ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-43

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匿名ユーザー

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少女を前にセレスタンは犬歯を剥き出しにして笑った。
嘲笑ではない。それは獲物を前にした獣のそれ。
この少女が花壇騎士かどうかなど問題ではない。
怯え竦み狩る価値さえ無いと思った相手が牙を剥いたのだ。
それがたとえどんなにか細く無力な物であろうと関係ない。
相手が杖を構えたならばする事など一つしかない。
「セレスタン・オリビエ・ド・ラ・コマンジュ、推して参る」

高らかな名乗りと洗練された構え。
彼の振る舞いは騎士らしく堂に入ったものだった。
ただの傭兵ではないと悟ったシャルロットの表情が強張る。
刹那、セレスタンの持つ杖を中心に周囲の空気が熱を孕んで膨張していく。
『フレイム・ボール』標的を追跡する火のトライアングルスペル。
その高熱は命中すれば火傷どころか人体など容易く溶解させる。
咄嗟に魔法を詠唱するもシャルロットは“間に合わない”と直感した。
すぐさま『フライ』に切り替えて猛烈な勢いで迫る炎球を間一髪飛び越える。
「おいおい、そっちに逃げたら終わりだろうが」
セレスタンの言葉を受けたかのように炎球が弧を描いて舞い戻る。
人は空を飛ぶようには出来ていない、それは『フライ』を使えるメイジも例外ではない。
如何に高速で飛行できたとしても足を使うように小回りを利かせられないのだ。
必死で引き剥がそうと飛び回って精神力を使い果たすのがオチだ。
集中力の途切れかかったセレスタンをシャルロットは視界に捉える。
ここしかない。一か八かの勝負を仕掛けるなら今。
実力では遠く及ばないなら相手の油断を突くしかない。
セレスタンに気取らぬように新たなルーンを刻む。
高い集中力を要求される『フライ』と他の魔法は同時に行使出来ない。
もしも使うとしたら地上に降りてからだと相手も思うだろう。
だからこそ、それを逆手に取って奇襲を仕掛ける……!
炎球が放つ熱風を背中に受けながらシャルロットは振り返らずに飛ぶ。
向かう先には大木、逃げ場は左右のどちらかしかない。だが彼女は躊躇わずに直進する。
衝突の瞬間、シャルロットは水泳のターンのように身を翻して幹を蹴り飛ばした。
直後、彼女の頭上を殺意を帯びた炎が通り抜けていく。
「なっ……!?」
セレスタンの口から驚愕の声が洩れる。
炎をやり過ごしただけではない、彼女の転進した先にはセレスタンがいる。
それも『フライ』に幹を蹴り飛ばした反動も加えて自由落下に等しい速度で。
風を切り裂きながらシャルロットは『フライ』を解除して『ブレイド』を発現させる。
背丈をも上回る長尺の杖、その端を握り締めて杖全体を巨大な刃へと変える。
咄嗟に飛び退こうとしたセレスタンを縦に一閃しながらシャルロットは着地した。
否。それは着地というよりも墜落と呼ぶ方が相応しい。
着いた足は地面を削り取りながら氷上のように滑っていく。
舞い上がる砂埃はまるで爆撃のように辺りを包む。
木々を飛び越さんばかりに飛び上がり、そこから加速をつけて舞い降りたのだ。
骨が折れなかっただけでも始祖の祝福と感謝すべきだろう。
しかし痛みを取り除いてくれるほど始祖も暇ではなかったようだ。
シャルロットの足の付け根から脳天へと稲妻じみた痛みが迸る。
耐え難い痛みに杖を取り落としてじわりと涙ぐむ。
状況が許したならその場に座り込んでわんわんと泣きじゃくりたかった。
だが、そんな泣き言は言っていられない事ぐらい分かっている。
窮地を乗り越えたと言っても危機的状況には何の変わりもない。
まだ一人倒しただけで彼女を助け出せた訳じゃない。
恐怖と痛みで震えながらも落とした杖を掴み上げた。
だが杖はまるで地面に縫い付けられたかのように微動だにしない。

「え?」
ふと見やった先には彼女の杖を踏み躙る足。
顔を上げたシャルロットの視線に映るのはセレスタンの獰猛な笑み。
肩から腰に掛けて切り裂かれた傷跡を晒しながら彼はそこに立っていた。
「やってくれるじゃねえか」
杖から離れた足が弧を描いてシャルロットへと向けられる。
風を切って迫るセレスタンの蹴りを前に彼女は冷静に思考を巡らせる。
ここで避けようとすれば距離を取られてまた炎球との鬼ごっこだ。
そうなってしまえば二度目の奇襲なんて成功しない。
なら、あえて受け止めて残った足を杖で払って転ばそう。
だけど杖で受けてしまえば握力を失った手では弾かれてしまう。
勢いがあるとはいえ繰り出されたのは魔法でも何でもないただの蹴り。
私の身体で受け止めても死にはしない……はずだ。
数瞬後に訪れる痛みを亀のように身を丸くして待ち受ける。
親に頬を叩かれた記憶さえないのに、大の大人に蹴り飛ばされる痛みなど
宮廷という温室育ちの彼女には想像さえつかなかった。
激痛を想像して顔を青白く染めながらもシャルロットは唇を噛み締める。
痛いのが何だ。それぐらいきっと我慢できる。
もしかしたら彼女はもっと酷い目に合っているかもしれない。
だから耐えられる。耐えられないのは大切な人たちが傷付く事だから。

靴の爪先がシャルロットの脇腹に突き刺さる。
同時に、まるで鈍器で殴りつけられたような重い音が内側から響く。
「か……はっ……」
がくがくと踊るみたいに震える彼女の両膝。
力を失くした腕から杖が滑り落ちる。
まるで操り糸を断ち切られた人形のように、
彼女の身体は意思に反して膝から崩れ落ちた。
内側から込み上げてくるのは吐き気だけ。
蹴り付けられた場所が焼け付くような痛みを放つ。
「よく利くだろ? なにせ鉄板入りだからな」
セレスタンの足が甲高い音を立てながら落ちた杖を端へと蹴り飛ばす。
メイジの最大の特徴である杖は裏を返せば逆に弱点ともなる。
たとえば鍔迫り合いに持ち込まれたり、杖を持つ腕を取られたりすれば魔法は使えない。
そういった状況に陥る事は稀だが杖を手放す状況は幾つも考えられる。
コルベールと交戦した傭兵がナイフを隠し持っていたように、
伝統を重んじない彼等は杖以外の対抗手段を持っている。
それがセレスタンのブーツの爪先に仕込んだ鉄板。
杖を封じられたメイジが苦し紛れに出す蹴りを警戒する者は少ない。
だからこそセレスタンは裏をかいて“それ”を凶器に変える。
ましてや打ち込まれた箇所は人体の急所の一つ、肝臓。
指一本動かせなくなった相手にセレスタンは悠然と歩み寄る。
その光景をシャルロットは唯一動かせる目で睨みつける。
「惜しかったなあ。発想も度胸も申し分なかったが一番大事な物が抜け落ちてるぜ」
セレスタンの靴が蹴りつけた跡をぐりぐりと何度も踏み躙る。
反抗的な目が癇に障ったのか、それとも反撃の余力を削ごうとしたのか。
そんな事を考えられる余裕は彼女には与えられず、
ただ激痛だけが全身を駆け巡り、言葉にもならない苦悶の声を上げ続ける。
「“殺意”が無いんだよ。相手を殺そうって意志がまるで感じられねえ。
貴族様の決闘ごっこならまだしも戦場でそんなのが通用すると思ったのか、ええ?」
杖が当たる直前、シャルロットは無意識の内にその腕を縮こませていた。
人を殺す事への恐怖がそのまま杖を振り下ろすのを躊躇わせたのだ。
結果、セレスタンを両断する筈だった一撃は肉の一部を裂くに留まり、
こうして彼に逆襲する機会さえも与えてしまった。

ふと足蹴にしていた少女の悲鳴が止まった。
手触りの良い長い髪を掴んでセレスタンは彼女を引き起こす。
あまりの苦痛に耐え切れなくなったのか、少女の意識は途絶えていた。
それを確認してセレスタンは安堵とも取れる溜息を漏らした。
余裕さえ窺わせていた彼だが内心では滝のような冷や汗をかいていた。
素人同然と思っていた少女に一時的とはいえ窮地に追い込まれたのだ。
それは決して幸運や油断による物だけではない。
今はまだ未熟だが、この少女には紛れもなく“才能”があった。
並のメイジがどれほどの鍛錬を積もうと辿り着けない、選ばれた者だけの領域。
そこに踏み込めるだけの器を持っているとセレスタンは直感した。
もしも、この少女が場数を踏み相手を殺すだけの覚悟を持って来ていたなら。
断言しよう。ここで打ち倒されていたのは間違いなく自分の方だったと。
「悪いな。竜だって卵の間はカラスに食われる事もあるもんさ」
いずれは名のある騎士になったかもしれない少女の喉に杖を当てる。
ここで殺すには少々惜しいが素性を明かしてしまった以上、生かして帰す訳にはいかない。
それに、そろそろ騒ぎを聞きつけてアルビオンの連中とグリフォン隊もやってくる。
あいつらに見つかればこの少女も例外なく口封じに殺されるだろう。
ならば自分の手でと彼女の名を胸に刻み、首を掻き切ろうとした瞬間だった。

暴風が周囲に吹き荒れ、砂埃と木の葉を舞い上げる。
見上げた頭上には青い鱗が映える一匹の風竜。
何かを探しているのか、巻き起こる風を気にも留めず低空を飛び回る。
「ちっ!」
シャルロットを抱き止めながら風竜に見つからないよう木の陰へと隠れる。
あれがアルビオンの連中が言っていた脱出手段なのか、
それともトリステインの連中が差し向けた追っ手か、あるいは少女の使い魔かもしれない。
どれにせよ、いつまでも此処に留まっているのはマズイ。
霧が薄くなってきている今、下手をすれば注目を集める事になりかねない。
早急に始末して離れようとセレスタンが思い立った直後、風竜が鳴き声を上げた。
「おねえさま~! どこにいったのね~? きゅい、返事をしてほしいのね~!」
「なああぁ!?」
否。それは鳴き声などではなく言葉。
それもまるで少女のような声を竜が上げたのだ。
思わずセレスタンの口から驚愕に満ちた声が洩れる。
使い魔だとしても人と交わる事の無い竜は喋れない。
ガーゴイル? いや、あれは作り物と呼ぶには感情的過ぎる。
ぐるぐると母親を探すように飛び続ける風竜を観察する。
しかし、喋る竜なんて聞いた事も……。
「まさか……韻竜、か」
既に絶滅したとされる種族の名を口にする。
本来ならセレスタンの如き傭兵にそんな知識など無い。
だが彼は知っていた。彼だけではない、ガリアの人間なら誰でも知っているだろう。
滅びたはずの韻竜を“ある人物”が使い魔として召喚したという話を、
国を挙げてその伝説の再来を祝ったという、そんな話題を他国の人間さえ耳にしたはずだ。
「おいおい、嘘だろ」
抱えた少女をつぶさに観察する。
服装や装飾品からはこれといった物は見つからなかった。
だが手入れの行き届いた、透き通るような青く長い髪。
王族のイザベラに勝るとも劣らない光沢を見せるそれが確証となった。

「……マジかよ」
目の前の少女の素性を知ってセレスタンは当惑した。
潮時と思った直後に大本命が懐に飛び込んで来たのだ。
今の状況をカードを使ったギャンブルに例えるなら、
勝負を捨てて手札を全て交換したらロワイヤル・ラファル・アヴェニューが出来ていた、そんな感じだろうか。
落ち着きを取り戻し、やがてセレスタンは口の端を釣り上げて笑った。
何を慌てる? 勝負手が入ったなら勝負するだけだろうが。
チップをケチる必要はない。こっちは考え得る最強の役だ。
ガリア、トリステイン、アルビオン……大国の思惑が交錯する中、
一傭兵に過ぎない自分がその中心に立つなど誰に予想できただろうか。
「これだから人生って奴はァ分からねえ。まだまだ愉しめそうじゃねえか、なあ?」
シャルロットの頭を我が子のように撫でながらセレスタンは愉快そうにそう口走った。

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