康一とギーシュが、ヴェストリの広場で決闘を始めていた頃、学院長室ではコルベールが泡を飛ばしてオスマン説明していた。
春の使い魔召喚の際に、ルイズが康一という平民を呼び出したこと。
そして、その康一に刻まれたルーン文字が気になり、それを調べると、『始祖ブリミルの使い魔たち』という文献に、全く同じルーン文字が載っていたことを。
「なるほどのう……」
オスマンは、コルベールが描いた康一のルーン文字のスケッチを見ながら呟き、言葉を続けた。
「して、これは何の使い魔のルーンなんじゃ?」
「それなんですが、ここを見て下さい!」
コルベールは、『始祖ブリミルの使い魔たち』に書かれていた、ルーン文字の項を開いた。
そこには、様々な使い魔に刻まれていたルーン文字が表のようになって載っていた。
その表の中に、康一の手に刻まれたルーン文字と全く同じルーン文字が載っている。
オスマンは、そのルーン文字を見ながら目を見開いた。
「ふむ……。ほほう、これは……」
「もうお分かりかと思いますが、このルーンは何の使い魔のルーンであったか、書かれてないんです!」
オスマンは、長い髭を弄りながら首を傾げた。
「妙じゃのう……。他のルーンは全て名前が記されておるぞ。
ここに書かれている『ガンダールヴ』とかな……。なぜこれだけ記されてないんじゃ?」
何も名前が記されてないルーン文字を指差して質問してくるオスマンに戸惑いながらも、コルベールは質問に答える。
「自分なりに、二つの仮説を立てて見たのですが……」
「ふむ、言ってみなさい」
コルベールは、禿げ上がった頭をハンカチで拭きながら言った。
「まず一つは単純なものでして、単に書き忘れたか、ここの文字だけ剥げてしまったか……です」
「なるほど。して、もう一つは?」
「召喚後すぐに、何らかの原因でその使い魔が死に至ったか……です」
コルベールは、コホン、と咳払いをしてから話を続けた。
「この場合、何の種類で、どんな能力を持っていたのかわからず、名を記すことすら出来なくなりますからね……」
オスマンは瞑っていた目を静かに開くと、悟ったように言った。
「つまり、こういうことか? 『あの平民は未知の能力を持った、未知の使い魔である可能性がある』」
「Exactly(その通りでございます)」
コルベールが頭を下げながら答える。
そんなやり取りが行われてる時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰じゃ?」
オスマンがドアの前までいくと、ドアの向こうからロングビルの声が聞こえてきた。
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。
止めに入った教師がいましたが、生徒達に邪魔されて、止められないようです」
オスマンは、髭が揺れるほど深いため息をついて言った。
「まったく、暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」
『暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はいない』と聞き、
貴方もその一人よ、クソジジィ! と思いながら質問に答えるロングビル。
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
その名前を聞き、やれやれと言った感じで俯くオスマン。
「あの、グラモンとこのバカ息子か。あんな寄生虫なんぞ、放っておきなさい」
「しかし……」
「おおかた女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ? どうせマリコルヌのカスあたりじゃろう」
仮にも自分の生徒を、寄生虫だのカスだの酷い男だ……。などと思いながらコルベールは聞き耳を立てている。
「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」
オスマンとコルベールは顔を見合わせた。
「……なんじゃて?」
「ミス・ヴァリエールの使い魔の少年です。教師達が、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可がほしいと……」
オスマンの目が、鷹のように鋭く光った。
「アホか。たかがそんなことの為に、秘法を使えるか。もう一度言うぞ、放っておきなさい」
「……わかりました」
ミス・ロングビルが去っていく足音が聞こえた。
コルベールは唾を飲み込んで、オスマンに質問した。
「オールド・オスマン、まさか……」
「うむ、その『まさか』じゃ。もしかしたら凄いものが見られるかもしれんぞ」
そう言って、オスマンは杖を振った。
壁に掛かった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出される。
「オールド・オスマン! 危険すぎます! 万が一、あのルーンにとてつもない能力が秘められていたら……」
「その時は私が責任を取ろう。私はただ純粋に、どんなものか見てみたいのじゃよ。キミだってそうだろう?」
コルベールは静かに目を瞑り、軽く頷いた。
オスマンは、鏡の前にあった椅子に座り、ギーシュと康一の戦いの様子を静観し始めた。
康一の怒りは頂点に達していた。
目の前いる男、ギーシュは何の関係もないシエスタを傷つけた。
彼女は気絶しただけで済んだが、もし当たり所が悪ければ最悪の事態もありえた。
「よくもシエスタさんを……」
そう言って、康一は怒りの眼差しでギーシュを睨みつける。
一方、ギーシュは突然の乱入者によって完全に動揺していた。
「ぼ、僕のせいじゃない……あ、あんなの予測できるはずがない……!」
ギーシュは、今まで女を泣かしたことは何度もあったが、殴ったりしたことは一度も無かった。
それは、貴族だろうと平民だろうと、美人であろうとブスであろうと例外は無い。
ギーシュにとって、女を殴ったり蹴ったりするのは、この世でもっとも最低の行為であると思っているからだ。
「あ、あれは……あれは不可抗力だ……」
しかし、不可抗力とはいえ、女を殴ってしまった事実は揺ぎ無かった。
康一は、どんどんギーシュに近寄ってくる。
ギーシュの頭の中は、後悔、混乱、恐怖といった感情がぐるぐると交差していた。
「ち、近寄るな……」
ガタガタと震えながら後ずさりするギーシュ。
康一が迫ってくる恐怖に我慢できなくなり、ギーシュの理性が弾けた。
「ぼ、僕のそばに近寄るなああー――ッ!」
鬼でも見たかのような表情で薔薇を振り、ゴーレム達に攻撃を命じる。
一体のゴーレムが康一を攻撃しようとした瞬間、『ドガァァァン』という音と共に、粉々に弾けとんだ。
「あ……ああ……うわぁぁぁああああああー――ッ!!」
二体目、三体目のゴーレムが康一に殴りかかる。
康一が、少し体をずらした次の瞬間、二体目と三体目のゴーレムが『ズバッ』という音と共に、豆腐のように切り裂かれた。
二体のゴーレムは、真っ二つになって地面に転がる。
「く、来るなッ! 来るなッ! 来るなぁぁぁあああああー――ッ!!」
残りのゴーレムで、一斉に康一を攻撃する。
四方を取り囲み、完全に康一の体を捕らえたと思った瞬間、『ドンッ』という音と共に、全てのゴーレムが上空に吹っ飛んだ。
康一の後方で激しい金属音を立てながら、ゴーレムは思い切り地面に体を叩きつけ、バラバラに分解した。
「うぁ……ぁぁああ……」
全てのゴーレムがやられ、無防備になったギーシュを守る者はどこにもいなかった。
ギーシュの頭に絶望の二文字が浮かんだ。
一瞬でゴーレム達を倒したバケモノ、勝てるわけがない……。
そう思いながら、震えていたギーシュの目の前に康一が迫る。
「ひッ! く、来るなッ! 来ないでくれぇぇぇぇええええー――ッ!」
ギーシュは自分の杖である薔薇を投げ捨て、康一から逃げようとする。
しかし、ACT2は既に、ギーシュに『ピタッ』という音を張っており、ギーシュは一歩も動けなかった。
康一は、身動きが取れないギーシュを、鋭い眼差しで睨みつける。
ギーシュは、まるで巨大な鬼か悪魔に見下ろされたような気分になり、全身をガタガタと震わせていた。
「ひぃぃッ! こ、殺さないでくれ……! た、頼む……!」
康一は、命乞いするギーシュを無言でブン殴った。
エコーズではなく、自分自身の拳でギーシュに右ストレートを浴びせていた。
『ピタッ』という音が剥がれ、ギーシュは地面に転がった。
「あが……ぐぐぐ……ぐ……」
「いいかッ! 今のは、シエスタさんを侮辱した分だッ! そしてッ!」
康一は、ギーシュの胸倉を掴んで、さっきよりも強く拳を握り締める。
「これはお前のガラクタに殴られた、シエスタさんの痛みだァー―――――ッ!!」
「うわぁぁぁあああああああああー――――――ッ!!」
康一の渾身を込めた一撃が、ギーシュの顔面ど真ん中にクリーンヒットする。
前歯が一本抜け落ち、ギーシュは顔面を押さえながらもだえている。
康一は、地面を転げまわっているギーシュに馬乗りなった。
「も、もう止めてくれッ! 僕が悪かったッ! 謝るッ! 謝るからもう許してくれぇ……」
情けない声を上げながら、ギーシュは涙を流した。
「僕のことなんてどうでもいい……」
康一は、気絶しているシエスタをチラリと見て言葉を続ける。
「シエスタさんに言った言葉を取り消せ。そしてちゃんと頭を下げて謝るんだッ!」
「わ、分かった……。取り消す! ちゃんと謝るッ! なんでもするッ!」
馬乗りになっていた体勢を解き、康一は立ち上がった。
「本当だな? 嘘をついたら承知しないぞッ!」
「き、貴族の誇りに誓う!」
康一はニヤリと笑って、ギーシュを指差して言った。
「よし、なんでもするって言ったな……。 それじゃあ明日からさっそく……炊事、洗濯、家事の世話を全部やれ!」
「えッ!!」
「フフ……ジョーダン! ほんのジョーダンだって! フフフ……」
ギーシュの肩にポンっと手を置いて、康一はシエスタの所へ向かった。
康一に脅されたギーシュは、涙を流しながら呆けていた。
「……。(じょ、冗談に……き、聞こえなかった……)」
シエスタを抱え、歩き出そうとする康一の元に、ルイズが駆け寄った。
「コーイチ!」
「どうだい、勝ったぞ……。少しは僕のこと見直してくれたかい?」
「ふ、ふんだ。ギーシュが弱かっただけよ!」
突如、康一に重い疲労感が襲った。膝が抜け、力が一気に抜ける。
「そ、そんなことより、治療……」
「ぼ、僕は後回しでいいからさ……シエスタさんのこと……頼むよ……」
抱きかかえていたシエスタをそっと置いて、康一は地面に倒れた。
意識が朦朧とする康一に、ルイズの叫び声が聞こえてくる。
――そういえば……僕のエコーズACT2は、物理的ダメージはないはずなのに……
どうしてあのゴーレムに対しては爆発させたり、分断させたりできたんだろうか?
しかも……今までにない物凄いスピードで……まあ、今は……休みたい……な――
そんな風に思いながら、康一の意識は闇へと沈んだ。
それと同時に、康一のルーン文字の光もふっと消えた。
広瀬康一――気絶。ルイズの治療を受ける。
シエスタ――大した怪我じゃなかったため、この後、すぐに目を覚ました。
ギーシュ――この後、シエスタに謝りに行った。前歯が一本抜けたため、『歯抜け(マヌケ)のギーシュ』というあだ名がついた。
To Be Continued →
春の使い魔召喚の際に、ルイズが康一という平民を呼び出したこと。
そして、その康一に刻まれたルーン文字が気になり、それを調べると、『始祖ブリミルの使い魔たち』という文献に、全く同じルーン文字が載っていたことを。
「なるほどのう……」
オスマンは、コルベールが描いた康一のルーン文字のスケッチを見ながら呟き、言葉を続けた。
「して、これは何の使い魔のルーンなんじゃ?」
「それなんですが、ここを見て下さい!」
コルベールは、『始祖ブリミルの使い魔たち』に書かれていた、ルーン文字の項を開いた。
そこには、様々な使い魔に刻まれていたルーン文字が表のようになって載っていた。
その表の中に、康一の手に刻まれたルーン文字と全く同じルーン文字が載っている。
オスマンは、そのルーン文字を見ながら目を見開いた。
「ふむ……。ほほう、これは……」
「もうお分かりかと思いますが、このルーンは何の使い魔のルーンであったか、書かれてないんです!」
オスマンは、長い髭を弄りながら首を傾げた。
「妙じゃのう……。他のルーンは全て名前が記されておるぞ。
ここに書かれている『ガンダールヴ』とかな……。なぜこれだけ記されてないんじゃ?」
何も名前が記されてないルーン文字を指差して質問してくるオスマンに戸惑いながらも、コルベールは質問に答える。
「自分なりに、二つの仮説を立てて見たのですが……」
「ふむ、言ってみなさい」
コルベールは、禿げ上がった頭をハンカチで拭きながら言った。
「まず一つは単純なものでして、単に書き忘れたか、ここの文字だけ剥げてしまったか……です」
「なるほど。して、もう一つは?」
「召喚後すぐに、何らかの原因でその使い魔が死に至ったか……です」
コルベールは、コホン、と咳払いをしてから話を続けた。
「この場合、何の種類で、どんな能力を持っていたのかわからず、名を記すことすら出来なくなりますからね……」
オスマンは瞑っていた目を静かに開くと、悟ったように言った。
「つまり、こういうことか? 『あの平民は未知の能力を持った、未知の使い魔である可能性がある』」
「Exactly(その通りでございます)」
コルベールが頭を下げながら答える。
そんなやり取りが行われてる時、ドアをノックする音が聞こえてきた。
「誰じゃ?」
オスマンがドアの前までいくと、ドアの向こうからロングビルの声が聞こえてきた。
「私です。オールド・オスマン」
「なんじゃ?」
「ヴェストリの広場で決闘をしている生徒がいるようです。大騒ぎになっています。
止めに入った教師がいましたが、生徒達に邪魔されて、止められないようです」
オスマンは、髭が揺れるほど深いため息をついて言った。
「まったく、暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はおらんわい。で、誰が暴れておるんだね?」
『暇をもてあました貴族ほど、性質の悪い生き物はいない』と聞き、
貴方もその一人よ、クソジジィ! と思いながら質問に答えるロングビル。
「一人は、ギーシュ・ド・グラモン」
その名前を聞き、やれやれと言った感じで俯くオスマン。
「あの、グラモンとこのバカ息子か。あんな寄生虫なんぞ、放っておきなさい」
「しかし……」
「おおかた女の子の取り合いじゃろう。相手は誰じゃ? どうせマリコルヌのカスあたりじゃろう」
仮にも自分の生徒を、寄生虫だのカスだの酷い男だ……。などと思いながらコルベールは聞き耳を立てている。
「……それが、メイジではありません。ミス・ヴァリエールの使い魔の少年のようです」
オスマンとコルベールは顔を見合わせた。
「……なんじゃて?」
「ミス・ヴァリエールの使い魔の少年です。教師達が、決闘を止めるために『眠りの鐘』の使用許可がほしいと……」
オスマンの目が、鷹のように鋭く光った。
「アホか。たかがそんなことの為に、秘法を使えるか。もう一度言うぞ、放っておきなさい」
「……わかりました」
ミス・ロングビルが去っていく足音が聞こえた。
コルベールは唾を飲み込んで、オスマンに質問した。
「オールド・オスマン、まさか……」
「うむ、その『まさか』じゃ。もしかしたら凄いものが見られるかもしれんぞ」
そう言って、オスマンは杖を振った。
壁に掛かった大きな鏡に、ヴェストリ広場の様子が映し出される。
「オールド・オスマン! 危険すぎます! 万が一、あのルーンにとてつもない能力が秘められていたら……」
「その時は私が責任を取ろう。私はただ純粋に、どんなものか見てみたいのじゃよ。キミだってそうだろう?」
コルベールは静かに目を瞑り、軽く頷いた。
オスマンは、鏡の前にあった椅子に座り、ギーシュと康一の戦いの様子を静観し始めた。
康一の怒りは頂点に達していた。
目の前いる男、ギーシュは何の関係もないシエスタを傷つけた。
彼女は気絶しただけで済んだが、もし当たり所が悪ければ最悪の事態もありえた。
「よくもシエスタさんを……」
そう言って、康一は怒りの眼差しでギーシュを睨みつける。
一方、ギーシュは突然の乱入者によって完全に動揺していた。
「ぼ、僕のせいじゃない……あ、あんなの予測できるはずがない……!」
ギーシュは、今まで女を泣かしたことは何度もあったが、殴ったりしたことは一度も無かった。
それは、貴族だろうと平民だろうと、美人であろうとブスであろうと例外は無い。
ギーシュにとって、女を殴ったり蹴ったりするのは、この世でもっとも最低の行為であると思っているからだ。
「あ、あれは……あれは不可抗力だ……」
しかし、不可抗力とはいえ、女を殴ってしまった事実は揺ぎ無かった。
康一は、どんどんギーシュに近寄ってくる。
ギーシュの頭の中は、後悔、混乱、恐怖といった感情がぐるぐると交差していた。
「ち、近寄るな……」
ガタガタと震えながら後ずさりするギーシュ。
康一が迫ってくる恐怖に我慢できなくなり、ギーシュの理性が弾けた。
「ぼ、僕のそばに近寄るなああー――ッ!」
鬼でも見たかのような表情で薔薇を振り、ゴーレム達に攻撃を命じる。
一体のゴーレムが康一を攻撃しようとした瞬間、『ドガァァァン』という音と共に、粉々に弾けとんだ。
「あ……ああ……うわぁぁぁああああああー――ッ!!」
二体目、三体目のゴーレムが康一に殴りかかる。
康一が、少し体をずらした次の瞬間、二体目と三体目のゴーレムが『ズバッ』という音と共に、豆腐のように切り裂かれた。
二体のゴーレムは、真っ二つになって地面に転がる。
「く、来るなッ! 来るなッ! 来るなぁぁぁあああああー――ッ!!」
残りのゴーレムで、一斉に康一を攻撃する。
四方を取り囲み、完全に康一の体を捕らえたと思った瞬間、『ドンッ』という音と共に、全てのゴーレムが上空に吹っ飛んだ。
康一の後方で激しい金属音を立てながら、ゴーレムは思い切り地面に体を叩きつけ、バラバラに分解した。
「うぁ……ぁぁああ……」
全てのゴーレムがやられ、無防備になったギーシュを守る者はどこにもいなかった。
ギーシュの頭に絶望の二文字が浮かんだ。
一瞬でゴーレム達を倒したバケモノ、勝てるわけがない……。
そう思いながら、震えていたギーシュの目の前に康一が迫る。
「ひッ! く、来るなッ! 来ないでくれぇぇぇぇええええー――ッ!」
ギーシュは自分の杖である薔薇を投げ捨て、康一から逃げようとする。
しかし、ACT2は既に、ギーシュに『ピタッ』という音を張っており、ギーシュは一歩も動けなかった。
康一は、身動きが取れないギーシュを、鋭い眼差しで睨みつける。
ギーシュは、まるで巨大な鬼か悪魔に見下ろされたような気分になり、全身をガタガタと震わせていた。
「ひぃぃッ! こ、殺さないでくれ……! た、頼む……!」
康一は、命乞いするギーシュを無言でブン殴った。
エコーズではなく、自分自身の拳でギーシュに右ストレートを浴びせていた。
『ピタッ』という音が剥がれ、ギーシュは地面に転がった。
「あが……ぐぐぐ……ぐ……」
「いいかッ! 今のは、シエスタさんを侮辱した分だッ! そしてッ!」
康一は、ギーシュの胸倉を掴んで、さっきよりも強く拳を握り締める。
「これはお前のガラクタに殴られた、シエスタさんの痛みだァー―――――ッ!!」
「うわぁぁぁあああああああああー――――――ッ!!」
康一の渾身を込めた一撃が、ギーシュの顔面ど真ん中にクリーンヒットする。
前歯が一本抜け落ち、ギーシュは顔面を押さえながらもだえている。
康一は、地面を転げまわっているギーシュに馬乗りなった。
「も、もう止めてくれッ! 僕が悪かったッ! 謝るッ! 謝るからもう許してくれぇ……」
情けない声を上げながら、ギーシュは涙を流した。
「僕のことなんてどうでもいい……」
康一は、気絶しているシエスタをチラリと見て言葉を続ける。
「シエスタさんに言った言葉を取り消せ。そしてちゃんと頭を下げて謝るんだッ!」
「わ、分かった……。取り消す! ちゃんと謝るッ! なんでもするッ!」
馬乗りになっていた体勢を解き、康一は立ち上がった。
「本当だな? 嘘をついたら承知しないぞッ!」
「き、貴族の誇りに誓う!」
康一はニヤリと笑って、ギーシュを指差して言った。
「よし、なんでもするって言ったな……。 それじゃあ明日からさっそく……炊事、洗濯、家事の世話を全部やれ!」
「えッ!!」
「フフ……ジョーダン! ほんのジョーダンだって! フフフ……」
ギーシュの肩にポンっと手を置いて、康一はシエスタの所へ向かった。
康一に脅されたギーシュは、涙を流しながら呆けていた。
「……。(じょ、冗談に……き、聞こえなかった……)」
シエスタを抱え、歩き出そうとする康一の元に、ルイズが駆け寄った。
「コーイチ!」
「どうだい、勝ったぞ……。少しは僕のこと見直してくれたかい?」
「ふ、ふんだ。ギーシュが弱かっただけよ!」
突如、康一に重い疲労感が襲った。膝が抜け、力が一気に抜ける。
「そ、そんなことより、治療……」
「ぼ、僕は後回しでいいからさ……シエスタさんのこと……頼むよ……」
抱きかかえていたシエスタをそっと置いて、康一は地面に倒れた。
意識が朦朧とする康一に、ルイズの叫び声が聞こえてくる。
――そういえば……僕のエコーズACT2は、物理的ダメージはないはずなのに……
どうしてあのゴーレムに対しては爆発させたり、分断させたりできたんだろうか?
しかも……今までにない物凄いスピードで……まあ、今は……休みたい……な――
そんな風に思いながら、康一の意識は闇へと沈んだ。
それと同時に、康一のルーン文字の光もふっと消えた。
広瀬康一――気絶。ルイズの治療を受ける。
シエスタ――大した怪我じゃなかったため、この後、すぐに目を覚ました。
ギーシュ――この後、シエスタに謝りに行った。前歯が一本抜けたため、『歯抜け(マヌケ)のギーシュ』というあだ名がついた。
To Be Continued →