ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

星を見た使い魔-3

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 トリステイン魔法学院の食堂は、学園の敷地内で一番背の高い、真ん中の本塔の中にあった。

「うっそォ……」

 並大抵の出来事には動じないだけの経験をしてきたつもりの徐倫だったが、同じ広大な食堂でも刑務所の物とは全く違う内容に思わず呆気に取られていた。
 幾人もの囚人がひしめき合う狭苦しさなど、ダンスホールのようなこの食堂には影も無く、態度のデカイ看守の代わりにメイド服姿の給仕が慎ましく貴族の食事を用意している。
 ピカピカに磨かれた長テーブルの上には、徐倫のように粗末な穴倉飯を経験した事のない一般庶民でも十分感動出来てしまうほど豪勢な『朝食』が並んでいた。

 "Oh, my GOD!!"

 徐倫は思わずこの世界の不条理を嘆いた。
 現代社会には有り得ない、分かりやすい身分制度の上下がこの食事一つに表されている。

「なんつー露骨な社会的格差ッ! あのメイドとあんたらが同じもの食ってるワケないわよね?」
「当然でしょ。ここの奉公人は皆平民よ。貴族と同じ物が食べられるわけないじゃない」

 本当に微塵の疑いも無く言い切るルイズの言葉に、徐倫は眩暈がした。薄々感じていたが、この世界の社会は元の世界の中世時代に匹敵する。
 もう自分の常識が通じる世界ではないのだと痛感した徐倫は、頭を抱えながらもルイズの促すまま彼女の席を引いて座らせた。

「……しかし、スゴイ料理ね」

 ルイズに倣うように隣へ座る。
 この世界の社会形態に当初は驚きもしたが、いざ食卓に着くと、別の感動が徐倫の中に湧き上がってきた。
 言うまでも無く、一般的な庶民層出身の徐倫が食べた事はもちろん、見た事も無い豪勢な料理が視界一杯に並んでいる様はまさに圧巻だった。

「いや、ホントにスゴイわァ……」

 呆けながら、無意識に顔はにやけてしまう。
 目の前のでかい鳥のローストが徐倫を威圧し、同時に昨日から何も入れていない胃袋が強烈な空腹を訴えてきた。
 空腹はもちろん、刑務所の粗末な食事に慣れていたこの体は、きっとテーブルの上のどの料理を受け入れても大いに満足する事だろう。
 久方ぶりに『美味しいものを食べられる』という年相応の喜びが徐倫を子供のようにはしゃがせる。

「食べ物で釣られるなんて気に入らないけどさァ、朝からこんな豪勢な物食べられるんなら、あんたの使い魔も悪くないかもねェ~! ええおい! お嬢様ッ!」

 既にナイフとフォークを握ってうずうずしている徐倫の肩を、ルイズがぽんぽんと叩く。不機嫌そうな視線が睨んでいた。

「え、何? ああ、はしゃぎすぎた? そうね、貴族の飯なんだから貴族らしくしないとねェ~!」

 ルイズは無言で床を指差した。そこに皿が一枚置いてある。

「……皿ね」
「そうね」
「なんか貧しいものが入ってるみたいだけど」
「あのね、ホントは使い魔は、外。あんたはわたしの特別な計らいで、床」

 徐倫は理解した。理解して、キレた。

「テメェー、ふざけんなァァーッ!! あたしは犬かいッ!? そーいう扱いはすんなって言ったでしょーがッ!」
「じゃあ、他の使い魔と一緒に馬小屋みたいな場所で食べる? ここに呼んだだけ、わたしはあんたを人間扱いしてんのよ!」
「奴隷扱いの間違いじゃないのォ!? せめて、そこのテーブルに着くくらいは許しないさいよ!」
「このテーブルは貴族専用よ! いい? あんたには自分の立場を理解してもらいたいの、あんたはわたしの『使い魔』としてここにいるのよっ」
「~~~……ッ!」

 これ以上の言い合いが不毛であると察した徐倫は、歯を食い縛って口から出かかった罵詈雑言を飲み込んだ。
 足元の皿には申し訳程度に小さな肉が浮いたスープと、その端っこに硬そうなパンが二個置いてある。直にではなく、ナプキンを敷いた上に、ちゃんとスプーンが置いてある辺り、確かに最低限人間扱いはされているようだった。
 もちろん、それで気が収まるわけではないが、とりあえず徐倫は怒りの矛先を治めて床に腰を降ろした。
 これが、本当に犬のようにただ皿が置かれているだけだったのなら、例えこの場にいる貴族(メイジ)全員を相手にする事になったとしてもルイズをぶん殴って大暴れした事だろう。
 だが……ここは堪えた。まあいい。まだ、許容範囲内だ。ルイズへの負の感情は殺意にまで上昇したが。


 自暴自棄になってはいけない。自分には『やるべき目的』があるッ!
 それは、この『魔法に関わる場所』に居付き、『元の世界に戻る方法を探す』という目的だッ!! 『不可能』と断言された現実を覆せる『道理を超えた方法』をッ!!
 並大抵の事ではないのは理解している。だからこそ、この場所であってはならないのは―――『精神力』の消耗だ。
 くだらないストレス、それに伴う『体力』へのダメージ! くだらない『消耗』があってはならない!

 かつて、徐倫は自分が果たすべき目的の為に地獄のような『厳正懲罰隔離房』の生活を耐え忍んだ時があった。汚物の臭いが漂う中で、虫の混じったパンを食った。
 それに比べれば、こんな状況など『どうという事』無い。


『偉大なる始祖ブリミルの女王陸下よ。今朝もささやかな糧を我に与えたもうたことを感謝いたします―――』

 テーブルに整然と座り並んだ貴族達が厳かに祈りを捧げる中、徐倫は意に介さずスープを啜った。
 何が『ささやかな糧』だ。お前らの食事が『ささやか』ならば、こっちの食事は塵か豆粒みたいなモンだろう。
 徐倫はこの国の名前などもう忘れたが、いずれここは革命で没落して歴史の教科書に載るだろう、と硬いパンを齧りながら思った。

 質素ながらも、スープの味は刑務所で味わった文字通り臭い飯より何倍も美味しかった。
 ただそれだけが、徐倫の中の苛立ちを僅かに解消してくれていた。



 『ささやかな』朝食が終わり、次はいよいよ授業の時間らしかった。
 徐倫にとっては待ち望んでいた時間だ。何はなくとも、まずはこの世界で主流となる『魔法』について知識を蓄えなければならない。
 ルイズの『召喚の魔法』によってこの世界に呼ばれた以上、戻る為には同じ魔法の力が必要不可欠な筈なのだ。
 徐倫を伴ったルイズが教室に入ると、先に来ていた生徒達がクスクスと笑い始めた。
 徐倫に向けられた、完全な嘲笑である。
 ルイズはその笑い声に顔を顰めて反応したが、もちろん徐倫は無視した。
 ただ、他の生徒が連れる使い魔にだけ注意を払っていた。いずれも見た事の無い生物ばかりだが、それぞれをスタンドとして対応するぐらいの配慮は感じていた。どんな力があるのか全く未知数なのだ。
 徐倫が適当な席に座ると、ルイズが睨んだ。

「……ここも貴族専用なワケ?」
「そう」

 徐倫は何も言わず、ルイズの席の隣の床に腰を降ろした。
 ルイズは文句を言わない徐倫の様子に首を傾げていたが、やがて教師のシュヴルーズが入室すると、そちらに集中した。

「皆さん、春の使い魔召喚は、大成功のようですわね。
 このシュヴルーズ、こうやって春の新学期に様々な使い魔たちを見るのがとても楽しみなのですよ」

 ルイズは俯いた。
 やましい事はないのに後ろめたさを感じている表情だ。使い魔でありながら人間である自分が原因だと、徐倫は察したが、唇を噛み締めたルイズの横顔を一瞥する以外特にリアクションは取らなかった。

「おやおや。変わった使い魔を召喚したものですね。ミス・ヴァリエール」

 シュヴルーズが、徐倫を見てとぼけた声で言うと、教室中がどっと笑いに包まれた。

「ゼロのルイズ! 召喚できないからって、その辺歩いてた平民を連れてくるなよ!」

 誰かの嘲る声が聞こえる。徐倫はもちろん気にしない。特に、これはルイズに向けられた嘲笑だ。
 しかし、別段ルイズの事を想ってではないが……徐倫は苛立っていた。教壇の善人そうなババアは、悪意の有無はともかく、明確な意図を持ってルイズの失敗を話題に持ち上げた。
 授業の流れを和やかにする為か何なのか知らないが、しかしこちらを『餌』として扱ったのは確かだ。
 人の良さそうな顔をしているだけに、それが余計に気に入らない。
 徐倫はいきり立つルイズの肩を抑えると、彼女の代わりに立ち上がり、シュヴルーズに向けて右腕を掲げ、中指を立てて微笑んだ。

「はじめまして、よろしくお願いします」
「え……ええ。よろしくね、使い魔さん。マリコルヌ、貴方もお止めなさい」

 徐倫の出した右手のサインが一体どういう意味を持つのか分からないシュヴルーズは曖昧に笑って返していた。

 場が治まったところで、怒りの矛先を見失ったルイズが憮然とした表情で尋ねてくる。

「ねえ、今の右手の形って、一体どういう意味なの?」
「あたしの世界の挨拶」

 徐倫は何食わぬ顔で答えた。
 ルイズは自分の右手の中指を立てた『Fuck You』のサインを見ながら首を傾げている。
 もし、この『異世界の挨拶』がマヌケにも流行るような事があったら、その時は大笑いしながら本当の意味を教えてやろう、と徐倫は密かに笑いを堪えていた。


 僅かなトラブルの後、授業は何事も無く進んだ。
 この学院でも授業は春から始まるものらしく、授業内容は魔法に関する基礎的なものから始まっており、魔法初心者の徐倫にも辛うじて理解出来るものだった。
 傍らのルイズからも補足を聞き出しつつ、魔法における基礎的な『四大系統』を理解していく。
 『土』『火』『水』『風』の四種類ある魔法系統。ついでに失われた系統である『虚無』
 更に、その系統を足す事によってメイジとしてのレベルは変わってくるらしい。並行使用可能な系統数に応じて 『ドット』『ライン』『トライアングル』『スクウェア』と上位に階級が付けられる。
 そのレベルでの可能な戦闘力や能力の範疇までは分からなかったが、少なくとも『トライアングル』のシュヴルーズは単なる石ころを真鍮に変えて見せた。
 ……やはりレベルを計る材料としては、曖昧すぎて足りない。
 分かるような分からないような、実感の無い異世界の知識に頭を掻いていると、徐倫はふと疑問を抱いた。


「……ルイズ、あんたは幾つ系統を足せるの?」

 徐倫にとって最も身近で協力も仰ぎやすいルイズのメイジとしての実力を把握しておこうという考えで口にした疑問だったが、ルイズはその問いに黙り込んでしまった。
 ひょっとして、成績は悪い方なのか―――?
 少しばかり失望する徐倫は、しかしすぐにその考えを改める事になる。更に悪い方向へ。

「ミス・ヴァリエール! 授業を聞いていましたか? お喋りするほど余裕があるのなら、この『錬金』は貴方にやってもらいましょう」

 徐倫との会話を見咎めたシュヴルーズが、そう促した。
 何故かルイズ自身や周囲がその行為に対して、ひどく気の進まない反応を見せる中、徐倫は不審に思いながらも状況を見守っていた。手っ取り早くルイズの実力を見る事が出来るのだから、止める理由など無い。

「ご指名でしょ。行ってくれば? それとも何、『失敗する自信』があるワケ?」

 小声で挑発染みた言葉を呟く徐倫をキッと睨むと、ルイズは意を決したように教壇へ向かった。
 途端、周囲で劇的な変化が起こる。
 まるで何か災害が発生する前触れを感知でもしたかのように、生徒達が一斉に各々の机や椅子の下に隠れ始めた。
 その反応に徐倫もようやく危機感を感じ始める。沈没する船の中で、自分だけが救命ボートに乗り遅れてしまったかのような焦燥。
 シュヴルーズだけがニコニコと見守る中、ルイズは一心に集中して呪文を唱え、杖を振り上げて、一呼吸後に振り下ろした。


 その瞬間、石ころは机ごと爆発した。

「なんだそりゃァアアアアーーッ!!?」

 予想の斜め上を行く、文字通りぶっ飛んだ結果に徐倫は絶叫しながらも、爆風の中『ストーン・フリー』を発動させる。
 この世界で二度目のスタンド能力使用となるが、完全に使えるかどうか考える暇も無く無意識に使用していた。自分を守る為ではない、爆風で吹き飛ぶルイズに対してだ。
 自分自身も爆風に煽られながら、『ストーン・フリー』の糸を伸ばして、飛んでいくルイズの背後に『ネット』を編み込む。それは丁度ボールをキャッチする網、体を支えるハンモックのように!
 壁に激突する寸前でルイズの体はネットにキャッチされたが、その勢いで何本か糸が千切れ、フィードバックとなって徐倫の指先が裂けた。
 距離があって『糸』の強度が落ちた事も原因だが、何より十分にネットを編み込む事が出来なかったのだ。放出できる糸の数や長さ、そして強度も想定よりずっと足りない。

「クソッ、スタンドパワーが落ちてるのか……ッ?」

 血の滴る指を押さえながら悪態を吐く。
 その周囲では、阿鼻叫喚の地獄絵図が展開されていた。室内での爆発は凄まじい影響を周囲に与える。使い魔達は混乱し、統制を失って暴れ狂っていた。
 爆心地に近く、庇えなかったシュヴルーズは黒板に激突して、倒れたまま動かない。時折痙攣しているから生きてはいるようだ。
 大惨事の犯人は、煤で黒くなったボロボロの姿でむくりと立ち上がった。
 爆発そのものの影響は衣服以外に及んでいないらしく、怪我は無い。壁に激突する事もなかったので痛みすらなかった。もちろん、彼女は徐倫が助けた事に気付いていないだろう。


「……ちょっと失敗したみたいね」

 ハンカチで顔を拭きながら、ルイズは淡々と呟いた。しかし、努めて冷静に教室内の惨状を流そうとしている事は明白だった。
 当然のように他の生徒達から反論を受けるルイズを呆然と眺めながら、徐倫は混乱する頭で『ゼロのルイズ』という呼び名の意味を正確に理解していた。

 『成功率ゼロのメイジ・ルイズ』

「……やれやれだわ」

 なるほど、自分のご主人様の実力は理解した。
 飛びたい気分だった。まず一歩、目的達成から『遠ざかった』のだ。
 自分にとって最も身近な協力者が無能という現実を知り、徐倫は元の世界へ戻る道が長く険しいものだと改めて実感したのだった―――。




 To Be Continued →

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