++第四話 ゼロのルイズ②++
「これは?」
「あんたの朝食よ」
床に置いてある皿を指差して、ルイズは言った。
皿の上にはいかにも固そうで、まずそうなパンが乗っている。
それと、おまけ程度に肉のかけらの浮いたスープ。それだけだ。
「椅子は?」
「あるわけないでしょ。あんたは床」
確かに自分は使い魔になると言った。でも、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。
花京院の中で葛藤が生まれる。ここまでされても許すのか、それとも怒るのか。
しかし、ルイズはさっさと花京院を無視し、食事の前の祈りを始めてしまった。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
他の生徒たちの唱和も重なり、食堂に響き渡る。
怒るタイミングを逃してしまい、花京院は握り締めた拳を下ろした。
食事はお世辞にもおいしそうとは言いがたいが、あるだけましだ。もし、彼女に召喚されていなかったら食事にさえありつけなかったかもしれない。
それに比べたらましだろう。たぶん。
パンを一口かじってみたら、予想通り固かった。
明日からはなんとかしよう。絶対に。
花京院は静かに決意した。
朝食を終えると、生徒たちはそれぞれ教室へと移動する。
ルイズと花京院がやってきたのは大学の講義室のような教室だった。
二人が教室に入ると、生徒の視線が二人に集中する。
からかうような視線や好奇心むきだしの視線に、思わず花京院は反感を覚えた。
笑い声の木霊する教室を歩き、席につく。
「あんた、なに椅子に座ってんのよ」
ルイズが文句を言うが、さすがにここまでは譲れなかった。
鋭い視線をルイズに向け、花京院は言った。
「このぐらいは構わないだろう」
穏やかながらも、その言葉に含まれたものを感じ取ったのか、ルイズはもう何も言わなかった。
扉が開いて、教師が入ってきた。
紫色のローブに身を包み、帽子をかぶった中年の女性だ。ふっくらとしていて、優しい雰囲気を漂わせている。
「あの人も魔法使いなのかい?」
「当たり前でしょ」
呆れたようにルイズは言う。
花京院は教師に視線を向けたまま、密かにスタンドを出してみた。
彼のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』を床の下で移動させ、教室の中央の空間に出現させる。
もしも、スタンド使いならば何らかの反応があるはず。
そう思ってのことだったが、教室にいる生徒はぴくりとも動かなかった。どうやら本当にスタンドが見えていないらしい。
スタンド使いはいない。そう考えてもよさそうだ。
花京院は何食わぬ顔でスタンドを回収した。
何も気付かなかった教師はまん丸の瞳で教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズはルイズの隣に座る花京院を見て、目を大きくした。
「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
とぼけたシュヴルーズの声に、教室に笑いが巻き起こった。
ルイズはうつむいている。
笑い声に満ちた教室で、誰かの声が響いた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」
その時、ルイズは立ち上がった。
長い、ブロンドの髪を揺らして、鈴の音のような澄んだ声で怒鳴る。
「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが出て来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
ルイズは声の主をにらみつけると、シュヴルーズに視線を移した。
「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ」
「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌは立ち上がり、ルイズを睨みつける。
教壇に立ったシュヴルーズは首を振って、小ぶりな杖を振った。
立ち上がった二人は糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」
いさめるようなシュヴルーズの言葉に、ルイズは申し訳無さそうにうなだれる。
いつもの生意気な態度が嘘のような変わりようだった。
「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
くすくすと教室から笑いがもれる。
シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回し、杖を振った。
忍び笑いしていた生徒たちの口に、どこからか現れた赤土の粘土が張り付く。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
教室は静かになった。
こほんと咳払いをすると、
「それでは授業を始めますよ」
そう前置きをして、シュヴルーズは説明し始めた。
魔法に興味のあった花京院は熱心に授業を聞いた。
わからないところはルイズに聞きながら、魔法についての知識を吸収していく。
魔法には『火』『水』『土』『風』という四つの基本的な属性がある。
その他に、失われた系統魔法の『虚無』があるが、今は使えるものがいない。
属性を組み合わせることによって、より強力な魔法が使える。
組み合わせられる属性の数によってメイジのレベルが決まるようだ。
そこまで聞いたところで、シュヴルーズの説明は終わった。
「それでは、実際にやってみてもらいましょう」
誰に当てようか生徒たちの顔を順々に眺めていたシュヴルーズはルイズと目があった。
シュヴルーズは柔らかい笑みを浮かべた。
「ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょうか」
生徒の視線がルイズに集まる。そのどれもが恐怖と心配の入り混じっていた。
いつまでも立ち上がらないルイズを花京院は不思議に思った。
「行ってきたらいいじゃないか。ご指名だろう?」
花京院も促すが、ルイズは困ったようにもじもじするだけだ。
シュヴルーズは再度呼びかけた。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
「先生」
おずおずと手を上げたのはキュルケだった。
「なんです? ミス・ツェルプトー」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケは、きっぱりと言った。
その言葉に、教室のほとんど全員が頷く。
ルイズのこめかみがぴくりと震えるのを花京院は見た。
「危険? どうしてですか?」
「先生はルイズを教えるの初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家だということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がった。
「やります」
緊張した顔で、ルイズは教室の前へと歩いていった。
花京院はその様子を後ろから眺める。
「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」
ルイズの隣でシュヴルーズは笑いかけた。
こくりと、小さな頭が上下に動く。
机の上に乗った小石を睨みつけ、ルイズは呪文を唱え始める。
その様子はいかにも魔法使いらしくて、花京院は少し感心した。
ルイズは呪文を唱え終えると、杖を振り下ろした。
――その瞬間、机ごと小石は爆発した。
爆風をもろに受けたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。
机の破片があちこちに飛んでいき、窓ガラスを割り、何人かの生徒に当たる。
爆発に驚いた使い魔たちが暴れだす。キュルケのサラマンダーが火を吐き、マンティコアが窓から飛び出していく。
外から大蛇が忍び込み、誰かのカラスを飲み込んだ。
教室の至るところから悲鳴が起こり、物の破壊音が響き渡る。
キュルケは立ち上がると、ルイズを指差した。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「俺のラッキーが! ラッキーが食われたー!」
花京院は呆然とその光景を眺めた。
黒板に叩きつけられたシュヴルーズは床に倒れたまま、ぴくぴくと痙攣している。
ルイズの顔はすすで真っ黒になり、制服もぼろぼろだった。
しかし、さすがというべきだろうか。ルイズは落ち着いていた。
顔についたすすをハンカチで拭い、淡々と感想をもらした。
「ちょっと失敗みたいね」
当然、他の生徒たちが反発した。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
花京院はやっと、『ゼロのルイズ』の意味を悟った。
そして、これからの行く末に暗雲が立ち込めていくような、そんな気がした。
ゼロのルイズに、スタンド使いの自分。
どちらもこの世界では異端の存在のようだ。
そんな二人が、果たしてこのまま無事にいられるのだろうか。
花京院の不安は尽きることがなさそうだった。
To be continued→
「これは?」
「あんたの朝食よ」
床に置いてある皿を指差して、ルイズは言った。
皿の上にはいかにも固そうで、まずそうなパンが乗っている。
それと、おまけ程度に肉のかけらの浮いたスープ。それだけだ。
「椅子は?」
「あるわけないでしょ。あんたは床」
確かに自分は使い魔になると言った。でも、この仕打ちはあんまりじゃないだろうか。
花京院の中で葛藤が生まれる。ここまでされても許すのか、それとも怒るのか。
しかし、ルイズはさっさと花京院を無視し、食事の前の祈りを始めてしまった。
「偉大なる始祖ブリミルと女王陛下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします」
他の生徒たちの唱和も重なり、食堂に響き渡る。
怒るタイミングを逃してしまい、花京院は握り締めた拳を下ろした。
食事はお世辞にもおいしそうとは言いがたいが、あるだけましだ。もし、彼女に召喚されていなかったら食事にさえありつけなかったかもしれない。
それに比べたらましだろう。たぶん。
パンを一口かじってみたら、予想通り固かった。
明日からはなんとかしよう。絶対に。
花京院は静かに決意した。
朝食を終えると、生徒たちはそれぞれ教室へと移動する。
ルイズと花京院がやってきたのは大学の講義室のような教室だった。
二人が教室に入ると、生徒の視線が二人に集中する。
からかうような視線や好奇心むきだしの視線に、思わず花京院は反感を覚えた。
笑い声の木霊する教室を歩き、席につく。
「あんた、なに椅子に座ってんのよ」
ルイズが文句を言うが、さすがにここまでは譲れなかった。
鋭い視線をルイズに向け、花京院は言った。
「このぐらいは構わないだろう」
穏やかながらも、その言葉に含まれたものを感じ取ったのか、ルイズはもう何も言わなかった。
扉が開いて、教師が入ってきた。
紫色のローブに身を包み、帽子をかぶった中年の女性だ。ふっくらとしていて、優しい雰囲気を漂わせている。
「あの人も魔法使いなのかい?」
「当たり前でしょ」
呆れたようにルイズは言う。
花京院は教師に視線を向けたまま、密かにスタンドを出してみた。
彼のスタンド、『法皇の緑(ハイエロファントグリーン)』を床の下で移動させ、教室の中央の空間に出現させる。
もしも、スタンド使いならば何らかの反応があるはず。
そう思ってのことだったが、教室にいる生徒はぴくりとも動かなかった。どうやら本当にスタンドが見えていないらしい。
スタンド使いはいない。そう考えてもよさそうだ。
花京院は何食わぬ顔でスタンドを回収した。
何も気付かなかった教師はまん丸の瞳で教室を見回すと、満足そうに微笑んで言った。
「皆さん。春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に、様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」
シュヴルーズはルイズの隣に座る花京院を見て、目を大きくした。
「おやおや、変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」
とぼけたシュヴルーズの声に、教室に笑いが巻き起こった。
ルイズはうつむいている。
笑い声に満ちた教室で、誰かの声が響いた。
「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」
その時、ルイズは立ち上がった。
長い、ブロンドの髪を揺らして、鈴の音のような澄んだ声で怒鳴る。
「違うわ! きちんと召喚したもの! こいつが出て来ちゃっただけよ!」
「嘘つくな! 『サモン・サーヴァント』ができなかったんだろう?」
ルイズは声の主をにらみつけると、シュヴルーズに視線を移した。
「ミセス・シュヴルーズ! 侮辱されました! かぜっぴきのマリコルヌがわたしを侮辱したわ」
「かぜっぴきだと? 俺は風上のマリコルヌだ! 風邪なんか引いてないぞ!」
「あんたのガラガラ声は、まるで風邪でも引いてるみたいなのよ!」
マリコルヌは立ち上がり、ルイズを睨みつける。
教壇に立ったシュヴルーズは首を振って、小ぶりな杖を振った。
立ち上がった二人は糸の切れた人形のように、すとんと席に落ちた。
「ミス・ヴァリエール。ミスタ・マリコルヌ。みっともない口論はおやめなさい」
いさめるようなシュヴルーズの言葉に、ルイズは申し訳無さそうにうなだれる。
いつもの生意気な態度が嘘のような変わりようだった。
「お友達をゼロだのかぜっぴきだの呼んではいけません。わかりましたか?
「ミセス・シュヴルーズ。僕のかぜっぴきはただの中傷ですが、ルイズのゼロは事実です」
くすくすと教室から笑いがもれる。
シュヴルーズは厳しい顔で教室を見回し、杖を振った。
忍び笑いしていた生徒たちの口に、どこからか現れた赤土の粘土が張り付く。
「あなたたちは、その格好で授業を受けなさい」
教室は静かになった。
こほんと咳払いをすると、
「それでは授業を始めますよ」
そう前置きをして、シュヴルーズは説明し始めた。
魔法に興味のあった花京院は熱心に授業を聞いた。
わからないところはルイズに聞きながら、魔法についての知識を吸収していく。
魔法には『火』『水』『土』『風』という四つの基本的な属性がある。
その他に、失われた系統魔法の『虚無』があるが、今は使えるものがいない。
属性を組み合わせることによって、より強力な魔法が使える。
組み合わせられる属性の数によってメイジのレベルが決まるようだ。
そこまで聞いたところで、シュヴルーズの説明は終わった。
「それでは、実際にやってみてもらいましょう」
誰に当てようか生徒たちの顔を順々に眺めていたシュヴルーズはルイズと目があった。
シュヴルーズは柔らかい笑みを浮かべた。
「ミス・ヴァリエール。あなたにやってもらいましょうか」
生徒の視線がルイズに集まる。そのどれもが恐怖と心配の入り混じっていた。
いつまでも立ち上がらないルイズを花京院は不思議に思った。
「行ってきたらいいじゃないか。ご指名だろう?」
花京院も促すが、ルイズは困ったようにもじもじするだけだ。
シュヴルーズは再度呼びかけた。
「ミス・ヴァリエール! どうしたのですか?」
「先生」
おずおずと手を上げたのはキュルケだった。
「なんです? ミス・ツェルプトー」
「やめといた方がいいと思いますけど……」
「どうしてですか?」
「危険です」
キュルケは、きっぱりと言った。
その言葉に、教室のほとんど全員が頷く。
ルイズのこめかみがぴくりと震えるのを花京院は見た。
「危険? どうしてですか?」
「先生はルイズを教えるの初めてですよね?」
「ええ。でも、彼女が努力家だということは聞いています。さぁ、ミス・ヴァリエール。やってごらんなさい。失敗を恐れていては、何もできませんよ?」
「ルイズ。やめて」
キュルケが蒼白な顔で言った。
しかし、ルイズは立ち上がった。
「やります」
緊張した顔で、ルイズは教室の前へと歩いていった。
花京院はその様子を後ろから眺める。
「そう緊張しなくても大丈夫ですよ。錬金したい金属を強く心に思い浮かべるのです」
ルイズの隣でシュヴルーズは笑いかけた。
こくりと、小さな頭が上下に動く。
机の上に乗った小石を睨みつけ、ルイズは呪文を唱え始める。
その様子はいかにも魔法使いらしくて、花京院は少し感心した。
ルイズは呪文を唱え終えると、杖を振り下ろした。
――その瞬間、机ごと小石は爆発した。
爆風をもろに受けたルイズとシュヴルーズは黒板に叩きつけられた。
机の破片があちこちに飛んでいき、窓ガラスを割り、何人かの生徒に当たる。
爆発に驚いた使い魔たちが暴れだす。キュルケのサラマンダーが火を吐き、マンティコアが窓から飛び出していく。
外から大蛇が忍び込み、誰かのカラスを飲み込んだ。
教室の至るところから悲鳴が起こり、物の破壊音が響き渡る。
キュルケは立ち上がると、ルイズを指差した。
「だから言ったのよ! あいつにやらせるなって!」
「もう! ヴァリエールは退学にしてくれよ!」
「俺のラッキーが! ラッキーが食われたー!」
花京院は呆然とその光景を眺めた。
黒板に叩きつけられたシュヴルーズは床に倒れたまま、ぴくぴくと痙攣している。
ルイズの顔はすすで真っ黒になり、制服もぼろぼろだった。
しかし、さすがというべきだろうか。ルイズは落ち着いていた。
顔についたすすをハンカチで拭い、淡々と感想をもらした。
「ちょっと失敗みたいね」
当然、他の生徒たちが反発した。
「ちょっとじゃないだろ! ゼロのルイズ!」
「いつだって成功の確率、ほとんどゼロじゃないかよ!」
花京院はやっと、『ゼロのルイズ』の意味を悟った。
そして、これからの行く末に暗雲が立ち込めていくような、そんな気がした。
ゼロのルイズに、スタンド使いの自分。
どちらもこの世界では異端の存在のようだ。
そんな二人が、果たしてこのまま無事にいられるのだろうか。
花京院の不安は尽きることがなさそうだった。
To be continued→