++第三話 ゼロのルイズ①++
花京院典明が目覚めて、初めて目にしたものは昨晩ルイズが投げてよこした下着だった。
横に転がっているそれから視線を外し、起き上がる。
隣にあるベッドではルイズが寝気を立てている。子供らしい、あどけない寝顔だ。
「やっぱり夢じゃないのか」
心のどこかで期待していたことに裏切られる。やはり現実だった。
学生服の乱れを直し、花京院はルイズを起こしにかかった。
肩を叩いてみるが、起きない。
今度は枕を取ってみるが、起きない。
毛布をはいだところで、ようやくルイズが目覚めた。
「な、なに! なにごと!」
「朝だ。ルイズ」
「はえ? そ、そう……って誰よあんた!」
ルイズは寝ぼけた声で怒鳴った。顔がふにゃふにゃで、まだ眠そうだ。
「花京院典明。君の使い魔だ」
「使い魔? ああ、使い魔ね。昨日召喚したんだっけ」
ルイズは起き上がると、あくびをした。それから花京院に命じる。
「服」
椅子にかかった制服をルイズの側に置いた。
だるそうに寝巻きを脱ぎ始めるルイズに背中を向ける。
「下着」
「自分で取らないのかい?」
「なんで取る必要があるのよー」
寝起きのせいか間延びした声で反論する。
ここでもめるのも面倒なので、素直に従うことにした。
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しに入ってる」
下着を適当に取り出し、後ろに放り投げた。
ごそごそとルイズが着替える音がした後、
「服着せて」
「それも僕が?」
「あたりまえでしょ」
花京院はややうつむき加減で振り向く。
彼も一応思春期の少年である。多少なりともそういう情はある。
さすがに直視するのには抵抗があったのだが……ルイズの身体を見て、すぐに元の表情に戻った。
ルイズの身体はまだまだ未発達だった。いくら下着姿だといっても、女らしい膨らみが全然ないので、焦ることも意識することもない。
着替えを手伝っているうちに、少女の着替えを手伝っているのか、少年の着替えを手伝っているのかさえ曖昧になってきた。
最後にマントの紐を締め、着替えは終了した。
ルイズと部屋を出ると、丁度隣の部屋のドアも開いた。
似たような木のドアが開き、現れたのは燃えるような赤い髪の少女だった。
ルイズより背が高く、花京院より若干低めの身長で、むせるような色気を放っている。
ブラウスのボタンを上から二つ外し、胸元を覗かせている。褐色の肌はいかにも健康そうだった。
身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ……、全てがルイズと対照的だった。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめ、嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「あなたの使い魔って、それ?」
ルイズがうつむいて黙り込むと、キュルケはそれを肯定と受け取ったようだ。
「あっはっは! 『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出すなんてあなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
……ゼロ?
花京院がルイズに目をやると、ルイズの白い頬は朱に染まっていた。
「うるさいわね」
「あたしも昨日召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功だったけど」
「あっそ」
「どうせ召喚するならこういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケがそう声で呼びかけると、キュルケの部屋からのそのそと赤い何かが這い出てきた。
それは巨大なトカゲだった。全身真っ赤で、尻尾の先には小さな炎が灯っている。
むんとした熱気に、花京院は顔の前で手を振った。
「それは……?」
「もしかして、あなた、火トカゲを見るのは初めて?」
「ああ、初めてだ。しかし、鎖につながなくて大丈夫なのかい?」
「平気よ。あたしから命令しない限り襲ったりしないわ」
キュルケは顎に手をそえ、色っぽく首を傾げる。
悔しそうにトカゲを見ていたルイズは聞いた。
「これってサラマンダー?」
ルイズの顔を見て、キュルケは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そうよー。火トカゲよー。しかも見てよこの尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー。
とても値段なんかつかないわよ」
「そりゃよかったわね」
「素敵でしょ。あたしの属性にぴったり」
誇らしげに胸を張るキュルケに対抗してルイズも胸を張るが、全く勝負にならない。
ルイズをからかうのに満足したようで、キュルケは花京院に目を向けた。
「あなた、お名前は?」
「花京院典明」
「カキョウイン? 変な名前ね。ふーん」
キュルケは品定めするように花京院を見つめる。
「まあいいわ。じゃあ、お先に失礼」
赤い髪をかきあげ、さっそうとキュルケは歩き去っていった。
キュルケがいなくなると、ルイズは小さな肩を震わせた。
短い付き合いでも花京院はルイズの状態がわかった。
怒っているのだ。
「くやしー! なによあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう! それなのに私はあんただし!」
「気にしなければいいじゃないか」
「そういう問題じゃないの! メイジの実力を見るには使い魔を見ろって言われてるぐらいなのよ! それなのに……ああもう!」
大げさにうなだれるルイズ。
それを呆れながら眺めて、ふと思い出した。
「ところで、『ゼロ』って君のあだなかい?」
ぴくん、とルイズの肩が上がった。
怒りと不安がないまぜになったような表情を浮かべている。
「な、なんであんたがそれを?」
「さっき彼女が言ってたじゃないか」
「ああ、そうだったわね。ゼロはただのあだなよ」
「でも、どうして?」
「あんたが知らなくてもいいことよ」
急に突き放すような口調でルイズは言った。
頭は悪くは無さそうだったので、身長とか胸のことだろうな、と見当をつけた。
怒らせる必要もないので、その話題はそこで終わらせることにする。
「それより、今からどこへ行くんだ?」
「朝食を食べに行くのよ」
マントをなびかせながらルイズは歩き始めた。
To be continued→
花京院典明が目覚めて、初めて目にしたものは昨晩ルイズが投げてよこした下着だった。
横に転がっているそれから視線を外し、起き上がる。
隣にあるベッドではルイズが寝気を立てている。子供らしい、あどけない寝顔だ。
「やっぱり夢じゃないのか」
心のどこかで期待していたことに裏切られる。やはり現実だった。
学生服の乱れを直し、花京院はルイズを起こしにかかった。
肩を叩いてみるが、起きない。
今度は枕を取ってみるが、起きない。
毛布をはいだところで、ようやくルイズが目覚めた。
「な、なに! なにごと!」
「朝だ。ルイズ」
「はえ? そ、そう……って誰よあんた!」
ルイズは寝ぼけた声で怒鳴った。顔がふにゃふにゃで、まだ眠そうだ。
「花京院典明。君の使い魔だ」
「使い魔? ああ、使い魔ね。昨日召喚したんだっけ」
ルイズは起き上がると、あくびをした。それから花京院に命じる。
「服」
椅子にかかった制服をルイズの側に置いた。
だるそうに寝巻きを脱ぎ始めるルイズに背中を向ける。
「下着」
「自分で取らないのかい?」
「なんで取る必要があるのよー」
寝起きのせいか間延びした声で反論する。
ここでもめるのも面倒なので、素直に従うことにした。
「そこのー、クローゼットのー、一番下の引き出しに入ってる」
下着を適当に取り出し、後ろに放り投げた。
ごそごそとルイズが着替える音がした後、
「服着せて」
「それも僕が?」
「あたりまえでしょ」
花京院はややうつむき加減で振り向く。
彼も一応思春期の少年である。多少なりともそういう情はある。
さすがに直視するのには抵抗があったのだが……ルイズの身体を見て、すぐに元の表情に戻った。
ルイズの身体はまだまだ未発達だった。いくら下着姿だといっても、女らしい膨らみが全然ないので、焦ることも意識することもない。
着替えを手伝っているうちに、少女の着替えを手伝っているのか、少年の着替えを手伝っているのかさえ曖昧になってきた。
最後にマントの紐を締め、着替えは終了した。
ルイズと部屋を出ると、丁度隣の部屋のドアも開いた。
似たような木のドアが開き、現れたのは燃えるような赤い髪の少女だった。
ルイズより背が高く、花京院より若干低めの身長で、むせるような色気を放っている。
ブラウスのボタンを上から二つ外し、胸元を覗かせている。褐色の肌はいかにも健康そうだった。
身長、肌の色、雰囲気、胸の大きさ……、全てがルイズと対照的だった。
彼女はルイズを見ると、にやっと笑った。
「おはよう。ルイズ」
ルイズは顔をしかめ、嫌そうに挨拶を返した。
「おはよう。キュルケ」
「あなたの使い魔って、それ?」
ルイズがうつむいて黙り込むと、キュルケはそれを肯定と受け取ったようだ。
「あっはっは! 『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出すなんてあなたらしいわ。さすがはゼロのルイズ」
……ゼロ?
花京院がルイズに目をやると、ルイズの白い頬は朱に染まっていた。
「うるさいわね」
「あたしも昨日召喚したのよ。誰かさんと違って一発で成功だったけど」
「あっそ」
「どうせ召喚するならこういうのがいいわよねぇ~。フレイムー」
キュルケがそう声で呼びかけると、キュルケの部屋からのそのそと赤い何かが這い出てきた。
それは巨大なトカゲだった。全身真っ赤で、尻尾の先には小さな炎が灯っている。
むんとした熱気に、花京院は顔の前で手を振った。
「それは……?」
「もしかして、あなた、火トカゲを見るのは初めて?」
「ああ、初めてだ。しかし、鎖につながなくて大丈夫なのかい?」
「平気よ。あたしから命令しない限り襲ったりしないわ」
キュルケは顎に手をそえ、色っぽく首を傾げる。
悔しそうにトカゲを見ていたルイズは聞いた。
「これってサラマンダー?」
ルイズの顔を見て、キュルケは勝ち誇ったような笑みを浮かべた。
「そうよー。火トカゲよー。しかも見てよこの尻尾。ここまで鮮やかで大きい炎の尻尾は、間違いなく火竜山脈のサラマンダー。
とても値段なんかつかないわよ」
「そりゃよかったわね」
「素敵でしょ。あたしの属性にぴったり」
誇らしげに胸を張るキュルケに対抗してルイズも胸を張るが、全く勝負にならない。
ルイズをからかうのに満足したようで、キュルケは花京院に目を向けた。
「あなた、お名前は?」
「花京院典明」
「カキョウイン? 変な名前ね。ふーん」
キュルケは品定めするように花京院を見つめる。
「まあいいわ。じゃあ、お先に失礼」
赤い髪をかきあげ、さっそうとキュルケは歩き去っていった。
キュルケがいなくなると、ルイズは小さな肩を震わせた。
短い付き合いでも花京院はルイズの状態がわかった。
怒っているのだ。
「くやしー! なによあの女! 自分が火竜山脈のサラマンダーを召喚したからって! ああもう! それなのに私はあんただし!」
「気にしなければいいじゃないか」
「そういう問題じゃないの! メイジの実力を見るには使い魔を見ろって言われてるぐらいなのよ! それなのに……ああもう!」
大げさにうなだれるルイズ。
それを呆れながら眺めて、ふと思い出した。
「ところで、『ゼロ』って君のあだなかい?」
ぴくん、とルイズの肩が上がった。
怒りと不安がないまぜになったような表情を浮かべている。
「な、なんであんたがそれを?」
「さっき彼女が言ってたじゃないか」
「ああ、そうだったわね。ゼロはただのあだなよ」
「でも、どうして?」
「あんたが知らなくてもいいことよ」
急に突き放すような口調でルイズは言った。
頭は悪くは無さそうだったので、身長とか胸のことだろうな、と見当をつけた。
怒らせる必要もないので、その話題はそこで終わらせることにする。
「それより、今からどこへ行くんだ?」
「朝食を食べに行くのよ」
マントをなびかせながらルイズは歩き始めた。
To be continued→