ゼロの奇妙な使い魔 まとめ

ティータイムは幽霊屋敷で-40

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匿名ユーザー

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風竜から振り落とされた後、平賀才人は変わらず闇雲にルイズを探していた。
声を張り上げるも反応はおろか敵が襲ってくる気配さえない。

ふと耳元で囁くように響く音に彼は足を止めた。
背負った鞄から微かに聞こえるアニソンのメロディー。
そんなはずはないと思いながらも才人はノートパソコンを取り出す。
そして画面を開けば、切れていたはずの電源が回復している。
液晶ディスプレイに映るのは新着メールの表示。
目の前で立て続けに起きた不可解な現象。
だが、それに一切構わず才人はメールを開いた。

もしかしたら家族からかもしれない、そんな淡い期待が込み上げる。
そうして彼は書き綴られた本文へと目を配らせて……思考を停止した。

「……日本語でOK、と」

危うく送信ボタンを押しかけた手を止めて訂正する。
読み取れたのは送信者の名前がエンポリオだという事ぐらい。
それも確信が持てず、多分そう読むんじゃないかなあという曖昧さ。
後は細かな単語がちらほらと分かる程度。しかもうろ覚え。

なんてこった。こんな事になるんなら真面目に英語勉強しておけばよかった。
社会に出たって使う機会ほとんど無いだろと高をくくった結果がこれだよ。
いざって時に使えないと困るぞ、と言っていた担当教師の言葉が身に沁みる。
まさか本当にそんな時が、しかも緊急事態で訪れようとは誰が予想できただろう。

『Can you speak Japanese ?』

とりあえず自分の知っている数少ない語彙を駆使して返信する。
正直、期待はしていない。望みは薄いと理解している。
あんな子供が二ヶ国語、それもピンポイントで日本語を取得しているとは到底思えない。
もし、そうだったら高校生のクセに碌に英語も喋れない俺の立場はどうなるのか。
『穴でも掘って埋まっていろ、このモグラ野郎』と罵られるだろう。

再びノートパソコンにメールの着信を告げるメロディーが鳴り響く。
幸か不幸か、向こうも日本語は話せないようで、
俺に合わせて出来るだけ易しい単語のみで文章が書かれている。
とはいえ、それでも英語は英語。知らない単語は聞き返す必要があるだろう。

「forest……確か、森だったよな。hide……ヒデ? いや、ハイドだから隠れるか」

頼れるのおぼろげな授業の記憶と漫画やアニメ、ゲームなどで覚えた単語。
まるで宿題でもやるかのように解読していくと大体の内容は判明した。
一つ、この事件の黒幕はアルビオン王国。
二つ、連中の狙いはガリアとトリステインのお姫様。
三つ、今は学院の外にある森の中に身を潜めている。
四つ、エンポリオとイザベラもそこに隠れているので助けて欲しい。

ふうと達成感に満ちた溜息を零しながら汗を拭う。
今まで彼の人生で英語でのコミュニケーションが成立した事があっただろうか。
いや、一度として無い。つまり俺は一皮剥けてさらに出来る男に成長したのだ。
そこには何かを成し遂げた男の表情。今ならコーヒーのブラックも美味しく飲めそうだ。
が、よくよく内容を見返すうちに平賀才人の顔が真剣みを帯びていく。

「これって……ひょっとして凄く重大事なんじゃないのか?」

だとしたら、こんな所で一人満足している場合ではない。
一刻も早くトリステインかガリア、アルビオン……は敵か。
この2つの、どっちでもいいから騎士団に事情を説明して森まで来てもらわなければ。

その刹那、誰かが言い争うような声が聞こえた。
男と女、それも片方の声に彼は聞き覚えがあった。
ギーシュの剣を手に平賀才人は一陣の風となって駆ける。
ガンダールヴの能力で強化された、常人を凌駕するその疾走。
それは瞬く間に声の聞こえた場所へと辿り着かせる。
その彼の目に飛び込んできたのは、誰かの手を振り払い声を上げるルイズの姿。

「ルイズゥゥゥーーーー!!」

考える余地などなかった。雄叫びを上げながら剣を上段に構える。
直後、加速を乗せた渾身の一撃が相手の男へと振り下ろされた。
たとえ目視できたとしても回避する事さえ困難な化け物じみた剣速。
だが、それは男の身体に触れる前に相手の杖と纏った風に逸らされた。
剣が受け流される瞬間、才人は達人というのはこういうのを指すのだと知った。
態勢が崩れた才人へと向けられる杖の先端。
しかし、それを遮ったのはルイズの声だった。

「ワルド様! やめて!」

その制止の声が届いたのか、才人の喉手前で杖は止まった。
微かに晴れた霧の向こうから現れたのはどこかで見覚えのある顔。
特徴的な羽飾りのついた帽子の下で鋭く輝く眼光。
苦虫を噛み潰したような表情で忌々しげにワルドは呟いた。

「……また貴様か。どこまで人の邪魔をすれば気が済む」
「悪いかよ。俺だって好きで顔を合わせてる訳じゃないんだぜ」
「な、な、な、何やってんのよアンタは!? ほら、早く剣を下ろしなさい!」

疫病神でも見るかのような視線に才人も不機嫌そうに応じる。
慌てて間に入ったルイズの言葉に大人しく従って剣を下ろす。
どうやらルイズを攫おうとしていたのでは無いらしい。
突然の事態に混乱しながらもルイズは深呼吸を繰り返して自分を落ち着かせる。
そうしてワルドへと振り返ると深く頭を下げた。

「申し訳ありません。私の使い魔がとんだ無礼を。
使い魔の責任は主人である私の責任。どうかお許しください」

たとえ婚約関係にあろうとも私事は挟まない。
礼儀を弁えたルイズの言動にワルドも才人も感心を覚えた。
直後、余裕をぶっこいている才人の腹にルイズの肘がめり込む。
激痛に悶絶しながら小声で才人は理由を問い質す。

“なにすんだよ、痛えじゃねえか!”
“いいから! ほら、アンタも謝りなさい!
平民が貴族に剣を向けるなんて本当なら死罪よ!”

立場をまるで理解していない才人の頭を無理やりに下げさせる。
頭を掴むルイズの手を払いながら仕方なく才人もワルドに謝罪する。

「悪りぃ。勘違いだった」

まるで肩がぶつかったのを謝るかのような軽さ。
明らかに誠意を感じさせない態度にルイズは呆気に取られた。
たとえ自分が悪かろうとも気に食わない奴に頭は下げない。
そんな意地の張り合いで喧嘩に発展したのもザラだった。
不貞腐れた表情を浮かべる才人を前にワルドの両肩が震える。

「……貴族に斬りかかっておいて勘違いで済むと思っているのか」

口調は冷酷に、声色には溶岩のように煮え滾る憤怒。
猛禽の如き両眼には嫌悪を超えて憎悪さえ滲んでいる。
しかし、それを才人は平然と受け流す。
さっきのはお互い様だろうと決して譲らない。
才人の剣がルイズから引き離す為に放ったものなら、
ワルドの向けた杖は感情さえ感じさせない絶命の刃だ。
もしルイズが止めなければ間違いなく殺されていた。
そんな相手にペコペコ出来るほど大人ではない。

「ま、待ってください! 今、謝らせますから……!」

フンと鼻を鳴らして振り向きざまにルイズが才人の鳩尾に一撃を叩き込む。
才人の体がくの字に曲がった瞬間、頭を鷲掴みにして無理やり下げさせようとする。
だが才人は苦痛に顔を歪めながらも意地でも反抗し続ける。
そんな二人を見ていたワルドはやがて呆れて本題を切り出した。

「それよりもルイズ。ここは危険だ、早く避難するんだ」
「私よりも姫殿下を先に! まだこの近くにいるはずよ!」

“貴族は敵に背を向けたりはしない”その教えを彼女は忠実に貫く。
断固として意志を曲げない彼女にワルドは辟易とした表情を浮かべた。
ルイズの信念は理解できる。だが同時に自身の立場も理解する必要がある。
平民には平民の、貴族には貴族の義務が存在する。
他者よりも高い地位にある者は何よりも自身の生存を優先義務があるのだ。
もし、この襲撃で彼女の身に何かあれば誰かが責任を負わねばなるまい。

「分かった。捜索は僕達に任せてくれたまえ」
「私にも何か手伝える事は……」
「ルイズ、これは子供の遊びじゃないんだ。理解してくれ」

窘めるように言われてようやく渋々とルイズが引き下がる。
ポンポンと軽く両肩を掌で叩いて落ち着かせるとワルドは才人を睨む。
敵意の入り混じった……否、明確に敵視した眼差しで脅すかの如く言い放つ。

「いいか。不愉快だがここは貴様に任せる。
あれだけ動けるなら油断しなければ遅れは取るまい。
万が一、彼女に何かあったなら……!」

「言われなくてもルイズは俺が守る」

それを怯まず真っ向から見据えて才人は応えた。
迷いのない眼差しを確かめた後、ワルドは乗騎のグリフォンを鳴かせる。
しばらくして周囲に同様の羽ばたきが反響のように広がっていく。
人よりも大きい影がいくつも薄っすらと空に浮かび上がる。
やがて舞い降りてきたのは数頭のグリフォンとそれに跨る兵士達。
ワルドと同じ装束に身を固めた彼等は魔法衛士隊の一角、グリフォン隊の者だった。
彼等は乗騎から降りると一様に隊長であるワルドに敬礼をする。
その光景を見ていた才人がふと重要な使命を思い出す。
エンポリオからのメールの内容ををこいつらに伝えなければ。
すっかりとワルドとの反目で目的を見失っていたが今こそ絶好の機会。

「そうだ! アルビオンの奴等が学院の外にある森に隠れてるんだ!
先にそいつらからやっつけてくれ! 友達が危ないんだ!」

勢い余った才人が碌に考えもせずワルドに告げる。
前後関係の説明も無く飛び出した謎の言動にルイズは首を傾げた。
アルビオンが敵だと認識できているのは、それを知っている人物だけ。
何で参加者を襲撃する必要があるのかルイズには分からなかった。
しかし、その発言に顔面を蒼白させる人物が一人。

「何故、それを……」

思わず口走りそうになった唇をワルドは手で抑えた。
だが、もう遅い。才人とルイズの目は彼へと向けられていた。
不運だったのは支離滅裂な言葉の意味を理解できてしまった判断力。
それが不意討ちとなって彼の口から言わなくてもいい言葉を引き出した。
迂闊な自分に舌打ちしてワルドは才人を睨みつける。
才人とワルド、両者の間に緊張した空気が漂う。
きょとんしていたルイズもその剣呑な雰囲気に後ずさる。

「……隊長?」
「何でもない。下がっていろ」

二人の会話を聞き逃したのか、ワルドの部下が問いかける。
それを振り向きもせずに彼は追い返そうとした。
しかし咄嗟に才人はあらん限りの力で叫んだ。

「騙されるな! そいつは襲撃者の仲間だ!」

才人はワルドと自分の実力差を痛いほど理解していた。
単独では勝ち目などあるはずもなく、ルイズを連れていては逃げる事も出来ない。
しかしグリフォン隊を味方に付ければ話は別。
ワルドの腕が立とうとも複数の、それも精鋭を相手にするのは困難だ。
正直、信じてもらえるかどうかは厳しい賭けだ。
信頼されている隊長と一介の平民では言葉の重さが違う。
――それでも何もしないでいるよりかは遥かにマシだ。

突然の暴言にルイズと隊員達はざわめく。
ワルドは不動の姿勢を崩さず弁明しようともしない。
彼が不意に洩らした言葉の意味を理解したルイズの顔が蒼褪めていく。
それは信頼を裏切られたからか、それとも目の前にいる強敵を恐れているのか。
騒然としながらも隊員達は次々と自分の杖を抜き始める。

「……隊長」

口々に呪文を唱えるとワルドを一斉に取り囲む。
だが杖の向く先は円の内ではなく外。
怯え竦む少年少女達へと突きつけられた。
そして彼等は冷酷に淡々と自分達の上官へと問う。

「ここで始末しますか?」
「下がっていろ、と言ったはずだ。余計な手出しはするな」

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