ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-52

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匿名ユーザー

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「お前の娘は預かった。返して欲しくば……」
煉瓦造りの見るからに高級そうな書斎で、青い髪の少女が不穏当な文言を書き記す。
その口元には薄ら笑い。走る筆先がライカ檜の机に叩きつけられてカリカリと小気味いい音を立てる。
しばらくして書き終えた書類を傍に控えていた黒髪の女性へと不躾に押し付ける。

「いいなシェフィールド。こいつをアルビオン王に届けるんだ、一言一句違わずにな」
「拝命しました。正式な書状として清書した上で構わないでしょうか?」
「……ふん。好きにしな。こっちの意図さえ伝わればいい」
「その点は抜かりなく」

恭しくイザベラに礼をするとシェフィールドは書類を手に部屋を立ち去った。
これから清書という名目で脅迫文を形式的な文書に校正するのだろう。
無駄な手間だとイザベラは溜息を零しながら机の上に組んだ足を乗せる。
言っている事が同じならどんな美辞麗句を並べようとも脅迫に他ならない。
なら建前など全て捨てて本音を言った方がよっぽど相手の為だ。
目論見が露見した時点でとっくにアルビオン王国は詰んでいるんだって。

ガリアとトリステイン両国を敵に回して戦える戦力はアルビオンには無い。
艦艇数なら話は別だが、先王派の粛清をやらかしたこの国にはそれを指揮する人材がほとんどいない。
戦争が始まれば拮抗できても半年、後はじわじわと嬲り殺しにされるだけだろう。
かつてない大戦役に軍は歓喜し競い合うように領土を奪い尽くす。
貴族や兵だけではなく民も街も戦火に呑まれて消えていく一方的な戦争。

「早まった真似はしてくれるなよ。こっちだって好きでやるんじゃないんだ」

雲一つない晴れた空が見える窓からイザベラは顔を覗かせる。
広場を中心に賑わうアルビオンの町並みと、そしてそこで暮らす人々。
それを見下ろしながら彼女は少しだけその表情を曇らせた。

しかし物憂げな顔も一瞬。力強くドアを叩く音に彼女はいつもの不敵な表情へと戻る。
手にしたワンドを指揮棒のように振るって鍵を開けた瞬間、ブロンドの髪を震わせてうるさいのが飛び込んできた。

「ちょっと! どうして私の部屋だけグレードが低いのよ!」
「仕方ないだろ。他に部屋がなかったんだから」
「なんでサイトが私よりいい部屋使ってるのよ!」
「怪我人だからだよ。少しでもいい環境の方が回復も早いだろ」
「くっ……じゃあミス・ロングビルはどうなのよ!?」
「あいつはあたしの秘書をやらせてるからね、傍にいないと不便だろ」
「こ……この……それならあの二人を別の部屋に」
「ティファニアは仮にも王族だぞ? マチルダと離すと泣くしな」
「ぐ……ぎぎぎ」
「分かったんなら自分の部屋に帰りな。
人間にはそれぞれ相応しい格っていうのがあるんだから」

食ってかかるルイズを意地悪そうな顔でイザベラはひらりとかわす。
戦場ならいざ知らず、口喧嘩ならば彼女に勝てる相手などまずいない。
仮に部屋があったとしてもルイズを自分と同格の部屋に泊めるのは何となく癪に障る。
どうせあの薄汚い学院の寮で生活しているのだから別に不満も無いだろう。
ぷるぷると両肩をわななかせるルイズを犬でも相手するかのようにシッシと手で追いやる。
それが決め手となった。プツンと何かが切れる音が響くと同時にルイズは机の上に飛び乗った。
そしてイザベラの頬をむんずと掴むと力強くそれを引っ張り上げる。

「だったらアンタが部屋を替わればいいでしょうが!」
「勝手に付いてきたオマケの分際で偉そうな口を叩くんじゃない!」
「ひゃれひゃほまへへふっへ!」

やられっぱなしでいるほど甘いイザベラではない。
すぐさまルイズの両頬を捻り上げて倍返しの報復をする。
宿を貸し切ったのはイザベラなのだからルイズに文句を言う権利はないし、
そもそもイザベラにはルイズを連れて行くつもりなどこれっぽっちも無かった。

使い魔品評会から数日。アンリエッタ姫とシャルロット姫の無事が確認され、
多くの死傷者を出したこの事件は王侯貴族の専横を批判する過激派の犯行という事で決着に向かっていた。
アルビオン王国が関与した証拠はなく、また各国の見解もそれで一致した為だ。
形式通りの調査を終えた後、アンリエッタ姫は被害者やその家族に向けて補償を行なうと発表。
事件の真相は闇に葬られ、その決着はウェールズとイザベラの手に委ねられた。
そして彼女たちは交渉の為、人質であるティファニアを連れてアルビオンへと赴いた。
満身創痍の才人を連れてきたのは、せめて決着ぐらいは見せてやろうというイザベラの恩情に他ならない。
そう。そこまでは彼女は目を瞑っていた。問題は彼の所有権を主張する一人の少女が付いてきた事にあった。
主人は使い魔を監督する義務があると頑として譲らず、それに辟易したイザベラが折れて同行を許可したのだが、それがそもそもの誤りだった。
水と油。光と闇。+と-。常に反発しあう両者が一緒にいて無事で済むはずはなかった。
事ある毎にイザベラとルイズは衝突し、また二人は事がなくても衝突した。
ただの子供同士の喧嘩なら微笑ましいで終わる話なのだが、この二人に限ってはそれは当てはまらない。

「もうあったまきた! 今日こそぎゃふんと言わせてやる!」
「やれるもんならやってみな! 胸だけじゃなくて才能も0のアンタにできるもんならね!」


その頃、エンポリオは才人の部屋でリンゴを剥いていた。
品評会での無理がたたったのか、今の彼は歩くのにも苦戦苦闘する有様だった。
いや、半死半生の状態からここまで回復できた事に驚嘆すべきなのかもしれない。
少年は想う。それが善であれ悪であれ何かを成し遂げようとする人間の精神力は未知数だ。
父親を救う為、姉の仇を討つ為、愛する者の為……、その力で誰かの為に戦える人間こそ彼は尊敬する。
その中でも見知らぬ他人の為に戦う平賀才人はヒーローと呼ぶに相応しい人物だ。
マントを羽織って空を飛び、墜落する飛行機を受け止めて、悪党を一撃で殴り飛ばす、
そんな使い古された陳腐なヒーロー像と彼の姿が重なって映る。

だからこそ不安になる。彼が信じているのは誰かじゃなくて“形の無い物”だ。
この世界は単純に正義と悪に割り切れるものじゃない。
彼が進むべき道を見失ってしまったらどうなってしまうのか。
何を守るべきか、何と戦うべきか、それが分からなくなった時、
もしかしたら、あの神父と同じ様な結論に到ってしまうかもしれない。
「はい、どうぞ」
「ありがとよ」
ベッドから身を起こした才人にリンゴを載せた皿を手渡す。
直後。振動で床が震え、天井から煉瓦混じりの埃が舞い落ちる。
窓枠は悲鳴を上げるように軋み、耐え切れなくなった窓ガラスに亀裂が走った。
何が起きたのかを悟った二人から同時に溜息が零れる。

「いつもの事だから大丈夫だと思うけど一応様子を見てくるね」
「……本当にすまん」
「気にしないでいいよ。……半分はイザベラお姉ちゃんのせいだから」

ルイズの分まで謝るかのように深く頭を下げる才人をエンポリオが止める。
もう何度繰り返したか分からないやり取りの後、少年はイザベラの部屋へと向かった。
否。正確に言うなら“部屋のあった場所”だろうか。
書斎で巻き起こった爆発は周囲の物を呑み込んで瞬く間に粉砕していた。
内側から生じた爆風は壁を吹き飛ばし、散弾さながらに飛び回った煉瓦がリビングの壁を打ち砕く。
窓ごと役目を失ったカーテンが風に吹かれて白旗のようにゆらゆらと揺れる。
この宿自慢のスィートルームは戦場跡のように完全に崩壊していた。

「…………うわ、新記録だ」
引き起こされた災害の規模に目を見張りながらエンポリオは立ち尽くす。
爆心地と思われる場所にはイザベラとルイズが埃塗れになって倒れていた。
意識が無いにもかかわらず互いの頬をつねり合う二人の姿に呆れを通り越して感心さえ覚える。
(下手に起こすと続きを始めかねないから、しばらくこのままでいいかな)
部屋の片付けも自分一人ではどうしようもないし、いっそ建て直した方が早いぐらいだ。
とりあえず大人の判断を仰ぐべきだろうと彼は一番頼りになりそうな人の部屋に足を運んだ。


「分かりました。それではイザベラ様と相談して新しい宿を手配しましょう」

そう簡潔に答えるとシェフィールドは清書の終わった書類に封をして伝書フクロウに手渡した。
ばさばさと翼を羽ばたかせて飛び去っていくフクロウを二人が見送る。
彼女たちの事を理解しているのか、それとも迷惑をかけられるのはしょっちゅうなのか、
やたらと手馴れた彼女の様子に安堵しつつエンポリオは部屋の中を見渡した。
魔法で収納しているのか、女性一人分にしても少ない荷物に彼は“ある確信”を深めていた。
どこか落ち着きの無いエンポリオの様子に気付いたシェフィールドは唇の端を釣り上げながら問いかける。

「何かお聞きしたい事でも?」
「シェフィールドさんが連れていた騎士……ブラフォードとタルカスって呼んでたよね。
あの二人は護衛として連れてきたの?」
「ええ。それが何か?」
「僕のいた世界にも同じ名前の騎士が存在したんだ。もう何百年も前の話だけど」

同名なんて珍しい話じゃないし中世の騎士なら同一人物であるはずがない。
気になったのは護衛ならば何故今同行させていないのか、その一点。
その疑問はイザベラから聞いた話によって“ある確信”へと変わっていた。

「あの二人は……“スキルニル”だよね」
「ご名答。そう、彼等はかつて勇名を馳せた貴方の世界の騎士、その残影です」

シェフィールドの返答にエンポリオの背筋がぞくりと震えた。
彼女が懐から取り出したのはイザベラに見せてもらったのと同じ人形。
イザベラから聞かされた時には凄いとしか思わなかったが、
魔法もスタンドもなしでメイジを圧倒する戦いぶりを見た今では違う。
彼等は紛れもなくタルカスとブラフォードそのものなのだ。
肉体、技術、知識を完全に再現した限りなく本物に近い偽物。
もし仮に『スタンド能力』までも模倣できるのだとしたら……。
彼女がどこかであの人達の肉体の一部を入手していたら……。

「ですが完全に本人というわけではありません」
「……え?」
「もしスキルニルが完全に本人を再現できるならば自ら戦場に出向く必要はありません。
所詮は人形。いくら外殻を精巧に造ろうとも中身である精神は空っぽのまま。
スキルニルは人の精神に依存する魔法のような能力は何一つとして使えないのです」

エンポリオの動揺を察したシェフィールドは彼を安心させるように話しかける。
スタンド能力は魔法以上に本人の精神を具現化させたものだ。
彼女の言うとおりならばスタンド能力は使えない。ただの杞憂だったと少年は安堵の溜息を漏らした。
それを見届けてシェフィールドはさらに話を続ける。

「魔法が使えない分メイジよりは劣りますが、スキルニルは持ち運ぶにも隠し持つにも数を揃えるにも便利ですからね。
こうしたメイジ殺しと呼ばれる戦士達を護身用に持っているのです。お分かりいただけましたか?」
「う……うん、じゃなくて……はい」

やや言葉に詰まりながらエンポリオは返事をした。
確かに才人やウェールズが強くても全員を守りきれるわけじゃない。
その中でシェフィールドの持つスキルニルは貴重な戦力となるだろう。
そうだ。僕は何を心配しているんだろう。
この人はイザベラおねえちゃんのお父さん、その忠実な部下なんだ。
それをまるで敵でも警戒するように振る舞っている方がおかしい。
疑問も解けた所でエンポリオは部屋を後にしようと振り返る。

「もうお帰りですか? できればもう少しだけ話を続けたかったのだけど」
「さすがにそろそろイザベラおねえちゃんたちを起こさないと……多分また不機嫌になるから」
「……それでは仕方ありませんわね」

苦笑いを浮かべて立ち去る少年の後姿をシェフィールドが見送る。
そして扉を閉めると彼女は先程取り出したスキルニルに何かを差し込んだ。
その瞬間、手に収まる程度の大きさだった人形が見る間に大きくなり人の姿へと変貌する。
シェフィールドはそこに立つ少年の姿を眺めて愉しげに笑う。

「それでは貴方に代理を務めてもらいましょう。貴方の能力について話してくれるかしら?」
「うん、分かった。スタンドについて話せばいいんだね」

まるで意思を持つかのように人形だった物が口を開く。
ついさっきまでそこにいた少年と同じ顔で、その人形は話を始めた。

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