ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-48

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匿名ユーザー

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薄霧の中を掻き分けるように現れたウェールズをイザベラが訝しげに見やる。
“コイツは本物なのか?”それが彼女の脳裏に浮かんだ最初の疑惑だった。
顔を合わせた事があるといっても数えられる程度、しかも特別に親しかった訳でもない。
ましてや今の彼は記憶の中にある華やかな姿からは遠く懸け離れていた。
それでもイザベラは直感する、これは間違いなくウェールズ本人だと。
もし偽物ならもう少しまともな……それっぽい偽物を使うだろう。
そして、それを裏付けるように彼を目にしたアルビオンの騎士たちがその場で跪いた。
一同は手にした杖を地面に置き、敵意が無い事を証明している。

「ウェールズ殿下……ご存命であられましたか」
「ああ。代わりに多くの臣下の命を失った」
騎士の問いかけに憎しみの篭った声でウェールズは答えた。
戦死したように見せかけて何処かに落ち延びたのだろう、
しかし、その風体を見れば匿ってくれる相手などいなかったのは一目瞭然だ。
あるいは、誰も信用できず連絡さえ取らなかったのかもしれない。
騎士とウェールズの間にチリチリと火花のような張り詰めた緊張感が流れる。

「君はこれまでアルビオン王国の為、家族も名前も捨てて汚れ仕事を一手に引き受けてくれた」
「誰かがやらねばならない事でした。それが偶々私だっただけです」
「だが誰にでも為せる訳ではない。名誉を求めず、汚名を恐れず、真の騎士にしかできない事だ」
“ああ、そうさ、大した物だ”とイザベラは皮肉を抜きにして賞賛を示す。
連中から受けた仕打ちや損害に目を瞑れば、これだけの手勢で各国を翻弄した手腕には感心さえ覚える。
アルビオン王国にとっても処分するには惜しい存在だ。だからこそウェールズは彼を『説得』するつもりなのだ。

「本来の主が戻った今、もはや無意味な命令に従う必要はない。もう一度、私の為に尽力してくれるな?」
そっと騎士の肩にウェールズは手を置いた。それは彼への信頼の表れだけではない。
跪く騎士の耳元に顔を近づけて誰にも聞こえぬよう小さな声で語りかける。
「この計画の首謀者は誰だ。叔父上だけではあるまい」
あまりにも手際が良すぎる。グリフォン衛士隊の取り込み1つにしても情報漏洩もせずに手回しする。
そんな事をアルビオン単独で出来るとは到底思えなかった。
だからこそウェールズは他の国の関与を疑った。
あるいは計画を頓挫させ、アルビオンを悪役に仕立てる謀略ではないのかと。
躊躇するような素振りをしていた騎士が重々しく口を開く。
「殿下、実は……」

ふとイザベラの視線が騎士の足元に落ちた杖に向けられる。
些細な違和感。それが何か彼女に胸騒ぎにも似た焦燥を掻き立てる。
じくりと痛む首の傷痕に、イザベラはハッと思い起こした。
――――違う。この杖じゃない。
首元に突きつけられた杖を凝視していた彼女だから気付けた。
足元にあるのは、この騎士の杖ではない。恐らくは別の誰かの物。
だったら彼の杖は一体どこに……?

「離れろ! そいつは杖を隠し持ってるぞ!」
答えを導き出すと同時に張り上げられるイザベラの声。
同時に、騎士は掴んだ砂混じりの土を彼女の銃へと投げつけた。
イザベラが持つ銃はハルケギニアにあるどの銃よりも複雑な仕組みをしている。
ならば砂や土が入れば動作不良を起こすのではないか、
仮にそうでなかったとしても暴発を恐れて銃を撃てなくなる。
彼は武器を封じる事で人質を無効化したのだ。
それを合図にアルビオンの兵士達が弾けるように動き出す。
杖を拾った彼等はワルドと、そして背後のアンリエッタへと向かい、
マチルダはティファニアを盾とするイザベラに踊りかかる。

引鉄に指をかけたままイザベラは逡巡した。
暴発を恐れたのではない。仮に暴発したとしてもこの銃では人は死なない。
どちらにせよ脅しが通じなくなったのなら人質の意味はない。
銃を投げつけるか――ダメだ、悪足掻きと思われるのがオチだ。
撃つか――人質が死んだと激昂されて殺されるかもしれない。
いい作戦が思い浮かぶまでの間、その僅かな時間を稼ぐ為、
恥も外聞もなくイザベラは人質を羽交い絞めにした。
これなら礫も飛ばせないしゴーレムで殴りかかってもこれない。
あと十秒、それだけあれば何とかなる。つーか、ならなかったらアタシが死ぬ。

ウェールズを引き倒して馬乗りになった騎士が彼の首へと杖を突きつける。
しかし、それを寸前で彼は杖で受け止める。互いの魔力の衝突が電流のように迸った。
「何故だ! 何故私に杖を向ける!? 君はアルビオン王国に忠誠を誓ったのではないのか!」
「だからこそです殿下。貴方が生きていれば必ず国は二つに割れる。
ようやく落ち着きを取り戻したアルビオンに貴方の存在は要らぬ波紋を呼ぶのです」
万力で締め付けるかの如く、じりじりと騎士の杖がウェールズの首に迫り来る。
彼が仕えているのは王家ではなく王国そのもの。国を存続させる為ならば誰であろうとも殺せる。
政争の道具として利用されぬように王が内緒で作った妾を腹の子ごと事故死させた事もある。
正しいかどうかではない、誰かがやらねばならない事なのだと彼は確信していた。

「タルカス。ブラフォード。貴方達はワルド子爵の援護を」
「御意」
ロングビルの命を受けて傍に控えてきた騎士二人が駆ける。
杖ではなく剣を抜き、彼等はワルド子爵を抜こうとする兵士達に立ち向かう。
タルカスと呼ばれた巨体の騎士が彼等に鉄板じみた大剣を振り下ろす。
かろうじて避けた兵士の目の前で、叩きつけられた刃が大地を切り裂く。
人の枠を超えた膂力に慄きながらも兵士はタルカスの懐へと飛び込む。
突き刺さった剣は半ばまで地面に喰い込んでいる。
これでは振り上げる事はおろか抜く事さえできない。
力任せの剣技を鼻で笑い飛ばしながら鎧の隙間に杖を差し向ける。
直後。男の身体は舞い上がる土砂と共に両断された。
噴火さながら地面を吹き飛ばしながらタルカスは地盤ごと男を斬り上げていた。

その土砂に紛れてブラフォードと呼ばれた長身の騎士が兵士に組み付く。
だが、それは投げる為でも関節を極める為でもない。
両の手首を掴んで杖を振れないようにするだけの稚拙な動作。
確かに魔法は封じられた。だが騎士の両腕も塞がっている。
これでは如何なる方法を用いても相手を倒す事はできない。
ただの時間稼ぎと察した兵士が腕を振り解こうとした瞬間だった。
ざくん、と何処からともなく飛来した刃が兵士の首を両断した。
飛び散る血飛沫で視界が染まる直前、彼が目にしたのは騎士の髪に結び付けられた一本の剣。
それが彼の命を奪った死神の鎌の正体だった。

「待ってろ! 今行く!」
サイトが声を上げる。
誰を助けに行けばいいのか分からない乱戦の中、
彼は一目散にルイズの所へ向かおうと駆け出そうとした。
しかしその直後、才人は唐突に背後に引っ張られた。
見れば、青い髪の少女が自分のパーカーをぎゅっと握り締めていた。
あ、と呟く声が形の良い唇から洩れる。
どうしてそんな事をしてしまったのか分からない、そんな様子だった。
戸惑う少女を前に才人は何も言えなかった。
怯えている子に勇気を与える台詞も騙す口車も彼には思いつかない。
一瞬の空白。その僅かな間隙をこの男は逃さなかった。
「ハッ!」
その掛け声に振り返った時には既に手遅れだった。
飛び立つ衛士隊のグリフォンに必死にしかみつきながらセレスタンは残った片腕で手綱を引く。
戦場を逃げ出すセレスタンとそれを見上げる才人の視線が虚空で交わる。
嘲笑と殺意、その両方がない混ぜになった凶悪な笑みを目にした才人の手が震える。
ワルドと比較すれば決して強敵ではなかった。なのに才人の心中には拭いきれない不安が込み上げていた。
そんな彼の手をシャルロットは温めるように握り締めた。

「いちゃついてる場合か! さっさと助けに来い!」
手を繋ぐ才人とシャルロットにイザベラの怒号が飛ぶ。
マチルダの作り出したゴーレム数体が彼女を包囲しつつ距離を狭める、
そんなのっぴきならない状況に追い込まれた彼女にはほとんど余裕などなかった。
ティファニアを巻き込む危険がある以上、彼女が一撃で殺される心配はない。
だけどイザベラには武器もティファニアの首をへし折るだけの腕力もない。
ゴーレムに一斉に飛びかかられたら人質に危害を加える間もなく取り押さえられる。
それをしないのは怪我さえ負わせたくないからだろう。しかし、それもどこまで持つか。
じとりとイザベラは役立たずどもを睨みつける。
だが、そこにあったのは彼女の視線に萎縮する二人の姿ではない。
シャルロット達が驚愕と焦りに満ちた眼差しでこちらを見やる。
いや、違う。見ているのは私じゃなくて、その背後――。
イザベラが振り返るよりも早く彼女の首筋に鈍い衝撃が走った。

ぐるりと歪みながら回る視界の中で彼女は自身の背後に立つゴーレムを見た。
周りを取り囲んでいたのはそちらに注意を向ける囮。背後に作っておいた一体が本命だった。
“ああ、やっぱりこうなったか”地面に崩れ落ちながら彼女は自嘲する。
いくらイザベラが知恵が回ろうとも戦いになれば彼女に勝ち目はない。
ワルドやカステルモールならばこんな見え透いた不意打ちなど受けたりはしない。
羽交い絞めにした腕が解ける。人質を放して倒れる彼女の頭へ追撃が迫る。
刹那。シャルロットの手を振り払って才人が駆ける。

「――――やめてっ!!」
あらん限りの力を振り絞って張り上げられたティファニアの声に、
マチルダに突き付けられた才人の剣と、イザベラに振り下ろされた石の拳が止まる。
はあはあと息を荒げながら瞳に涙を浮かべて見上げる彼女にマチルダはたじろぐ。
後ろめたい自分を見透かされているような気がしてマチルダは声を荒げた。
「下がってなテファ! これはアンタの為でもあるんだ!」
杖を握るマチルダの手は震えていた。そう思わなければ戦えないほどに。
テファを巻き込むまいと心に誓った事を再び思い起こして己を奮い立たせる。
脳裏に浮かぶ幻影を振り払うように頭を振る彼女をイザベラは伏したまま嘲笑する。
「どうした? さっさとやれよ、カステルモールをやった時みたいにな」
その言葉により鮮明になった幻影が彼女の脳裏に悪夢のように纏わり付く。
イザベラの語った言葉の意味を理解したティファニアの表情が急速に蒼褪めていく。
彼女の視線から逃れるように目を逸らしたマチルダが苦しげに歯を食いしばる。
もう引き返すことはできない。なら、このまま突き進むしかない。
言われずとも、と杖を振り上げようとしたマチルダに才人は戸惑いながら告げる。
「えと、カステルモールなら生きてるよ。俺、あの人にフェイスチェンジかけてもらったんだ」
ぴたりと掲げた杖が止まる。それは彼女にとって最後の分岐点だった。
まだ彼女は最後の一線を越えていなかった。しかし、この杖を振り下ろせば……。
迷うマチルダの手にそっとティファニアが寄り添うように手を重ねる。

「私の為だと言うなら尚更やめて。私、ねえさんのそんなつらそうな表情見たくない」
カランとマチルダの手から杖が零れ落ちる。
戦う理由を失った彼女にはもう抗うだけの力は残されていなかった。
泣き崩れるようにティファニアを抱き締めるマチルダ。
よく状況を呑み込めていないが丸く収まったのだろうと才人がうんうん頷く。
その才人をノロマだのグズだの罵りながらイザベラが助け起こすように命じる。

そんな光景を、森の奥から小さな人形たちが見つめていた。
手には矢を番えたボウガン。その照準はマチルダへと向けられていた。
命拾いしたのはイザベラではなくマチルダの方だった。
もし僅かでも杖を振り下ろす姿勢を見せていれば、
ロングビルの操るアルヴィーは何の躊躇もなく引鉄を引いただろう。
アルヴィー達が照準をマチルダからウェールズに組みつく騎士へと移す。

騎士の目に映るのはウェールズの姿だけだった。
グリフォン隊の指揮権をワルドが取り戻し、残された部下も悉く葬られた。
マチルダはティファニアと共に降参し、未だに戦い続けているのは自分一人。
計画が全て雲散霧消と化した以上、せめてウェールズ殿下だけでも道連れにするつもりだった。
だが、その覚悟は降り注ぐ矢の雨に阻まれる。
騎士の眼を、腕を、喉を、脇腹を、冷たい鉄が貫いていく。
ぐらりと崩れる騎士の身体を押し返してウェールズは逆に馬乗りとなる。
矢に穿たれた眼には、突きつけられた杖もそれを向けるウェールズの姿も映らない。
見えるのはただ心の内にだけ浮かぶ故郷の姿。

「……この計画に黒幕などいませんよ。全ては私たちの暴発、王も誰も関与していません。
マチルダ様もサウスゴータ伯爵の名を使って引き込んだだけの事。……そういう事にできませんか?」
「戯言を!」
ごぶりと血を吐き出しながら弁明する騎士に容赦なくウェールズは杖を突き立てた。
打ち込まれた風の刃は寸分違わず騎士の心臓を貫き、辺りに鮮血を撒き散らした。
隠れ家から出てきたエンポリオに助け起こされながらイザベラはその光景を眼に焼き付けた。
人質を盾に取り、傭兵を捨て駒にし、自分の部下さえ切り捨て、罪なき人間を多く巻き込んだ。
それは人々が想像する騎士とはあまりにも懸け離れた姿。男がこうなったのは必然だったのかもしれない。
人はコイツを外道と思うかもしれない。私もそう思う。そこに変わりはない。
だけど奴が守ろうとしたのは尊い物だった。たとえ謗られようとも、そうしなければならなかった。
奴は奴なりにこの世界を良くしようとした。その悲願を理解しようという気持ちは更々ない。
だけど軽蔑はしないでやる。敵味方に別れようと、それが私に出来る最大の手向けだ……。

「終わったのですか?」
アンリエッタがウェールズに訊ねるように声をかけた。
ワルドと二人の異様な騎士は彼女達に群がる残敵を掃討し尽くし、
マチルダやグリフォン隊には戦う気力もなく、主犯である騎士もウェールズの手により始末された。
もう彼女達に迫る脅威はここには存在しない。だから終わったのだと彼女は確認を取ろうとした。
「――――いや、まだだ」
杖に付いた血を拭き取りながらウェールズは“最後の敵”へと振り返った。
その視線の先にいたのはマチルダではなくティファニア。
瞳に宿る憎悪を隠す事なくウェールズは彼女の元へと歩み寄る。
そして横薙ぎに自身の杖を一閃させた。
「え?」
何が起きたのかを理解する間もなくティファニアの髪が突風に舞う。
吹き飛ばされたフード、その下からは長く突き出た彼女の耳が現れた。
「エルフ!」
使い魔を除いた、この場にいる全員を代表するようにルイズが叫ぶ。
恐怖と困惑の入り混じった視線が一斉にティファニアへと向けられる。
その眼差しに怯えるように身を縮めた彼女にさらにウェールズは近寄る。
「アルビオン王国を掌握せんが為に父上を謀殺した叔父と、それに手を貸した異教徒との間に生まれた子だ」
怒気を孕ませながらウェールズは吐き捨てるかの如く告げた。
そんな事はないと否定しようとティファニアは声を上げようとした。
だが、ウェールズに一睨みされただけで彼女は恐怖に声を詰まらせた。

「アルビオン王家の血を穢した罪、その命で償ってもらおう」
杖に風を纏わせながら歩むウェールズを誰も止められなかった。
事は彼女等の予想よりも遥かに大きく、他人が口出しできるような状況になかった。
――唯一人、“そんな事は知ったことじゃねえ”とばかりに飛び出したバカを除いては。

「そこをどけ」
行く手を遮る平民にウェールズが冷徹に言い放つ。
「どかねえよ」
殺意を漲らせた相手を前に臆せず才人が答える。
直後。両者の間で激しい火花が舞い散った。
衝突する剣と杖。互いの得物を振りかざして叫ぶ。

「どけと言っているッ!!」
「どかねえっつってんだろッ!!」

静寂を取り戻した森に、譲れぬ男達の咆哮が木霊した――。

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