖を光らせて、『錬金』を終了させる。
――っ
――かかっ……た
同時に、平民の胸に張り付いていた花びらが青く輝いた。
もう一人の僕が唱えた呪文は存在の変革を世界に訴え、世界がそれに応えて花びらを変質させた……ただの一振りの剣へと、『錬金』したのだ。
もう一人の僕が打ち抜かれたのと同じ左胸から生えた一本の青銅の剣。心臓を貫く致命傷である。
その筈なのに……その平民は、自分の傷に全く頓着せずに、左腕につけたブレスレットの突起をつまむと、
クルッ
ひねった。
たったそれだけで――世界が凍り、色を失ってから巻き戻る。巻き戻った瞬間の感覚など、僕自身ももう一人の僕もありはしない。
それでも、自分の体に刻み込まれた傷の消滅が、時が巻き戻ったことを実感させた。
6秒間の間に広場で起きた全ての現象が否定され、僕の腹部の傷も、平民の胸の剣も綺麗に消えてなくなっていた。
実感。
僕は確信する。
『時が巻き戻った実感』の有無が、勝敗を分けたのだ。
ど す ぅ っ !
――!
ざまあみろと、もう一人の僕は口元をゆがめて平民をにらみつけた。能面のように僕達を高みから見下ろしていた平民の表情に、初めて揺らぎが見えた。
それは驚愕のゆらぎ。
時間を巻き戻した直後に胸に突き刺さった剣に対する、驚愕の念だった。
もう一人の僕が行おうとした『錬金』の術式は、前の時間で発動した6秒前……『今』の時点で、99%完成していたのである。
終了させるだけで相手を殺せる状態は、既に完成していたのだ。
そして、もう一人の僕は、そこからあえて6秒待った! 普通に攻撃しても時を巻き戻されて無効化されると見越して!
後は時が戻ったという実感を得た瞬間に、錬金を完成させればいい!
――成る程。
ぞくりと。
自分で自分に言い聞かせるように状況を整理していた僕自身の背筋に、氷柱がブッ刺されたような悪寒が走った。同時に、激しい違和感を覚え、慌ててそちらを見た。
――6秒間、俺を殺せる状況を保つ事で、マンダムの能力を無効化したのか……これでは、時を巻き戻しても同じ事の繰り返し……巻き戻しからのスタート時点で俺のほうが深手である以上、貴様のほうが有利だ。
『いつの間にか僕の真正面で、胸に剣を刺したまま立っている』平民の言葉に、僕は息を呑んだ。
馬鹿な。
僕はさっきまで、こんな場所にはいなかった。
僕はさっきまで――?
あれ?
僕はさっきまで、何処にいたのかな?
いや、それよりも。
何で僕はこんな夢を見ている?
何で僕は今この男が話すことに違和感を感じている?
何故僕は、もう一人の僕が考えた事を、我が事のように理解できた?
一度疑問を持ってしまえば、後は芋づる式だった。
こ れ は 、 夢 な ん か じ ゃ な い
夢ではなく、コレは僕が体験した正真正銘の記憶。
違和感を感じたのは、男があの時点で絶命したのを、僕自身が覚えていたから。
もう一人の僕が考えた事にいたっては論外だ! 彼は、正真正銘の僕自信なんだから!
「ようやく思い出したか小僧」
いつの間にか、僕達は二人で暗闇の中向かい合っていた。
お互いの体に空いた傷など綺麗さっぱり消え去っていて、霞が勝って聞こえた声はよりはっきりと鼓膜を震わせる。
僕が苦戦の末に倒した平民は、相変わらず揺らぎのない能面のような顔で僕を見やる。
「見事だったぞ小僧。貴様の一手が、俺の一手を上回ったというわけか」
「……」
この無礼でぶしつけな平民に、聞きたい事は山ほどあった。むしろ、説教したい事まであったくらいなのに。
僕がとっさに口にしたのは、えらくマヌケな質問だった。
「な、何で僕の夢の中に……」
「貴様にいくつか、言っておきたかった事があった」
「……?」
いぶかしげに相手をにらみ返す僕に、平民は厳かに自分の言いたい事を言ってのけた。
――このとき語られた言葉を僕は生涯忘れる事はなかった。
「『社会的な価値観』がある。『男の価値』がある。昔は一致していたが、俺の世界でもこの世界でも現代では必ずしも一致してない。
『男』と『社会』はかなりズレた価値観になっている……だが、『真の勝利への道』へは『男の価値』が必要だ」
「男の価値!? 社会!? 平民が何をえらそうに!」
「……これからのお前の人生には、様々な困難が待ち構えているだろう。その困難の中で見つけるがいい。『光輝く道』を」
僕が噛み付くのを華麗にスルーして、
「オレはそれを祈っているぞ。
そして、感謝する」
ぞ わ っ !
平民がそういいきった瞬間、僕の背筋を悪寒が駆け下り、考えるよりも先に体が動いていた。
「――ッ!」
手にした杖を一閃させ、呼び出したワルキューレを僕と平民の間に割り込ませる。平民が一瞬で抜き放ち、引き金を引いた弾丸は、ワルキューレの頭部を砕いて消えた。
そして。
ザ ン ッ !
僕が新たに作り出した青銅の剣で、平民は一刀の元に切り伏せられて。
男は……笑った。
血飛沫を、バラの花びらのように撒き散らしながら。
「ようこそ……『男の世界』へ。ギーシュ・ド・グラモン」
僕達は、お互いに名乗りあった覚えなどない。
決闘を始める前はお互いの存在を無視しあっていたし、始めてからもお互いを軽蔑しあう間柄だったために、名乗る機会などついに訪れなかったというのに。
僕は確信を持って、その男の名を、呼んだ。
「リンゴォ……リンゴォ・ロードアゲイン……」