ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

12 間抜けの居る戦場 中編

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匿名ユーザー

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 剣や銃という物は、思ったよりも重く、考えているよりも軽い。
 振り回せる程度の重さでありながら、頑丈さを追求されたそれは、あまり日常に馴染みの無い重さである。そのせいか、初めて握ったときには、大抵の人間がその重量の重さ、軽さに驚くのだ。
 地下水を除いたエルザ達四人もまたその例に漏れることなく、手の中の鉄の重さに奇妙な感覚を抱いていた。特に、杖以外の武器を握ることの無いメイジの三人は、その違和感が顕著に現れているようだった。
「こんなものを使う日がくるとは……」
 ガリア生まれだからだろうか。メイジとしての誇りを常に強く意識しているカステルモールは、手の中にある銃の感触に眉を顰める。
 内心で平民を見下していることは、指摘されれば否定はしないだろう。実際、ジョゼフを排斥し、シャルロットを王位に据えようと今日まで戦ってきたカステルモールは、ガリアに強く根付く魔法至上主義の中心的人物とも言える。
 だからこそ、泥臭い世界に触れているマチルダや、純粋に戦力というものを数字で考えなければならない立場にあったウェールズのように割り切る事が難しい。
 銃は平民の用いる惰弱な武器である。
 そういう認識が、カステルモールにはあった。
 こんなものが役に立つのだろうか?
 そんな疑問をぶつけるように、剣呑な視線を物言わぬ物体に向けていたカステルモールのすぐ傍で、自身の身の丈ほどもある銃を前に四苦八苦しているエルザが、唐突に手を上げた。
「センセー、ちょっとこっち来てー」
「誰が先生だ!副隊長と呼べ、副隊長と!」
 エルザの声に反応したのは、四十名弱のマスケット銃を抱えた小隊に訓示していたミシェルであった。
 ちょうど言うべきことを言い終えたところだったのか、コホン、と一つ咳をして間を取り直すと、ミシェルは部下に待機を命じてエルザの下にやってくる。
「なんだいったい。隊長の命令だから面倒を見てやってるが、余計な騒動はゴメンだぞ」
「騒動なんて起こしてないわ。ただ、指が引き金に届かないって言ってるだけよ」
 ほら、とエルザは銃のグリップを握った姿をミシェルに見せる。
 内面はどうあろうと、体自体は六歳児前後。最近成長期なのか、やや身長が伸びたように思えたが、手の多きさが一回りも大きくなったわけではない。必死にグリップを握りはするものの、伸ばした指は鉄の引き金にかすりもしなかった。
 少女と言うより幼女のエルザに、大人が使うことを前提とした銃の握りは、あまりに大き過ぎるようだ。
「うーん……、こういうことは想定してないなぁ」
 そもそも、銃を子供に持たせるのはどうなんだろう?とエルザは思ったが、多分、自分の正体はアニエスに聞いているのだろう。でなければ、この場に子供にしか見えないエルザが居ることに疑問を覚えるはずだ。
 中身が分かっているために、外見との齟齬が生まれているようである。悩んだ様子を見せるミシェルは、顎に当てた手をそのままに眉の形を大きく変えて解決手段が無いか脳味噌を働かせていた。
「お嬢もそうだが、こっちも無理っぽいな」
「ん?ああ、そうか。人間用だから、その体には合わないか」
 悩むミシェルに近付いて言ったのは、地下水である。手の中には、エルザやマチルダ達にも渡されているマスケット銃があるのだが、ミノタウロスの手の大きさと比べると、どうしても玩具にしか見えない。
「毛が邪魔になるのか、上手く引き金に指がひっかからねえんだ。やっぱり、さっき貰った戦斧を振り回してた方が良さそうだぜ?」
「そうは言われても、我々の部隊の任務は支援砲火が中心なんだぞ?前線が崩されれば接近戦の出番も出てくるだろうが、その間、貴様はずっと暇をしているつもりか?雇った意味が無いじゃないか。貴様とそこの吸血鬼、足して二で割れんか?」
「粘土じゃねえんだから、そんな器用な真似できるかよ」
 解決案を模索することが面倒臭くなったのか、無茶なことを言い出すミシェルに地下水が淡々とツッコミを入れる。
 堅物のアニエスと違って、この副隊長はユーモアがあるらしい。今は要らない要素だが。
「足したり引いたり出来ない以上、わたしも地下水も、銃は使えそうに無いわねえ」
「オレはまだ魔法が上手く使えねえし、お嬢は遠くを攻撃する魔法なんて無いし。見事に戦力外だな」
 二人顔を見合わせて困ったように首を捻る。
 それ以上に困った顔をしたのは、ミシェルだ。
「戦う手段がないからって暇を与えては、私が隊長に叱られてしまう。何とかして遠距離の敵にも対応出来る武器をだな……」
 そうは言ってみるものの、この二人に合う武器が思い当たらない。
 ミノタウロスの体を使っている地下水には大砲でも担がせようかと思ったが、流石に強靭な肉体をもってしても大砲の発射時に発生する衝撃には耐えられないだろう。エルザには弓を持たせてみることも考えたが、両腕の長さから考えて、弦を十分に引けずに矢を落とすに違いない。
 こうなると、いっそのこと地下水の意見通りに前線で戦わせた方が良いのかもしれないとさえ思う。というか、それしか解決策が思い当たらない。
 そんな時、銃に慣れることを諦めたマチルダが唐突に口を挟んだ。
「武器が無いなら、その辺の要らない物でも投げてればいいじゃないさ」
「それだ!」
 言われて、ミシェルは思わず声を大きくする。
 武器に拘るから選択の幅が狭くなっていたのだ。原始的な武器ほど、使い手を選ばない。地上で最も原始的な武器の一つとして現在も存在している投石なら、地下水やエルザにだって可能だろう。いや、ミノタウロスの腕力をもってすれば、巨岩さえ投げられるかもしれない。そうなれば、大砲に匹敵する破壊力が得られるはずだ。
 なにを当たり前のことを悩んでるのやらと、若干呆れた様子のマチルダに賞賛の声をかけようとしたミシェルは、そこから更に考えを発展する案を思いつき、勢い良く後方を振り返った。
「そうだ、それなら岩より油を詰めた樽を使えば、着弾時の押し潰しに加えて、火で敵を焼き払うことも出来る……!これは、行けるぞ!」
 振り返った先にあるのは、要塞の壁の隅に積み上げられた空樽の山である。元は行軍中に使用する水や食料を詰めていたものだ。使い捨てにするものではないし、戦いが終わった後には帰還の際にまた使用する予定がある。だが、頼み込めば譲って貰えないものでもないだろう。
「よし、そうと決まれば早速……」
「ちょっと待って。なんか、樽に油を詰めて投げるとか言ってるけど、わたしはどうすればいいのよ。言っとくけど、いくら吸血鬼だからって、中身の詰まった樽を投げられるほどの腕力は無いわよ?」
 思い付きの想像ばかりを働かせていたせいだろう。いつの間にかエルザのことが計算の外に置かれていたことを言われて気が付いたミシェルは、また悩ましげに、うーん、と唸った。
「その辺の石を投げてればいいんじゃないか?」
「わたしの手に納まる程度の石じゃ、嫌がらせにもなんないわよ」
 不満そうなエルザの柔らかそうな小さな手を見て、ミシェルは納得したように頷く。
 この手では、どれだけ力があっても10サントも無いような石しか持てないだろう。どれだけ速度を乗せても、威力は期待できそうに無い。
 せっかく解決したかと思った問題が、また暗礁に乗り上げたのを感じて、ミシェルは再び深い苦悩に包まれることになった。
 そして、その苦悩を救ったのは、またしてもマチルダだった。
「確かアンタ、風を操れただろ?なら、地下水がブン投げた弾を敵の集まってるところに軌道修正するとか、そういうことすればいいんじゃないかい?」
「お姉様と呼んで良いですか?」
 突然マチルダの手を握り締めてきたミシェルに、マチルダは嫌そうな顔をして全力で首を横に振る。
 悩んでばかりいるせいで、ミシェルの本来の人格が狂ってきているようだ。
「じゃあ、わたしは地下水に肩車でもされた状態で、魔法使ってればいいわけ?いいの?魔法使っちゃって」
 確認するように、エルザがミシェルの顔を覗き込む。
 そもそも、マチルダ達が銃を握ることになったのは、メイジを傭兵として雇っていることを知られることを恐れたアニエスの意向によるものだ。平民がメイジに命令を下す姿は、トリステインではあまり心象の良いものではない。そのため、最初は銃を使わせて、乱戦の様相を呈して誰が誰の部下なんて分からなくなった所で魔法を解禁しようと、一抹の不安から提案したのが切っ掛けである。
 地下水が操っているミノタウロスとか吸血鬼のエルザが思いっきり場違いな雰囲気を放っているというのに、今更そんなことを気にかけても意味が無いのではないか?とは、真剣な顔をして魔法の使用を禁じていたアニエスの前では誰も言えなかった。
 良くも悪くも、慣れとは怖いものである。
「……杖を使わなければ、一見して魔法とは分からないだろう。特別に、例外としよう」
 ミノタウロスに肩車された幼女の姿は、戦場ではこれ以上ないほどに目立つに違いない。だとしても、これ以外にもう解決策が思い当たらず、悩み疲れたミシェルは、ゴーサインを出してしまう。
 これで仕事が出来た、と嬉しいような暇であった方が良かったような、そんな微妙な内心を映した顔をしたエルザは、ミノタウロスの体を毛を掴みながら上り、首に足を回して座り込んだ。
「おおー。絶景、絶景。やっぱり、身長が違うと見える景色も違うわねー」
「早く身長が伸びると良いなぁ?」
「皮肉のつもりかしら?本体自体はまったく成長しない無機物のクセに」
 生意気な口を利くミノタウロスの頬を膝で蹴って、エルザは辺りを見回した。
 二メイルを越える巨体の上からは、戦場の全体が容易に眺められる。ラ・ロシェールを守るように聳える要塞も、その前に馬を置く総指揮官らしき老年の将軍の顔も、砲口を覗かせる鉄の大砲も、マントを見につけた沢山のメイジの姿も、様々な武器を手にした兵士達や傭兵達の姿も、そして殺気をここまで染み込ませて来るアルビオンの軍勢の姿も、はっきりと見ることが出来た。
 空気が張り詰めている。
 誰かが剣を交えたわけではないが、ここはもう命を奪い合う場所なのだろう。空気を目一杯に詰めて膨らませた風船のように、ちょっとした刺激で弾けてしまいそうな雰囲気である。
 不意に目が合ってしまった将軍にぎこちない笑みを向けて手を振ったエルザは、ピリピリとした空気の中に僅かに慣れた気配を感じると、その気配の方向に目を向けて、少しだけ緊張の抜けた顔で大きく手を振った。
「隊長さーん、こっちよ、こっち!」
「ええい、恥ずかしいからいちいち手を振るな!呼びかけなくても、そこの図体のでかい奴が目印になってるから場所がわからなくなったりはせん!」
 エルザの迎えに周囲の目が突き刺さったアニエスは、顔を真っ赤にして引っ込めとばかりに手を上下に振る。
 その動作のお陰で近付くアニエスの姿にミシェルや待機中の部下達も気付き、マチルダ達も顔を向けた。
 硬い石の地面を歩き、鋼鉄の靴を高く鳴らす。
「……さて」
 自分に向けられたエルザを発端とする嘲笑とは別の視線を前に、アニエスは元から姿勢の良い背筋を更に伸ばすように胸を張った。
 アニエスの緊張が伝わったのか、どこか面倒臭そうな顔をしていたマチルダの表情も引き締まり、性格が壊れかけていたミシェルも元の凛々しい女副隊長に戻っていた。ただ、エルザだけは変わらず地下水に肩車をされた状態なので、ブッ、と誰かが噴出してしまって緊張しきれない空気だ。
 自分の部隊が何か変なものに汚染されている気がしつつも、そんなところを指摘している時間が無いアニエスは、そのまま小さく息を吐いて声を張り上げる。
「間もなく、大砲の一斉射撃を合図に戦闘が始まる。我が部隊は前線の突撃隊に追従して前進し、前方の部隊が敵に接触すると同時にその場で足を止めて射撃準備、前線部隊を援護する形で銃火を敵に浴びせることとなる。前進する以上、我々の身の危険は他の支援部隊に比べて大きなものとなるだろう」
 前線の人間ほど死に安い。それは当然の知識だが、こうして戦いを前にして改めて言われてしまうと、それが妙に重たいものを腹の奥に残す。
 銃士隊の何人かが、不調を訴えるように顔色を変えていた。
「気負うな、とは言わない。だが、臆してはならない。恐怖に身を縮めれば、その間にお前達の放つはずだった銃弾で倒れる敵兵が、味方を一人殺すことになる。骨の奥にまで染み込ませた日々の訓練を思い出せ。考えるな。手を動かし、足を動かせ。それが我等の国を護り、お前達の命を守ってくれる」
 芯に響く声に呑まれて、ミノタウロスに肩車される幼女の姿も滑稽とは映らなくなる。
 じっとりと浮かぶ手の平の汗を誤魔化すように、握ったり開いたりを繰り返す拳。上がる体温で荒くなる息。足は震え、耳の奥では心臓の鼓動が激しく鼓膜を鳴らした。
 既に戦火を潜り抜けたかのように、汗の滴をこめかみから一筋流したアニエスは、腰に差した剣を鞘から抜き放って高く掲げると、腹の奥に溜めた息を全力で吐き出した。
「小隊、駆け足!一人も遅れるな!!」
 タイミングが分かっていたかのように、その言葉と共に開戦の合図ともなる大砲の一斉射撃が行われた。
 地震かと思うような轟音が響き、足元を揺らす。鼓膜が破れるかのような痛みが頭を駆け巡り、意識を白く染め上げた。
 掲げられたアニエスの剣が、近付くアルビオン軍の方向へと振り下ろされる。
 悲鳴のような、怒声のような、嘆きのような、どうともとれない奇声と共にトリステインの前面に布陣していた突撃部隊が駆け出して、その頭上を矢と魔法の光が流星雨のように戦場に降り注いだ。
 数十体の巨大なゴーレムが、足元に広がる兵士達の代わりに敵の大砲によって身を砕き、土砂をばら撒く。残骸に頭を割られる者、足を砕かれる者、背の骨を曲げられる者。数多の被害を出しながら、それでも前進は止まらない。
 大砲の一撃で隣を走るゴーレムが破壊されると、飛び散った破片がアニエスの額を裂いた。
 垂れる血の滴で視界が歪む。
 まだ戦いの狼煙は上げられたばかり。この程度の負傷で止まれはしないと、アニエスは部下達を引き連れて戦場を駆け抜けていった。

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