ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

見えない使い魔-5

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ルイズは学院長室を出て、廊下を渡りながらどんどん気分が沈んでいくのが
わかった。理由は明白、彼女が頼まれた、というよりも命じられたのがンドゥール
の調査であるからだ。
それすなわち彼にはなにがしかの価値があるという証明、『ゼロ』のルイズ
にはないものだ。
現時点で、ルイズはたくさんの視線を浴びている。それは以前までの嘲笑で
はなかったが、決して気分のいいものではなかった。なにせその元凶は使い
魔のンドゥール、呪文も唱えずに魔法を使うメイジかもしれないと思われて
いる男だ。自分はおまけ。
このままいけば近い将来、立場が逆転する可能性だってあるのではないか。
使い魔のルーンは刻んだとはいえなんの束縛力もないのだ。
ルイズはため息をつきながら自室の近くまで来る。すると、彼女の目に奇妙
なことをしている二人が映った。一人は使い魔であるンドゥール、もう一人
は憎きツェルプストー家の女、キュルケだった。

「ちょっと! 人の使い魔になにしてるのよ!」
ルイズは怒りを露にして詰め寄った。
「まだなんにもしてないわよ。これからするの。ね、ンドゥール」
腕を絡ませ豊かな胸を押し付ける。その上ルイズを見やり、わざとらしく鼻
で笑った。もちろんされたほうはたまらない。
「あんた、いい加減にしなさいよこの色情狂! ツェルプストー家って年中
発情期なの!?」
「何を言ってるの。私は単に彼に恋をしただけよ。平民でありながらあっさり
『青銅』のギーシュを倒した男。心に火が燈ったわ」
「うるさいわよ! 大体そいつはあたしの使い魔、許可なく口説いてんじゃないわ!」
「あら、彼だって一人の人間よ。使い魔だって言っても意思があるわ。ねえ
ンドゥール、こんなのほっといて私の部屋に行きましょう?」
「ふざけないで!」
二人の視線が交差、中心では火花が起こっていそうだった。まさに犬猿の仲
である。巻き込まれたンドゥールはうんざりしていた。
「面倒だ。帰ってくれ」
「あん、つれないわ。でも私はいつでも待ってるわよ」
「二度とくるな!」
キュルケは笑いながら去っていった。

残ったルイズは湧き上がった怒りをンドゥールに向けようとするが、それは
急速にしぼんでいってしまう。一時的な感情では自身の劣等感を吹き消すこと
ができないのだ。
ルイズは無言でンドゥールの脇を通り抜け、自室に入ってベッドに倒れこんだ。
今日のところはもう授業はないためのんびりと体を休ませるつもりだ。
ンドゥールも入り、定位置となっている藁を積み重ねただけの寝床の上に座り
込んだ。
それからはまるで彫像のようにびくともしない。
(こいつ、いったいどう思ってるのかしら)
遠い故郷、エジプトとやらのことでも思い出しているのかもしれない。
もしくは『あの方』という人のことを考えているのかもしれない。
自分が見知らぬ土地へとやってきた場合、まずなによりも帰りたいと願う。
ルイズはそう思った。

翌日、虚無の曜日だったため授業はなかった。ルイズはゆっくりと休日を過ご
そうかとも考えたが、オスマンからンドゥールの調査を頼まれているため何が
しか探りを入れる必要があった。で、思いついたのが、街へ出ることだった。
「ずっと学院に閉じこもってるわけじゃないし、人ごみとかにも慣れていかな
くちゃいけないものね」
「地元は人の往来が激しかったが、俺もどんな街があるか気になる。だがルイズよ。
そこまでどうやっていくのだ?」
「馬よ」
ルイズは朝食を摂ったあと、厩舎で馬を一頭借りた。ンドゥールと二人で乗り
手綱を引く。
「落ちないようにしっかりつかまってなさい。飛ばすわ」
ブヒヒンと馬はいななき、草原を走り出した。その逞しい肉体にたがわず、風
のように駆けていく。ルイズはぐんぐんと過ぎていく景色を眺めながらわずか
に上機嫌だった。なにせようやく優位な点を見つけたからだ。
ンドゥールは、らくだという馬に似たものに乗った経験はあるようだったが、
自分で手綱は引けないといったのだ。自分は魔法を使えない『ゼロ』で、
ンドゥールはドットを軽くいなすメイジかもしれない。しかし今だけは自分が
勝っている。がっしりと太い腕でつかまれていることは嬉しかった。頼りに
されているという事実は彼女の劣等感を和らげた。

数時間後、街に到着したルイズたちは馬を預けて中へ入っていった。確かに
学院とは比較にならぬほど人がいるというの道幅も広くない。慣れているはず
のルイズでさえ嫌な顔をしている。
「離れないでよね、ンドゥール」
「ああ」
仮にはぐれたところでルイズが声を出せばその位置をンドゥールが探り当てる
ことができるのだが。二人はたいした目的もなかったので適当な店で果物を買い、
ベンチでそれを食すことにした。
一口かじると爽やかな甘みが広がる。そのおかげで疲労も軽減された。ルイズ
はンドゥールに尋ねた。
「あんた、これを食べたことあるの?」
「ある。そんな滅多にではないが」
二人が食べたものは真っ赤に熟したりんごだ。
「最近は厨房の人間に分けてもらったことがある」
「は? なによそれ」
「シエスタを庇ったお礼だそうだ。あれから何度か賄いをわけてもらっている」
「ちょ、聞いてないわよそんなの! まるっきり餌付けじゃないの!」
「お前がまともな食事を与えんからだ。さすがに飢えは凌げるが、あれでは
栄養失調になってしまう」
「なによそれ。あたしが悪いの?」
「そうだ」

ルイズの心に亀裂が走った。
ああ、そのとおりだ。確かにまともな食事を与えようとしなかった自分が悪い。
でも、それなら一言ぐらいあってもいいじゃないのよ。
沸々と、静かにだが言いようのないものがこみ上げてきていた。怒りではない。
ルイズは立ち上がり、すっすと人ごみの中へ入っていった。
「どこへ行くのだ?」
「帰るのよ。一人で」
「なに?」
「だから帰るの。あんたは適当な人に頼んで送ってもらいなさい。どうせ一人
で馬にも乗れないんだから」
そういって彼女は走った。街の中央から入り口へと全力疾走した。が、体力は
あまりなく人ごみを掻き分ける必要があるのですぐにばててしまった。
ルイズは店の壁に寄りかかり、深く息をついた。
別に本気で帰ってしまおうと思ってはいない。それでも、きっと一気に馬の
ところにいけていたらさっさと街を出ていた。それぐらいの感情だった。
がやがやとした街の喧騒もどこか遠いもののように感じながら、彼女は空を
見上げた。白い雲と青い空の対照美が美しくあった。ふと、太陽が視界に入った
ので眩しく感じ、目を閉じた。

色が消えた。

ざあと血の気が引く音をルイズは聞いた。
胸焼けが起こり、おもわず地にうずくまってしまった。彼女はようやくンドゥール
が馬に一人で乗れない理由がわかった。既知の事実、目が見えないからだ。
聴覚がいくら常人離れをしていたところで、どうして暗闇を突き進むことが
できるか。それも自分のものではなく獣の足で、すさまじい速度で。
無理だ。絶対に無理だ。
朝方に和らいだ劣等感は内側から破裂した。ルイズは己の小心さに恥と恨み
に似た感情を抱いた。
生まれが特別だから貴族なのではない。貴族たる矜持と誇りをもつものこそが
貴族なのだ。
そんなこと耳が腐るほど母から言い聞かされていた。それなのに、自分は頼ら
れるということに愉悦を感じていた。彼を人間的に『下に見てい』た。卑しい
喜びに震えていた。
いっそこの眼を潰してしまいたいとさえ思った。そうすれば四六時中暗闇に
居続けられる。しかし、それでもンドゥールが感じているものの十分の一に
も届かないだろう。景色がすぐに思い描けるからだ。この記憶がある限り、
決してンドゥールの心の奥はわからない。
自己嫌悪で死にたくなった。
(なんであたしこうなのよ……)

ルイズは街の中央に向かって歩き出した。進みは遅いが、着実にンドゥール
と別れたベンチに近づいていった。が、人ごみが消えたとき、ルイズの頭の中
には困惑が広がった。
そこにはバンダナを巻き、コートを着て杖を持った巨漢はいなかった。
ンドゥールはいなかった。
周りを見ても群を抜いて背が大きいはずの姿が見えなかった。
冷や汗で背中がびっしょりとなった。本当に一人で帰ってしまったのかもしれ
ない。けどそうじゃないかもしれない。
ルイズは深呼吸をし、恥を堪えて叫んだ。
そうすれば、気づいてくれる。
「ンドゥール! ここに来なさい!」
「なんだ?」
「んきゃあ!」
驚きのあまりルイズは地面に突っ伏した。それをンドゥールが見えない瞳で
見下ろしている。
「あ、あああ、あんた、いいいつからそこにいたのよ!」
「ついさっきだ。お前の様子がおかしかったのでな。後をつけた」
さっきと違い、ルイズは自分の顔が赤くなる音を聞いた。気恥ずかしいという
思いがあったが彼女はしゃんと立ち上がり、ンドゥールに向かい合った。
「なんだ?」
「………かったわよ。あんなこといって」
「なに? よく聞こえん」
「うそ言わないでよ! あんたの耳なら聞こえてるでしょ!」
「いや、発音が悪く――」
「うるさい! ほら行くわよ! どうせだからなんか買ってあげるわ!」
ルイズはゆっくりと歩きだす。
今度はンドゥールの前ではなく横だった。


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