ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

猟犬は止まらない

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匿名ユーザー

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トリステイン魔法学院には怪談がある。
無論、言うまでもない事だが怪談はどこにでも犇いている。
ある時は主を失い寂れた古城に、ある時は霧のかかった森に、
墓地に、古戦場に、湖に、その例は枚挙に暇がない程だ。
暗闇を見渡す目を持たない人間は夜の中に未知の恐怖を見出す。
やがて、それは人々に形を与えられて怪談という形になる。
意外に思うかもしれないが怪談は恐怖が生み出すのではない。
恐怖から逃れるようとする人間の弱い心から生み出されるのだ。
人が恐怖するのは“それ”を理解できないから。
得体の知れない何かを形を持った恐怖に変える事で人は一時の安心を得る。

話を戻そう。この世界にどれほど幽霊が蔓延っていようと問題となるのはただ1件。
トリステイン魔法学院に出没するという幽霊の事だ。
なるほど。確かにトリステイン魔法学院は怪談を生み出す最高の土壌が出来ている。
伝統ある建物は言い換えれば古めかしく、その趣はどことなく威圧するような印象さえ与える。
辺りには魔法学院以外の建物はなく消灯の時間を過ぎれば一面闇に覆われる。
また、生徒達の娯楽である噂話は伝染病のように怪談を伝え広めていく。 
友達の友達、知り合いの知り合い、誰が最初に言い出したのかを突き止めるのは困難な作業だ。
まさか生徒一人一人を締め上げていくわけにもいくまい。
それに教師達はこの事態に緘口令を布いて混乱を収めようとしている。
本来ならそれほど大騒ぎするほどの事ではない。だが実際に被害が出れば話は別だ。
すでに三人……今朝倒れている所を発見されたギーシュも含めれば四人の犠牲者が出ている。
今までと同じで外傷はなく、それなのに自力で起き上がれないほど衰弱している。

最初の犠牲者はスティックス。彼は夜中に部屋を抜け出してキュルケに会いに行ったらしい。
女子寮の傍らで倒れていた彼は意識を失っており、目を覚ましたのはそれから数日経ってからだった。
もっとも弱っていようとも、寮に不法侵入した不届き者を女子達が許す訳もなく、
また男子達も衰弱するほどキュルケとナニをしていたんだと殺意を滾らせた。
正直このまま意識を取り戻さなかった方が良かったのではないかと思うほどの惨状だった。
彼の証言によると、女子寮の廊下を歩いている最中に背後からひたひたと何かの足音が聞こえたらしい。
振り返るがそこには誰もいない。そして再び歩き出すとまた足音が聞こえてくる。
やがて、それはどんどんと近付いてきて―――そこで意識は途絶えたと言う。
彼の証言は一笑に付され、ただの疲労から来る妄想と断定された。
しばらくはスティックスも物笑いの種にされたが、それも少しの間だけ。
笑い話にならなくなったのは二人目の被害者が出てきてからだった。
今度はスティックスと同学年のペリッソン。
彼もまた深夜に抜け出し、翌朝、洗濯に来たメイドに倒れている所を発見された。
怪我一つなく疲弊し切った彼の症状はスティックスと全く同じで、
そして彼が深夜に歩き回っていた理由も全く同じだった。
ベッドに横たわりながら互いに火花を散らす彼等に周りは冷たい視線を送る。
そもそも当のキュルケは見舞いにさえ来てないのだから虚しい争いなんて止めればいいのにと思う。
魔法学院が誇る教師陣はこの問題に大いに頭を悩ませた。
一人なら偶然かもしれない、だが立て続けに起きればそこに関連性を見出すのが人の性だ。
三人目、四人目が出ないという保証もなければ犠牲者が二度と目覚めない可能性だってある。
不平不満を洩らす教師達にオスマン学院長は宿直の教師による見回りを命じ、
そして生徒達には夜間の外出を禁止し厳重にこれを取り締まった。
だが、それでも怪談は収まらず、むしろ余計に悪化していった。

生徒たちの間で実しやかに語られる恐怖談。
それは誰もいないはずの廊下を通り抜けていく誰かの足音だったり、
三階の窓に張り付く誰かの手だったり、実害こそ無いものの被害者は増えていく一方。
興味深いのは誰一人として幽霊の顔を見ていないという事だ。
不安や恐怖が被害妄想を拡大させていると考えたミスタ・コルベールが始めた朝の体操も、
寝不足で体調不良を訴える生徒達からは殊更不評だった。

そして、遂に三人目の犠牲者が出てしまった。
彼……ギムリは夜遊びが出来なくて退屈しているキュルケの為に幽霊退治に乗り出したらしい。
結果は返り討ち。相手の正体さえ掴む事も出来ず前の二人と同じ運命を辿った。
しかし以前と違い、ギムリは翌朝には意識を回復して話が出来るまでになっていた。
それに自分が襲われた瞬間の事、そして力を抜き取られていく感触をはっきりと覚えていた。
幽霊の力が弱くなってきているのか、それとも他に理由があるのか。
だがギムリが襲われた事で事態は予想外の方向へと移っていく。

襲われた三人には夜に出歩いていた以外の共通点があった。
それは全員キュルケのボーイフレンドだったという事だ。
振り返ってみれば外出した理由はどれもキュルケに誘い出されたとも受け取れる。
だが彼女がそんな事をする動機も無いし、するはずもない。
それでもキュルケを怪しむ噂は怪談と合わせて波紋のように広がり、
一部の生徒は彼女を避けるようにしているらしい。
恐らくはトネー・シャラントのような輩が彼女を陥れようとしているのだろう。

四人目の犠牲者はギーシュ。彼もまた女生徒の前で格好をつけたかったに違いない。
これでキュルケの疑いは晴れたかに思えたが、男子達は隠れてキュルケと付き合っていたに違いないと鼻息を荒くしている。
また、お見舞いに来たモンモランシーとケティが遭遇、そこで互いにギーシュのガールフレンドだと主張した。
彼の意識が戻り次第、彼等による徹底した拷……尋問が行われると予想される。
キュルケは疑惑を否定しないだろう。
彼女はそういう性格だ。たとえ誰が噂しようとも意に介さない。
面と向かって言われたのならともかく根も葉もない誹謗中傷など聞く耳を持たない。
だけど傷付かないはずはない。いや、たとえ彼女が大丈夫だったとしても。
友人を侮辱されて平気でいられるほど温和な性格ではない。
疑惑を解消する方法はただ一つ、出没する幽霊の正体を晒す事だけだ。
それに付け加えるなら、私もまた弱い人間の一人に過ぎない。
吹きつける風に窓が揺れる音やドアが軋む音に一々怯えて過ごすのは……精神の健康に良くない。
時には、日が昇るまでトイレに行くのを我慢させられた事もあった。
復讐を誓った時のように湧き上がる憤怒が恐怖を塗り潰していく。


情報収集に来た医務室を出て行くタバサと、
入れ替わるように入ってきたルイズが擦れ違う。
いつもと変わらぬ表情の中にただならぬモノを感じてルイズは振り返る。

「なにかあったのかしら」
そもそも何で医務室なんかに足を運んだのか。
少なくとも医務室で寝ている人間の中に彼女の友人はいない。
というよりもツェルプストー以外に友達いるのかしら、あの子。
かといってどこか体調が悪いようにも見えない。
ルイズが首を傾げていると奥から病室とは思えない喧騒が響く。
その理由を予想し、はぁとルイズは溜息をついた。
病人のプライバシーを守る白いカーテンを大きく開ける。
ベッドは5つ。病人も5人。しかしベッドにへばり付いているのは4人だけ。
残りの1人……その中で最も大きな怪我を負った男が他人の見舞い品を漁っていた。
身体を起こす事も出来ない彼等の批判を受けながら、
そいつは他人のベッドに腰掛けて平然と果物の皮を剥く。
「随分と元気そうね」
呆れたようにルイズは零す。
ちょっと前までは全身に大怪我を負って半死半生。
意識も混濁し明日をも知れぬ身だったというのに今はその面影さえない。
つくづく人の生命力というものについて深く考えさせられる。
単に自分の使い魔が生き汚いというだけなのかもしれない。

「元気な訳ねえだろうが。俺は怪我人よ?
もちっと優しく労わって貰ってもバチはあたらねーぜ」
嫌味を口にするルイズに果物をかじりながら男……噴上裕也は答えた。
文句を言うスティックスを無視して今度は勝手に鏡を拝借する。

「なんつーか、俺が怪我するってのはよ、芸術における大いなる損失だよな。
控えめに言ってミロのビーナスの両腕みたいにさあ」
鏡を覗き込んでいた裕也がちらりと背後のルイズへと視線を送る。
しかしルイズはフンとばかりに明後日の方向へと顔を背けた。
子供にゃあまだ分からねえか、と呟いて再び鏡に見入る。
そして額に巻いた包帯を徐に解き始めた。
そこには頭蓋骨にまで到達する深い裂傷があったが今ではもうほとんど残っていない。
傷口を指でなぞりながら裕也は治り具合を確認する。
(露伴や仗助から養分を奪った時以来の回復力だな)
ルイズが使った水の秘薬とやらの効果もあるのだろうが、
それ以上にメイジから得られる養分による物が大きかった。
その量はスタンド使いと同等か、あるいはそれ以上か。
この調子なら間もなく完治に至るだろう。
騒ぎも大きくなってきたし、そろそろ潮時だ。
(最後に一人……それで元通りだ)

背を向けたルイズには見えなかったが、
鏡に映った噴上裕也の顔は隠しようもないほどに笑っていた。

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