ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

奇妙なルイズ-12

最終更新:

匿名ユーザー

- view
だれでも歓迎! 編集
ルイズが魔法学院から抜け出して約十分。
町からも、街道からも離れた、ある貴族の別荘が見えた。
この別荘は、トリスティンの城から見て、魔法学院から更に離れたところにある。

別荘の主を『モット伯』だが、この別荘を『モット伯の娼館』と揶揄するものもいる。
森の中にある別荘は街道からも見ることは出来ない。
しかし、街道を通る行商人たちは、年頃の娘が女衒らしき男に連れられて、森の中に入っていくのを何度も見かけていた。

ドシャッ、と音を立てて、ルイズは森の中に着地した。
別荘の周囲は壁に囲まれており、忍び込むのは容易ではないと感じさせる。
そこでルイズは思考した。
『建物の大きさ、庭の形、衛兵の位置を、空中から見た限りでは、空からの侵入がもっとも確実だが、私は空を飛ぶことが出来ない』

…ふと、ルイズを目眩が襲う。
ブルブルと頭を振って、気を確かにしようと気合いを入れる。
おかしい。何かがおかしい。自分は空を飛べないはずだ。では、どうやってここまで来た?

馬でもない。馬で来るに速すぎる。タバサのシルフィードに乗せてもらえば短時間で来ることも可能だが、そんなはずはない。
空から別荘を見た記憶がハッキリと残っている。自分は、いつの間にか空を飛んだのか!?
ゴクリと唾を飲み込み、深呼吸して、考えを中断させる。
「今はシエスタを助けなきゃ」
そう呟いて、ルイズは別荘の正門へと歩いていった。

正門から堂々と入り込んだルイズは、使用人に応接室へと案内され、モット伯の歓迎を受けた。
その途中、女性の使用人を何人か見かけたが、使用人と呼ぶには幼い少女も混ざっている。ルイズはそれに嫌悪感を感じた。
それに気づいたのか、モット伯はルイズに話しかけた。
「ああ、この館の使用人が何かご無礼を致しましたかな?」
「そうとは言ってないわ」
「そうでございましたか。いやはや、彼女たちは貧しい家の出でしてな。私は彼女らに職を与え、教育を施し、生きるための場所を与えているのです。
教育は私の生き甲斐でしてな!」
そう言って高笑いするモット伯に、心底つまらなそうな目を向けると、モット伯は不敵な笑みを浮かべた。
「そうそう、あのシエスタというメイドの事でしたな。彼女は実に気だてが良いのですよ。
良い教育を受けさせれば、メイドだけでなく教育係の口もありましょう。ですから私が彼女を預かろうとしたのです。料理長も快く…」
「快く? なら、あの金貨は何?」
腹立たしさを隠しきれないルイズは、自分の声が心なしか低くなっているのに気づいたが、今更怒りを隠しても仕方ないと考えていた。
「…おやおや、ご存じでしたか。何せ優秀なメイドを引き取るのですからな。私からあの料理長…ええと、確かマルトーと言いましたか、彼へのココロザシというものです」
「そう? まあいいわ。それよりもシエスタに会わせて貰えないかしら」
「ははは、そうそう急ぐこともないでしょう。夜分にこの別荘をお尋ね頂いたのです。シャンパンでも開けましょうか、このシャンパンはなかなか珍しいものでしてな」
モット伯は、まるでルイズを無視するかのように話を続けると、使用人にシャンパンを持って来させた。
「雲が月を隠すと、雲の隙間から鈍い光が漏れます。雨が降った後であれば、月明かりが蛍のように雲を光らせるのです。このシャンパンはそれをイメージしたものです」
シャンパンを開けると、ぼんやりと輝く白い煙が出て、さながら星空のように天井を覆った。
ギーシュとは違う意味でキザったらしい態度を取るモット伯に、ルイズも我慢が出来なくなった。


「もういいわ!シエスタはヴァリエール家で引き取る約束が済んでるのよ!すぐにシエスタに会わせなさい!」
モット伯は貴族ではあるが、ヴァリエール家に比べればその格式には雲泥の差がある。
ヴァリエール家で引き取るのは出任せだが、家の名を使ってモット伯を脅かせば、少しは効果があるはずだと、ルイズは思いこんでいた。

「目も耳もありません」
だが、突如後ろから聞こえた声にルイズは背筋を凍らせた。
ルイズは腰に携えた杖を掴もうとしたが、声の主に腕を掴まれ、杖は床に滑り落ちてしまう。
「光る煙を出すシャンパンなんて悪趣味だと思ったけど、頭の中も悪趣味ね!」
気丈にも腕を掴まれたまま叫ぶルイズ。

ディティクトマジックという魔法がある。
マジックアイテムが仕掛けられていないか、誰かに魔法でのぞき見されていないかを探す魔法で、光り輝く粉が探査領域を舞うという特徴を持つ。

煙を出すシャンパンはカモフラージュだったのだ。
悪趣味なシャンパンが、何らかのマジックアイテムだったとしたら、魔法の使えないルイズでも『怪しい』と気づいただろう。
しかし、ルイズはモット伯の雰囲気に飲まれていたのだ。モット泊はメイジとして強い訳ではないが、自分のキャラクターをよく知っている。
時には人に取り入って、時には人を蹴落として、今の地位を手に入れたのだ。


「いかが致しますか」
ルイズを押さえつけているメイジは、グレーのマントの仲から杖をちらつかせ、ルイズを地面に押さえ込んだまま言った。
モット伯は短く「再教育だ」と言って、気味の悪い笑顔を見せた。
あまりの気味悪さに、ルイズはありったけの罵声を飛ばそうとしたが。
「このヘンタイ!こんな事をし…………!…………!!!…………!」
ルイズの声はモット伯に届くことはなかった。
ルイズはサイレントの魔法をかけられ、まるで荷物でも運ぶかのように地下牢へと運ばれていった。

しばらくして静かになった応接間で、モット伯はルイズの杖を拾い上げると、舌先で握りの部分を舐めた。
ルイズを取り押さえたメイジはそれを見ていたが、さしたる関心を向けることなく、事務的な口調でモット泊に声をかけた。
「先ほどの娘、ヴァリエールと申しましたが」
「ああ? あれは、あのヴァリエール家の三女だ。君は知っているかね?数々の優秀なメイジを輩出したヴァリエール家の三女は、ゼロのルイズと呼ばれている」
「ゼロ、ですか」
「魔法成功率ゼロ、ゼロのルイズ。何とも愉快じゃないか。彼女は魔法を使おうとすると爆発を起こすそうだ」
「爆発?」
モット伯は、オールド・オスマンの部屋にあるものより小さい『遠見の鏡』を見る。
「この別荘には空を飛んで近づいてきていた。フライかレビテーション程度は使えるのだろうが、風を起こそうとしても、練金しようとしても爆発するそうだ」
モット泊と、グレーのマントをつけたメイジは、応接室を出て『教室』と名付けた部屋に向かう。
「『平民』の体はさんざん味わったが、『高貴な貴族』の味も味わってみたくてねぇ。あの娘は出来損ないのメイジだが、ヴァリエール家の三女だ。血統は申し分ない」
「ヴァリエール家を敵に回すことになりますぞ」
「心配はない。魔法の使えぬメイジに貴族の価値はないのだ。そうだな…『世間知らず極まりないヴァリエール家三女は、メイドを探しに危険な森の奥へと入り込み、オークに嬲り殺された』…とういうシナリオはどうかね」
「ありきたりですな」
男は、相変わらず事務的な口調で答えていた。

ルイズは牢屋の中から、周囲を見渡していた。
牢屋は二重構造になっており、通路に面した鉄格子は細い鉄棒で作られている。
牢屋の奥にはもう一つ鉄格子がある。格子の太さは屈強な戦士の二の腕ほど、格子の幅は広く、ルイズならすり抜けることも可能だろう。
奥は暗くて何も見えないが、糞便のような不快な臭いが漂ってくる。
ルイズはやり場のない怒りを発散しようとして、鉄格子を蹴飛ばそうとした。

プギィーーーッ!

おぞましい叫び声と共に、鉄格子の奥から毛に包まれた腕が伸びて、その指がルイズの鼻先をかすめる。
「…………!!!」
ルイズは悲鳴を上げたが、サイレントの魔法をかけられたままなので、その声は響かない。

ブギィーーーッ!ギィーーーーッ!

不快極まりない叫び声から、奥の牢屋にいる生き物が何なのか理解できた。
二本足で歩き、人間を待ち伏せして殺すだけの知能を持ち、木の幹を棍棒として使うどう猛な獣、オークだ。
オークは、戦争の道具としてメイジに飼われることはあるが、使い魔になることはほとんどない。
平民を使い魔にした方がマシだと言われるほど、オークは嫌われている。
人間の価値観から見てあまりにも下卑、それがオークへの評価だった。
まれに長老と呼ばれる知能の高いオークもいるらしいが、噂でしかない。
この館の主人がなぜオークを飼っているのか知らないが、ロクな理由ではないだろう。
ルイズは「お似合いね」と、呟いた。


しばらくして、『教室』と名付けた部屋にモット伯が姿を見せる。
ベッドの上に寝かされ、鎖で両手足を拘束されたシエスタは、これから何をされるか分からない恐怖に包まれていた。
「待たせてしまったね」
モット伯はわざとらしく、見せびらかすように、ルイズの杖を振る。
それを見たシエスタの表情が変わった、恐怖とは違う感情がわき上がったのだ。
「さて、シエスタ!君は困ったメイドだ、由緒あるヴァリエール家の三女をひどい目に遭わせてしまうのだからな!」
そう言って、シエスタにレビテーションの魔法をかけ、荷物を運ぶのと同じようにして地下牢へと運んでいく。

地下牢に降りると、シエスタはルイズの入った牢屋の隣に入れられた。
「ルイズ様!」
「………!」(シエスタ!)
ルイズがシエスタを心配して声を出そうとするが、サイレントの魔法のせいで声が届かない。
「………!」(あんた大丈夫なの?アイツに何かされてない?)
「ルイズ様…まさか、私を助けに…」
「………!」(べっ、べつにあなたを助けに来た訳じゃないんだからね。ちょっと気になっただけよ)
「そんな、私、こんな迷惑をかけてしまったなんて…」
「………!」(だーかーらー!)

通じているのか通じていないのかよく分からない会話は、奥の部屋から聞こえてきた鳴き声に中断させられた。

ブギィィーーー!

ガシャン!と、鉄格子に巨体がぶつかる音がする。
身長2m、体重は400kgを超えるであろう獣の迫力に驚き、シエスタは体を硬直させてしまう。

「さて、今日は何のお勉強をしようかね。…お友達との再会を記念して、友情のお勉強をしましょう!」
そう言うとモット伯は、ポケットの中から鍵を取り出して、牢屋の奥へと投げ込んだ。
鍵はチャリンと音を立ててオークの牢屋に落ちた。
「どちらかが囮にでもなれば、鍵も外せましょう!」


囮?
冗談じゃない。オークの実物を見たのは初めてだが、その残酷さは話に聞いている。
逃げるための魔法も使えないのに、囮になるなんて考えられなかった。
ルイズは、悩んだ。
どう考えても種絶望的な結果しか導き出せないからだ。

「…ルイズ様。マントを、できるだけ大きく、振っていただけませんか」
シエスタの言葉を聞いて、ルイズは頭にクエスチョンマークを浮かべたる。

「牢屋の前でバタバタと振って下さい。オークは、ひらひらした物を見ると、それに興味を牽かれるって、お爺ちゃんが言ってました」
一片の曇りも、迷いもなく、オークを見るシエスタに、ルイズは驚いた。
ルイズにはなるべく安全な手段で囮を任せ、自分は危険な場所へと赴こうとしているのだ。

ルイズは今、杖を持っていないし、自分の味方になるメイジもいない。

しかし今ここに、誰よりも信頼できる『仲間』がいた!

絶望的な状況には変わりないのに、絶望を絶望だと感じさせない。
シエスタの勇気は、今、貴族の誇りよりも遙かに気高く、そして崇高に輝いていた。

ルイズはマントを脱ぐとシエスタの牢屋に投げた、シエスタは驚き、ルイズを制止しようとする。
「…だめです!そんな、危険なことは、私がやります!」
幸か不幸か、シエスタの声に興味を惹かれたオークは、気味の悪い声で叫びながらシエスタの牢屋へと手を伸ばした。
鉄格子をガシャンガシャンと震える。
シエスタは、自分の言葉がルイズを死地に赴かせてしまったのだと悟って狼狽えた。
しかし今更何をすることも出来ない。ルイズから預かったマントを手に取り、闘牛士のようにオークの前へとちらつかせ、必死になってオークを煽った。


ガシャン!ガシャン!と響く鉄格子の音。そしてオークの叫び声。
生きた心地のしなかったが、死んだ気にもならなかった。
ルイズは鉄格子の隙間に体を滑り込ませると、奥に落ちている鍵へと静かに歩く。

ブギィイイイイイイーー!

吐き気のするような声が聞こえてくるが、それほど気にならない。
鍵だけを見て、静かに歩く。
あと5歩。 ギィイ!ピギー!
あと4歩。 ガシャン!ガシャン!
あと3歩。 ブゥィイイイーーッッ!
あと2歩。 ギィィィ!!
あと1歩。 きゃあっ!

突然聞こえてきたシエスタの悲鳴に驚き、シエスタを見る。
シエスタはオークの興味を牽こうとして近づき過ぎたのだ。すでに片手を掴まれ、オークの牢屋に引きずり込まれそうになっている。
「やめなさい!」
気づいたときには叫んでいた。
オークの視線がルイズを捉えると、オークはその巨体からは想像も出来ない速度でルイズに接近し、ナワバリを荒らされた怒りをルイズにぶつけた。
強烈な一撃を受けたルイズは宙を舞い、鈍い音を立てて鉄格子に衝突し、力なく崩れ落ちた。

「ほっ!いい見せ物でしたな」
モット伯はそう呟くと、すでに興味は失ったのか、牢屋を後にした。
ルイズとシエスタの体を味わってやろうと思っていたが、オークに蹂躙された後では興味も失う。
オークに触れた者はオークと同じだと言わんばかりの態度で、モット伯は二人を見捨てた。



それが彼の命取りだった。



鉄格子に叩きつけられ、気を失うまでの一瞬の間に、ルイズは意識の中で誰かと会話していた。

『やれやれ…もう少し速く気絶してくれれば助けられたんだがな』
「…誰よ、あんた」
『俺のことはいい。時間がない、少し体を貸してもらう』
「あたしの体を?」
『このままじゃ助けられないんでな』
「助けるって、オークから? あんたが何者か知らないけど、出来るの?」
『ああ、任せな』

ルイズは、見ず知らずの相手に、まるで長年戦いを共にした戦友のような奇妙な感覚を覚えた。

そして「頼んだわよ」と告げて、意識を手放した。
----
//第六部,スタープラチナ
#center{[[前へ>奇妙なルイズ-11]]       [[目次>奇妙なルイズ]]       [[次へ>奇妙なルイズ-13]]}

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー