ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-50

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匿名ユーザー

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交錯する杖と刃。それに乗せられた互いの意地がぶつかり合って火花と散る。
出方を窺う小手先の業など1つとしてない。両者は渾身の力を込めて得物を振るう。
絶え間なく響く剣戟にエンポリオは直感した――“この戦いはどちらかが倒れるまで終わらない”と。

「おねえちゃん! 二人を止めて! このままじゃ……」
「無理だね。もう言葉なんかアイツらには届かないよ」

必死に裾に縋りつくエンポリオを一瞥もせずに振り払う。
言葉でダメなら実力行使か? ―――バカらしい。
あの旋風じみた斬り合いに飛び込もうなんてのは自殺志願者だけだ。
切り結ぶ両者を苛立たしげにイザベラは眺める。
彼女は彼等の実力を読み違えていた。
ただのお坊ちゃんだと思っていたウェールズにかつての面影はない。
憎悪が彼を更なる高みに引き上げたのだろう、すでに彼の魔法はスクエアに達している。
何より敵を必殺せんとする修羅の如き気迫はかつての彼にはなかった物だ。
しかし、それにもまして予想外だったのは、それを防ぎ続ける平民の方だった。
メイジでさえ数合も持つまいと思われる猛攻を粗末な剣で凌ぎ続ける。
それも技量ではなく並外れた膂力と運動神経だけで。
だが遂に体力が限界を迎えたのか、見る間に才人の動きは失速していく。
このままなら遠からず才人の首はウェールズに切り落とされるだろう。

イザベラの視線が才人に向けられる。
平民でありながらこれだけの実力を持ち、しかも何処の国にも所属していない。
自らの手駒にするなら万金を積んでも惜しくない人材だ。―――だが命を張るほど重要でもない。
ただのバカなら要らない。自分の立場も弁えずに誰彼噛み付く狂犬を飼うつもりはない。
何かある度に他人の尻拭いに駆り出されるなんて冗談じゃない。
仮にも王族に刃を向けたんだ。ルイズも心のどこかでは諦めているだろう。
どうせ死ねば次の使い魔が召喚できる。そしたら今度こそまともな物を呼び出せばいい。
―――まあ正直、見てて飽きない奴だから死なれると少しは困るか。

「剣を捨てて命乞いするってんなら手助けしてやらない事もないけどね」


決闘を見つめていた二人の姫は対称的に表情を変えた。
ウェールズの身を案じていたアンリエッタは安堵に顔を緩めた。
彼女にしてみれば婚約者が突然、暴漢に襲われたような物だった。
誰が何を言おうともこの場の正義はウェールズにある。
この世界に住まう人間にとってエルフは不倶戴天の大敵。
仮にウェールズの言葉が嘘だったとしても生かしておくわけにはいかない。
無論、アンリエッタが彼の言葉を疑うなどありえない。
本来ならばワルド子爵を仕向けて成敗する所だが、彼は親友の使い魔でもある。
そんな事をして嫌われたくはないと思うのが心情だった。
何よりもウェールズが自分で決着を付けようとしている―――少なくとも彼女にはそう見えたのだ。

逆に才人の窮地に思わずシャルロットは顔を背けた。
防ぎきれなくなった軍杖が無惨に才人の体を削ぎ落としていく。
最初は服、そして皮膚、ついには血が飛び散るまでに肉を抉りはじめる。
このままでは間違いなく才人は殺される。
声を上げようとするも二人の気迫に飲まれて何も言えない。
何を言えばいいのか、言ったとしても聞き届けてもらえるだろうか。
今はドレスもティアラもない、ただの無力な少女でしかないのに。
彼女は一心不乱に祈った。それだけが自分にできる事と信じて。
たとえどんなにみっともなくていい。今すぐ剣を捨ててウェールズに謝罪して欲しいと。
そうすれば後は私が庇う。お父様や叔父上の力を借りてでも守り抜く。
英雄であって欲しいと思った少年に、今度は英雄である事を捨てて欲しいと強く願う。
そんな恥知らずな想いを抱くほどシャルロットにとって彼は特別な存在だった。
「やめてください! もういいんです!」

ティファニアは叫んだ。瞳から大粒の涙を零しながら必死に声を張り上げた。
もうこれ以上、誰かが血を流すのを見たくなかった。ましてや、それが自分のためなら尚更。
ここで自分が犠牲になればそれで済むというのならそれも仕方ないと思った。
だけど、懇願するような彼女の声は剣を振るう少年の耳には届かない。
傍観することしかできず悲嘆に暮れる少女をマチルダは優しく抱きとめた。


「あの娘は貴様の何だ? 妹か?恋人か?それとも恩人か? 違う、赤の他人だ!」
「それを守る理由は何だ! ただの同情、憐憫の感情にすぎん!」
「そんな安っぽい正義感で、この私の前に立ちはだかるな!」

ウェールズの口から吐き出されるのは詠唱ではなく罵倒とも叱責とも取れる雄叫び。
感情を剥き出しに苛立ちを形に変えるかのように杖を叩き込み続ける。
彼の憎悪の対象はいつしかティファニアから才人へと移っていた。
大義を背負って苦難の道を歩む彼を無知な平民が遮る。
それがどれだけ自分と死んだ者達を侮辱する行為か、恐らく相手は理解していない。
―――だからこそ許せないのだ。

「無念のうちに死んでいった父上やバリー、部下達の心が!
アルビオンに生きる全ての民を守らねばならぬ責務の重さが!
全てを失った私の気持ちが! 何も背負わず奇麗事を抜かす貴様に分かるというのか!」

受けに回った剣を力任せに薙ぎ払う。
激しい衝撃が握りから腕、肩まで痺れを伝導させる。
すかさず繰り出されるウェールズの追撃に血飛沫が舞う。
刻まれたガンダールヴのルーンは輝きを失い、
腕は鉛みたいに重く、脚は泥沼に沈んだかのように身動きが取れない。
傷口からは思い出したかのように痛みと熱が、剣を握る手には既に感覚がない。
それでも才人はウェールズを睨み返しながら背後の少女を指し示す。

「あの子が何をしたって言うんだよ。泣いてるじゃねえか。
誰にも傷付いてほしくないって、敵味方なしに倒れた連中の為に悲しんでるじゃねえか。
そんな子にどんな罪があるってんだ! 言ってみろよ!」

なけなしの気力を振り絞った才人の剣が直上から振り下ろされる。
しかし、その一撃もウェールズの身には届かず虚しく宙を切った。
背後にいるティファニアの姿を見やったウェールズの表情が僅かに曇る。
それでも彼は断固たる決意で言い放った。

「彼女の罪は―――この世に生を受けた事だ」

生まれた事、それ自体が悪であるとウェールズはそう断言した。
ティファニアの存在が知れ渡ればアルビオンは破滅する。
王家の血筋に異教徒であるエルフの血が混じる、この事実は王家の権威を失墜させるだろう。
そうなればアルビオン全土の貴族諸侯はテューダー王家に取って代わらんと内乱を引き起こし、
そうして混乱の坩堝と化したアルビオンを治安維持の名目で侵攻すべく各国も動き出す。
かつての家臣たちが互いに殺し合い、愛した祖国は他国の軍勢に蹂躙される。
焼かれ、奪われ、殺され、傷付けられ、追い出され、アルビオンは全てを失うだろう。
たった一人の命とアルビオン王国を秤にかける事などできない。
「てめぇええええーーー!!」

その返答に、才人は雄叫びとも悲鳴ともつかない絶叫を放った。
動かなかった足は前に、腕を引き千切れんばかりに振り回し、
まるで狂ったかのようにひたすらウェールズに剣を打ち込み続ける。
命を燃やし尽くすかの如く彼は立ち向かっていった。

「そんな事……! 誰にも、誰にだって言わさせねえ!」
「………………」

しかし、それは披露する前に比べてあまりにも鈍く遅く稚拙な物だった。
子供をあしらうかのようにウェールズが決死の反撃を事もなしに凌ぐ。
激昂する才人の動きは単調そのもの。不用意に踏み込んだ一撃を絡めとって剣を弾き飛ばす。
唯一の武器を失った才人にウェールズは軍杖の先端を突きつけた。
勝負はついた。その結果に多くの者から安堵の息が洩れた、才人の身を案じる者達からも。
戦う術を失った以上、これ以上手向かう事は無い。故に殺される心配も無いのだ。
後は何とかウェールズを説き伏せて容赦を願い出るだけ。

だが、そんな彼女達の想いを無視して才人は無手となった腕を振り回す。
剣でさえ当てられなかったのにウェールズに拳が届くはずもない。
放った拳は悉く宙を掻き、掠る気配さえ感じさせない。
才人の出血は致死量に達しようとしている、それにも拘らず彼は戦う事を止めようとしない。
死を前にしても立ちはだかる、その異様な姿にウェールズは言葉を失った。
「何故だ……? 何故そこまでする……」
ようやく搾り出した言葉は降伏勧告ではなく疑問の声だった。


白に染まっていく視界の中、がむしゃらに才人は拳を振り回す。
当たっているのか、届いているのか、それさえも分からない。
千切れかけた意識で崩れ落ちそうな身体をただひたすらに突き動かし続ける。

俺は何も背負っていない、と奴は言った。
それは正しい、俺には何も無い。
力も、金も、魔法も、権力も、俺は何も持っていない。
親も、ダチも、家も、学校も、ここにはない。
俺の事を知っている奴なんて誰もいないし、俺が知ってる奴もいない。
確かな物なんて何一つない……俺はゼロなんだ。
―――だから俺は『自分』だけは曲げるわけにいかねえ。

あの頃みたいに流されて生きれば楽だろうさ。
目の前で起こる事に目を瞑って、貝みたいに口を閉ざせばいい。
ルイズに黙って従い、貴族連中にもおべっか使って適当にやってりゃいい。
そうすれば少なくともこんな死にそうな思いなんてしなくていい。
だけど、そうなっちまったら俺は『平賀才人』じゃなくなっちまう。
最後に残ったものが自分だけというなら、それを守り通さなきゃいけない。

この世界でどっちが正しいかなんて俺には分からない。
だけど、俺は間違っていると思った事に首を縦に振らない。
ガキだって笑われたっていい。この意地が、このバカが『俺』なんだ。
だから許せないものがあるなら俺は絶対に譲らない、絶対にだ。
「……取り消せよ……生まれた事が悪いだなんて……そんなの、ひどすぎるだろ」

混濁した意識で才人は声を絞り出しながら拳を前に突き出した。
もはや殴るだけの力もなく握手を求めるかのようにゆっくりと伸ばされる腕。
それはペタンとウェールズの胸に当たって力なく止まる。
そして平賀才人もウェールズ、そのどちらも動かなくなった。

誰もが言葉を失う中、イザベラは両肩をわなわなと震わせていた。
何かあったのかとエンポリオが見上げた先にあったのは彼女の壮絶な笑みだった。

ただの馬鹿なら拾う価値はない。だが平賀才人は違った。
アイツはただの馬鹿じゃなく―――後にも先にもただ1人の大馬鹿だった。
こんな面白い物を黙って見過ごす手はない。ここで死なすにはあまりにも惜しい。
最高の玩具を見かけたような目つきでイザベラは才人を見つめる。

「こいつはアタシが貰った! 誰にも文句は言わせないよ!」

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