ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-44

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匿名ユーザー

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近くを旋回する風竜にアルビオンの騎士達は物陰に姿を隠した。
薄くかかった霧と繁った森が視界を阻み、上空からでは何も窺い知る事は出来ない。
そして、それは騎士達も同様。あれがトリステインの手の者か、
あるいはガリアなのか、それを判別する事は出来ない。
警戒する彼等の前に草木を掻き分けて一人の男が姿を見せた。
腕には気絶しているのか脱力した少女を抱え、
もう一方の手は杖を手に取り、その先端を彼女の喉に突きつけている。
「……セレスタンか」
やや驚愕の入り混じった声で騎士は彼の名を呼ぶ。
無論、彼にも衛士が刺客として差し向けられた。
花壇騎士くずれと魔法衛士隊。始末するには十分な戦力だ。
ましてや奇襲ならば尚の事。だが戻ってきたのはセレスタンの方だった。
「死んだと思ったのか? 生憎と俺は生き汚い性分なんでな」
皮肉で返す彼の表情から余裕が満ち溢れているのが見て取れる。
騎士が腑に落ちないのはそこだった。
刺客を返り討ちにしたなら、そのまま逃げればいい。
トリステイン国内に潜伏してほとぼりが冷めるのを待てば、
もしかしたら脱出の機会も巡ってくるかもしれない。
わざわざここに舞い戻ってくる意味など何処にある?
魔法衛士隊を一人で倒せると自分の実力を過信するとも思えないが、
それともまだ何か切り札でも隠し持っていると言うのか。

「おおっと、動くんじゃねえよ。こいつがどうなってもいいのか」
セレスタンの帰還に、同僚の死を悟ったグリフォン隊が色めき立つ。
杖を抜こうとする彼等を牽制しセレスタンは少女を盾にのたまう。
隊員達が互いの顔を見合わせる中、騎士は顔を顰めながら口を開いた。
「年端もいかない少女を盾にすれば我々が退くとでも?」
何を今さら、と言わんばかりの口調で詰め寄ろうとする騎士に、
まさか、とセレスタンはそれを鼻で笑い飛ばす。
「ただのガキならとっくに殺してるさ」
セレスタンが杖を掲げて魔法の明かりを頭上に飛ばす。
狙いは騎士達ではなく頭上で旋回する風竜。
「きゅい!?」
突如、目の前に現れた光にシルフィードはびくりと身を震わせる。
しかし、それも束の間。何だかよく分からないが光の来た方へと向かう。
勿論、契約で結ばれているシャルロットがこんな回りくどい方法で接触してくるとは思えない。
だけど手がかりが何もない状況ではそれに頼るしかないのだ。
羽ばたきで霧を、翼で枝を払いながらシルフィードは森へと舞い降りる。
そして彼女が目にしたのはセレスタンの腕の中で力なく手足を垂れ下がらせた主の姿。
「おねーさま!?」
悲鳴にも似た女性の甲高い声が風竜の巨体から響く。
それにはシルフィードを迎撃しようとしていた騎士達も驚きを隠せなかった。
中には杖を取り落として慌てて拾おうとしている者もいる。
だが、それを意にも介さずシルフィードはセレスタンに食ってかかる。
「おねーさまを離しなさい! この悪党面!」
「人を外見で判断しちゃいけないって親から習わなかったのか?
まあ、俺は悪党だから外れちゃいねえが……こういう事もするしな」
ブレイドをかけた杖がシャルロットの白い肌を滑っていく。
魔力を帯びたその切れ味は剃刀にも等しい。
セレスタンの手が滑るか、シャルロットが身を震わせただけで辺りに鮮血が飛び散るだろう。
きゅいぃいいいぃぃぃ!と言葉にもならないシルフィードの絶叫が森に木霊する。
喋る風竜とセレスタンのやり取りという異様な光景に若干飲み込まれながらも騎士は思考を巡らせる。
セレスタンの余裕。喋る風竜。蒼く澄んだ髪の色。答えは呆気ないほど簡単に見つかった。
「そんな……まさか」
うわ言のように呟く騎士を目にしながら楽しげにセレスタンは告げる。
「やっと気付いたか。じゃあもう一度だけ聞くぜ――“こいつがどうなってもいいのか”」

元の位置に戻った椅子が蹴り飛ばされて転がっていく。
はあはあとイザベラは荒い吐息を洩らしながら肩を上下に震わせる。
般若もかくやと思わせる形相に思わずキーボードを叩くエンポリオの手が止まる。
しかし、こちらに鋭い視線を向けるイザベラに慌てて作業を再開する。
エンポリオが背を向けると同時に、怒りで隠した彼女の表情から焦りが滲み出る。
「何やってんだ、あのバカは……」
囮を使って敵を引っ張り出すのが目的なら“本物”を使う必要はない。
父上の作戦ではないとしたら、どうしてアイツがここにいるのか。
考えるまでもない。腹立たしい事にあのバカは私は助けるつもりでここに来たんだ。
(捨て駒を助けに王を突っ込ませる奴があるか!)
いつだってそうだ。アイツの行動はひどく私を苛立たせる。
年下のクセに碌な力も無いってのに私を守ろうとする。
自分の命と他人の命、どっちが重いかなんて子供でさえ知っている。
本の読みすぎで自分が英雄にでもなった気でいるんだろう。
現実と空想の区別が付かない奴はこれだから始末におけない。
余計な手間を取らせてくれると悪態をついた直後、耳元で“誰か”が聞き慣れた声で囁く。

“違うだろイザベラ。お前はとっくに気付いているはずだ”
―――黙れ。
“あいつはお前を憐れんでいる。親に愛されず、王女にさえなれなかったお前を”
―――黙れと言っている。
“お前に手を差し伸べる時、あいつはえも言われぬ優越感に浸れる。
優しい自分に酔い痴れる事が出来る。それが……それだけがおまえの存在価値だ”
―――その薄汚い口を閉じろ。喉を引き裂かれたいか。
“見捨てろ。現実を思い知らせてやれ。あの澄ました面が恐怖と絶望で歪むのをここで見物するんだ。
子供の頃からずっとそれが見たかったんだろう? あいつが死ねば王女になれる、そうしたら父上も――”

乾いた音が響き、その雑音は途絶えた。
気付けばイザベラの拳は自身の顔面を捉えていた。
鼻から血が零れ落ちて床に赤い斑点を生み出す。
細い腕の割には今のはかなり利いたな。
あれだけ殴りつけても倒れないエンポリオは存外丈夫なのかもしれない。
そんな益体もない事を考えながらガシガシと袖で鼻を拭う。
どうせ他人の安物だし汚れた所で文句を言う相手は既に死んでいる。
そうだ。他人なんざどうだっていい。シャルロットも父上も私以外は等しく他人に過ぎない。
そこに命を懸けるほどの理由などありはしない。

「おい、幽霊」
名前を呼ぶも反応はまるでない。
自分で自分を殴りつける奇行を前にエンポリオは完全に固まっていた。
テーブルを蹴り倒して恫喝するとスイッチが切り替わったかのように彼は動き出した。
それでようやくイザベラは本題を切り出す。
「わたしの杖を持ってるか?」
本来なら武器となる杖はへし折るか没収するだろうが、
死体を偽装する為なら傍に転がしていてもおかしくはない。
淡い期待を込めて問いかける私に使い魔は首を振って答える。
「どこにも無かったよ。多分、没収されたと思う」
予想の範囲内だと分かっていたのに、その返答に思わず舌打ちが漏れる。
余裕が無くなってきているのを実感しながらテーブルの上を漁る。
彼女が手にした物を目にして慌ててエンポリオが制止の声をかけた。
「外に出る気なの! 無理だよ、僕たちじゃどうしようもない!
あのお姉ちゃんが心配なのは分かるけど無謀な事をしたって……」
直後。話が終わる前にエンポリオの襟首を掴んで引き寄せる。
イザベラの表情には憤怒が浮かび、今にも小柄なエンポリオを丸呑みしそうだった。

「面白くない冗談だね。誰があいつを心配してるって?」
「だ……だって、そうでもなきゃあ助けになんて」
「勘違いしないでもらいたいね。わたしは他人の為に動くつもりはないよ」
そうさ。このまま見殺しにしたらアイツの勝ち逃げじゃないか。
命を捨てて従兄妹を守った王女の美談として永久に語り継がれ、
その一方で私は王女を犠牲に生き延びた卑怯者と揶揄される。
それは決して拭われる事のない汚点として私の完璧な人生にしこりを残す。
ついでにアイツは自分が犠牲になって私を守ったという盛大な勘違いをしたまま天国に旅立つだろう。
それはなんというか、想像するだに不愉快な光景だ。
だからブッ潰す。シャルロットの英雄願望も、アルビオン連中の計画も、
セレスタンの復讐劇も残らず私が叩き潰して終わらせる。
そして優越感と慈愛に満ちた眼差しでシャルロットに救いの手を差し伸べてやる。
“私はお前の助けなんて要らない。余計な手出しをするな”と現実を突きつけながらだ。
エンポリオの襟から手を離してイザベラは胸を張りながら言い放つ。

「よく覚えておきな。私はシャルロットが心配で助けにいくんじゃない。
私は私の都合で、一方的に、合意もなしに、相手の都合も無視して自分勝手に助けるんだ」
いつもアイツがそうしてるみたいにな、と彼女は聞き取れないような声で付け足した。

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