ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

12 間抜けの居る戦場 後編

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匿名ユーザー

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「始まったか」
 皺枯れた声でそう言ったのは、マザリーニ枢機卿だった。
 骨と皮しかないような体で戦場から響く振動に転ばないように足を踏ん張り、時折酷い咳をする。巷で鳥の骨と揶揄される見た目通り、この男の体力は常人と比べても多くは無い。ここ数日の政治とは一歩違った作業の連続に、少なくない疲れを溜め込んでいた。
 しかし、休むことは出来ない。戦いの間にもやるべきことは多く、戦いの後には多くの事後処理と戦争の間に溜まった仕事を片付けなければならない。深く眠れるのは、夏が終わってからになるだろう。
 少しでも早く身体を休めたいなら、出来ることは全て、迅速に行わなければならない。
 窓辺に佇み、早くも命が散ったのを見届けたマザリーニは、傍らで膝を付く若い兵士を下がらせると、足音を立てて歩き出した。
 冷たい石の壁と床を進み、幾度も階段を上る。急ごしらえであるせいか起伏のある石畳に足を痛くしながら、狭く短い廊下の突き当たりにある飾り気の無い木戸を四度叩いた。
 暫くして、どうぞ、と声が聞こえたのを確認して扉を開く。
 身を滑らせるように扉の向こうに移動させると、そこで一礼してマザリーニは口を開いた。
「姫殿下。我が軍がアルビオン軍との戦闘を開始しました」
 広くも狭くも無い部屋に響く声に、無骨な岩肌の内装に似つかわしくない豪奢な椅子に腰掛けるアンリエッタが、静かに頷いた。
「わかっています。振動が、ここまで響いていますから」
 矢や大砲が飛び込む可能性から、この部屋には窓が無い。だが、明かりとして置かれた蝋燭の火は絶え間なく揺れ動き、部屋の中を明滅させていた。
「空軍も、敵艦隊の姿を捉え、戦闘を開始しているようです。今日は雲が厚いため、空は地上とは別々の戦いとなりましょう。彼我の砲の性能差を埋めるために機動戦をしかけると決めた時点で、元々そうなるとは考えておりましたが」
 言いながら、マザリーニは奥歯を噛む力を強くする。
 地上と空。戦力差は、地上ではトリステインが勝ち、空ではアルビオンが勝っている。この事実は、頭を痛める大きな要因だ。
 地上の攻撃は空に届かず、空の攻撃は地上を用意に破壊する。
 空軍が早々に負ければ、折角有利である地上の戦線も、空からの砲撃によって崩壊することになるだろう。
 空軍には可能な限り敵を引き付け、地上の戦いに決着が付くまで時間稼ぎをするようにと命じてあるが、それも何時まで続くか分からない。
 トリステインは、明らかにアルビオンに負けている。
 その事実が、愛国者であると同時に国に献身し続けてきたマザリーニには悔しかった。
 しかし、アンリエッタから返って来た言葉は、まるで戦争の行方すらどうでもいいかのような口調で放たれていた。
「報告は、それだけですか?」
 抑揚もなく、感情を感じられない一言。
「……はい」
 一瞬絶句したマザリーニは、それでもなんとか口を動かした。
 まだ拗ねているのだろうか?
 アンリエッタの態度の原因を知るマザリーニは、未だ子供染みた王女の性格に頭を悩ませる。
 親善訪問を囮としたアルビオンの奇襲攻撃に対して、急遽開かれた会議の場で真っ先に反撃を訴えたのはアンリエッタだ。婚姻の準備の為、寸法を合わせたばかりの眩い白いドレスに身を包んだ王女は、アルビオンの卑劣な行為に憤り、ドレスの裾を破って駆け出した。
 王女一人を行かせてはなるものかと腰の引けていた貴族も追従し、開戦と成ったわけなのだが……、やはり王女を戦場に立たせるわけにはいかないと、先日の作戦会議で多数の将軍の支持をもってアンリエッタは要塞内での待機が決められていた。
 自分で兵を先導してここまで来たアンリエッタとしては、面白くない決定だ。しかし、王女の権限を持ってしても戦中における将軍達の発言力を覆すことは出来ず、こうして今朝から不満をぶつけるように不貞腐れているのである。
 戦いが始まれば多少は改善されるだろうと期待していたマザリーニの考えは、見事に外れていた。
「そろそろお機嫌を直されては如何か?兵が血を流して戦っているというのに、王族がそのような態度では民に示しが付きませんぞ」
 普段よりも棘のある口調でマザリーニが窘めると、アンリエッタも自分の行動に問題があることを理解しているのか、膝の上に置いていた手を強く握って顔を俯かせた。
「……分かってはいるのです。トリステイン王家の一粒種であるわたくしが、危険な戦場に身を置くなどということが許されないことくらいは。しかし、民に戦いを強いながら一度も戦地に立たずして、どうして支持を得られましょう?まして、此度は国の命運を決める戦い。兵達を鼓舞する意味でも、わたくしが先陣を切るべきなのではないでしょうか」
 マザリーニにはマザリーニの考えがあるように、アンリエッタにはアンリエッタの考えがある。将軍達の反対を受けたとはいえ、全てを納得するのは難しいのだ。
 特に、今回の敵は想い慕っていたウェールズの母国アルビオンを滅ぼしたレコン・キスタを前身とした現在の神聖アルビオン共和国だ。アンリエッタにしてみれば、恋人を殺した仇に等しい。感情で戦争をするのは愚か者の所業かもしれないが、それでも耐え難い想いがあるのだ。
 この手で一矢報いたい。そんな想いは押し込められ、民に代行させる始末。
 戦争が始まったこと自体はアンリエッタに非はないとはいえ、不貞腐れるのもある意味では仕方のないことだった。
「お気遣い痛み入りますが、王女殿下の身を危険に晒さなければならないほど我が国は追い詰められてはおりません。決戦に近いものであっても、勝てぬ戦いではないのです。内戦の後の強引な侵略行為による損害を考えれば、アルビオンの継戦能力は疑わしい。たった一度、ここを耐え凌ぐだけで敵は勝手に崩れるのですから、負う必要の無いリスクは回避するべきだと、会議の場で二度三度と渡って説明したはずですぞ」
「しかし……」
「食い下がった所で、決定が覆ることはありません。王族たる者、戦の結果を座して待つのも役目の一つ。思うところもありましょうが、今は耐えていただきたい」
 アンリエッタの思いも、マザリーニにしてみればいつもの我が侭と変わりない。
 いつも通りに説教臭い口調で頭を押さえられたアンリエッタは、これ以上言っても無駄だと悟り、言葉に表せない不快感に身を沈めて口を閉ざす。
 こうして、最終的には不貞腐れた態度に戻るのだった。
「はて、さて……、どうしたものやら」
 部屋に押し込めている限り、アンリエッタの態度はこのままだろう。
 放っておいても良いが、それで後々までヘソを曲げられては困ると、マザリーニは皺だらけの顔に更に皺を刻んで頭を悩ませる。
 そんな時、部屋の扉をノックする音が響いた。
「……誰だね?」
 不貞腐れたままのアンリエッタの代わりにマザリーニが扉の向こうに向けて声を放つと、驚いたかのようにガタリと扉が揺れる。
 その様子に不審なものを感じたマザリーニは、ローブの内から杖を取り出して、いつでも魔法が放てるように準備をした上で、扉の向こうに居る人物にもう一度訊ねた。
「誰かと聞いている」
「あ、っいえ、その……、間違えましたっ!」
 声に不穏なものが混じっているのを察したらしい扉の向こうの人物が、慌てた声を響かせて石畳の廊下を走り出した。
 まさか、王女を狙った暗殺者か。
 地上での戦いの不利を悟って外道な手段に出たのかと、マザリーニは足音も消せない不審人物を追うべく、扉を開けて廊下に飛び出した。
「あっ」
 乱暴に開かれた扉の音に前身を硬直させた不審人物の背中をマザリーニが睨みつけると、その瞬間、その人物は床の小さな起伏に足を引っ掛けて盛大に転んだ。
 痛々しいまでに額を打ち付けて。
「……こんなところでなにをしているのかね?ルイズ・ド・ラ・ヴァリエール」
 額を押さえて涙目になっているアンリエッタの幼少の遊び相手を見下ろして、マザリーニは深く溜息を吐いた。
「えーっと……、その……」
「学院への援軍要請は出したが、それが到着するのは三日後と報告を受けておる。なのに、貴女一人がここにいるのはどういうことか」
 大体予想は付いているのだが、といった顔で語りかけたマザリーニに、ルイズは顔に冷や汗をびっしりと浮かべて誤魔化すように笑うと、視線を彷徨わせながら立ち上がってピンと背を伸ばした。
「く、国の一大事と聞いて、その、少しでも何かの役に立てればと、早馬を乗り継いで馳せ参じた次第で、あの……」
 もごもごと口の中に声を篭らせても必要な部分は聞き取れたのだろう。マザリーニはもう一度深く溜息を吐くと、ルイズの肩に手を置いて、きっぱりと言い放った。
「帰りたまえ」
「え?」
「君が来たところで、なにが変わるわけでもない。こう言ってはなんだが、子供が一人増えたところで足手纏いにしかならんのだ。特に君は……」
 言いかけて、マザリーニは自分のミスに気付いて咳払いをする。
 ルイズが魔法を使えない落ち零れであることは公然の事実だが、それを理由に差別することは高潔な貴族の品位に欠ける。今回は、あくまでもルイズを説得する為の口実として、その特徴を思い出してしまっただけで、マザリーニ自身にはルイズを特別落ち零れ扱いをするつもりはなかった。
 だが、当のルイズはそうは思わなかったらしい。
 憤りと哀愁に瞳を染めて、なにかを言い返そうと口をパクパクと動かすものの、相手がマザリーニであるとあって、何も言えずに口を閉ざしてしまう。
 マザリーニが言葉を途中で止めてしまったのは、心無い行為だったかもしれない。はっきりとルイズが魔法を使えないことを指摘してしまえば、ルイズだって開き直るなり受け入れるなりといった態度を取ることが出来るのだが、止めてしまっては気を使わせているとルイズに思わせることになる。
 分別のある良い大人であることが、逆に災いした結果だった。
「いや、そうだな。ミス・ヴァリエール。一つだけ、頼みたいことがあるのだが……、いいかね?」
 自分のミスをフォローするわけではないが、ルイズをこのまま追い返すのも大人気ないと判断したマザリーニは、ちょうどルイズが抱えている問題の一つを解決するのに最適な人材であることを思い出し、皺だらけの顔をぎこちない笑顔に変えた。


「枢機卿?」
 訪問者を追って枢機卿が出て行ってから閉まったままの扉の向こうに人の気配を感じて、アンリエッタは声をかけた。
 マザリーニなら直ぐに部屋に入ってくるだろう。そうではないということは、扉の向こうに居る人物はマザリーニではないということだ。となれば、相手は先程の訪問者か、他の誰かか。
 訪問者が自分の命を狙った暗殺者で、それを察して追いかけた枢機卿が返り討ちにあったなんてことも、考えられなくはない。
 少しずつ鼓動を強める心臓を落ち着かせるために左手を胸に置いたアンリエッタは、右手で自分の杖を握り締めると、椅子から立ち上がって身構えた。
「姫様?」
 不安に胸を満たしていたアンリエッタの耳に、扉の向こうから声が届く。
 扉越しのせいか、はっきりとは聞こえない声質に首を傾げると、アンリエッタは訪問者が間違えましたなんて言って逃げ出そうとしていたことを思い出し、そういう事を言いそうな知人の存在に思い当たる。
 だが、その人物がこんなところに居るなんて、考えられない。
 僅かな不信感を残したまま、アンリエッタは扉の向こうの声に応えた。
「もしかして、ルイズ?」
 確かめるように言った言葉に、扉の向こうの気配が動いた。
「はい。姫様、ルイズ・ド・ラ・ヴァリエールです」
 遠慮がちに木造の扉を開いて顔を覗かせた少女に、アンリエッタは胸に抱えていた色んな感情を落として、緊張に固まっていた頬を緩ませた。
「ああ、なんてことなのルイズ。こんな危険な場所に、どうして貴女が?」
「そのことで、お話がありまして……」
 部屋に入り込んだルイズは、後ろ手に扉を閉めて周囲に人がいないことを確認すると、自分の杖を取り出してコモン・マジックを使おうとする。
 ぽん、と音を立てて小さな爆発が起きた。
「……?」
 なにをしているのかと首を傾げたアンリエッタに、ルイズは恥ずかしそうに顔を俯かせる。
「すみません、姫様。ディテクトマジックをお願いしてもよろしいでしょうか?」
「あ、ああ。そういうことですか」
 ルイズのやりたかったことを理解したアンリエッタは、握ったままの杖を振ってディテクトマジックを部屋にかける。すると、壁全体がキラキラと光を反射して、そこに魔法がかけられている事を示した。
「あああぁ、そうかぁ。そうよねぇ。要塞なんだもの、固定化や硬化かけられてるに決まってるわよね……」
 ウェールズに送った手紙を取り戻して欲しいと、ルイズに頼みに来た時のアンリエッタのようには行かないらしい。ディテクトマジックで外部からの干渉が無いことを示そうとして、逆に干渉だらけであることを証明した形になっていた。
「ええっと……、落ち込まないでルイズ。監視されているというようなことは無いはずですから、内緒話も出来るはずですわ」
 もともと、急ごしらえの要塞だ。細工をする時間的余裕も無いだろう。
 そう思って励ましの言葉を送ったが、ルイズにはそれが同情のようで余計に堪えたのか、自分の情けなさを嘆くように目元に涙を浮かべて鼻を啜っていた。
「お気遣いありがとうございます、姫様。でも、ちょっとだけ気持ちを整理する時間をいただけますか?」
「え、ええ……」
 色々と意気込んでこんな所にまでやって来たルイズだが、マザリーニに追われて転ぶわ見栄を張って失敗するわで、良いところが一つも無い。盛り上がっていた気持ちの分だけ、落ち込み方も大きいようだ。
 真っ赤になった顔で目元と鼻周りをハンカチで拭うと、ルイズは何度か鼻を啜って深呼吸をする。
 それでやっと落ち着いたのだろう。まだ赤い頬のまま、ルイズはアンリエッタに向き直って深くお辞儀をした。
「大変お見苦しいところをお見せしました」
「いいえ、ルイズ。お陰で、戦中とあって肩に入っていた力が抜けた気がしますわ。昔と変わらない、ちょっとドジなルイズを見ることが出来て嬉しい限りです」
 アンリエッタがクスクスと笑い、ルイズは真っ赤になった顔を両手で隠す。
「や、止めてください!もうっ、お戯れが過ぎます!」
「ふふふ、ごめんなさいね?わたくしも、少し疲れていたものですから。八つ当たりみたいになってしまいましたわ」
 笑うことを止めないアンリエッタの様子に、ルイズは拗ねたように唇を尖らせ、ふと表情を笑顔に変えた。
「ご気分が優れないと聞いていましたけど、その様子なら、もう良さそうですね」
 そんな言葉がアンリエッタの顔から笑みを消した。
「マザリーニに頼まれたのですか?人に散々と立場の重みを説いておきながら、わたくしの機嫌を直させるためだけにルイズを戦地に呼び寄せるなんて……」
 湧いた憤りを抑えきれず、アンリエッタは杖を両手できつく握り締める。
 血が頭に上っているのが傍から見て分かるほど、アンリエッタの顔は赤く染まり、憤怒に満ちていた。
 これに慌てたのはルイズだ。
「ち、違います!枢機卿に姫様の話し相手を頼まれたのは事実ですが、それは今さっきのことで、わたしがここに来たのは、また別の理由からなんです!」
「庇うことはありませんよ、ルイズ。あの鶏がら、一度鍋にでも放り込んで茹で上がってしまえば宜しいんですわ。いいいえ、今からでも遅くはありません。湯を沸かし、思いっきり浴びせかけてしまいましょう。そうするべきです!」
 話の流れだと、確かにマザリーニがルイズを動かしているようになってしまったが、まったくの誤解である。しかし、その誤解を正そうと声を上げるルイズの言葉をアンリエッタは聞こうとはせず、怒りのままにズンズンという足音が聞こえてきそうな歩き方で部屋を出て行こうとしていた。
 このままだと、水場まで行って本当に湯を沸かし、マザリーニにぶっかけてしまいそうな勢いだ。
「あ、あああ、ええと、ええっと、どうすれば……、あ、そうだ!」
 アンリエッタを行かせては不味いと分かっていても、止める手段は無い。そこで、ルイズは自分がここに来た本当の理由を説明してしまえばいいと思い付き、腰の後ろ、ベルトに結ぶ形で下げた鞄に手を伸ばした。
「姫様、これを見てください!」
「今度こそ、あの憎らしい皺を倍に……、って何ですか、ルイズ?」
 見向きもされなかったらどうしようかと思ったが、そこまで暴走しているわけではないらしい。
 一欠けらの理性に感謝したルイズは、こちらに意識を向けてくれたアンリエッタをこの期に説得するべく、ルイズは鞄を押し付けるようにしてアンリエッタに差し出した。
「これは?」
「中に、わたしがここに来た理由があります」
 受け取った鞄を訝しげに見詰めていたアンリエッタは、ルイズの言葉に不思議そうにしながらも頷いて、留め金の無い鞄の口を開く。
 出てきたのは、紙の束と固い感触。
「これが、ここに来た理由なのですか?」
 そう訊ねるアンリエッタに、ルイズは耳の先まで顔を真っ赤にしたかと思うと、今度は死人のように真っ青に変えて、肺の中にある空気を吐き出した。
「なんで祈祷書と指輪がここにあるのよおおおおおぉぉぉッ!?」
 アンリエッタの手に収まった、最近まで親の敵のように睨み合っていた始祖の祈祷書と王家の秘宝である水のルビーを見て、ルイズは今日何度目になるかという失敗に絶望の叫びを上げたのだった。

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