ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-42

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匿名ユーザー

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だれでも歓迎! 編集
「もう追っ手が来やがったのか!」
傭兵が叫びながら杖を引き抜く。
突然消えたイザベラの捜索に追われていた時、それは現れた。
彼等の頭上には舞い踊るように周回するグリフォン、
そして、その背には魔法衛士隊が跨っている。
「ただの周辺警戒です。恐れなくても大丈夫ですよ」
迎撃態勢を取る傭兵達を騎士は片手で制すとグリフォンに向かって手を振る。
すると、それに応えるようにグリフォン隊を静かに地面へと降り始めた。
「グリフォン隊隊員八名、これより貴殿等と合流する」
「よく来てくれました。アルビオンは貴方方を心から歓迎します」
笑顔で会釈する騎士とどこか憮然とした表情の衛士達を見比べて傭兵は得心した。
捕縛された連中を真っ先に取り調べる権利があるのはここ、トリステインの連中だ。
魔法衛士隊なら尋問にかこつけて捕虜を逃がす事も自殺に見せかけて始末する事も出来る。
だから騎士は捕縛された可能性があると聞いても動じなかった。
それに如何に厳重な警備の目を掻い潜りアルビオンまで帰還するのか、
その点について騎士はまるで説明しようともしなかったが警備が味方なら話は別。
傭兵が安堵の溜息を漏らす一方で、騎士はグリフォン隊にお願いするように声をかけた。

「では今来たばかりで大変でしょうが、さっそく一仕事お願いします」


敵である襲撃犯と合流するグリフォン隊。
それを苦虫を噛み潰したような顔でイザベラは睨みつけた。
外を覗く為に開いた僅かな隙間からぎらぎらとした眼が光る。
「おい! あの平民に連絡はついたのか!」
「う、うん。もう送信したから気付いたはずだよ」
食い入るように外に目を配らせながら怒鳴るイザベラにエンポリオは答える。
その言葉にイザベラはふぅと溜息を零しながら胸を撫で下ろした。
運悪く裏切り者のグリフォン隊なんかに助けを求めていたら殺されている所だったろう。
平民の一人や十人死のうが知った事じゃないが唯一といえる連絡相手を失うのは痛い。
あんなマヌケ面を信用しなきゃいけないのは不安だけど伝書鳩の代わりにはなるだろう。
「まったくアタシのおかげで命拾いしたね。二度と足を向けて寝るんじゃないよ」
まさか既に遭遇しているとは露にも思わず勝手に恩を売った気でいるイザベラ。
不敵な笑みを浮かべながら彼女が外を見ていると魔法衛士隊は一斉に杖を抜き始めた。
だがエンポリオのスタンドに気付いた様子はない。
本当に追手でも来たのかと期待して見ていた彼女の前で血飛沫が舞う。

その光景に彼女は己が目を疑った。
衛士の振るった一閃は味方である筈の傭兵の首を切り裂いていた。

虐殺、そう言っても過言ではないだろう。
心強い援軍が来たと油断していた傭兵達と、
初めから殺すつもりで襲ってきたトリステイン有数の精鋭部隊。
混乱を来たして逃げ惑う彼等を何の憐憫も容赦もなく衛士達は始末していく。
ルーンを紡ぐどころか杖さえも抜けないまま積み上げられていく死体。
旋風が木の葉を払うように無常に散っていく命。
「な……何故だ!? 何故こんな真似を!」
彼等を率いていた年長の傭兵が声を上げた。
その眼前には周囲の惨劇に眉一つ顰めぬ騎士。
感情を窺わせぬ声色で彼は傭兵の問いに答えた。
「さすがに魔法衛士隊とはいえ怪しまれずに検問を突破するのは無理です。
国外に逃げようとする集団に襲撃犯が紛れていると考えるのは当然の発想でしょう」
突きつけた騎士の杖が一層深く傭兵の喉下へと食い込む。
冷たい汗が傭兵の頬を伝うも黙って騎士の話に耳を傾ける。
「犯人が捕まりでもしない限りは警備は緩まらない」
「……まさか貴様」
「そう。捕まればいいんですよ、犯人が。
迫害を受けた新教徒達と彼等に雇われた傭兵による犯行とでもしておきましょうか。
仲間割れの末に全滅か、あるいは恐怖に駆られて集団自決か。
死体は口をきけませんからね、いくらでも好きなようになりますよ」
事件が解決したと知れば緊張にも綻びが生まれる。
その間隙を突いてアルビオンへの脱出を成功させる。
傭兵を雇ったのは囮として使い捨てる為の駒。
真相を知らされた男の噛み締めた歯から軋むような音が響く。
「何か言い残したい事は」
「……地獄に落ちろクソ野郎」
「言われずとも」
最期に悪あがきのような悪態をついた傭兵の喉に杖を押し込む。
断線にも似た音を立てながら杖が奥へと捻り込まれる。
男の瞳孔が完全に開いたのを確認して騎士は杖は抜き取った。

見れば、周囲はあらかた片付けられていた。
傭兵の中に動く者はもはや誰一人としていない。
不意を突いたとはいえ歴戦の傭兵を相手にこれだけの事を成す。
トリステイン最強と目される彼等の実力に騎士は改めて感嘆した。
「さすがは栄えあるトリステインの魔法衛士隊。
ですが、その経歴も名誉も捨てて後悔はありませんか?」
騎士が投げかけたのは相手の真意を測る言葉。
王族の警護も任せられる彼等の忠誠心は並大抵のものではない。
あるいは土壇場になって再び寝返る可能性もあるだろう。
だが衛士隊隊員からの返答は以前に密会した時と変らぬ物だった。
「後悔などする筈もない。我々はこれが正しい道だと信じているのだからな」

アルビオンがこの作戦を決行する上でどうしても解決しなければならなかった難題。
それが“トリステイン王国の中に内通者を用意する”事だった。
無論、召使や給仕、役人程度ならばいくらでも可能だが、
必要とするのはそれ以上の地位に付く人物だった。
確かにトリステイン王国は王の不在により大きく揺らぎ、
その歪みは不正や横領、癒着や賄賂などの形で腐敗を広げている。
だが、それでも一度は国に忠誠を誓った者達を裏切らせるのは至難の業だ。
少なくともアルビオンの騎士はそう思っていた。しかし、それはただの懸念で終わった。
精鋭中の精鋭と謳われた魔法衛士隊の一つ、グリフォン隊、
その彼等がアルビオンに恭順を示したのだ。
衛士たちが口々に語るのはこの国の体制への不満だった。
曰く“王亡き国を枢機卿が専横し破滅へと導いている”
曰く“アンリエッタ姫がゲルマニアに嫁げば連中の属国に成り下がる”
曰く“拝金主義者どもの靴を舐めて生きるぐらいならばアルビオンとも手を結ぶ”
それがどれほど荒唐無稽なものか、騎士は勿論知っていた。
マザリーニ枢機卿に国を乗っ取る野心など微塵もなく、
アンリエッタ姫が嫁ごうともトリステインの地位はさほど変わらないだろう。
しかし街にはその手の噂が広まり、現に魔法衛士隊さえも信じ込んでいた。
誰かが意図して流したのか、それとも未来への不安が噴出したのかは分からない。
言えるのはただ一つ。

「その御言葉、確かに受け取りました。
真に国を憂う貴方方こそ本当の愛国者、讃えられるべき者達です」

これは好機だ、逃してはならない千載一遇の好機なのだと。


顔面を蒼白にしてイザベラは込み上げる吐き気を抑えた。
僅かに開いた隙間からも濃密に漂ってくる、咽かえるような血の臭い。
彼女の異変に気付いたエンポリオがノートパソコンを手に近寄ろうとした。
「どうしたの? おねえちゃん」
「来るな!」
それを声を荒げながら手で制する。
びくりと身体を震わせて立ち止まる少年を前にイザベラは荒げた呼吸を整える。
何を驚く必要がある? 必要がなくなったら切り捨てるのは当然だ。
魔法学院ではもっと多くの、戦場では比較にならない血が当たり前のように流れている。
それを私はよく知っているはずじゃないか、王族の人間として聞かされていただろう。
初めて目の当たりにしてびびったか、そんな玉じゃないだろ、アタシは。
割り切れるだろう、人の死なんてそんなもんだ。
誰が死のうがそれは駒だ、数字の-1でしかないんだ。
勝手に敵が同士討ちして数減らしてくれたんだ、喜べ、喜ぶんだよ、畜生!

「見るな。おまえには関係のない事だ」
「で、でも……」
「子供の見るもんじゃない。いいから黙ってな。
これ以上騒ぐんならもう一度蹴っ飛ばす、分かったか?」
イザベラがじとりと睨みつけるとエンポリオは黙ってコクコクと頷いた。
先程の痛みを思い出して若干内股になりながら後ずさる。
彼女が怖かったからだけではない。
自分を巻き込むまいとする気持ちを彼も理解していた。
すとんと床に座り直してエンポリオは彼女を見上げる。
無理をしてでも気丈に振る舞うイザベラの姿は、
全く似ていないのに何故だか大好きだった『お姉ちゃん』に重なって見えた。

「潮時だな」
誰に告げるでもなくセレスタンは呟いた。
その足元には数分前まで衛士だった炭の塊。
他の傭兵たちには通じた不意討ちも彼にとっては無意味。
傭兵団に身を置こうとも彼が信用しているのは自分だけだ。
“さて、これからどうするか?”
辛うじて撃退に成功したものの、残りの魔法衛士隊全員を倒せる精神力は無い。
アルビオンの連中だってそれなりの使い手だ、勝てる要素は微塵もない。
早々に仇討ちを諦め、殺された同僚連中の為に十字を切る。
(とは言ってもアレだけの事やらかしたんだ。不信心な俺の祈りじゃ天国には行けねえな)
もっとも善人だらけの天国なんかより同類だらけの地獄の方が住み易かろう。
俺が行くのはまだまだ先なんでゆっくり羽でも伸ばしていてもらいたいもんだ。

アルビオン連中が言っていた脱出ルートはもう使えない。
だが派手な騒ぎを起こしてくれたおかげで混乱はまだ続いている。余所者が紛れ込むには具合がいい。
このままトリステイン国内、いや、いっそ裏をかいて城下町に潜伏して機を待つとしよう。
なにしろ事件は解決『した』んだ。放っておけばすぐに慌しい日常に飲まれて消えていくだろう。
当面は連中から貰った前金があるから何とかなるし、手持ち無沙汰なら適当な仕事を引き受けてもいい。
アルビオンの連中にはいずれ落とし前はつけさせてもらうが、それはまたの機会だ。

セレスタンが背を向けた直後、がさりと枝が揺れる音が響いた。
雇い主が敵に回った以上、この戦場に彼の味方は誰もいない。
音のした方へと杖を向けて彼は詠唱を始める。
だが、そこにいたのは屈強な兵士ではなく幼い少女。
ご大層な杖こそ持っているものの、まるで体格に合ってない様は滑稽にさえ映る。
学生かとも思ったが、その服装は生徒のそれとは違う。
恐らくは見学に来た貴族の子弟か何かだろうとセレスタンは踏んだ。
突発的な遭遇にびくりと青い髪の少女は身体を震わせながら慌てて杖を構える。
その拙い様子にセレスタンは鼻息を鳴らして構えを解いて頭を掻いた。
“こりゃあダメだな。とてもじゃねえが愉しめる相手じゃねえ”
セレスタンは戦闘狂であって殺人狂ではない。
必要とあれば殺すのを躊躇いはしないが相手はただの子供。
仕事でもなければ弱い相手をいたぶるような趣味はない。
「見逃してやるからさっさと消えな。お互い戦う理由なんざ無いだろうが」
しっしと追い払う仕草と共に言い放つも返答は無い。
黙って杖を構えたまま、こちらをじっと見つめる少女。
頑なに道を譲ろうともせず、かといって襲ってくる気配も無い。
呆れ果てたようにセレスタンは背を向けて別の道を探す。
念の為に背中から攻撃されても防げるようにルーンを紡ぐ彼に、
青い髪の少女から魔法ではなく言葉がかけられる。
「戦う理由ならある」

ぎゅっと手の内を締めるように杖を握り込む。
震える身体を抑えつけながら眼差しを前へと向ける。
杖を水平に相手へと突き出す、その姿勢はガリア花壇騎士伝統の構え。
それを目にしたセレスタンの視線が鋭さを増していく。
猛禽じみた眼光を前にシャルロットは怯えを噛み殺す。
“戦う理由ならある”自分が口にした言葉を胸の内で反芻する。
ここには彼女がいる。彼女を脅かす者は誰であろうと許さない。
あの時と同じだ。たとえ花壇騎士団が来なくても私はミノタウロスと戦うつもりだった。
敵わないかもしれない。ううん、敵わないと分かっている。でも諦めたら彼女を守れない。
私の周りにはたくさんの味方がいる。だけど彼女には誰もいない。
父親でさえも彼女を守ってくれない―――それなら私が守る。
たとえ世界中を敵に回しても彼女を守り通してみせる。
邪魔だと言われてもいい、世迷言だと笑われてもいい。
それが私が出来る、ただ一つの恩返しだから。

「花壇騎士タバサ―――参る」

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