ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ゼロの使い魔への道-1

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空が青く、清く、何より広い。
無遠慮な壁に邪魔されることなく、どこまでも高く高く続いていく。
陽が暖かい。豊かな草原が風になびいて波を打っている。
潮代わりの草いきれが流れ、散っていく。

人間はこうした土地に、郷愁や温かみ、開放感に心地よさといった正の感覚を知るのだろう。
一般的なホモサピエンスとはかけ離れた存在である彼にも悪くない場所と思えた。
顎を引き、見渡し、頷く。やはり悪くない。
なぜここにいるのか、その原因は分からない。
ここが地球上のどこかも分からない。
何者かによるスタンド攻撃なのかも分からない。だが、それでも悪くはない。彼にとってはどうでもいい。

草の向こうに巨大な石造りの建物が見える。
テーマパークか。図書館、博物館、見たまま城。刑務所ということはなさそうだ。

退屈な環境ビデオのごとく、稀に見る良い環境だ。
周りを取り囲むは場所柄にそぐわない怪しげな集団だったが、それに怯え竦むことはなかった。
彼は無敵だった。文字通りの無敵だった。「敵」が「無」かった。
短くも長くもない生涯で恐怖を感じたことは一度としてない。
近しい者の死にも、それによって与えられるであろう己の死にも、
客観的な視点で俯瞰から眺め続けてきた。それは今現在も変わらない。

そこかしこから笑い声が漏れ聞こえた。聞き慣れた種類の笑い――これは嘲笑だ。
彼と同じく、集団に取り囲まれた一人の少女に対して斟酌無い嘲りが投げかけられている。
「使い魔」「失敗」「ゼロ」といった単語が四方から飛び交い、もしくは囁かれ、
愛らしい少女は白い頬を朱に染め、大きな瞳をさらに見開き、屈辱に肩を震わせていた。

意味の分からない単語も多かったが、そこにからかいの意思を感じ取ることはできた。
彼にとっては見慣れた光景だ。

何やら怒鳴り返しているところをみると、少女は侮辱に対し侮辱で返しているらしい。
やはり見慣れていた。

しかし集団ということを抜きにしても相手方の優位は小揺るぎもしないらしく、
少女の怒鳴り声は集団の上を空しく通り過ぎていくだけだ。
ここまでくると、もはや見飽きている感がある。

少女を含め、皆が皆似通った格好をしていた。
安物囚人服ではない。かなり上等な……学生服だろうか。
ただ一人の年長者である禿げかけた中年男性は、
ものものしい木の杖に前時代的な黒いローブを纏い、
まるでおとぎ話にでも登場する魔法使いのようだった。

眼と耳から手に入った情報を照合し、状況を読み取り、ここで彼は合点がいった。
なるほど、見飽きた光景だったわけだ。
ここはいわゆる新興宗教で、彼らはその少年信徒といったところか。
目の前の少女は、儀式か何かに失敗して笑われているらしい。

信仰をささやかな心の拠り所にするのは大いに結構。
だが、宗教そのものを心の全てにしてしまっては本末転倒だ。
かつて大切にしていたはずの人間関係は磨耗し、やがて消えてなくなる。
胴欲かつ青天井のお布施乞食に吸い上げられて金が無くなり、
信じる物以外の全てを捨てて時間も失い、教団の意向次第で唯一無二の生命さえ奪われる。
そこまでして尚、誰から感謝されるということもなく、教祖は笑い、妄執を捨てず、
誰のおかげでもない、自分が偉大だからこの世は動いているとうそぶき、ふんぞり返る。
何もいいことはない。幸せを掴むためにはもっと他にすべきことがある。

といった意のことをわめきたてたが、彼の声はあえなく無視された。
ためになる助言に聞く耳を持たないとは狂信者にありがちなことだが、
聞こえないふりにしては出来過ぎている。
目前まで全力移動してから緊急停止などといったことを試してみるが、それもまた無視された。
喋り過ぎだと叱責されたこともある声を張り上げ、周囲を旋回してみるが、
彼に注意を払うものは、少女を含めて一人としていない。
彼を見ることができる才能の持ち主はこの場にいないようだ。困ったことになった。

少女は人垣に怒鳴り返すのをやめ、今度は中年男性に食ってかかっていた。
桃色がかった柔らかな金髪が持つ印象に反し、何かと攻撃的に生きている。
そのなりふり構わぬ姿勢は周囲のさらなる失笑を買い、
それにより少女はますます必死になっていった。

中年男性はその他野次馬連中とは違い、それなりに同情的であるらしい。
チャンスは一度ではない。二度でも三度でもない。
五度でも六度でも成功するまでやればいい、と慰めともつかない慰めをかけ、
とりあえず授業を終了する旨を宣言した。

これは単なる儀式ではなく、授業の一環であったようだ。つまり宗教学校ということか。
彼にもいまいち得心がいかなかったが、それどころではないことが起きたため、
疑問は彼方へ吹き飛んだ。

中年男性――年齢や立ち振る舞いからいっておそらくは教師――の号令一下、
少年達――ということは生徒だろう――は宙に浮いた。そう、生身の人間が宙に浮いた。
大きな口をさらに大きく開け、半ば呆然と彼が見送る中、ある者は黙ったまま、
ある者は友人と談笑し、ある者は残った少女をからかいながら、石造りの建物に向かって飛んでいく。
ワイヤーもクレーンもタネもトリックもない。
自分達が仕出かした奇跡を特別視する様子もない。
ごく自然な、当たり前の、家常飯事、日常所作、息を吸って吐くのと同じように、空を飛んでいく。

あとには大口を開いて見送る彼と、笑いものになっていた少女が残された。
少女は遠ざかる背中の一群を睨み、ふと目を逸らし、だがもう一度睨みつけ、
今度は目を伏せ、ため息とともにもう一度目をやった。
今度は睨みつけてはいなかった。
空飛ぶ旧友達の最後の一人までが建物の中に納まるまで目を離さず、
自分以外の動くものが見えなくなってからようやく動き始めた。
右手を開き、閉じ、開き、閉じ、開き、じっと見る。
再び出かけたため息を噛み殺すとともに奥歯を噛み締め、
空を飛ばず、右足と左足を交互に動かし、確かな足取りで前へ進む。

「あ、チョット待ちナー」
我に返り、彼は制止しようとしたが無視された。やはり聞こえていない。
「待てっつてンのにヨーッ。ドーなっても知らねーゾ」
声は届かず、物理的に干渉する手段を持たない以上、黙って見送るしかなかった。

少女は一歩、二歩、三歩進んだところで「凶」を踏み、
そこから四歩、五歩、六歩、七歩いったところで石につまずき前へのめった。
両手と膝をつき、ギリギリで顔面による着地は防いだが、
どうやら膝をついたところに石が顔を出していたらしい。
「アーア……やっちまっタ」
不意の痛みに涙を浮かべ、その一滴を拭うために顔へ手を伸ばし、
頬に掌が触れたところでようやく気がついた。が、すでに時遅し。
「マ、コレでウンがついたってトコジャネーノ?」
愛らしい容姿に似つかわしくない、怒声とも悲鳴ともつかない叫び声をあげたが聞く者はいない。
少女が八つ当たりをしたくても相手はいない。
怒りと苛立ちを押し殺し、ハンカチでこすり、頬と掌に付着した獣糞を拭うのがせいぜいだ。

大変に気の毒だが、彼は同情できるだけの心的余裕を持たなかった。
少女の叫びや八つ当たりと同様に、彼の忠告を聞く者もいないのだから。
これは存在意義にもかかわる重要な問題だ。

去り行く少女を横目に、周囲を見渡す。辺りには何も無い。
草、草、草、草、そして石造りの建物があるだけだ。
少女――ゼロのルイズと呼ばれていた――に目を移し、そのまま止めた。
少し悩んだフリをして、ドラゴンズ・ドリームはルイズの後を追いかける。
龍の夢は未だ覚めず。


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