ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第六章 土くれと鉄 ~あるいは進むべき二つの道~-2

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匿名ユーザー

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朝の光を感じて、ルイズは眼を覚ました。眠い眼をこすりながら身体を起こす。
そこで違和感に気づいた。リゾットはどうしたのだろう? リゾットを使い魔にしてから、彼が寝坊したことは一度もない。
毎朝、最初に見る顔がないと何か落ち着かない。そう思ってルイズが見ると、リゾットは定位置に座り、まだ寝ていた。非常に珍しい。
リゾットがここに来てから、ルイズは彼の寝顔を見たことがないくらいなのだ。
「使い魔がご主人様より遅くまで寝てるなんて…」
ぶつぶつ言いながらベッドから降りようとして、ルイズは顔をしかめた。
だいぶ治ったが、まだアヌビス(という剣らしいと後で聞いた)に操られた時の筋肉痛が残っているのだ。
最初はもっと酷かった。歩くだけで激痛が走り、何度も泣きそうになった。だが、その痛みは仕方ないと受け入れた。
悪くすれば筋肉痛どころか永遠に意識が戻らず、殺人鬼になっていたのだから。記憶はないが、後でキュルケに聞いた話では自分は剣を持ってキュルケやリゾットを追い回したらしい。
そこでリゾットはボロボロになって自分を助けてくれたのだとも。
そこまで思い出して、ルイズはリゾットを起こすのを止めた。考えてみればリゾットはほとんど自分の要求に逆らったことはない。
唯一の例外は掃除をサボったあのときだが、あの時は自分にも非があった。その忠実さに少しは報いてやってもいいだろう。
そう考えて、ルイズはリゾットを起こすのを止めた。
「やさしいご主人様に感謝しなさい…」
つぶやいて、着替えと身支度を済ませる。それでもまだリゾットは起きない。流石にムカッと来た。
肩に手を伸ばそうとしたところで、リゾットは眼を開き、その奇妙な瞳でルイズを見た。
「な、何だ…。起きてたなら言いなさいよ」
「さっきから起きていた……。目を閉じていただけだ」

途端にルイズの顔が朱に染まる。
「なら起しなさいよ!」
「ゆっくりしたい日だってある」
言い争いになろうとしたところで……ルイズの部屋の扉の鍵が開き、キュルケとタバサが入ってきた。
もちろん『アンロック』で他人の部屋の扉をあけることは重大な規則違反なのだが…そんなことは彼女たちには関係ないらしい。
「はーい、ダーリン! おはよう! 今日もクールで素敵ね!」
「……抱きつくのはやめろ…。朝から暑苦しい」
言いながらキュルケをかわす。一瞬前まで座っていたのにいきなり立ったので、まるで座ったまま跳躍したように見えた。
「あん、つれないわね。でもそんなところも素敵よ」
キュルケに取り合わず、鞘から僅かにデルフリンガーを抜いて挨拶をする。管理職だった影響か、この辺はきっちりしている。
「デルフリンガー、今日もよろしく頼む」
「おーぅ、おはよう。相棒は今日も朝からおさかn」
鞘にしまわれた。何も言わなければしばらく喋れたのに一言多い剣である。
「ちょっとツェルプストー! 人の使い魔に勝手に手を出さないで!」
「あら、居たの、ヴァリエール? あんまり小さいから見えなかったわ」
「なんですって!? ちょ、ちょっとばかり大きいからって調子に乗って…」
「あら? 別に私はどこが小さいなんて言ってないけど? まあ、あなたはどこもかしこも小さいけれどね」
「ふ、ふんだ。あんたみたいに無駄に育ってないだけよ! 身体に栄養行き過ぎて、頭にまで回らなかった癖に!」
ルイズはよほど頭に来たらしく、声が震えている。が、そこまで言われてはキュルケも黙っていない。
二人は同時に杖に手をかけるが、二人より早く杖をふったタバサがつむじ風で二人の杖を吹き飛ばした。
「室内」
本から眼も話さず、淡々と告げた。危険だから止めろということらしい。

「何、この子…?」
実はアヌビスに操られている間、出会っているのだが、覚えていないルイズがキュルケに聞く。
「あたしの友達よ」
「こないだの事件の時に協力してくれた一人だ」
リゾットが補足する。
「そ、そうなの…。ええっと…ありがとう」
ルイズが礼を述べたが、タバサは無反応で黙々と本をめくっている。
「………」
あまりに華麗なスルーにルイズも反応に困っている。
「そういえば、何をしに来たんだ? もう朝食の時間じゃないのか…?」
リゾットが問いかけると、タバサの手がとまり、外を指差した。
「大騒ぎ」
「そうなのよ。昨夜、学院の宝物庫に盗賊が入ったらしくって先生たちが大騒ぎしてるの」
その瞬間、全員の頭に先日の妖刀が浮かんだ。
「大変じゃない!」
あれが盗まれていた場合、今度はもう手に負えるかどうかわからない。
「そう。だから二人を呼びに来たのよ。宝物庫の入り口に先生たちが集まってるらしいから、ちょっと話を聞きにいきましょ?」
「わかった…。行こう…。そういえばギーシュはどうした?」
「え? ……ああ、いいんじゃない?」
「そうか…」

四人と一振りが宝物庫に着くと、教師陣が集まり、喧々囂々の言いあいをしていた。
よほど白熱しているようで、生徒が見物に来たことにも気づいていなかった。四人が中を覗くと、宝物庫の壁には大きな穴があいていた。
「SON OF A BITCH! どこのどいつだ! どうやってこの宝物庫に穴を開けたんだッ! 巨人かッ! 犯人はッ!」
「いや、そうではないようです。この書置きを見てください」
「『破壊の杖、確かに領収致しました。 土くれのフーケ』。こ……この犯行声明は………『土くれのフーケ』じゃあないのか…。
 たしか、巨大な土のゴーレムを使い、強引に壁を破壊するその手口は、貴族ばかりを狙って行われる…。狙われたら……家や倉庫が破壊され、財宝を盗まれる…。それが昨夜……学院に来ていた…」
「ええい! 衛兵は何をしていたのか! いや、当直の貴族はどうしたのかね!」
「も、申し訳ありません…」
「ミセス・シュヴルーズか! 泣いたってお宝は戻ってこないのですぞ! 『破壊の杖』の弁償ができるのですかな!?」
まさに醜態をさらす、といった様子でわめくばかりで誰も何も動こうとしない。
(普段偉そうにしてるくせに、いざというとき何の役にも立たないとはな…)
ギャングの世界では「盗まれる方がマヌケ」という価値観が一般的なため、鼻白んだ気持ちでリゾットはその様子を眺めていた。
「『破壊の杖』か…。あの剣じゃなかったみたいね」
「よかったっていうのはおかしいけど、一安心ね」
が、キュルケもルイズもそこを動こうとはしない。そのまま見物を決め込むつもりらしい。
そうしているうちに、学院長のオールド・オスマンがやってきた。
「まあまあ、そんなに女性を責めるものではない。ミスタ…ええっと、誰じゃったっけか?」
「ギトーです!」
「そうそう、ギトー君。素数でも数えて落ち着きたまえ。『素数』は1と自分の数でしか割ることのできない孤独な数字……。君にも勇気を与えてくれるぞ」
そこでオスマンは周囲を見渡した。

「『破壊の杖』が盗まれた責任はこの場の皆にある。誰も魔法学院の宝物庫に賊が入るなどと予想もせず、当直もまじめに勤めなんだ。しかし、それは間違いじゃった」
実はフーケのゴーレムが宝物庫の壁の破壊に成功したのは、ルイズが暴走したときの魔法(第二章参照)で壁に皹が入っていたからなのだが、ここではその話は深く追求しないこととする。
「さて、早速、フーケを追いたいものじゃが…手がかりもないのぉ」
ふと、オスマンはそこで隣にいたU字禿……「火」を得意とする教師のコルベールに尋ねた。
「そういえば、ミス・ロングビルはどうしたね?」
「それがその…朝から姿が見えませんで」
と、噂をしていると、ジャジャーン! とアメリカン・コミックのヒーローのようなタイミングで女性が現れた。
メガネをかけ、理知的な顔立ちの凛々しい、オスマン氏の秘書、ミス・ロングビルである。
「はっ! 君は…朝からいなくなっていたはずの…ミス・ロングビル!?」
「YES, I AM!」
孤島に現れた占い師のように決めると、ロングビルが教師たちの輪の中に進み出た。
「遅くなって申し訳ありませんでした。朝、この惨状を目にしてすぐ、『土くれ』のフーケの調査に出ていたもので」
「仕事が早いの」
「で、結果は?」
コルベールがあせったように続きを促す。
「はい。フーケの居所が分かりました。近在の農民に聞き込んだところ、近くの森の廃屋に、細長い筒のようなものを抱えた黒ずくめのローブの男が入って行ったそうです」
「ふむ、怪しいのぉ。調べてみる価値はある。そこは近いのかね?」
「はい。徒歩で半日。馬で四時間といたところでしょうか」
「すぐに王室に報告しましょう!」
コルベールが叫ぶが、その訴えはオスマンの怒鳴り声にかき消された。
「ばっかもん! 王室なぞに知らせていてはフーケが逃げるわ! 魔法学院の威信に賭けて、わしらの手で解決するのじゃ!」
ロングビルは密かにわが意を得たりと微笑んだ。

「では、捜索隊を編成する。我こそはと思う者、杖を掲げよ」
しかし先ほどまであれほど威勢のよかった教師陣は顔を見合わせ、誰も杖を掲げなかった。ギトーにいたっては素数を数えだしている。
「なんじゃ、お前ら。情けない! フーケを捕まえて、名を上げようと思う貴族はおらんのか!」
オスマンの言葉に、ルイズが物陰から出て、杖を掲げた。
「私がやります!」
教師たちの眼が一斉にルイズたちに向いた。シュヴルーズが声を上げた。
「ミス・ヴァリエール! あなた、聞いていたのですか? 生徒が出る幕ではありません。教師に任せて、お戻りなさい」
「誰も掲げないじゃないですか」
ルイズは毅然とした態度で言い返す。それをリゾットは相変わらずの無表情で見つめていた。喜んでいるのか、怒っているのかすらも伺えない。
ルイズが杖を掲げたのを見て、キュルケも杖を掲げる。
「ヴァリエールが行くなら私も負けるわけには行きませんわ」
「ツェルプストー、君まで…」
コルベールがあきれた声を出す。
最後に、タバサも杖を掲げた。視線を送るキュルケに短く答える。
「心配」
キュルケは感動した面持ちでタバサを見つめた。ルイズも唇をかみ締め、お礼を言う。
「ありがとう…。タバサ…」
「ふむ…。では、頼むとしようか」
オスマンの発言に、何人かの教師が反対する。
「では、諸君に訊くが、何故先ほど、杖を掲げなかったのかね? ただ反対するだけの諸君に、彼女たちを阻む権利はない。代わりに行くというなら話は別じゃが……」
そういってにらみつけるオスマンに、誰も言い返すことはできなかった。

「それに、この三人はなかなか優秀じゃ。まず、ミス・タバサは若くして『シュバリエ』の称号を持つ騎士と訊いておる」
「本当なの? タバサ」
キュルケが驚いている。教師陣もみな、驚いたようにタバサを見ていた。本人はいつも通りの無表情でぼけっとたっている。
リゾットは先日学習した単語から周辺知識を引っ張り出していた。
(シュバリエ…。確か実力者のみに与えられる爵位だったな…。以前見た戦いぶりから、只者じゃあないと思っていたが…)
ざわつく教師陣の中、オスマンが次にキュルケを見た。
「ミス・ツェルプストーはゲルマニアでも優秀な軍人を数多く輩出した名門の出で、彼女自身も相当の炎の使い手と聞いている」
キュルケは得意げに髪をかきあげる。
(場数は踏んでないようだがな……)
リゾットは思ったが、しかし、それでも自分の雇い主よりはましだろう、と思い、ルイズを見る。なぜか胸を張っている。
「その……ミス・ヴァリエールは数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール公爵家の息女で……え~と、その、なんだ…ほら、アレだよ、アレ……えっと…」
リゾットの心配どおり、褒める所が見つからない。オスマンはボケたふりをしたくなった。ふと、隣のリゾットに目が留まる。その時、オスマンにはリゾットが天の助けのようにみえた。
「将来有望なメイジと訊いておる。しかもその使い魔は平民ながらあのグラモン元帥の息子、ギーシュ・ド・グラモンと決闘して勝ったという噂だが」
実はコルベールを通してアヌビスの事件も聞いているのだが、あの件については内密にするということもあり、決闘の話を持ち出した。『ガンダールヴ』という可能性への期待もこめて。
そこに、彼の努力を台無しにするようにコルベールが興奮して喋ろうとする。
「そうですぞ! なにせ、彼はガン…」
オスマンが慌ててコルベールの口を押さえた。
「ガン…?」
オスマンが咳払いをしてごまかす。
「ごほん、とにかく! 彼女たち三人に勝てるものがおるなら、前に一歩でたまえ」

誰もいなかった。オスマンはため息をついた。少しくらい気概があるものはおらんのかと情けなくなったのだ。
気を取り直してリゾットを含む四人に向き合う。
「魔法学院は、諸君らの努力と貴族の義務に期待する」
「「「杖にかけて!」」」
女性三名が同時に唱和し、スカートの裾をつまみ、うやうやしく礼をする。
「では、馬車を用意しよう。目的地まで魔法は温存したまえ。ミス・ロングビル、彼女たちを手伝ってやってくれ」
「もとよりそのつもりですわ」
ミス・ロングビルは頭を下げた。その瞬間、彼女は心臓を鷲掴まれるような感覚に襲われた。
(見られている…?)
振り向くが、そこには既に誰もいなかった。

「なーなー、相棒。アヌビスの確認だけのはずが、ずいぶん妙な話になっちまったなあ」
出発までの僅かな時間、リゾットは人気の無いヴェストリ広場で剣の稽古をしていた。
既に何度かの稽古を通じて、武器を握ると左手のルーンが光り、身体能力があがることを確認している。
ルイズに訊いた所、使い魔としての特殊能力らしい。原理は不明だが、そういうものだとして理解した。
「そういえば何か相棒、熱心に様子を観察していたけど、何かわかったのかぃ?」
「……いや……強いて言えば……あのコルベールという教師はおそらく戦える人間だろう……ということくらいだ。後の教師は言うほどには見えなかったな」
「へー! 相棒はよく見てるねぇ。でも俺が見た感じ、奴はただ慌てまくってるU字禿にしか見えなかったんだけど」
「それも真実だ。あの男の怯えは演技ではないし……、ウソをつくのが苦手な小心者でもあるのだろう。
 だが、一方で場数を踏んだような雰囲気と物腰も見え隠れする…。実のところ……ああいう恐怖を知っている人間の方が手強かったりするものだ…」

ボスが最初にまとっていた人格もまた小心者ではあったが、危険さは完全に隠されていた。コルベールのはまだ見て取れるため、人格が乖離しているわけではないのだろう。
「ふーん、そんなもんかね。てことは相棒も何か怖がってるのかね?」
「……さあな…。誇りを失うこと、それだけが恐ろしい気がする……」
「おいおい、死んでもらっちゃあ、俺も困るんだからな。頼むぜ、相棒」
リゾットは答えず、黙々と剣を振っている。
「……他に何か気づいたことはあったかい?」
「そうだな………。もう一つあるが………これはまだ確信がもてない」
「なんだか相棒と付き合ってるといろんなことが見抜かれそうだねえ。俺のことも何かわかるか?」
「剣に表情や態度はない……。無理だ」
「なるほど。でもま、安心してくれ。俺は相棒に嘘ついたりしないよ」
「そう願う……」
「ところで相棒、朝から何も食ってないわけだが、何か食わんのかね?」
「……ああ。忘れていたな」
「相棒相棒相棒~、しっかりしてくれ。相棒は妙に自分に無頓着なところがあるからなぁ。
 ほれ、あのシエスタって娘っ子のところでなんかを食わせてもらおうぜ」
「そうだな…」
リゾットはデルフリンガーを鞘に収め、厨房に歩き出す。
移動は馬車らしいので、何か移動しながら食べられる、軽いものを頼むつもりだった。

しばし後、リゾットたち四人は、ロングビルが手綱を取る馬車に揺られ、フーケの隠れ家に向かっていた。
「ミス・ロングビル…、手綱なんて付き人にやらせればいいじゃないですか」
キュルケの言葉に、ロングビルはにっこり笑う。
「いいのです。私は、貴族の名をなくした者ですから」
「? だって、貴女はオールド・オスマンの秘書なのでしょ?」
「ええ。ですが、オスマン氏は貴族や平民だということに、あまり拘らない方なのです」
後ろで資料として請求した『破壊の杖』のイラストを見ていたリゾットが口を挟んだ。
「なるほど……。追放された貴族は傭兵や盗賊に成り下がることが多いと聞いてるが…うまく再就職できたのか…」
「ええ…。オスマン氏には感謝していますわ」
ロングビルが遠い目をする。それまでの苦労でも思い返しているのだろう。
「差し支えなかったら、事情をお聞かせ願いたいわ」
ロングビルはやさしい微笑を浮かべ、回答を拒絶した。
(き、聞きたい! 刺激されるわ…。好奇心がツンツン刺激される…。どうしても聞きたくなるじゃあないの! 何かないかしら、言わせる方法が……)
「いいじゃないの。教えてくださいな」
チープトリックにでもとり憑かれそうな旺盛な好奇心でキュルケが聞くが、この場はその肩を掴んだルイズに止められた。
「よしなさいよ。昔のことを根堀り葉掘り聞くなんて」
その言葉にリゾットの耳に「『根掘り葉掘り』…ってよォ~」という幻聴が聞こえたが無視する。
「暇だからおしゃべりしようと思っただけじゃないの」
「あんたのお国じゃどうか知りませんけども、訊かれてたくないことを、無理やり聞き出そうとするのはトリステインじゃ恥ずべきことなのよ」
キュルケはそれに答えず、荷台の柵に寄りかかって不機嫌そうに足を組んだ。

「ったく………、あんたがカッコつけたおかげで、とばっちりよ。何が悲しくて、泥棒退治なんか…」
ルイズが何か言い返そうとしたところで、リゾットが割って入った。
「そこまでだ……」
普段、言い争いは無視しているリゾットの介入に、ルイズもキュルケもタバサも驚いたようにリゾットを見た。
「ルイズが何をしようと……、フーケの捕獲に行くことを決めたのはキュルケ…お前自身だ。愚痴を言わずに自分の選択したことの責任を果たせ……」
静かに、呟くようにキュルケを諭す。怒りをにじませているわけではない。だが、その言葉は有無をいわせぬ迫力があった。
「そうね……。ごめんなさい、ヴァリエール」
「え、ええ……。いいのよ、ツェルプストー」
二人ともその迫力に気おされて、仲直りしてしまう。
「…ところで、ロングビルも元貴族ということは…魔法が使えるんだな?」
「ええ、まあ」
「できれば得意の系統とクラスを教えてくれないか…? いざというときの戦力にかかわるからな…」
「そうですね……。土のラインクラスです」
「分かった……。タバサは風、キュルケは火、ロングビルが土。ルイズは爆発を扱えるから、水を除けば全ての系統があるわけだ……」
ルイズはリゾットを見た。自分が戦力として計上されていることに驚いたのだ。
何しろ自分は『ゼロ』なのだ。あてにされたことなど一度もない。
「なんだ? 自信がないとでもいうのか…? 安心しろ。お前の魔法は十分実用レベルだ」
「ふ、ふん、当たり前じゃない! そのうち爆発だけじゃなくていろんな魔法を使いこなして見せるわ!」
口ではそういったが、ルイズは機嫌良さそうだった。

馬車は深い森の中に入っていく。昼間だというのに薄暗く、気味が悪い。
「ここから先は、徒歩で行きましょう。フーケに気づかれると困るので」
ロングビルがそう提案し、全員が馬車から降りた。暗い小道を進む。
「なんか、暗くて怖いわ…。いやだ…」
キュルケがリゾットの腕に手を回す。
「離せ…。…腕が使えなくなる……」
「だってー、すごく、こわいんだものー」
キュルケがウソくさい調子で言った。いや、もちろん嘘なのだが。
それを見てルイズはムッとする。
「ちょっと、ツェルプストー! 人の使い魔にべたべた触らないで!」
「あら、ヴァリエール。リゾットは使い魔だけど、人間よ? 自由意志があるの。貴方が決めることじゃないんじゃない? 貴方みたいな貧相な身体より、あたしの方がいいに決まってるじゃない」
「……人間扱いはありがたいが……、俺は人間の評価を身体で判断しているわけじゃない」
それを聞くと、一瞬、キュルケはきょとんとしたが、なぜか頬を染めた。
「…嬉しい。そんな風に言ってくれたのって、ダーリンが初めて……。あたしに言い寄ってくる男どもってまず胸ありきって感じだったし」
「………いつ俺が言い寄った? いいから腕を離せ…。戦えないだろう」
リゾットは頭が痛くなりそうだった。これから戦いがあると分かっているのだろうか?
タバサはそんなリゾットを指差すと、
「苦労人」
見事に彼の立場を言い当てた。

「あれがフーケの隠れ家か…」
一行は森の中から、開けた場所に立っている一軒の廃屋を見張っていた。
「はい。わたくしの聞いた情報だと、フーケはあの中にいるという話です」
「さて、これから俺たちはどうすべきかな…」
五人は相談を始めた。今、フーケがいるかどうかは分からないが、出来れば奇襲して魔法を使われる前に倒したいところだ。
(こんなとき、仲間がいれば楽なんだがな…)
ホルマジオのリトル・フィート、イルーゾォのマン・イン・ザ・ミラー、ペッシのビーチ・ボーイ、メローネのベイビィ・フェイス。
誰か一人でもいればあの中を確実に探りだせるのだが…考えても仕方がないことだ、とリゾットは思考を打ち消した。
しばらく後、タバサが自分の立てた作戦を説明するため、地面に絵を描き始めた。
偵察兼囮が小屋のそばに赴き、中の様子を確認→フーケがいれば挑発→出てきたところを魔法で集中砲火。
「悪くない案だな…。俺が囮兼偵察役をするとして……あまりにフーケに隙がありそうなら、俺が倒してしまっても問題はないな?」
タバサが頷いた。
「……一つだけ頼みがある。ロングビル……一緒に来てくれ」
「え~? 何でラインの彼女なの?」
「私ですか?」
キュルケが不満そうに声を上げ、ロングビルが意外そうに聞き返す。
「そうだ。いざ……というとき魔法を使えるサポートがいた方が助かるからな……」
「……」
タバサが自分を指差した。
「タバサやキュルケ、それにルイズは火力がある。……攻撃に回ってくれ」
タバサはそれで納得したように頷いた。
「じゃあな……。行ってくる……」
リゾットはナイフを柄に入れたまま握り、ルーンを発動させる。
身体能力の向上を確認するとロングビルを抱え、小屋に向けて音もなく走り出した。

廃屋の窓の下まで駆け寄ると、中を覗き込むが、人の存在は確認できなかった。
(いそうにないな…)
まるで人がいる気配がしない様子を確認して、リゾットは考える。
「ロングビル……中に入るぞ」
「誰もいないならミス・ヴァリエールたちを呼んだ方がいいのでは?」
「罠を調べる必要もある。それに……俺はルイズの使い魔だ。当然、視覚と聴覚を共有している……。必要と判断すれば勝手に来るだろう」
「そうですか……」
しぶしぶとロングビルが頷く。
リゾットは嘘をついた。普通の使い魔は感覚をリンクしているが、ルイズとリゾットにおいてはそれはない。
しかし、ルイズはそれを取り立てて周囲に言っているわけではないため、もちろんロングビルにはそれを嘘とは見抜けなかった。

事実、外のルイズは声を上げていた。
「何やってるのよ! 打ち合わせと違うじゃない。奇襲する場合でも事前に合図を送ってくれるはずなのに!」
ずかずかと進んで行こうとして、タバサがその手を掴んだ。
「何よ、タバサ」
「彼には考えがある」
「見守っていたほうがいいってこと?」
キュルケの問いに、タバサは頷いた。

一方、リゾットとロングビルは注意深く中を見回し、罠の不存在と誰も潜んでいないことを確かめる。
小屋は一部屋しかなく、中にはテーブルと椅子、そして暖炉と薪、その横にチェストが置かれていた。
テーブルと椅子には埃が降り積もっており、どうみても人が触った形跡がない。
「……人が潜伏していたにしては………妙だな……」
つぶやきながら、リゾットはチェストを開けた。中の筒を引っ張り出す。
「『破壊の杖』だな……。あっさり見つかった」
「何の苦労もなく見つかりましたね……」
ロングビルが安堵したように言った。
「ああ…。となるとフーケが帰ってくるまで待ち伏せか……」
「ミス・ヴァリエールたちももうじき来るでしょう。お迎えしますね」
ロングビルが外に出ようとする。と、そこに声がかかった。
「ところで……フーケは使い方も分からない道具を盗んで……何をしたかったんだろうな?」
ロングビルがぎくりとして振り返ると、リゾットはロングビルに背中を向け、『破壊の杖』を興味深そうに見ていた。
「さあ? 言われてみればそうですね……。使い方を知っていたのでは?」
「知っていたならさっさと使えばいいのにな…。収集癖がある人間って言うのは飾って満足するものなのかな?」
「…私には分かりかねます」
ロングビルは戸惑った。何故この男は今更こんな質問をしてくるのだろうか。
「そうだな。本人以外にはわからない…。だからこそ聞いてるんだよ、ミス・ロングビル。いや、『土くれ』のフーケ」
「!? 何を言って……」
振り返ったリゾットの確信を込めた視線に、ロングビルは自分の正体が見抜かれたことを悟った。
「なぜ…気付いたのですか?」

「疑いは最初から持っていた。情報をもたらすタイミングがよすぎるし、妙に情報も詳細だった。その上、さっき聞いた魔法系統も同じだ。
 そして先刻の馬車での会話…。お前の表情や態度、声音からは嘘や演技を微かに感じた」
「それだけで私を疑ったのですか? まあ、結果的に当たっていたとはいえ、いささか軽率なのでは?」
ロングビルが鼻で笑うと、リゾットは頷いた。
「確かに、それらではまだ疑いの域をでない。誰だって秘密があるし、もしかしたらオスマン学院長に関して嘘があったのかもしれない。
 詳細な情報が手に入る幸運だってあるかもしれないし、四系統しかない魔法が重なる確率は低くない…。
 疑いが確信に変わったのは今、質問を終えてからだ」
そこでいったん、言葉を切って、すっとロングビルを指差す。
「……お前の表情がはっきりと偽りを示していた」
「『表情』…? 馬鹿な、貴方は私に背を向けていたはず……はっ!」
そこでロングビルはリゾットが左手に隠し持っていた小さな手鏡に気がついた。
毎朝、身だしなみをチェックするときに使う鏡である。
「ま、まさか、その鏡で!?」
「そして今の話題の真偽がわかるのはフーケ本人、あるいはその共犯者だけ…。
 今までの情報からお前がフーケ本人だと推測するのは難しいことじゃない……」
そういいながら左手で破壊の杖を引っ張り出し、右手でナイフを構える。
「魔法を唱えても無駄だ。……この距離ならこちらの方が早い…」
ごくり、とロングビルの唾を飲み込む音が聞こえた。


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