ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

第四章 平穏の終焉-2

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「ルイズ、使い魔とその主人は……視覚を共有できるのだったな?」
夕食後、ルイズの部屋に戻ったリゾットはふと監視のことを思い出してルイズに質問してみた。
「何よ、いきなり……。ええ、そうよ。使い魔は主人の目となり耳となる能力を与えられるの」
とすると用があるのはフレイムの主人のキュルケなのだろうか? 一体何の用があるのか検討が付かない。
「俺の……視覚や…聴覚も共有できるのか?」
「ううん、ダメみたい。何度か試してみたんだけど、何にも見えないもん。他の使い魔はそんなことないみたいなんだけど…」
自分の『ゼロ』を証明したような気がしてルイズは肩を落とした。
「そうか……」
となると、監視しているのは主人のキュルケなのだろうか。
(明日にでもキュルケに問い正すか……)
そう考えていると、不審に思ったのか、ルイズが聞いてくる。
「何よ、急に…。私に見られて困るものでもあるの?」
「いや、ない。……あったとしても………そこまで言う必要はないな…」
そっけなく答えたのがルイズは気に食わないらしく、整った眉が若干あがった。
「あるわよ、あんたは私の使い魔なんだから。主人が使い魔のことを知っておくのは当然でしょ?」
「恩を返すまでの使い魔だがな……」
その発言がますます気に食わなかったらしい。見る見るうちにルイズの顔に『不機嫌』のサインが現れる。
「じゃあ、さっさとどこかに行けば!? 私だってお情けで居てもらうほど落ちぶれちゃいないもの!」
「何を怒っている……? 最初からそう言っている筈だ」
うう~、とうなった後、ルイズは癇癪を破裂させた。
「出ていってよ! しばらく顔を見せないで!」

リゾットはルイズが何を怒っているのか分からなかった。
そもそも今のリゾットはルイズに恩で雇われているのだから、恩を返し終わったら出て行くのは当然のことだ。
(そのくらいのことはこいつも理解していると思ったんだが…)
とはいえ、ここはルイズの部屋である。出て行けといわれれば出て行かざるを得ない。
仕方なくリゾットは毛布を持って外に出た。背後で扉と鍵が閉まる。
どこか眠れそうな場所を探しに行こうとすると、廊下の角から例のサラマンダーが出てきた。
今までのように偵察だけかと思ったら、今度はリゾットの前に立ちふさがるようにしている。
「何の用だ?」
一応訊いてみた。案の定、フレイムが喋ることはなく、きゅるきゅると鳴くだけである。
リゾットのコートの端を噛んでくいくいと引っ張る。どうやらついて来いということらしい。
少し思案したが、結局はついていくことにした。主人がいるなら何の用か聞く手間が省けるからである。
そのまま歩いてきたのは、キュルケの部屋の前だった。扉は開いていて、中は暗かった。
のそのそと入っていくフレイムの周りだけがほんのりと明るくなる。
入れという意味だと理解して、中に足を踏み入れた。奥に人の気配がある。
「何の用だ? 俺を呼んだのだろう?」
暗がりに向かって問いかけると、かすかに笑うような気配があった。
「ええ……。扉を閉めて? 風が入って寒いわ…」
扉を閉める。確かに廊下は冷え込んでいた。
「ようこそ。こちらにいらっしゃい」
プロシュートほどの勘はないリゾットだが、なんとなく厄介ごとの予感がした。

「用件は? 話ならこの距離で十分だ」
「立ち話も何でしょう? こっちに来てから話すわ」
再度の問いかけもはぐらかされた。どうあっても来させたいらしい。
声の方向に踏み出す。リゾットは夜目が利くので、足元くらいは見えた。
かすかに甘い香りがした。どうやら部屋のどこかで香が焚かれているらしい。
進んでいくと、明かりがついた。
ぼんやりと淡い幻想的な光の中に、ベッドに腰掛けたキュルケの悩ましい姿があった。
ベビードールだけを着けた彼女はなかなかに艶かしい。
「フレイムに俺を監視させていたのはお前だな?」
「ええ、そうよ。気づいてたのね。やっぱり鋭いのね」
「目的は?」
「貴方に恋したから、じゃあいけない? 恋はまったく突然ね」
リゾットにとってあまり予想しなかった答えが返ってきた。
色事自体はギャングの世界にいくらでも転がっているが、「恋」だなんて単語には縁遠い世界だ。
「貴方はあたしをはしたない女だと思われるでしょうね。あたしの二つ名は『微熱』。すぐに燃え上がって『情熱』に変わってしまうの」
「要するに惚れっぽいといいたいのか」
図星を指されたようで、キュルケが少し顔を赤らめた。
「そうね…人よりちょっと、気が多いかもしれないわ。
 でも、仕方ないじゃない。恋は突然だし、すぐにあたしの体を燃やしてしまうんだもの」
語りながら、手をとって来る。指の一本一本を確かめるようになぞられる。

「貴方がギーシュに勝った時の姿……。かっこよかったわ。クールで知的で、でも勇敢で。まるで伝説のイーヴァルディの勇者みたいだったわ。
 その日から、あたしはぼんやりして、マドリガルを綴ったわ。恋歌よ。貴方の所為なのよ、リゾット。
 貴方が気になって、フレイムを使って様子を探らせたり…本当に、みっともない女だわ」
だんだん語り口が熱を帯びてきた。どうも自分で自分のテンションをあげていくタイプらしい。
なるほど、確かにキュルケは魅力的である。並みの男ならあっという間に転ぶだろう。
「お誘いはありがたいが……断らせてもらう」
だが、リゾットは丁重に、しかし断固として手を振り払った。
大体、誘惑程度で屈していたら暗殺チームは勤まらないのだ。
ギャングの世界で組織を裏切らせるのに金や権力や色を使うのは常套手段である。
リゾット自身、そうやって裏切った構成員を何人も『始末』してきた。
それらを見ていればすぐに悟る。一時の欲望に身を任せるのがどれだけ危険かを。
「あら、どうして?」
自分の求愛が拒まれるとは思っていなかったらしく、キュルケが不思議そうな顔をする。
答えを返そうとして、リゾットは気配を感知した。
「誰か来る…」
「え?」
窓がたたかれた。そこには部屋をのぞく少年の姿がいる。
三階の部屋で窓をたたくということは魔法で浮いているのだろう。
「キュルケ……。待ち合わせの時間に君が来ないから来てみれば……」
「ペリッソン! ええと、二時間後に」
「話が違う!」

どうやら先に予約があったようだ。キュルケはうるさそうに胸元から杖を取り出すと男に見向きもしなまま杖を振る。
蝋燭から炎が蛇のように伸び、ベリッソンという少年を窓ごと吹き飛ばした。
「まったく、無粋なフクロウね」
「約束がある…といっていたが…?」
「いえ、ないわ。彼の勘違いよ。あたしが一番恋してるのはあなたよ、リゾット」
(この女、本気でないと思っている…。一つに夢中になると他を忘れるタイプだな…)
リゾットは呆れた。どうやらキュルケは惚れっぽいのと同じくらい冷めやすいらしい。
すると、また気配を感じた。直後、窓枠をたたく音。
また別の男がいた。どうも別の約束をしていたらしい。だがまた同じように炎で階下に落とされた。
「…普通は被らない様に約束しないか?」
「彼も勘違いよ。友達っていうか、ただの知人だし。
 ねえ、いかないで、リゾット。あなた、部屋から追い出されたんでしょう? 外は寒いわ」
また手を握られた。が、リゾットは話の後半を聞いていなかった。
気配を感知するまでもなく、窓の方から悲鳴が聞こえてきたからだ。
今度は三人の男がひしめき合っている。
「フレイムー」
面倒になったのか、自分の使い魔に命じてたたき出した。リゾットは自分がキュルケの使い魔でなくてよかった、と心底思った。
今たたき出した連中にもそれなりに本気で恋をしていたのだろう。だが、それが長く続かないだけなのだ。
「……お前が恋愛にいそしむのは勝手だが…それに俺を巻き込むな……」
そういってするりと手を抜き、さっさと部屋を出る。キュルケは悲しそうに見つめてきたが、リゾットは取り合わなかった。

部屋を出たところで、ちょうど自分の部屋から出てきたルイズと鉢合わせした。誰がどう見ても誤解される状況だろう。
ルイズはつかつかとやってくると、リゾットの手を引っ張り、自分の部屋に引き入れた。扉を閉めると、何故かわなわな震え出した。
「リゾット……、今、キュルケの部屋で何をしてたの……」
「何もしていない……」
実際に何もしていないのだから、リゾットは落ち着いたものだ。
「う、ううう嘘を言わないで! ここここの、サカリのついた犬!」
声が震えてきた。これは本気で怒っている証拠だ。部屋に入れたのは廊下で大声出すわけにはいかないという最後の理性が働いたらしい。
(『洗濯板』以来だな)
リゾットはどこか他人事のようにそう考えていた。
キュルケはルイズとは色々な意味で対極的だ。含むところがあるのだろう。
「そこにはいつくばりなさい。わたし、間違ってたわ。あんたを一応、人間扱いしてたみたいね。
 ツェルプストーの女に尻尾を振るなんてーーーぇッ! この…イカ墨犬ーーーーーーーッ!」
ひとしきりわめくと、机から鞭を取り出した。床をピシリとたたく。
「ののの、野良犬ならそれらしく扱わなきゃね! 今まで甘かったわ…!」
鞭を振り回し始める。リゾットはそれを全て避けていたが、ルイズはますます興奮する一方だった。
仕方なく、鞭を掴んで止める。
「は、離しなさい!」
「話を聞け……。俺は確かにキュルケの部屋にいた。……だが、それはここしばらく監視していた理由を問い正しただけだ」
「そそそんな、そんな都合のいい言い訳を!」
「事実だ……。大体……お前が想像するようなことをして帰ってくるには時間が短すぎる……。違うか?」

噛んで含めるように言い聞かせる。
今のルイズはぶちきれたギアッチョや何かに熱中しているメローネ並みに話を聞かない。
何度も激昂して鞭を振り回そうとするルイズを押さえつつ説得を続けること約一時間。ようやく納得させることができた。
なぜそんなに激怒したのか事情を聞いてみると、キュルケの一族は隣国ゲルマニアに属し、領地を隣り合うトリステイン所属のルイズの一族と長年にわたり、領地や恋人を巡って殺したり殺されたりした仲らしい。
どうやらそういう家庭環境と子供らしい独占欲が絡み合ってプッツンしたらしい。
「つまり……お前は使い魔をキュルケにとられたくなかったということか…」
「そうよ! あのキュルケには、水一滴、砂一粒だって取られてたまるもんですか! ご先祖様に申し訳がたたないわ!」
リゾットは納得した。ギャング同士の抗争でも長く続けば相手を滅ぼすまで終わらなくなるものだからだ。
もっとも、リゾットの所属していたパッショーネではそういう場合、リゾットたち暗殺チームが相手組織の主要な幹部を次々と片付けてしまっていたため、どんどん勢力を拡大できたのだが。
「お前が過去の遺恨からキュルケを嫌っていることは分かった……。今後、気をつけよう」
「何よ、物分りいいわね」
「俺がキュルケに興味あるわけじゃないからな……」
「そう? まあ、そうしたほうがいいわ。平民がキュルケの恋人になった、なんて噂になったら無事じゃすまないもの」
「問題は……あちらが俺に興味を持っていること…だな……」
問答は終わったと判断し、リゾットは廊下に毛布を持って出ようとする。
「どこに行くのよ」
「この部屋で睡眠を取ることはまだ許可されていない…」
「いいわよ。またキュルケに襲われたら大変でしょ」
「そうか………。温情に感謝する」
「そうやって素直にしてればいいのよ、使い魔なんだから」

いつもの場所に座り込むと毛布をかけ、眠りに就く。
とはいえ、あの様子ではキュルケの熱が下がるまではまだかかりそうだ。
その度に雇い主は機嫌が悪くなり、あるいは自分に火の粉がかかるかもしれない。
リゾットはまどろみの中、やっと安定してきた平穏の終わりを悟った。


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