ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

星を見た使い魔-1

最終更新:

familiar_spirit

- view
だれでも歓迎! 編集
 ナイフの深く潜り込んだ腹の傷は酷かった。
 大量の出血と共に、体の中の『熱』が、『力』が、『命』が、冷たい海水に消えていく。そのまま『意識』も……。
 これが『死』だ……。

 しかしッ、『空条徐倫』は恐怖していなかった。死など恐れていなかったッ!
 それは既にッ、『覚悟』が出来ていたからだッ!!

「ここは、あたしが食い止める!」

 加速する時の中で、恐るべき速さで追撃してくるプッチ神父に対し、徐倫はあえて振り返った。立ち止まり、迎え撃つ為に。
 背後で遠ざかっていくエンポリオの声が聞こえる。目の前からは鮫よりも速く恐ろしいプッチ神父が迫り来る。
 仲間も父親も殺され、悔いも未練も残して、自分はこれから死のうとしている……しかしッ!!
 徐倫は恐怖など微塵も抱いていなかった。
 それは既に『覚悟』していたからだッ! 生きる事を諦めるのではなく、ここで死ぬ事を覚悟していたからだッ!!

 奇しくも、徐倫は自らの意思でプッチの理論を証明していた!
 『覚悟』は『絶望』を、吹き飛ばすッ!!

「来いッ! プッチ神父!!」

 霞んでしか見えない死神の姿を捉え、使えるだけの力を搾り出して拳を繰り出し、徐倫は最後の咆哮を上げた。


「『ストーン・フリィィィーーーッ!!!』」


 繰り出す拳が敵を捉えるより早く、加速した時の中で死が訪れる。
 徐倫の決死の攻撃より何手も速く、『メイド・イン・ヘヴン』の攻撃が徐倫の魂ごと肉体をバラバラに切り裂いた。
 首を斬り飛ばされたのか、宙を舞う視界の中、徐倫は最後に加速する世界の空を見た。
 ロケットのように流れて消えてく雲。夜明けと夜更けは明滅するように繰り返され、太陽の軌道は線にしか見えない。

 そんな加速する世界の中で一つだけ、不思議なものがあった。
 きらきらと光る奇妙な『鏡』
 それが一体何なのか、理解するより先に徐倫は途中で途切れた右手を伸ばし、そして……。




「あんた誰?」

 抜けるような青空をバックに、徐倫の顔をまじまじと覗きこんでいる女の子が言った。


 二人の囚人が鉄格子の窓から外を眺めたとさ。一人は泥を見た。一人は星を見た。
 そして、空条徐倫が見たものは―――。



―星を見た使い魔―

「ルイズ、『サモン・サーヴァント』で平民を呼び出してどうするの?」
「ちょ、ちょっと間違っただけよ!」
「間違いって、ルイズはいつもそうじゃん!」
「さすがはゼロのルイズだ!」

(……ちょ、ちょっと待てェー! 何? 何なの、いきなりこの状況ッ!?)

 何やら好き勝手騒いでいる周囲のギャラリーの中心で腰を抜かした徐倫もまた混乱の極みにいた。
 黒マントなどという見慣れないファッションを共通して身につけた、元学生の自分とそう変わりない年頃の少年少女達が暢気に笑っている。
 加速した時の中で全ての物質が風化し続ける混乱など、その平和な光景には影も形も見えなかった。
 何より、空は青く、雲はゆるゆると流れ、太陽は輝いている。

(どうなってるんだ? あたしはまた、幻覚でも見せられているのか? それとも、ここは『天国』と呼ばれる場所なのか?)

 完全に正常な『時の流れ』の中にあるこの空間で、バラバラになった筈の自分の手足が全くの無傷である事を確認して、徐倫は奇跡を感じるより先に疑惑を感じた。
 これは、あるいは何かの『スタンド』の攻撃ではないのかッ!?

 ……もっとも、既に死に掛けていた自分に攻撃を仕掛ける利点と理由があればの話だが。
 そう考えて、徐倫はちょっぴり冷静になった。

「あのォー、お取り込み中のところ悪いんだけど、ちょっと尋ねてもいいかしら?」

 とりあえず状況を把握する為、徐倫は目を覚ました時最初に視界に居たピンク色の小柄な少女『ルイズ』に控え目に声を掛けた。

「うるさいわね! その通り今まさに取り込み中なのだから、あんたは黙ってなさい!」
「……そう、ごめんね」

(このガキャーッ! そんなの言葉のアヤでしょうが、質問にはしっかり答えろォー! 張り倒すぞッ!!)

 これまた時代錯誤なローブを着た中年のおっさんと話し込んでいるルイズに跳ね除けられ、表面は平静を装いながらも、久しく柄の悪いチンピラ根性を丸出しにする徐倫。
 徐倫がギリギリ歯軋りしながら、何やら憤慨しているらしいピンクの頭を睨みつけていると、唐突に会話は終わり、ルイズが振り向いた。

「何? 話が終わったんなら、今度はこっちの質問に……」
「あんた、感謝しなさいよね。 貴族にこんなことをされるなんて、普通は一生ないんだから」
「話を聞けーッ! ここは何処でッ、何故ここに私がいるのかッ、さっさと答え……ッ!?」

「我が名はルイズ・フランソワーズ・ル・ブラン・ド・ラ・ヴァリエール。
 五つの力を司るペンタゴン。この者に祝福を与え、我の使い魔となせ」

 いよいよプッツンしそうになる徐倫を無視して、ルイズは杖を一振りすると呪文を唱えた。
 敵意も殺意もない、かといって理解しがたいルイズの行動に一瞬呆気に取られた徐倫は当然のように、次の行動を遮る事も警戒する事も出来なかった。

「え?」
「ん……」

 乙女の柔らかな唇が、同じ乙女の柔らかな唇によって奪われた。
 何処からかズギューンッという音が聞こえた気がした。

「な、何するのよ!?」

 我に返った徐倫は、狼狽しながら後退る。
 元は一般人でありながら、数々の怪異に巻き込まれ精神的なタフさを身につけた徐倫だったが、この時感じた衝撃は全く未体験のものだった。
 いきなりワケの分からない世界に放り込まれたと思ったら、最初にされた事が同性からのキスなのだ。普通は混乱する。誰だってそーなる、徐倫だってそーなった。

「何って、契約のキスよ」
「契約? 言ってる事が分からない。イカレてるのか、この状況で……?」
「イカレて……っ! 主人に向かってなんて口のききかたすんのよ!?」
「主人んんー? いつ、あたしがあんたの召使いになったって……!」

 互いに喧嘩腰になり始めた時、唐突に沸騰するような熱さが体の中から湧き上がり、徐倫は言葉を途切らせた。

「ぐあっ!? ぐぁあああああっ、熱いッ!!」

 灼熱の塊が血管の中を駆け巡るような感覚を味わい、徐倫はその場でのた打ち回った。
 それを見下ろすルイズが苛立たしそうな声で言った。

「『召使い』じゃない、『使い魔』よ。今、『使い魔のルーン』が刻まれているところだから、待ってなさい」
「刻むなァーッ!! あたしの体に何をしやがった! くそっ、『ストーンフリー』!!」

 この熱をルイズの攻撃であると判断した徐倫が自らのスタンドを具現化させる。
 しかし、左手に集中し始めた熱のせいか、それとも神父にバラバラにされたせいか、彼女のスタンドは形を成さなかった。ただ、初めてスタンド能力を発動させた時のように指先が僅かに糸に変化しただけだった。
 舌打ちした徐倫は、後はただひたすらこの熱が引くのを待った。
 一方、喚き散らす使い魔の様子を眺めていたルイズは、彼女の指先がほつれた毛糸のように糸となって蠢く一瞬を捉え、困惑したが、すぐに目の錯覚であると納得した。

「ハァハァ……一体、なんなんだお前らは? 何が、したいんだ……?」

 ようやく体の熱が冷め、平静を取り戻した徐倫は随分疲弊した声で呟いた。
 何もかもが想定できる範疇を超えている。ただ一つ確かな事は、先ほどの激しい熱さの中で確信した『これは夢ではなく現実』という一点のみだった。

「何がしたいって、使い魔が欲しいのよ」

 目の前の少女が、今ようやくまともに答えた気がした。その内容はやはり常軌を逸していたが。

「『使い魔』? あたしは人間よ」
「分かってるわよ。わたしだって平民を召喚する気なんてなかったわ」
「つまり、あんたがあたしをここに呼んだって事?」
「そうよ。不本意ながらね」

 そうして、短い会話の中で徐倫はようやく少ないながらも貴重な情報を手に入れた。
 これは現実で、自分はとりあえずちゃんと生きているという事。自分を生かし、ここに呼び込んだのが目の前の自分より随分小柄な少女である事。そして、その少女がかなりムカつくという事だ。

(どうやら、あたしはプッチ神父に殺される直前とはまた違ったヘヴィな状況に追い込まれたみたいね。久しぶりに飛びたい気分……)

「やれやれだわ」

 父親の口癖だった呟きが意図せず徐倫から飛び出す。
 なるべく直視したくない現実が彼女の目の前にあった。周囲を取り囲んでいた魔法使いみたいなマントを付けた学生達が、まさしく魔法使いのように次々と宙に浮いていた。
 呆れるほどファンタジーな光景だった。

「本当に飛ばれると、言葉も無いわね……」
「ルイズ、お前は歩いて来いよ!」
「あいつ『フライ』はおろか、『レビテーション』さえまともにできないんだぜ」
「その平民、あんたの使い魔にお似合いよ!」

 口々にそう言って笑いながら飛び去って行く。
 残された二人の少女は互いに顔を見合わせた。種類は違えど、お互いに相手に対する不審を持って。

「……名前」
「え?」

 睨み合いの中、先に口を開いたのは徐倫だった。あの熱が原因か、奇妙な文字の浮かび上がった左手の甲を擦りながら呟く。

「あたしの名前は『空条徐倫』よ。まず、あんたの名前は? そこから初めましょ」
「『クージョー・ジョリーン』 ……『ジョジョ』?」
「そう呼ぶのはママだけだ」
「……わかった。あたしはルイズよ。ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
「ルイズ……」

 『ジョリーン』と『ルイズ』
 二人は互いの名前を心の中で反芻した。それはまったく深い意味のない行為だったが、これから長い付き合いとなるこの二人がした、記念すべき最初の歩み寄りだった。

「いろいろと質問があるわ」
「そうね。あんたがなんなのか、わたしもちょっと気になるわ。とりあえず、行きましょ」
「何処へ?」
「トリステイン魔法学院」

 言って、ルイズは『魔法使いのような奴ら』が飛んでいった方向を指差した。
 自分達が佇む草原の向こうに巨大な建物が見える。石で出来たアーチの門、同じく石造りの中世の造形に似た『学院』だという建物。よく見れば、今いる草原はあの建物の敷地の延長だった。
 徐倫がかつて収監されていた、島全体が敷地である『グリーン・ドルフィン・ストリート刑務所』にも匹敵する広大さだ。

「トリステイン『魔法』学院ね……」

 いろいろと思うところのある徐倫だが、とりあえずそれは口には出さない。
 自分に付いて来るのが当たり前、とでも言うように彼女を無視して歩き始めたルイズの背中を見つめ、ため息を一つ吐くと、徐倫もまた歩き出した。

 最初の一歩を踏み出す瞬間に、奇妙な確信があった。
 こんな場所に放り出される前の、多くの心残りを置いてきた状況がもう終わった事なのだと感じ、今この瞬間自分にとって新しい何かが始まりだしたのだと……そんな奇妙な確信が。


 向かう先には、ルイズ曰く『トリステイン魔法学院』 石作りの世界。
 かつての刑務所と同じように、徐倫が意図せず入り込む事になった、新たな『石の海(ストーンオーシャン)』であった―――。


To Be Continued →

タグ:

+ タグ編集
  • タグ:

このサイトはreCAPTCHAによって保護されており、Googleの プライバシーポリシー利用規約 が適用されます。

記事メニュー
目安箱バナー