++第二話 僕は使い魔②++
時刻は夜。
二人はルイズの部屋に居た。
頼りないランプの明かりと、窓から差し込む月明かりだけが二人を照らしている。
「信じよう」
花京院はそう言った。
ここへ来るまでの道のりで、信じるに足るだけのものは見た。
ドラゴンや巨大なモグラや見たことも聞いたこともないような生物が山ほどいた。
途中で、杖を振って水を自在に操っていたり、土の形を変えたり、炎を出している人たちもいた。
そして、極めつけは空に輝く二つの月だ。
いくら信じたくなくても、これだけ証拠があれば信じるしかない。
「ここが地球じゃない別な世界だってことを信じよう」
もう一度、花京院は繰り返した。
ベッドに腰掛けているルイズは、“だから言ったでしょ。一回で理解しなさいよ、ばか”と言いたそうにため息をついて、花京院を見た。
「で、今度はそっちの証拠を見せて」
「そっちの証拠?」
「そう。あんたが別の世界にいたって証拠」
面倒そうに手をひらひらと振ってみせる。
しばらくの間花京院は考えたが、やがてある物を思いついてポケットを探った。
取り出したのは二つの小型の無線機だった。
エジプトでDIOの屋敷に乗り込む前に、ジョセフが渡してくれたものだ。一つは承太郎に渡すべきものだったが、結局渡せなかった。
彼らはDIOに勝てたんだろうか……?
渦巻く不安を心の底に隠す。彼らは強い。きっと大丈夫だ。
無線機の一つの電源を入れ、ルイズに渡す。
「なによこれ?」
怪訝な顔でそれを見つめるルイズ。
「それを耳に当てて」
「だからこれが一体何だって……きゃあ!」
悲鳴をあげてルイズは無線機を放り投げた。
無線機はベッドの上で弾み、枕元に落ちる。
「な、ななな、なによこれ! 今、あんたの声が!」
「僕の世界では無線機と呼んでいる。遠くに離れていても会話ができるんだ。これはこっちの世界にはないだろう?」
「これ何の系統の魔法で動いてるの? 風? それとも水?」
「科学だ」
「カガクって、何系統? 四系統とは違うの?」
きょとんとした顔でルイズは尋ねてくる。その様子では貴族とも魔法使いとも思えない。ただの子供だ。
「そもそも魔法じゃない。根本的に違うんだ。とにかく、信じてもらえたかい?」
「うーん。少し怪しいけど。まあいいわ、信じる」
「じゃあ早速元の世界に戻してくれないか? 一刻も早く戻らないと仲間が大変なことになるんだ」
「無理よ」
あっさりとルイズは否定した。
その返答に花京院は少し焦る。
「ど、どうして?」
「だって、あんたの世界と、こっちの世界を繋ぐ魔法なんてないもの」
「じゃあ、僕は何で来れたんだ?」
「わたしにわかるわけないじゃない」
投げやりに答えるルイズに、花京院は怒りを覚え始めた。
仲間が危険だっていうのに、なぜもっと真剣に考えてくれないんだ。早く仲間の元に戻りたい。そして共に戦いたい。
「じゃあ、何で僕はこの世界に来れたんだ!」
ほとんど怒鳴りつけるような口調になっていた。
「そんなの知らないわよ! ほんとのほんとに、そんな魔法なんてないの! 大体、別の世界なんて聞いたことないもの」
「勝手に召喚しておいてそれはないだろう!」
「召喚の魔法はハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて始めて見たわ」
「じゃあ、その魔法をもう一度かけてくれ」
「どうして?」
「元に戻れるかもしれないだろう」
ルイズは一瞬悩むように眉間にしわを寄せたが、首を振った。
「無理よ。召喚の魔法、『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないのよ」
「とにかく試してみてくれ。成功するかもしれない」
「不可能。一度呼び出した使い魔が死ぬまで、唱えることもできないわ。それとも一回死んでみる?」
「いや、いい」
花京院はうなだれた拍子に、左手のルーンが目に留まった。
見たこともない模様だ。アルファベットでもない。この世界の文字なのだろうか。
「それはね、わたしの使い魔ですって印みたいなものよ」
ルイズは立ち上がると、腕を組んだ。
視線だけ動かして花京院はルイズを見た。
戻る方法がわからないなら探さなければならない。そのためにはこの世界での生活する場所が必要だ。彼女は真面目そうだし、言うことを聞いていれば衣食住は保障してくれるだろう。幸いにもここは学校のようだ。何かを探すのにも最適なはずだ。
花京院はゆっくりと目を閉じ、再び開いてから顔を上げた。
「……わかった。しばらくは君の使い魔になろう」
「いい心がけね」
「それで、使い魔って何をすればいいんだ?」
「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ。でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何も見えないもの」
「それで?」
「他にも秘薬を見つけたり、あと、主人を敵から守るって役目もあるわ。これが一番重要なんだけど、あんたじゃ無理ね」
実際は花京院には“スタンド能力”がある。花京院のスタンド、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)は力こそ弱いが、射程距離が長く、エメラルドスプラッシュという技もある。並大抵の者には負けはしないだろう。
だが、反論する必要もないので、花京院はそのことについて何も言わなかった。
「だから、あんたには、洗濯、掃除、その他雑用をやってもらうわ」
「わかった。でも、帰る方法を見つけたらその時は帰らせてもらう」
「はいはい。そうしてくれるとありがたいわ。あんたが別の世界とやらに帰れば、わたしも次の使い魔を召喚できるもの」
言い終えて、ルイズはあくびをした。
「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」
「僕はどこで寝ればいいんだ?」
ルイズは床を指差した。
「犬や猫じゃないんだが」
「しかたないでしょ。ベッドは一つしかないんだから」
ルイズはそれでも毛布を一枚投げてよこした。
それから、ブラウスのボタンを外し始めた。
「君は何をやってるんだ?」
「寝るから着替えるのよ」
「そういうのは見えないところでやってくれないか」
「なんで?」
理解不能というようにルイズは小首をかしげる。
その態度に呆れながら、花京院は訊いた。
「貴族っていうのは男に見られても平気なのかい?」
「男? 誰が? あんたはただの使い魔じゃない」
「なるほど」
「それじゃ、もう寝るわ」
ルイズが横になったので、花京院も床の上に横になった。
すると、ぱさっと何かが飛んできた。
「これは?」
「明日になったら洗濯しといて」
「……」
花京院は放り投げられた下着やキャミソールを指で摘み上げた。
それから短く息をついて、それらを部屋の隅に置いた。
毛布をかぶり、横になる。
床は固いし、冷たくなっていて、とても寝心地がいいとは言いがたい。
ふと、一つの疑問が頭によぎった。
ひょっとして、死んだ僕がここにいるってことは、アブドゥルさんやイギーもここにいるんだろうか? そうだといいんだが。
目を閉じ、お腹を撫でた。風穴を開けられたお腹には傷跡すら残っていない。
まるで、夢の中の出来事だったとでもいうように。
でも、本当に僕は死んだ。デス13に襲われたときのような夢ではない。現実だった。
不安が心に広がり始める。考えるときりがない。
ぶんぶんと頭を振って、花京院は頭から毛布をかぶった。
To be continued→
時刻は夜。
二人はルイズの部屋に居た。
頼りないランプの明かりと、窓から差し込む月明かりだけが二人を照らしている。
「信じよう」
花京院はそう言った。
ここへ来るまでの道のりで、信じるに足るだけのものは見た。
ドラゴンや巨大なモグラや見たことも聞いたこともないような生物が山ほどいた。
途中で、杖を振って水を自在に操っていたり、土の形を変えたり、炎を出している人たちもいた。
そして、極めつけは空に輝く二つの月だ。
いくら信じたくなくても、これだけ証拠があれば信じるしかない。
「ここが地球じゃない別な世界だってことを信じよう」
もう一度、花京院は繰り返した。
ベッドに腰掛けているルイズは、“だから言ったでしょ。一回で理解しなさいよ、ばか”と言いたそうにため息をついて、花京院を見た。
「で、今度はそっちの証拠を見せて」
「そっちの証拠?」
「そう。あんたが別の世界にいたって証拠」
面倒そうに手をひらひらと振ってみせる。
しばらくの間花京院は考えたが、やがてある物を思いついてポケットを探った。
取り出したのは二つの小型の無線機だった。
エジプトでDIOの屋敷に乗り込む前に、ジョセフが渡してくれたものだ。一つは承太郎に渡すべきものだったが、結局渡せなかった。
彼らはDIOに勝てたんだろうか……?
渦巻く不安を心の底に隠す。彼らは強い。きっと大丈夫だ。
無線機の一つの電源を入れ、ルイズに渡す。
「なによこれ?」
怪訝な顔でそれを見つめるルイズ。
「それを耳に当てて」
「だからこれが一体何だって……きゃあ!」
悲鳴をあげてルイズは無線機を放り投げた。
無線機はベッドの上で弾み、枕元に落ちる。
「な、ななな、なによこれ! 今、あんたの声が!」
「僕の世界では無線機と呼んでいる。遠くに離れていても会話ができるんだ。これはこっちの世界にはないだろう?」
「これ何の系統の魔法で動いてるの? 風? それとも水?」
「科学だ」
「カガクって、何系統? 四系統とは違うの?」
きょとんとした顔でルイズは尋ねてくる。その様子では貴族とも魔法使いとも思えない。ただの子供だ。
「そもそも魔法じゃない。根本的に違うんだ。とにかく、信じてもらえたかい?」
「うーん。少し怪しいけど。まあいいわ、信じる」
「じゃあ早速元の世界に戻してくれないか? 一刻も早く戻らないと仲間が大変なことになるんだ」
「無理よ」
あっさりとルイズは否定した。
その返答に花京院は少し焦る。
「ど、どうして?」
「だって、あんたの世界と、こっちの世界を繋ぐ魔法なんてないもの」
「じゃあ、僕は何で来れたんだ?」
「わたしにわかるわけないじゃない」
投げやりに答えるルイズに、花京院は怒りを覚え始めた。
仲間が危険だっていうのに、なぜもっと真剣に考えてくれないんだ。早く仲間の元に戻りたい。そして共に戦いたい。
「じゃあ、何で僕はこの世界に来れたんだ!」
ほとんど怒鳴りつけるような口調になっていた。
「そんなの知らないわよ! ほんとのほんとに、そんな魔法なんてないの! 大体、別の世界なんて聞いたことないもの」
「勝手に召喚しておいてそれはないだろう!」
「召喚の魔法はハルケギニアの生き物を呼び出すのよ。普通は動物や幻獣なんだけどね。人間が召喚されるなんて始めて見たわ」
「じゃあ、その魔法をもう一度かけてくれ」
「どうして?」
「元に戻れるかもしれないだろう」
ルイズは一瞬悩むように眉間にしわを寄せたが、首を振った。
「無理よ。召喚の魔法、『サモン・サーヴァント』は呼び出すだけ。使い魔を元に戻す呪文なんて存在しないのよ」
「とにかく試してみてくれ。成功するかもしれない」
「不可能。一度呼び出した使い魔が死ぬまで、唱えることもできないわ。それとも一回死んでみる?」
「いや、いい」
花京院はうなだれた拍子に、左手のルーンが目に留まった。
見たこともない模様だ。アルファベットでもない。この世界の文字なのだろうか。
「それはね、わたしの使い魔ですって印みたいなものよ」
ルイズは立ち上がると、腕を組んだ。
視線だけ動かして花京院はルイズを見た。
戻る方法がわからないなら探さなければならない。そのためにはこの世界での生活する場所が必要だ。彼女は真面目そうだし、言うことを聞いていれば衣食住は保障してくれるだろう。幸いにもここは学校のようだ。何かを探すのにも最適なはずだ。
花京院はゆっくりと目を閉じ、再び開いてから顔を上げた。
「……わかった。しばらくは君の使い魔になろう」
「いい心がけね」
「それで、使い魔って何をすればいいんだ?」
「まず、使い魔は主人の目となり、耳となる能力を与えられるわ。でも、あんたじゃ無理みたいね。わたし、何も見えないもの」
「それで?」
「他にも秘薬を見つけたり、あと、主人を敵から守るって役目もあるわ。これが一番重要なんだけど、あんたじゃ無理ね」
実際は花京院には“スタンド能力”がある。花京院のスタンド、法皇の緑(ハイエロファントグリーン)は力こそ弱いが、射程距離が長く、エメラルドスプラッシュという技もある。並大抵の者には負けはしないだろう。
だが、反論する必要もないので、花京院はそのことについて何も言わなかった。
「だから、あんたには、洗濯、掃除、その他雑用をやってもらうわ」
「わかった。でも、帰る方法を見つけたらその時は帰らせてもらう」
「はいはい。そうしてくれるとありがたいわ。あんたが別の世界とやらに帰れば、わたしも次の使い魔を召喚できるもの」
言い終えて、ルイズはあくびをした。
「さてと、しゃべったら、眠くなっちゃったわ」
「僕はどこで寝ればいいんだ?」
ルイズは床を指差した。
「犬や猫じゃないんだが」
「しかたないでしょ。ベッドは一つしかないんだから」
ルイズはそれでも毛布を一枚投げてよこした。
それから、ブラウスのボタンを外し始めた。
「君は何をやってるんだ?」
「寝るから着替えるのよ」
「そういうのは見えないところでやってくれないか」
「なんで?」
理解不能というようにルイズは小首をかしげる。
その態度に呆れながら、花京院は訊いた。
「貴族っていうのは男に見られても平気なのかい?」
「男? 誰が? あんたはただの使い魔じゃない」
「なるほど」
「それじゃ、もう寝るわ」
ルイズが横になったので、花京院も床の上に横になった。
すると、ぱさっと何かが飛んできた。
「これは?」
「明日になったら洗濯しといて」
「……」
花京院は放り投げられた下着やキャミソールを指で摘み上げた。
それから短く息をついて、それらを部屋の隅に置いた。
毛布をかぶり、横になる。
床は固いし、冷たくなっていて、とても寝心地がいいとは言いがたい。
ふと、一つの疑問が頭によぎった。
ひょっとして、死んだ僕がここにいるってことは、アブドゥルさんやイギーもここにいるんだろうか? そうだといいんだが。
目を閉じ、お腹を撫でた。風穴を開けられたお腹には傷跡すら残っていない。
まるで、夢の中の出来事だったとでもいうように。
でも、本当に僕は死んだ。デス13に襲われたときのような夢ではない。現実だった。
不安が心に広がり始める。考えるときりがない。
ぶんぶんと頭を振って、花京院は頭から毛布をかぶった。
To be continued→