ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-49

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匿名ユーザー

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アルビオン皇太子ウェールズ・テューダー。
彼の運命を変えたのは、事件発生より少し遡ったある日の事だった。

「……本日、快晴なれど風強し」
アルビオン王国艦隊司令長官ウェールズは船長室で航海日誌を認めていた。
本艦『イーグル』号と僚艦『シャーク』号、『パンサー』号の三隻による哨戒任務は順調であった。
交易港近辺を荒らしまわる空賊の姿は終ぞ見つける事は出来なかったが、その間は交易船が襲われる事も無かった。
だがウェールズの心境としては一戦砲火を交えたかったのが本音である。
海賊を退治するのも重要だが、何よりも尊敬する父・ジェームズ一世の死が彼の心に重く圧し掛かっていた。
戦いになれば一時とはいえ、そうした苦痛を忘れる事もできたのにと嘆息する。

「開いている。入りたまえ」
コンコンとノックする音にウェールズは事務的に答えた。
それに応じて部屋に入ってきたのはアルビオンの重鎮として知られる老賢者バリーだった。
彼はジェームズ一世の忠臣として常に傍らに付き従い宮廷を支え続けてきた功労者で、
本来なら海賊退治に同行するような立場でもなければ歳でもなかった。
バリーの急な申し出を受け入れたウェールズではあったが内心はどうにも落ち着かなかった。
恐らくは父上亡き後のアルビオン王国について相談したい事があるのだろう。
だが、それを聞き遂げるだけの余裕が今の自分にはない。
せめて、この航海の合間だけでも自分をそっとして欲しかった。
老メイジは会釈すると懐から一通の封筒を取り出し、それをウェールズに差し出した。

「これは?」
「亡き陛下の御遺言にございます。自分に何かあった時にはそれを殿下にと……」
ふむ、と少し考えてからウェールズはペーパーナイフで封を開けた。
何故そのような遺言があったのか、彼は僅かに疑念を抱いた。
確かに父の体調が思わしくなかったのは事実だが、それほど酷い病状とも思えなかった。
自分の急死を予見して遺したと考えるのは不自然な上、何故公開せずにバリーに託したのか。
手紙を開いて数分。彼の顔色は蒼褪め、手紙を読むその手は動揺に戦慄いていた。
そこに記されていたのは叔父・モード大公がエルフを妾にし、その間に生まれた子を匿っているという内容だった。
彼と父の知るモード大公は敬虔なブリミル教徒であり、決して異教徒に組みするような人物ではなかった。
彼はエルフに心を操られ、その傀儡としてアルビオン王国を掌握しようとしているのではないか。
あるいは、考えたくない事だが王位を簒奪せんが為に異教徒の力を借りようとしたのかもしれない。
ジェームズ一世はその真意を問い質すべくモード大公に一人で会いに行くらしい。
もしエルフとの間に生まれた子を引き渡すのなら、この事実を隠蔽し彼と妾の罪は問わないつもりだと。
この手紙に記された日付、それは奇しくも父が急死した日と一致していた。

「デタラメだ! 叔父上がそのような事をなさるはずがない!」
「ですが現に陛下は崩御なされました。それも不審な死によるものです」
手紙を投げ返しながら猛るウェールズをバリーは冷静に諭す。
この遺言が偽物だと言い返す事は彼には出来なかった。
そこに記された字は紛れもなく父、ジェームズ一世の手によるものだった。
どさりと椅子に腰を落とし、汗ばんで垂れる髪を掻き上げながらウェールズは乱れた呼吸を整える。
「……叔父上と話がしたい。本当にそんな事をしたのか、真実を確かめたい」
「軽率な真似はお控えください。貴方はアルビオン王国に残された唯一正統な血筋なのです」
のこのこと敵地に出向けばウェールズは暗殺されるとバリーは確信していた。
モード大公の一派にとって今一番の障害はウェールズ殿下のみ。
既に彼は監視下に置かれ、こうして海賊退治の名目で宮廷を離れるまでは接触の機会さえなかったのだ。

「では―――どうすればいい?」
「まずは艦の不調を装い、修理の名目でニューカッスル城へと逃れましょう。
あそこにはまだ陛下の忠臣が多くおります。そこで地盤を固め、この手紙を証拠としモード大公を失脚させます。
公が異教徒と通じている事を知る者はそう多くないはずです。これを目にすれば大多数は我々を支持するでしょう」

バリーの提言にウェールズは苦渋の決断を迫られていた。
それならば国を割らずにこの事態を収束できるかもしれない。
だが、それを実行すればモード大公は王権の簒奪者としてだけではなく、
異教徒に国を譲り渡した売国奴、王家の血筋を穢した大逆の徒として扱われるだろう。
何よりも名誉を重んじる貴族、その中心にある王族としてそのような汚名を負わせたくはない。
父についで敬愛する叔父をそのような形で失うなどウェールズには耐えられない。
ましてや叔父上は異教徒に操られているだけかもしれないのだ。

「失礼します! ウェールズ殿下、ただちに甲板までお越しください!」
ノックもほどほどに船長室の扉を開けて船員が飛び込む。
その尋常ではない海兵の態度を感じ取ったウェールズが席を立つ。
あるいは少しでも決断を遅らせたかっただけなのかもしれない。
自身の懐に手紙をしまい、バリーを連れて船員の先導に従って甲板へと足を運ぶ。
「あれです」
海兵の指差す先をウェールズは凝視する。
そこで彼が目にしたのは無惨な姿を晒す船の残骸だった。
船体には余す所なく砲弾が撃ち込まれた跡があり、
甲板上は全てのマストが叩き折られ、乗組員のものと思われる夥しい血痕が一面に広がっていた。
至近距離からの砲撃でなければ決して生まれない惨状。
それは戦闘というよりも一方的な虐殺が行われた証拠だった。

「空賊の仕業か? この船はどこの国の船だ?」
「それが……これをご覧ください。それが倒れたマストの下敷きに」
そう言うと海兵は一枚の黒い布切れをウェールズに差し出した。
おもむろに受け取った布を広げる。そこに刺繍されたマークはどこの国の物でもなかった。
黒地の白い頭蓋骨と大腿骨で作られた十字と砂時計の絵柄。それは典型的な空賊が使う海賊旗だった。
「仲間割れか、それとも他の空賊との縄張り争いでもあったか」
「しかしながら殿下。空賊船にこんな火力は出せません。これではまるで戦列艦か、あるいは」

直後、甲板上の声を掻き消すような轟音と衝撃が船体に走った。
『イーグル』号の左舷で撃ち込まれた砲弾の煙が燻ぶ。
警戒態勢から戦闘態勢へと移行する船員達にウェールズの檄が飛ぶ。
奇襲に混乱する者はなく全員がそれぞれの持ち場に着いて己が役割を果たす。
「空賊の残党か?」
「いえ、違います。あれは―――軍艦です!」
「………っ!! 何処の艦か確認しろ! 発光信号の準備を!」
望遠鏡で艦影を確認した船員がウェールズに叫ぶ。
乗組員を動揺させぬように平静を装うもウェールズの語気が強まる。
開戦ならば事前に他国より宣戦布告が届くはずだ。
それを警告も無しに発砲してくるとは正気の沙汰ではない。
常軌を逸した敵艦の行動にウェールズの思考が掻き乱される。
やがて敵影を確認していた船員が震えながら口を開く。
「殿下……あれは、他国の軍艦ではありません。
アルビオン王国艦隊所属の戦列艦『ジャガー』号と『ベアー』号です」
「なんだとッ!?」
続けざまに降り注ぐ砲弾が『イーグル』号の船体を削り取っていく。
誤認や誤射などではない。明確な殺意を以って浴びせられる砲撃に艦が悲鳴を上げる。
決断を遅らせる事は死に直結する。事実がどうあれ『イーグル』号が攻撃を受けている事には変わらない。
「くっ……本艦は後退する! 『シャーク』号と『パンサー』号は援護せよ!」
僚艦に攻撃の指示を出してウェールズは操舵士に舵を切るよう伝える。
それに従うかのように僚艦二隻は砲門を開き一斉に砲火を浴びせた。
―――敵艦にではなくウェールズの乗る『イーグル』号へと。

反転しようと速度を落とした『イーグル』号を前後から計四隻の艦が挟撃する。
作業していた乗組員もろとも砲弾がマストを薙ぎ倒す。
艦砲射撃で砕けた船体の破片が散弾のように飛び交って船内を地獄に変える。
風の系統魔法で抵抗を試みたメイジ数人がまとめて肉片と化して飛び散る。
ウェールズは部下達がみすみす殺されていくのを黙って見ている事しか出来なかった。
反撃も撤退もどれも手遅れだ。もはや勝敗は決している、自分達はあの残骸と同じ運命を辿るのだ。

「まさかここまで彼奴等の手が及んでいようとは……このバリー、一生の不覚」
爪が砕けんばかりに欄干を掴むウェールズに老賢者は後悔の念を洩らした。
事ここに到りウェールズも認めざるを得なかった。
アルビオン王国艦隊を統帥できるのは自分と叔父上だけ。
父上の遺言は正しかった。――――だが、それももう遅い。
かくなる上は貴族の名誉を守るべく、この命果てるまで戦うのみ。
決意を固めて軍杖を引き抜こうとするウェールズの手をバリーは抑えた。
「短気はなりませぬ。今は雌伏の時、好機が訪れるまで耐え忍ぶのです」
「何を世迷言を! もはや退路は断たれ、反逆者の手にかかるのを待つばかり。
ならば、せめて一人でも多くの敵を道連れにアルビオンの誇りを見せつけてくれる!」
「確かに『イーグル』号の命運はここまで。ですが一人だけならばまだ望みはあります」
そう告げるとバリーは甲板上に一人の男を呼び出す。
それを目にしたウェールズの顔が驚愕に引きつる。
そこにいたのは服装も髪も顔までも同じ自分の写し身だった。
彼はウェールズに敬礼すると直ちに杖を抜いて鬨の声を上げた。
我こそはウェールズ・テューダー。腕に覚えあれば我が首級を上げてみよ、と。
まるで自分のように兵を鼓舞する彼を見つめるウェールズにバリーは告げる。

「万が一の為に用意した影武者でございます。顔はフェイスチェンジにて。
しばらくはあれで時間を稼げましょう。その隙に殿下は脱出を」
「バカな……連中の目は節穴ではないぞ。逃げる小船を見落としたりはせぬ」
「然様で。ですから殿下が脱出してすぐ『イーグル』号の火薬庫に火を放ちます。
爆風と閃光、飛び散る破片がいい目くらましとなりましょう」
「なっ……!?」
ウェールズは我が耳を疑わずにはいられなかった。
船内の火薬に火を放てば軍艦といえどもひとたまりもない。
巻き起こる爆風は乗組員全員を粉微塵に吹き飛ばす。
それも全ては自分一人を逃がす為に囮となって死ぬのだ。
「ダメだ! そんな事を認めるわけには……」
「乗組員の死体が少なければ脱出を疑われます。
それに影武者の死体が残れば追っ手がかかるのは明白。
一人でも捕縛されれば魔法にて殿下の事を白状させられるでしょう。
―――なれば、我等の死に場所は今ここに!」
ドンと枯れ木のような腕でバリーは自身の胸を力強く叩いた。
彼等の話を聞いていた海兵達もそれに続くように胸を叩く。
『イーグル』号の甲板に雨霰と砲弾が降り注ぐ中、彼等は不動の姿勢で立ち続ける。
その揺るぎなき決心を変える事は皇太子であるウェールズにも出来なかった。
込み上げる涙を隠すように軍帽を被り直して彼は口を開いた。

「アルビオン王国艦隊司令長官として命令する!」
身を切られるような想いで彼は声を発した。
それでも自分がやらなければならない事を彼は知っていた。
「『イーグル』号クルー全員、ここで命を捨ててくれ!
無能で無力な私の為に! アルビオン王国の未来の為に!」
すまないと心で詫びながらウェールズは自らの口で非情な任務を伝えきった。
彼を見つめる多くの眼差し。返答はない。ただ、皆一様に彼に敬礼を返すのみ。
隠し切れなくなった涙が甲板に零れ落ちる。そして別れ逝く彼等に敬礼で応えた。
“諸君等はアルビオン王国の誇りである”等と美辞麗句で飾る事さえおこがましい。
彼等はいつも通り任務を果たす。たとえ、その先にあるものが自分達の死であったとしても。
失った物の大きさを噛み締めながらウェールズは一人脱出艇へと乗り込んだ。

「殿下、お達者で」「アルビオン王国をお頼みします」
離れる脱出艇を確認した海兵達がそれぞれ心境を口にする。
そこに悲壮な表情はなく穏やかな笑みさえ浮かんでいる。
その中心に立つバリーが杖を抜きルーンを唱える。
彼等の足元には火薬で引いた線がある。
「さあ、連中にアルビオンの船乗りの意地を見せようぞ」
それに頷き返す屈強な海兵達に満足げな笑みを浮かべてバリーは火を落とした。
着火した瞬間、火薬が激しく燃えながら導火線を辿っていく。
その終点にあるのは火薬を満載した『イーグル』号の火薬庫。
「見るがいい! そして、その目に焼きつけよ!
これは勝利を祝う祝砲ではないぞ! 貴様らへの反撃の狼煙だ!」
バリーが吼えた直後、凄まじい勢いで『イーグル号』は内側から爆砕した。
光と熱と衝撃が暴力じみた勢いで膨張し周囲に広がっていく。

『イーグル』号の最期を見る事は叶わなかった。
光が眩しかったからではない。炎が熱かったからではない。
爆風に吹き飛ばされそうになったからでもない。
もし振り返ってしまえば二度と進めなくなる、そんな気がした。

夜を待ってからウェールズは近くの浅瀬へと上陸した。
脱出艇をロープで牽引して森の中へと引き込む。
そして積荷を下ろすと証拠を残さぬように解体して薪に変えた。
こんな夜更けに街に入れば怪しまれるとウェールズは野宿の支度を整えた。
携帯食糧の干肉を火で炙りながら食す。味もしないそれを噛み締めて飲み下す。
今の彼はまるで死人のようだった。作業する間も何も考えもせず身体の動くままにしただけ。
ウェールズは大切な物を失いすぎた。父も叔父も忠臣も部下も、どれもが掛け替えのない物だった。
胸の中に大きな空洞が空いたような空虚さを覚えながら、彼は生き延びる事を第一に考える。

アルビオンにいるのはマズイ。まずはここを出よう。貨物船にでも潜り込めれば何とかなる。
荷物の中には軍資金も含まれている。これで当面は生活や移動の心配はない。
その時、ふとウェールズは肝心な事を忘れているのに気付いた。
自分の顔は知られすぎている。自国の皇太子を知らぬ国民はそう多くないはずだ。
顔を隠す物を探してウェールズが見つけたのは救急袋の中にあった包帯だった。
だが、これを巻いただけでは変装にはならない。逆に不審がられるだけだ。
しかし幸いにもウェールズの目の前には簡単な解決方法が転がっていた。

「ぐっ!」
焼けた木片の先端を額に突き刺し、そのまま顔をなぞる様に切り裂く。
皮膚を焼く火傷も顔を刻む苦痛も今のウェールズにとっては救いだった。
切り捨ててきた者達に釣り合いが取れるとは思えないが、それでも自分を罰したかった。
彼等を殺したのは敵ではない、私だ。自分の甘さが彼等を犠牲にしてしまったのだ。
捨てろ。非情に徹しろ。情に流されるな。復讐を果たせ。叔父に報いを。
信じていた父と自分を裏切り、同胞に手をかけた簒奪者に死を。
空っぽの心になみなみと憎悪が注ぎ込まれて満ちていく。
二度と私情に流されぬよう、戒めながらより深く木片を刺す。
獣のような雄叫びを上げながら彼は手術を続ける。
深く深く抉られた傷は最愛の人との決別の証でもあった――。

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