ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-46

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匿名ユーザー

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精一杯のハッタリで睨みを利かせる。
平静を装いながらもイザベラは耐え切れぬ恐怖に晒されていた。
無理に浮かべた笑みに頬は引き攣り、震える歯を噛み締める。
汗ばむ手から滑り落ちかけたナイフを必死で握り込む。
向けられる殺気で眩暈がしてくる。
捕まっていた時とは状況が違う。
あの時の私は人質でお客様だった。
けれど今は人質を手にした明確な敵だ。
僅かにでも気を逸らせばその瞬間に死んでいる。
張り詰めた空気は渓谷に渡されたロープの上を歩むのに等しい。
少し気を抜いただけで失神してしまいそうなほどに息苦しい。

だが、こんな世界に単身で飛び込んだバカがいるのを私は知っている。
狙われているのが自分と知りながら使い捨ての駒を助けに来た奴を。
認めてやるよシャルロット。お前はバカだけど勇敢だ。
ここで逃げ出したりなんかしたら、あたしは一生はお前には敵わない。
そうだ。目の前のカス共なんかどうって事はない。
相手が竜だろうが衛士隊だろうが関係ない。
あたしの唯一にして最大の敵はシャルロット……お前だけだ。

「とっとと杖を捨てな! それともこいつの喉が切り裂かれるのを見たいか?」

脅迫するイザベラに対しグリフォン隊は杖を下ろそうとはしなかった。
人質の少女が何者かを理解しているのはアルビオンの人間達だけ。
もしも騎士の制止が無ければただちにイザベラを斬り殺していただろう。
表面上は動揺を見せない騎士とは裏腹にマチルダは完全に取り乱していた。
「テファ! テファ! テファ!」
ひたすら彼女に呼びかけるも苦しげな呻き声が返ってくるばかり。
常に緊張を強いられるイザベラには力の加減に気を配る余裕はない。
髪を掴まれ引き起こされた首が痛ましげに反り返る。
激昂に駆られたマチルダがシャルロットへと駆け寄る。
そして杖を抜き放つとおもむろにそれを突きつけた。
「テファを放しな! さもないと……」
「さもないと? 何が出来るって言うのさ?
そいつを殺したらどうなるかアンタらが一番分かってるだろ」
挑発するように首元に押し当てたナイフをちらつかせる。
それに気圧されまいとマチルダはなおも食い下がる。
「別に殺さなくたって苦痛は与えられるよ、それでもいいのかい!」
「やってみな! こいつの鼻を削ぎ落とされたいんだったらね!」
イザベラのナイフが舐めるようにテファの顔の上を滑っていく。
思わず悲鳴を上げるテファとそれを堪えるマチルダ。
そのやり取りを間近で見ていたセレスタンはそれを鼻で笑った。
まるで児戯だと言わんばかりに凶悪な笑みを浮かべながら。

「なあ、お姫様よぉ。ひとつ聞いてもいいか?」
突然、口を開いたセレスタンにイザベラは戸惑った。
彼の口調には焦りが感じられず余裕さえ浮かべているように思えた。
返答のないイザベラに構う事なくセレスタンは話を続ける。
「アンタどうしてノコノコ出てきたんだい?
このまま黙って見過ごしてりゃ、アンタの期待してた通り、
ガリアの女王になれたかもしれないってのによ」
せせら笑いを浮かべるセレスタンの顔はひどく不愉快だった。
あれはきっと何かを勘違いしているに違いない。
ちくしょう。届くならあのムカつく面に唾を吐きかけてやるのに。
「きゅいきゅい! 決まってるのね。
おねえさまが活躍してたから自分も目立ちたかったのね。
負けず嫌いの意地っ張りのわがまま従姉妹なのね」
「爬虫類は黙ってな」
会話に割り込んできたシルフィードをイザベラは一蹴する。
「は、は、爬虫類! この伝説の風韻竜であるシルフィをトカゲ呼ばわりしくさってからに!」
シルフィードの青い鱗が見る間に怒りで赤く染まっていく。
子供が駄々をこねるようにじたばたと暴れ回る風竜。
それを徹底的に無視を決め込んでイザベラはセレスタンを注視する。
どれほど韻竜が偉いのかは知らないけれど、
シルフィードを見る限りでは威厳も何もあったものではない。
全部がアレと同レベルなら頭の悪さ故に絶滅したとしか思えない。
何がおかしいのか、それを見ていたセレスタンがケラケラ笑い出す。
両手が塞がっていなければ腹を抱えて笑い転げていたかもしれない。
つくづく不愉快なヤツ。アタシが女王だったら追放じゃなくて処刑にしてやったものを。

ふと笑うのを止めてセレスタンはシルフィードに目を向ける。
「そこの嬢ちゃん。お姫様から物騒なモン取り上げて来てくれねえか」
そして、まるでおつかいを申し付ける気軽さで彼は眼前の風韻竜にそう告げた。
突然の発言に大きな目を丸くしていたシルフィードがハッと我に返る。
「きゅい! おねえさまを人質にしてる悪党の言う事なんか聞く耳持たないのね!」
ぷいっとシルフィードは怒りを抑えてそっぽを向いた。
下手に怒って犯人を刺激するとシャルロットがどうなるか分からないからだ。
反抗的な態度を取るシルフィードにセレスタンは笑みで返す。
「なあに、無理は言わねえよ。気持ちが変わるまで指折り待たせてもらうまでだ」
そう言うとセレスタンはぐったりと垂れ下がったシャルロットの手を取る。
その瞬間、イザベラの脳裏に確信にも似た予感が走った。
「セレスタン、やめ……!」
「ひとーつ」
制止は間に合わなかった。
べきり、と枯れ枝が砕けるような音が辺りに響く。
白魚のようなシャルロットの小指は変色し、
本来曲がるはずがない方向へと向けられていた。
意識はなくともその激痛にシャルロットの身体は、
びくりと全身を痙攣させて声なき悲鳴を上げる。

「きゅ、きゅいーーーー! おねえさまがーーー!」
わめき立てるシルフィードとは裏腹にイザベラは無言だった。
驚きはなかった。セレスタンならそれぐらい平然とやると分かっていた。
なのに止められなかった。静かに込み上げる怒りが血液をマグマのように沸騰させる。
直後、イザベラのナイフの刃先がテファの眼球へと向けられた。
その意図を察したマチルダが必死で止めに入る。
「や、やめ……その子は何も関係ないんだよ!」
「先に手を出したのはそっちだろうが!ふざけるのも大概にしな!
あれだけやらかしておいて自分たちだけは別だと思ったのか?」
だがイザベラはそれを一蹴し激怒に任せて吼え猛る。
そんな彼女たちの姿を見ながら呆れるようにセレスタンは溜息を零した。
そして一言、どうでもいい事のように冷たく言い放った。
「なら、さっさとやれよ。目でも耳でも好きなとこ切り刻みな」
ぞくっとイザベラの背中を冷たいものが走った。
こいつは本気で人質がどうなろうと構わないと思っている。
困惑の眼差しを向ける一団にセレスタンは語りかける。

「考えてみろよ。これが失敗したらアルビオンは終わりだぜ。
その娘がどれだけ重要人物か知らねえが天秤にかけられるか?
ましてや自分からやってきたんだ、自業自得ってヤツだろ、なあ?」
同意を求めるように周囲の人間へと視線を向ける。
口には出さずともグリフォン隊の意見は不本意ながらも彼と一致していた。
人質をいたぶり、さらには見捨てる彼の言動は名誉を重んじる彼らに不愉快だったが、
この計画が潰えてしまえばグリフォン隊はただの裏切り者で終わってしまう。
ならば、あの少女が誰であろうと見捨てるのが最良の選択だと彼らは考えていた。

だが人質となった少女の身分、そしてその人柄を知るアルビオンの者たちは違う。
彼らにとって、それは苦渋の決断だった。
セレスタンの言葉を借りるならば“国家と天秤をかけるほどの存在”なのだ。
ましてやマチルダにとっては世界でさえ釣り合いが取れない大切な者。
必死にセレスタンを止めようとするマチルダの隣で騎士は考える。
イザベラは人質を殺さない。殺してしまえば何の価値もなくなるからだ。
だが激昂に駆られて嬲り者にするかもしれない。それを止める手立てはない。
このまま脅迫しても彼女は生命線である人質を手放さないだろう。
セレスタンは一体何を狙っていると言うのか。

「きゅいーーー! もうやめるのね! 大人しく言うこと聞くから!」
「じゃあ、任せたぜ。急がなくてもいいぜ、まだまだ数は数えられるからな」
「きゅいきゅいきゅいーーーーー!!」
ばたばたと翼をせわしなく動かして叫ぶシルフィードに、
小指の折れたシャルロットの手を見せつけながらセレスタンは応えた。
どしどしと大地を弾ませながらシルフィードがひた走る。
そしてイザベラの傍まで駆け寄るとずいっと手を差し伸べて一言。
「さあナイフを渡すのね。おねえさまの命には代えられないのね」
一瞬、その無駄にでかい手にナイフを突き刺したくなる衝動に駆られた。
が、バカに付き合っている余裕などないと気を取り直す。
ふんふんと強気に鼻を鳴らす青い竜を前にイザベラは大きく項垂れた。
本当にこいつは伝説の竜なのかと全力で問い詰めたくなる。
これと比べたらエンポリオは『当たり』だったんじゃないかと思えてくる。
とはいえシルフィードの行動は使い魔としては非常に当然なものだ。
何よりも優先されるのは主人の安全。主を盾に取られれば従うより他にない。
問題はここで人質を解放しても何の解決にもならないとまるで理解していないことだ。
無視を続けるイザベラに腹を立てたシルフィードがナイフへと手を伸ばす。

「早く渡すのね! おねえさまが危ないのね!」
「バカ! こいつを手放した方が余計に危ないんだよ!」
「きゅい! バカって言う方がバカなのね! このバカ従姉妹!」

この、この、と懸命に伸ばすシルフィードの手を避ける。
声色と頭の悪い喋り方に惑わされてはいけない。
こいつら竜は歩く巨大天然災害なのだ。
青い鱗の生えた丸太じみた腕は、
ちょっと力加減を間違えただけで軽く引き裂かれる。
肉がではない、鎧を着た人間の胴体がである。
ある意味、襲撃者たちよりも性質が悪い。
(頭のいい敵よりも頭の悪い味方の方が怖いって言うけどホントだね!)

じたばたと互いを罵りあいながらナイフを奪い合う1人と1匹。
不規則に動き回る切っ先が間にいるテファを幾度も掠め、
その度にマチルダとテファ、アルビオンの手の者達から悲鳴にも似た声が上がる。
竜と少女の戯れを楽しんでいるのはセレスタン唯一人。
その最中、騎士の両目は大きく見開かれていた。
視線の先には人質となった少女。
イザベラが暴れたせいか、彼女の被ったフードが外れかかっていた。
いつでも動けるように騎士が部下にハンドサインで指示を送る。
不測の事態だが上手く事が運べば思わぬ好機となるかもしれない。

イザベラと騎士、それぞれが互いの機を窺っていたその時、
がさがさと木の葉の擦れる音と複数の足音が近付いてくるのを聞きつけた。

二人の表情が同時に変わる。
緊迫した面持ちを浮かべる騎士に対し、イザベラの顔は勝利を確信した笑み。
こちらに向かってくる足音は少なくとも4人。
それだけの数の仲間が生き延びて合流しに来たという楽観的な思考は彼には無い。
だがイザベラには心当たりがある。連絡をつけた才人が人を呼んだという可能性だ。
期待に満ちた視線を向けるイザベラの前にそれは姿を現した。
――その瞬間、彼女の希望は絶望へと変わった。

そこにいたのはルイズとアンリエッタ王女。
彼女たちの胴には縄がかけられ背後の男達に繋がれている。
その内の1人は襲撃者達と同じ装束を纏い、もう1人は―――。

「どうした? 待ち人来たらずといった表情だな」
衛士の制服を血で赤く染め上げてワルドはそこに立っていた。

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