ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

星を見た使い魔-4

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匿名ユーザー

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 めちゃくちゃになった教室に残っているのは、この惨状を引き起こしたルイズ本人と徐倫だけだった。
 お互いに黙々と、しかし徐倫は教室の掃除や修繕をこなし、一方のルイズは部屋の隅に蹲ったまま少しも動かない。

「……ちょっと、落ち込んでる暇あったら手伝いなさいよ」
「うるさい」

 取り付く島も無いルイズの返答に、徐倫は苛立ったように舌打ちした。
 これまで堪えてきた事が無駄になるような、明確な反抗心の明示だった。
 舌打ちを聞き咎めたルイズが睨んでくるが、今度ははっきりと徐倫も睨み返す。

「何? 使い魔のクセに何か文句あるわけ?」
「二言目にはそれだ、『使い魔のクセに』 あたしが使い魔じゃなかったらそこまで威張れないだろ? 『魔法も使えないメイジのクセに』なんだからな」
「……ッ! わたしを馬鹿にしてるの!?」
「してるねッ、あからさまに……。甘ったれたお嬢様……今も不貞腐れて、自分の不始末の片付けもしようとしない。魔法が使える使えない以前の問題だ! 『馬鹿』が嫌なら『ガキ』でいい、お前なんか」

 ルイズと声を荒げて口論するなど、もう珍しい事ではなかったが、その時の徐倫は自分でもコントロールできないほど熱くなっていた。
 第一印象が最悪なルイズに対して信頼や友情など欠片も無い筈なのに、今、強い失望感を感じている。
 『ゼロのルイズ』という侮辱に晒され続けた少女の境遇を理解し、同情心や庇護欲が多少は湧いている筈なのに、それらを全部消し飛ばして言いようの無い苛立ちを抱いていた。
 悔しいと感じながらもただ蹲って周囲に棘を伸ばす事しかしないルイズの姿勢を見ていると、父に愛されていないと思い込み、いじけてグレていたかつての自分を嫌でも思い出す。
 徐倫のかつて無いほど容赦も遠慮も無い叱責に、ルイズは顔を真っ赤にして憎しみの視線を向けた。

「うるさいうるさいうるさいッ!! あんたなんかに何が分かるのよ!? どんなに頑張っても報われない、わたしの悔しさが! 『ゼロ』なんて呼ばれ続ける悔しさが、あんたになんか……っ!!」
「分からないわね。あたしは悔しがってれば何とかなるなんて、考えないから。悔しがる段階なんて、もう終わったのよ『お嬢様』 反省も努力もすればいい。でも、今は自分の失敗の後始末を……行動の『責任』を取るべきだわ。違う……?」

 口調は落ち着いているが、徐倫の言葉は変わらず叱責するような強い声色を孕んでいた。
 叱り飛ばすように真っ直ぐ見据える視線に耐え切れず、ルイズは顔を背けた。徐倫が自分よりずっと大人に思えた。
 『悔しがっていれば何とかなるなんて考えない』―――そう言う徐倫の言葉には『説得力』と『凄み』があった。それを実践してきたという、確固たる下地があった。
 敗北感と屈辱が、プライドの高い彼女の心を深く抉る。
 徐倫はルイズを『お嬢様』と呼ぶ。名前で一度も呼んでいない。その意味を、漠然と感じていた。

「うるさい……使い魔の、クセに……っ!」
「……もういいわ」

 苦し紛れの言葉に返された声は、酷く冷めていて、ルイズは突き放されたのだと感じた。
 急に言いようの無い不安と寂しさが湧き上がる。自分を見限ろうとする徐倫を、何とか引き止めたかった。

「あんたには……分からないわ」
「……」


「『家族』さえ、わたしを認めなかった……。二人の優秀な姉がいて、立派な血筋があって……でも、わたしは魔法が使えない! だから、両親だって何の期待もしなかった! 魔法が使えないせいで、わたしは親にさえ見捨てられて…………ぐぶッッ!?」


 自分の内に溜め込んだものを必死に吐き出していたルイズの言葉は、強制的に停止させられた。
 頬に感じた強い衝撃と共に体が宙に浮き、次の瞬間床に投げ出される。
 徐倫に殴られたのだ。しかも平手などではなく、容赦の無い拳によって。
 ルイズは初めて受けた暴力の痛みとショックで、床に這いつくばったまましばらく混乱していた。
 拳で殴られた経験など全くなかった。
 躾けの為にはたかれたとか、キュルケとの取っ組み合いで叩かれたとかいった類のものではなく、焼けるような激情を乗せた拳で殴り飛ばされたのだ。
 ルイズは自分を殴った使い魔を見た。睨むのではなく、放心したような呆然とした表情で。
 徐倫はそんなルイズを、凄まじい怒りの形相で見下ろしていた。

「……『親』が、『家族』が……お前を愛していないなんて……ッ。お前が言うなッ! どこまで独りよがりに甘ったれるつもりだッ!? このクソガキッ!!」

 血を吐くような怒号。教育の為に叱られた事がある程度の経験しかないルイズにとって、徐倫の激しい怒りは初めて感じる恐怖と不安だった。
 そのまま胸倉を掴み上げられる。
 思わず「ひ……っ」と悲鳴が漏れたが、徐倫は一切容赦をしなかった。

「さっき言ったとおり、あたしはお前の事なんて分からない。ひょっとしたら、お前の親は自分の子供に焼けたフライパンを押し付けて喜ぶような最低の親なのかもしれない。だが、『そんな事はない』とハッキリと反論出来るなら……尚のこと聞けッ!」

 互いの鼻先が触れ合う程に顔を付きつけて、徐倫は言った。

「『親』を、子供が理解するのは難しい……スゴク難しいんだッ。だけど、自分の独りよがりな考えで、『親』を疑うような事はするなッ! その身勝手さを、いつか『親』や『家族』の尊さに気付いた時、死んでしまいそうなほど後悔するッ! 絶対に……ッ!!」
「……」

 叫ぶ声には、激しい怒りと苛立ちと、そして哀しみがあった。
 徐倫はまだ何かを続けて言いそうになったが、それがもはやルイズに対する言葉ではなく、自分自身に向けて叫ぶ言葉になると理解して、静かに口を閉じた。
 そして、すぐに自己嫌悪が襲ってきた。
 気まずげに胸倉を掴んでいた手を離せば、ルイズが脱力するように床に座り込む。
 何を、しているのだろうか。今言った事全部、本当は昔の自分にぶつけてやりたい言葉だったのに、八つ当たりのように目の前の少女にぶつけてしまった。
 ただ、何も知らず父親や世間に反抗するだけだった昔の馬鹿な自分を、今のルイズは酷く思い起こさせるのだ。

「……悪かったわね。もういいから、出てって」

 未だ呆然としているルイズから目を逸らすように背を向けると、徐倫は再び作業に戻った。
 その後ろ姿をぼんやりと眺めていたルイズは、口から流れる血が止まる頃にようやく我に返ると、ハンカチで口を押さえながらフラフラと立ち上がった。
 殴られた頬が疼くように痛み、ぶつけられた罵倒が心を軋ませ、悔し涙が溢れてくる。憎い使い魔を見ようとせず、逃げるように教室の扉へ駆け寄って……ドアノブを握った時に、徐倫の言った言葉が思い起こされた。

 ―――反省も努力もすればいい。でも、今は自分の失敗の後始末を……行動の『責任』を取るべきだわ。

 ―――その身勝手さを、いつか『親』や『家族』の尊さに気付いた時、死んでしまいそうなほど後悔する。

「……わたし、は……っ」

 ただ、『誰か』に認めてもらいたいだけだった―――。


 ルイズはハンカチをポケットに突っ込むと、踵を返して徐倫の元に歩み寄り、彼女の握っていたモップを奪い取った。

「ちょっと……っ?」

 文句を言いかける徐倫を無視して、背を向けながら煤で汚れた床を磨き始める。ただ一心不乱に、まるで親の仇の如く。
 何か言いたそうな徐倫をひたすら無視し続けていたが、ふと動きを止めると、赤く腫らした痛々しい頬のまま肩越しに振り返って睨み付けた。

「あんたなんて……大嫌いよ! バカ!」

 何かもっと気の利いた事を言うつもりだったが、結局出てきたのはそんなありきたりな罵詈雑言だけだった。
 上手く口に出来ない悔しさでまた涙を滲ませながら、ルイズは徐倫に再び背を向けて掃除に集中した。

 一方の徐倫は先ほどまで自己嫌悪で久しぶりにネガティブな思考に捉われていたが、ルイズの唐突な行動や言葉に今は混乱していた。
 何と言ったものかよく分からず、結局何も言えずにルイズとは背中合わせのまま作業を再開した。
 互いに一言も声を交わさず、視線も交えず、必要な場合以外は協力もしないのに、目的だけは同じにして作業を続けていく。
 とてつもなく気まずい空気の中、ただ作業時間だけは当初の予定よりずっと短く済んだのは確かだった。



 昼休みになって、食堂へ向かう廊下の途中でも二人の気まずい空気は全く晴れなかった。
 相変わらず目は合わせない。
 ルイズは時間が経って頬の痛みと腫れが増すほどに沸々と怒りがこみ上げ、徐倫は時間が経って冷静になるほどに軽率で衝動的な行動過ぎたと大人気なさを反省した。
 食堂に着く頃には、二人のテンションはすっかり入れ替わった状態だった。
 頭が冷えた徐倫に、頭に血が上ってきたルイズ。
 ルイズの頬はもはや見た目にハッキリと分かるほど腫れ、ヒリヒリ痛い。きっと昼食で何を食べても美味しくないだろう。
 食堂の入り口に着くと、ルイズは勢いよく振り返った。無礼を働いた使い魔に痛烈な罰を与えるつもりだった。

 しかし、その意気込みも徐倫の目を見据えた途端霧散してしまう。

 殴られた事が怖いとかショックだったとか、それだけではなかった。
 徐倫の言った言葉が、酷く心に重く残って、どうすればいいのか分からなくなっていた。


「……ジョリーン、あんたは……その」
「……何?」
「……今日のご飯はヌキ! いいわね!」

 ルイズはやけっぱち気味にそう言うと、そのまま逃げるように食堂へ駆け込んでいった。
 そして残された徐倫は、ルイズの言葉に反発したり逆らったりする事も出来ず、小さくため息を吐いて廊下の壁にもたれ掛かった。
 空腹だし、理不尽だとも感じるが、正直ルイズに負い目もあるので甘んじて受け入れる他なかった。
 殴ったのはやりすぎだと思っていたのだ。ルイズの頬は何度見ても痛々しい。
 なまじ同性同士であっただけに、遠慮や容赦がなかったのがマズかった。もし徐倫が男だったなら、手加減したり暴力に忌避感を抱いたりしただろう。
 そもそも、ルイズの弱音などに対しても、あそこまで過激に反応しなかったかもしれない。
 いずれにせよ、現実として今回はやりすぎだ。徐倫は空腹に鳴る腹を押さえて、この罰を耐える事にした。


「あの……どうかなさいました?」

 そんな徐倫に声を掛けたのは、メイドの格好をした一人の少女だった。
 彼女の名前は『シエスタ』といった―――。




 To Be Continued →

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